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いつかきっと

乾いた風の中、魔物が崩れ落ちるように倒れた。男の荒い呼吸音が1,2秒。その間も彼はその魔物から目はそらさない。しかし、魔物が立ち上がることはもうない。
それを確認してから、彼は己の愛剣を高々と空に掲げる。傷だらけの体から、血と汗が流れ落ちる。
「やったぜ!!!」
彼が吼えたその瞬間、闘技場内は怒号のような大歓声に包まれた。


美人のロイヤルプリンセスから花束を。そして、最高級の武防具を手に入れて、シウスは意気揚揚と引き上げてきた。頬には、プリンセスからもらったばかりのキスマークがくっ付いていたりする。一日にして本日の勇者となった彼は、いつもより少し遠く感じた。
「スゴイスゴーイ!」
「やったわね!」
旅の仲間達から惜しみなく賛辞と祝福を受けて、彼は思い切りガッツポーズで応えていた。そのなんとも明るい表情をつい目で追っていると、当人とばっちり目が合ってしまう。もっとも、視線が合おうが合うまいが、賛辞を惜しむつもりはさらさらなかった。
「さすがだな。」
「ま、当然ってとこだ。」
ニヤリと笑う彼の体には、浅いとはいえ無数の傷が残っている。優勝を決めたのは、闘技場最高ランクのA。決して『当然』などではなく、実はかなり苦しい戦いを乗り越えてきたのだ。そして、その事はその場の誰もが理解していた。
「何が当然だ。さっさとミリーに癒してもらって来い。」
「ってえ!」
イイ音がするくらいに叩いて、ミリーの方を指差す。
「ったく・・・怪我してるのわかってんなら、少しは手加減しろよ。」
「何を言ってるんだ。『当然』だったんだろう?」
「ちっ。」
つまらなさそうな顔で舌打ちをすると、シウスは大人しくミリーの方に向った。
「ミリー、馬鹿力で殴られたあたりが辛いんだが。」
前言撤回、全く大人しいとはいえない。ミリーは、くすくすと笑いながら呪紋を唱え出した。
空気はいつもと同じなのに、なんだか今日はやたらとシウスを遠く感じる。力の差をまざまざと見せつけられたからだろうか。
旅に出て、彼はあきらかに強くなっていた。力も、そしておそらく心も。


砂漠の国アストラル王国、タトローイはアストラルのすぐ傍だ。
闘技場に出たのは、ヴァン王の命でアストラル王に謁見するついでだった。腕試しに鍛錬を兼ねて・・・・賞品に釣られたのもあるのだが。武器の良し悪しが命に関わるような場所に入ることが増えると、高級武具はかなり魅力的だったのだ。
それに、この闘技場というものは、結構な息抜きになる。殊に、謁見のような堅苦しいところをずっとまわっていれば・・・と、これはシウスの弁なのだが。

シウスの手当てが終わるまで、パーティは闘技場のロビーで休んでいた。
壁にもたれると受付が見える。強そうな戦士が出場登録をしているのをぼんやり眺めていると横から声が掛けられた。
「フィアさんは、闘技場に出たことはありますか?」
ラティに聞かれ、フィアは首を横に振る。
「いや、何度か見にきてはいるんだが、出場したことはないな。」
「出てみたいと思ったことは?」
「そりゃあ、あるさ。武道をやっているものなら、一度は力を試したいと思うものだ。ラティだってそうだったんだろう?」
「あははは、そうですね。」
そう言って笑うラティは、のほほんとした表情ながら昨日の勇者だ。多彩な技を繰り出し、力と技と心と全てのバランスが取れたその戦いぶりは、アストラルで初めて出会ったときとは比べ物にならないほどの素晴らしさだった。彼は本当に強い。シウスが再度アストラルを出て行くときに、見届けたいと言っていたのだが、それも納得の才能だった。
そこに、シウスが顔を出す。
「なんだ、フィアも出るのか?」
手当てが終わったのだろう、傷も綺麗になくなっているその姿に、少しだけ胸をなでおろす。
「・・・・・・・・そうだな、魔物相手に力試しも悪くはなさそうだ。」
背中を押されれば、出場するのに抵抗はなかった。自分の力も試せるし、あの激闘ならかなり自分を鍛える事になるだろう。
それに。
Aランクを勝ち進めれば。少しは近づけるような気がした。・・・シウスに。


*****
戦いは順調だった。とんとん拍子に片付き、Aランクの扉は目の前に開いている。
「蹴散らしちまえ!」
そんな言葉と一緒に、どん、と背中を叩かれた。相変わらず乱暴だ、と思ったが、どうしてもどこか嬉しい。
「・・・ふん、当然だっ。」
聞きなれた声に手荒く返して、フィアは闘技場へ進んだ。
一戦目は、何か黒いスライムだった。合図と同時に真正面から襲い掛かってきたそれを、短剣で足止めして飛び離れる。
「舐めるなっ!」
すかさず短剣を投げつける。ずぷずぷと短剣が埋まっていく音が聞こえた。・・・効いていない。戻ってきた短剣を逆手に持って、切り込みに走る。しかし、なにか金属音のような音と共に、剣はしっかり跳ね返ってきた。やはり効いていない。
受け流そうとした攻撃はかなり重かった。相手を倒すには、相応の力が要るのだろう。そして、自分は力押しには向かない人間だということもわかっていた。手数と素早さが武器なのだ。
もう一度、横合いから、うしろから、真上から。飛び掛り、思い切りの気合を込めてそれを斬る。
衝撃波が出るほどの斬りに確かな手ごたえがあった。ダメージが入ったらしい。反撃に出ようとする敵の足は、彼女に比べれば遅い。切り裂いて切り裂いて、体制を整えさせる間もなく気を放つ。連続で放たれた気に、さすがのスライムもひるんだようだった。
先手必勝だ。
ひるんだ隙は逃さない。逃したらこちらがやられかねない。全身全霊の力を込めて連撃すると、硬直の隙を狙ってフィアは空中に躍り上がった。
「アンホーリーテラー!!!」
全身全霊を持って短剣を投げつける。
放たれた短剣から発する衝撃波が、スライムを飲み込んだ。
「・・・・・・・よし。」
闘技場に着地して、息をつく。しかし、先ほどの大技はかなりの消費をフィアに強いていた。
まだ1戦目。自分のスタミナはこんなものだったのか。肩で息をしながら、次の敵が出てくるであろう門を睨みつける。
しばしの間を置いて出てきたのは、超巨大な鳥だった。
「・・・さすがAランクってことか。」
敵の強さが段違いだと。それは聞いていたが、聞くとやるではかなりの差がある。しかし、それだけに勝利の味は美味だ。少し遠くに感じていたシウスが、少し近くなったような気がした。
「少しはアイツに近づけたかな。」
つぶやくと、唾を飲み込んで、鳥と相対する。息はすでに切れていたが、ここで負けたくはなかった。
・・・思い出せ、アイツの戦いを。どうやってあの鳥に勝利していた?
そう考えれば少しだけ落ち着いた。
合図が響き、鳥が猛然と襲い掛かってくる。大丈夫、空中戦は得意分野だ。短剣を投げつけて一撃目をなんとか凌ぎ、さらに二撃目の準備に入る。しかし、敵は素早かった。剣を投げるべく腕を引いた所に、重量級の体当たりが来る。
「くあぁぁっ!!」
思い切り跳ね飛ばされた。体全体が痛むが、体勢を整えている暇はない。そのままの体勢で剣を投げ、距離をとるしか道はない。
「勝負っ!」
思い切り距離をとったところで、フィアは空中に飛び上がった。全身が熱い。自分の中の何かが覚醒したような気すらした。
気の剣を増やし浮かせて、鳥を目掛けて放つ。一撃一撃に気が満ちていたそれは、狙いを定めたものを追って行くのだろう。
「ヴィクトリーテラー!!」
渾身の投擲と、渾身の体当たりが空中でぶつかった。
しかし。
無数の短剣を体に突き刺したまま、鳥はこちらに向ってくる。必殺技一つで敵が倒せるほどにAランクは甘くなかったのだ。とはいえ、速度は落ちている。先ほどの攻撃はダメージにはなっているのだ。もう隙は見せられない。剣を投げる間すら惜しい。剣をしっかり握りなおして、フィアは真っ向から鳥に向っていった。
自分が軽量級なのは判っている。だからこそ技に頼りたくなる。しかし、技ばかりではこいつには勝てない。だから向かう。跳ね飛ばされる事も覚悟の上。
あとは、泥まみれの白兵戦だった。
こちらの連撃を受けても向ってくる鳥。
鳥の連撃を受け流しつつ、また攻撃に転じ、それを何度も繰り返す。一度ごとに傷が増えていくのが判るが、そんなものを気にしてはいられない。
・・・と、鳥からの攻撃が止んだ。それは上空へと一度退く。
本能的に危険を感じた。避けられる場所を目で探そうとした一瞬。
肩から腹にかけて、何が起こったのかも判らないような衝撃が襲った。体が跳ね飛ばされるのと一緒に意識も千切れて飛んでいく。ここで意識を完全に手放したらお終いだ。必死で残った意識に縋りつこうとあがく。
まだ、倒れたくない。同じ所に立ちたいのだ、アイツと。
それに。
まだ、伝えたい事があるんだ、アイツに・・・・!


・・・・・気がつくと、件のアイツの顔が目の前に大写しになっていた。その彼は、フィアが今までほぼ見たことのないような表情を見せる。
「ホッとしたぜ。もう目をあけないかと思ったからな。」
見慣れない見慣れた顔が、聞き慣れた聞き慣れない声でそう言った。その声で、ぼんやり夢心地が覚める。体を起こそうとしたが、上手く動かない。
「馬鹿、まだ動くんじゃねぇ。」
手荒く頭を押さえつけられ、頭は枕の真ん中に再度収まる。
しかし、そこから見えた光景に、今自分が置かれている状況はわかった。
「・・・・悔しい・・・」
言葉が零れる。
「私は、負けたのか・・・・。」
闘技場の医務室のベッド。そこが彼女の居るところだった。周りには仲間達が心配そうな顔を並べている。
「フィアさん、大丈夫ですか?今、呪紋かけますから。」
「・・・ああ。すまない。」
ミリーの呪紋はフィアの体をある程度まで回復させてくれた。体がなんとか動くようになる。ベッドの上に起き上がると、ミリーがホッとしたように笑った。
「よし。あとは、ちょこちょこっと手当てしないとですね。服も着替えた方がよさそうだし。」
「そうね。さ、男どもは出て行きなさい!」
出て行かなかったら八卦奥義でも打つような勢いで、イリアが男性陣を追い出しに掛かった。

血と泥にまみれた服を脱ぎ、肩から腹にかけて案の定残っていた青あざを冷やし、多少体を拭いてさっぱりすると、なんとか外に出れるようにはなる。
医務室の外に出ると、ロビー壁にたむろしていた男性陣が出迎えた。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫です。」
「コレにめげずにまた頑張るッス!」
「ああ、そうだな。」
「元気出してください。」
「はは、大丈夫だ。」
苦笑いで頷き返していると、大きな手がフィアの肩を叩いた。
「ま、いいセン行ってたんじゃねえか?次は勝てるさ。」
その言葉が少し当たって、その手を跳ね除ける。
「世辞と慰めならいらん。」
「そんなんじゃねぇよ。あのデカブツに近接戦挑めるようになったんだ、他だってなんとかなるだろ。」
「・・・・・・・・。」
沈黙で返すと、シウスは一つ息をついた。
「お前、ちょっと前に会った時よりもずっと強くなってるんだぞ。だから、大丈夫だって。」
ばしばしと背中を叩かれるその感触と、その言葉に嘘は感じない。大体考えなくてもこいつはとても馬鹿正直な奴なのだ。だから、その言葉は真実なのだろう。
それならば、取るべき態度は一つ。
「そうか。・・・・・・ありがとう。」
言うと、シウスは一瞬ぎょっとしたような顔をして、ぷいと顔をそらした。
「あ・・・ああ。次頑張れ。」
「ああ。スタミナと腕力つけてもう一度頑張るさ。自分の弱点もわかったしな。」
ばん、とシウスの体を叩くと、シウスは軽く鼻を鳴らしてそれに応えた。
それでいい、といわれているような気がした。これでいい、とフィアも思った。
少しくらい遠くても、追いつける距離にいることがわかったのだ。彼がそれを認めた。
だから、今度は追いつく。同じところに立ってやる。ここは、始まりなのだ。

・・・・そして、いつか。



実は実話。うちのフィアさん未だにAランクの鳥に勝てません。どんだけレベル上げればいいんだよ・・・!!
なんて思って飽くなき挑戦していたら、必殺技覚えて「コレでアイツに近づけるかな」と呟き、倒れる時のセリフが「伝えたい事があるんだ・・・あいつに」なんていい残し、たまたま医務室で起こしてくれたのがシウスで、「ホッとしたぜ、もう目をあけないかと思ったからな」・・・と、コンボで来られて、これはネタにするしか!と勝手に燃え上がったのでした。闘技場だけで十分以上にロマンあるよ!(笑)
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