辺りで降り続き白く積もる雪。屋根に垂れ下がるつらら。頑丈なつもりでもかなり寒さを感じる厳しい気候。
砂漠に囲まれた故郷ではそうそう見ることの出来ないものが、ここでは普通に見ることが出来る。
ここは、常冬の国、シルヴァラントだった。
「ふー・・・さすがに冷えるな」
足早に歩きながら、シウスは肩を震わせる。
「確かこっちだったと聞いたが・・・」
視線が通りの店を彷徨った。探しているものは町のお楽しみ、酒場。聞くところによると、寒いところの酒は美味だ・・・という訳で、寒さにさらされつつも、実はかなり幸せだったりする。
「・・・・早く入っちまわないと凍え・・・ん?」
酒場を探す目線が、アストラルどころかどこの町でもそうそう見られないものを見つけた。
どういう風の吹き回しなのだか、フィアが店の看板を睨みつけて固まっている。看板を見るに、どうやら自分の目的地でもあるらしいのだが、そぐわない事この上なかった。
「おい、お前何やってんだ?」
声を掛けると、フィアはバネ仕掛けの人形のように振り返った。
「し、シウスっ・・・!な、お、お前、何でここに!?」
相当驚いたのか顔が真っ赤である。
「そこまで驚く事か?」
「そ、それはそのっ・・・」
なにやら言いかけているフィアに首を傾げつつ、先ほどまで彼女が睨みつけていた看板に目をやる。そこには答えらしきものがばっちり太字で書かれていた。
『本日のおすすめ サザエのつぼやき』
「なるほど・・・。」
北国の海産物なら、さぞや美味しいに違いない。おまけにサザエのつぼやきはフィアの好物である。
「・・・・っ!」
居づらくなったのか照れ隠しなのか、フィアが踵を返す。
「・・・なんなら、一緒に入るか?」
その背中に声をかけると、フィアが振り向く。
「なっ・・・わ、私は酒は・・・」
動揺しているのか、寒さからか、なんだか顔が赤くなっている。
「ここに居ても寒いだけだろ。」
言いながら酒場のドアを開けると、暖かく美味しそうな匂いが外にこぼれてきた。
「・・・・・・わかった。」
フィアがついて来るのを確認して中へ進む。暖かい空気と酒場特有の喧騒が二人を出迎えた。
「たまのひかり、せんちゅう、・・・お、こくりゅうもあるんじゃねぇか。」
北国の酒場は、予想以上に素晴らしい品揃えだった。自然目の輝きも違ってくる。
「飲みすぎるなよ。・・・まったく、どこでそんなの覚えてきたんだか。」
フィアが、最初に出されたナッツをかじって息をついた。
「へいへい。
ああ、オヤジ!こくりゅうとサザエつぼ焼きと・・・お前は?」
視線をフィアに移すと、フィアが後をついだ。
「すまないが、熱いお茶を一杯頼む。」
あいよ、と、景気よく店主が応えた。
好物の酒を思い切りあおると、冷たいのに焼けるような熱さが喉を流れる。最高の瞬間だ。
「っくー。さいこーだぜ!」
空いたグラスをテーブルに置くと、タンッと軽い音が響く。
「相変わらず幸せな奴だ。」
フィアはフィアでのほほんとお茶をすすっている。
「なんでぇ、相変わらず飲めねぇのか?」
二杯目。味わいたいが思い切りあおりたい、そんな喉越しがたまらない。
「ああ。ま、私はこれで十分満足できる。」
言って、フィアは来たばかり焼けたばかりのサザエのつぼやきに手を伸ばす。クイッとなれた手つきで中身を引っ張り出して、まだ湯気のたつそれを口の中に持っていく。普段よりも目元が少し緩んだ。
「幸せな奴。ガキみたいな顔しやがって」
「っ・・・!」
どうやら喉に詰まらせかけたらしい。見てて面白いくらい目を白黒させて、それでもどうにか咀嚼して飲み下して・・・
「お前に言われる筋合いはない!!」
顔を真っ赤にして反論してきた。
「大体、人が物を食べてるときにじろじろ見るな!ったく・・・。」
ぷい、とそっぽを向いてしまう。機嫌を損ねたようだった。
「おい、フィア?」
心なしか恐る恐る声を掛ける。
「・・・・・・なんだ。」
返事は、一応返ってきた。さほど怒っている風・・・ではない。少しホッとした。
「あー・・・そのサザエそんなに美味かったのか?」
数杯目を注ぎつつ、つとめてそれとなく声を掛ける。
「あ?・・・ああ。
さすがに北国の海産物は違うぞ。食べてみるか?」
そう言って、サザエの盛っている皿を指差す。
「お、いいのか?」
「二言はない。」
「んじゃ、お言葉に甘えるとすっか。」
ひょい、と手を伸ばして、サザエを手にとる。クルッと中身を引っ張り出す。口に運ぶと磯の味がした。つまみに非常によさそうな味は、思わず連続で手に取りたくなる。
「へえ、確かに美味いな。」
もう一つ、手を伸ばす。酒と共に飲んでみると、やはり相性抜群だった。しっかりした歯ごたえにほのかな苦みが癖になる味である。
「だろう?」
そういうフィアの声はどこか満足気だった。ついでに笑い声も混じる。
「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」
「ふふっ・・・鏡があれば見せてやりたいぞ。お前のほうがよほど子どものような顔をしている。」
「っ・・・!・・・・ふん、余計なお世話だ。」
フィアの笑い声を振り払うように杯をあけた。それでも楽しげな声は続く。
「いや、気を悪くしたなら謝る。
・・・お前と一緒でこんなに笑える日が来るなんて、・・・不思議な気分だ。
出て行ってから、お前の事は裏切り者としか思ってなかった。」
苦笑いの声には本気の悔いも混じっていた。
「考えを改めてくれたようでありがたい事だ。」
少し空気が重くなりそうなのを払うように軽く返す。しかし、返ってきたのは、真剣な声だった。
「・・・私の偽者がお義父様を斬った時、お前は私を信じてくれた・・・から。
考えを改めるには十分だった。・・・ありがとう。」
多少言いにくそうなのは、今までの経過が経過だからだろう。だが、おかげでこちらまで照れたような気分になる。返す言葉は決まっているのだが。
「何も改まって言われるこっちゃねえよ。」
酒をもう一杯。そして、手を伸ばしていた皿ごとそっぽを向いた。
「はは、お前らしい答えだ。
・・・ところで、シウス。」
「んだよ。」
横目でちらりと振り向くと、フィアが手を差し出した。
「サザエは返せ。」
「けっ。珍しくしおらしくしてると思ったってのに。・・・ほら。」
数個を自分の皿に取って大皿を返す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一つしか乗ってないぞ。」
「十分じゃねぇか?」
言いながらサザエを引っ張り出す。
「これが酒に合うんだよ。」
一口かじって、杯を口につける。
「・・・・ふーん・・・。」
一つ食べてしまって、次に手を伸ばす。
「悪ぃな、もらって・・・。」
と、目の前をフィアの腕が横切っていった。手はそのままこくりゅうをつかんでフィアのほうに戻っていく。
「あ、待て、何すんだ!」
「別に?」
目が据わっている、というのだろうか。超不機嫌な声。フィアの手は置いてあったグラスに勢いよく酒をそそぐと、それを口元に持っていった。
「ああー!お前待て、酒飲まないんじゃなかったのかっ!?」
「・・・ふん・・・これがサザエにあうのでな。」
先ほどシウスが言った言葉を真似るようにそう言って、そのままグラスを一気に飲み干す。
「馬鹿、やめろ!!」
酒の心配半分、フィアの心配半分。とりあえず酒をフィアの側に置いておくわけには行かない。しかし、酒を取り返そうとした手は、思い切り叩かれた。
「ってえ・・・」
フィアはそんなシウスにお構いなしでもう一杯グラスに酒を注ぐ。
「こらっ、人の酒を取るなっ!」
「・・・・ふん。」
つん、とそっぽを向いて、また一気に飲み下す。
「あーーー!」
思わず声を上げると、不機嫌そうに据わった目がこちらを向いた。
「いちいち騒・・・ぐ・・・にゃ・・・?・・・・?」
言いながら、フィアがゆらりと傾ぐ。
「げ・・・」
手を貸す間も無い。見ているうちに、フィアはぱたりとテーブルに突っ伏してしまったのだった。
「おい、フィア?」
ぱたぱたと目の前で手を振ってみる。返事も無ければ反応もない。
肩を持ってゆすってみる。返事が無い。ただの屍のようだ・・・息はしているのだが。とはいえ、そもそも酒が飲めないのに、強い酒を一気に飲めば倒れてしまっても仕方ないところである。
「・・・・はあ・・・ったく。」
フィアが持っていた酒瓶の中身は、ほぼ空である。それを確認してさらに深いため息をつくと、シウスは残り3口分ほど残っていた酒を飲み干して店を出ることにした。
「どうしたんだ?」
「どうしたの?!」
宿に戻ると、ロニキスとイリアがびっくりしたように駆け寄ってきた。
「あー心配ねぇ。酒飲んでひっくり返ってるだけだ。」
「フィアが、酒?」
よっこいせ、と少々ずり落ちてきたフィアを担ぎなおす。フィアのほうは、まるで砂袋のようにうんともすんとも言わない。
「ああ。
部屋開けてくれ。ちょっとこの荷物を寝かせたい。」
「あ、ああ、いいわよ。艦長、ちょっと行って来ますね。」
「ああ。」
ロニキスは元いた・・ロビーの暖炉前に戻っていく。
シウスに先立って歩きながら、イリアは責めるように声を低くした。
「・・・・・・あなたが飲ませたの?フィアが飲めないのは・・・」
「んなこたしねぇよ。コイツが勝手に飲んだんだ。」
イリアは一瞬目を点にしたが、気を取り直すように首を振った。
「嘘ならもっとまともにつきなさい。」
「嘘じゃねぇって・・・。」
「とても信じられないわね。」
言いながらイリアは部屋の扉を開ける。
「とりあえず、手前のベッドに寝かせてちょうだい。」
「あいよ。」
掛け布団を片手で乱暴に退けて、そこにフィアを下ろす。ぐったりとしたフィアは、少々身じろぎしたようだったが、なにやら小さくうめいただけで大人しくなった。
「私は水をもらってくるわね。」
そう言ってイリアは部屋を出て行った。
「ああ、すまねぇ。」
そう言って、イリアを見送る。言葉に応えるように、扉が、ぱたんと閉まった。
「さて、と。」
とりあえず掛け布団を掛けようと布団に手を掛けると、フィアが半目をあけた。
「・・・・・うん・・・」
「なんだ、起きたのか。おい、大丈夫か?」
目が虚ろだ。多分半分以上はまだ夢の中なのだろう。見ているうちに目は閉じられてしまった。
「おい、フィア?」
「う・・・・しう・・・す・・・」
呟いたのだかうめいたのだか良く判らない。
「気がついて・・・」
ないな、とさくっと結論付けると、シウスは勢いよくフィアに布団を掛けた。
「ったく、あんな飲み方する奴があるか。・・・しばらくくたばってろ。」
額に手を当てて声を掛ける。踵を返そうとしたところで、背後のベッドからかすかな声が聞こえてきた。
「・・・・・・いく・・・な。」
「ああ?」
振り返ると、フィアはやはりぐったりしたままベッドに横たわっている。
「いか・・・ないで。・・・また、おいて・・・いく・・・の?」
寝ぼけているのだろうか。手が半分空中を彷徨っている。
「おいてくな、つってもなあ・・・」
フィアが寝ているベッドに向き直る。何かため息が出てきた。
「どうせまた顔あわせるんだから、心配すんな。」
中空にある手を掴んでベッドに下ろすと、掴んだ手がかすかに動いた。
「・・・絶対・・・待ってる・・・・・」
ゆるく閉じられた目には涙がちらりと見える。
「うげ・・・、こんなんで泣く奴があるかよ・・・ったく・・・」
寝ぼけてることや、むこうに意識が無い事を計算に入れても、涙は苦手だ。大体フィアを泣かせるような事はやってないのに、なんでこうなるのか。
・・・と、ここまで心の中でブチって、はたと思いあたった。
・・・ああ、そうか。
一人旅に出たときのことが頭をよぎる。あの時、フィアは相当怒っていた。でも、もしかしたら、今の寝ぼけ方と総合すれば・・・本当は泣いていたのかもしれない。
「・・・・ま、忘れといてやるか。」
もう一度、手を握って、適当にフィアの涙をぬぐうと、シウスは今度こそ部屋を出て行ったのだった。
翌朝、ひどい二日酔いで起きてきたフィアがほぼ何も覚えていなかった事や、サザエの恨みとばかりにしばらく不機嫌だったことは、その後のおやくそくという奴だ。
「やっぱりありゃ何かの間違いか鬼の霍乱か・・・?」
と、シウスは盛大にため息をつくことになったのだった。
いや、このお二人さんめっちゃ好きなんですが・・・!!フィアさんとか好みど真ん中直球ストレートです。シウスもアニキ系大好きだからもう・・・!!おまけに不器用ケンカップルって私を狙い撃ちしてるに違いない。
スターオーシャン1はとってもとっても楽しかったです。ついでにキャラクターやらカップルやらがやたら好みな人多くて、一杯ときめきをもらいました。
ストーリーがすっぽこでも許すよ!だってトライアさまだもんっ!