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出口戦略のその後で

 カウチに寝かせた警備ユニットは身動き一つしない。呼吸もしているのかしていないのかといったところだが、辛うじて機能停止はしていないらしい。
 身体は元よりボロボロだ。トランローリンハイファを出る時に大立ち回りをしたせいで、膝から下の有機組織は取れてしまっているし、身体中に刺さっていた破片は無残な傷跡を無数に残している。ラッティが取り除くだけ取り除いて修復材を充てたもののそれはそれで痛々しい姿には変わりない。
 現在地は保険会社の砲艦だった。居住区域はそれなりの内装を施されているが、基本的には無骨で、金属に何かが擦れた跡や塗装も最小限で済ませている場所がそこここにある。
 この艦の装備としてキュービクルはあった。警備ユニットが倒れた時には実際に使用を勧められたのだが、メンサー博士は断固として断った。
 だが、その状態で状態が良くなるわけもなく、この状態で既に十日ほどが経過している。
 今はワームホールの中。あと数日ほどで、プリザベーションの船と合流するところだ。
 「何か変化は?」
 メンサー博士の声に、警備ユニットの内部をモニターしていたピン・リーは顔を上げた。
 「いいえ、まだ。……やはりキュービクルに入れた方がいいのでは?このままでは」
 「いいえ。絶対にだめよ。統制モジュールをどうやってハッキングしたのか、保険会社は知りたいはず。
  その機会を与えるわけには……」
 統制モジュールがハックされているのが公的にわかっている状態でそんなことをしたら、修復の際に何を余計に読み取られるかわからない。最悪統制モジュールが復活しかねないとも思っているのだろう。メンサー博士は首を振る。
 「だめよ、信用できない。」
 その時、かすかに警備ユニットの瞼が動いた。
 「マー……!」
 メンサー博士は、警備ユニットの手を取ると、その名を口にしかけて、くっと止まった。
 「モニターは?」
 ピン・リーも慌ててモニターに目をやる。
 「少しだけですが活動量が増えました。……今は、……また戻ったようですが」
 しかし、少し増えた活動量は落ち着きを見せても、現在は最初よりは少しマシな水準で推移している。二人でそれを確認すると、ピン・リーは小さく息をついて警備ユニットを見やった。
 「警備ユニットも頑張ってるみたいですね。」
 「ええ。」
 
 それからというもの、警備ユニットは少し活動量を増やしては落ち着くのを繰り返すようになった。グラシン曰く、ずっと接続を確認しているような動作らしい。
 このまま活動量が増えれば、自己修復して復帰する可能性もあるが、期待するには少し分が悪い。それでも、彼らは信じるしかなかった。
 数日後、ワームホールを抜けると、プリザベーションの船が待ち構えていた。迎えに来たシャトルにぐったり動かない警備ユニットを乗せ、全員で故郷の船ヘ向かう。見慣れた古いスタイルの船に入ると、全員の今までの緊張がほどけていくのが分かった。調査惑星からずっと、張りつめ通しだったのだ。
 メンサー博士たちが船に入って、まず最初にやったのは、警備ユニットを医療システムに入れることだった。
 クッション付きのベッドに横たえても、警備ユニットは相変わらず身動き一つしない。モニタの数値も特に変動はない。
 「ここはもう、あなたの嫌いな保険会社の船じゃないわ。ゆっくりお休みなさい。」
 ベッドから落ちそうな腕を元に戻して、メンサー博士は話しかける。
 その時、また、ぴく、と瞼が動いた。
 名前を呼びそうになって、またモニタを慌てて確認する。
 システムに詳しくなくても解る、数値の動き。
 「ねえこれは!?」
 「診断を掛ける!」
 ラッティが声を上げ、ピン・リーが手早く装置を操作する。
 そこに出てきた結果に、脇から見ていたグラシンがほ、と息をついた。ピン・リーは、ぐっとこぶしを握って快哉を叫ぶ。
 「よかった!診断を見ると、活動量が急速に増えている。自己修復してる!」
 「ああ!……よかった。本当によかった……。」
 メンサー博士は目をこすって安堵の息をつく。その場にいた誰もが、深く息をつき、手を目にやった。そして、自分たちを守ろうとしてボロボロになった警備ユニットの回復を静かに喜んだのだった。
 
 
 警備ユニットはモニタを見る限り回復はしているらしい。
 ただし見た目は、たまに何かを見るように瞼が動いたりするくらいで、あとはほとんど動かない。
 「ただいま。
  特に変化なし。モニタ見るに、回復状況は悪くなさそう……動かないけど。
  それでちょっと相談があるんだけど。」
 調査隊で陣取っている船室の一つ。
 医療システムから戻ってきたラッティはそう言って、各々調査報告に手を付け始めていた調査隊のメンバーを注目させた。
 「これは僕の意見なんだけど。
  一般論として、脳機能の回復には外部刺激が有効だ。
  警備ユニットも脳は有機物の構成機体だから、もしかしたら効くかもしれない。少なくとも試してみる価値はあるんじゃないかな」
 ふむ、とメンサー博士は頷いた。ピン・リーは首をかしげる。
 「具体的には何をするの?」
 「基本的には頻繁に話し掛ける。聴覚へのアプローチ。あとは手を握ったり、触覚を刺激するのもあるね。」
 「警備ユニットは触れると怯えるわね。」
 メンサー博士は少し眉を寄せる。ラッティもその事実に気づいて頷いた。怯えて出てくるのを拒まれたら元も子もない。
 「そうですね、手を握るのはやめときましょう。でも話し掛けるだけでも違うと思います」
 「話し掛けられるのも苦手なようだがな」
 グラシンは軽く肩をすくめるが、別に反対というわけではないらしい。
 「まあ刺激にはなるんじゃない?」
 「違いない。」
 モニターは定期的に確認していた。何か動きがあればアラートが鳴るようにもしている。
 ただ、確認の時に、動かず言葉もない警備ユニットにいくらか話しかけるのが、彼らのルーティンになった。
 
 
 「話しかけても返事はできないみたいだけど、呼吸量が増えてるのは分かるわね。」
 様子を見に行ったメンサー博士は、そう言ってモニタの数値を共有する。
 「聴覚はまだちゃんと復旧してないと思うんだけど、近くに人がいるのは分かる事があるみたい。」
 認識レベルはまだ二十パーセントもない。それでも、一桁だったころに比べれば格段の進化だ。
 「数値の違いは微々たるものだけど、センサー機能との接続が復旧し始めているんだと思う。
  聴覚は気まぐれみたいね。耳元で叫んでも気づくかどうかは時によるでしょう。」
 「耳元で叫んだんですか?」
 ラッティが聞き返すと、メンサー博士はふっと目を細めて笑った。
 「そんな事をしたら、後々冷たい目線を向けられて『あなたはもっと分別があったはずですが』なんて言われそうね。
  やってないわよ。ちょっとやろうかと思ったけど。」
 メンサー博士から飛び出した警備ユニットの口真似に、ラッティとグラシンが吹き出す。誰より冷たい目線を受け続けてきた男たちには思うところがあったのだろう。
 「違いない。」
 「本当ならこの会話だって聞いてそうなもんなんですがね。」
 医療システム内部の警備ユニットがこの会話を聞くことは、多分ないのだ。まだ。
 
 
 警備ユニットがしゃべりだした、と報告を持ってきたのはピン・リーだった。
 「喋れるようになったの!?」
 「認識レベルの上昇率は変わりませんが、記憶の復旧が進んでいるのは分かります。……ただ、……まあ見てみると解るんですが……」
 調査隊のメンバーは足早に医療システムに向かう。
 そこでは確かに、警備ユニットがうわごとのようにシステム音声と謎のセリフをつぶやいていた。
 「これは、しゃべりだしたうちに入るのかな、と。」
 ピン・リーが首をかしげる。警備ユニットはただぶつぶつとうわごとの様に声を発している。
 
 『この二百もの命を守る使命がある』
 『私はやっていない、と言っても信じてはもらえないようね』
 『この子を先に助けて!じゃないと動かないわよ!』
 
 システム音声の合間に挟まる言葉に耳を傾けていたラッティが、小さく笑う。
 「これ、ドラマのセリフだね。『サンクチュアリームーン』の。」
 「確かにそうね。」
 メンサー博士も困ったように小さく笑って頷く。
 「おまえ、この状態でもドラマ見てるのか?」
 グラシンが話しかけると、警備ユニットは少し静かになり、そして先ほどより少し音量を上げてしゃべりだした。
 「……認識してるのか?」
 グラシンは眉を寄せてモニタを見る。
 「数値は変わらないね。相変わらずちょっとずつ上昇中。」
 同じくモニタを見ていたピン・リーが肩をすくめる。その隣でメンサー博士が小さく笑った。
 「ほっといてくれ、と言っているみたいね。」
 「ドラマ視聴中みたいだし、今はほっといた方がいいかもしれませんね。」
 ラッティも頷く。ピン・リーはその隣で小さく微笑む。
 「しかし、こんなに認識レベルボロボロでも、好きなものは邪魔されたくないものなんだね。」
 「人間もそうだからね」
 同じだよ、と、ラッティはもう一度頷いたのだった。
 
 
 長らく警備ユニットがぶつぶつ言っていた(警備ユニットはドラマ視聴中、と隊員たちは扱っていた)のがひと段落したころには、認識レベルは数値の上では相当に上がっていた。といってもまだ半分もない。
 ただ、ドラマの効力は素晴らしい、と解釈すべきだろうか。その後ラッティがインターフェース片手に様子を見に行くと、警備ユニットが目を開いていた。
 「気分はどうだい?」
 ぼんやりと目を開き、虚空を見上げている警備ユニットに話しかける。
 警備ユニットは、一つ間をおいてラッティの顔を見た。視線が会ったのだ。
 そして、少しまた沈黙が落ちる。ただ、何かを検索し探しているような気配はあった。
 ゆっくりとその様子を観察していると、やがて警備ユニットは口を開いた。
 「元気です。」
 体はボロボロで、ちっとも元気ではない。それでもなんとか自力で反応しようとした結果だろう。システムの音声とは違う声だ。
 警備ユニットが倒れてから、会話が成立したのは初めてだった。くしゃ、と歪みそうになる顔をこらえて、ラッティは頷く。
 「ここがどこかわかる?」
 警備ユニットは、視線をズラして長考に入ったらしい。今度はシステム音声が返事をした。
 「情報を検索中です。しばらくお待ちください。」
 まだ、十分に会話ができるわけではないらしい。自明だ。
 「わかったよ。ゆっくりね。」
 
 
 目が開くようになってからの警備ユニットは、ぶつぶつと言葉を羅列したり、ドラマを見たりしながら順調に回復速度を速めているらしい。
 「会話、少しずつできるようになってるね。
  今日は『メディアが見たい』ってぶつぶつ言ってるから、ディスプレイ要る?って聞いたら、『弊機は内部で見てます』って言われたよ。」
 「コントみたいだね」
 飲み物片手にピン・リーが報告すると、調査隊の部屋の中で一人報告書類と向き合っていたラッティが笑う。ほかの二人は船室らしい。ラッティの隣に陣取ってため息をつく。
 「ほんっとね。」
 「でもまあ、支離滅裂でも応答できるだけ進んでると思うよ。認識レベルは現在……四十五パーセントだね。そろそろ折り返し。」
 ラッティはそう言ってモニタの該当箇所をハイライト表示した。
 「四十五パーセントか。私のことわかるかって聞いてみたりもしたんだけど、まだ情報検索が必要みたいでさ。
  『顧客です』だって。」
 少し不服そうなピン・リーは、それでもどこか嬉しそうだ。
 「早く元に戻るといいんだけど。」
 「きっと元に戻るさ。もっとボロボロになっても復活したんだから。」
 そうだよね、とピン・リーも自分の報告書に戻る。
 このコントのようなやり取りを、元気になった警備ユニットは果たしてどれだけ覚えているのだろうか。
 もしも覚えていたら、なんとなく顔色を変えずに隅っこに行ってしまいそうな気がしていた。もしかしたら、以前の様にまた消えてしまうかもしれない。
 ……そろそろ、警備ユニットが元に戻った時のことも本格的に考え始めた方がいいのかもしれない。
 一息に飲み物を飲むと、ピン・リーは報告とは関係のない法律書類を引き出したのだった。
 
 
 今日もまた警備ユニットはぶつぶつと何かをつぶやいている。
 
 「弊社にはもどりたくありません」
 「戻しはしないさ」
 「人間にはなりません」
 「おまえは構成機体ってことにプライドがあるんだな」
 
 つぶやきに相槌を打ちながら、警備ユニットはおそらくまだ個体の判別はできていないのではないか、とグラシンは考えていた。ラッティは、個体判別はできていると思う、と言っていたが、自分の観測範囲ではまだまだできているとは思えない。
 「ペットボットにはなりたくありません。」
 「だれだってなりたくないさ。」
 警備ユニットの目は開いている。虚空を眺めているから、多分こちらの姿はまだうまく認識できていないだろう。ここにはカメラもないから、何かを見ようと思ったら、警備ユニットは自分の目で見るしかないはずだ。
 モニターを確認しながら警備ユニットの状態を観察していると、ふと警備ユニットと目があった。
 少し驚いて目を見開くと、警備ユニットは当然のことの様にこちらに向けて言葉を発する。
 「あなたは嫌いです。」
 前言撤回。間違いなく警備ユニットはこちらを認識している。たとえ言葉に難があっても、その少しの進歩が嬉しい。
 それにしてもこいつはぶれない。一度嫌いだと思えばずっと嫌いなのだ。構成機体だからなのか、ただの性格なのか。
 「わかってる。」
 可笑しさに肩を震わせて返事をすると、警備ユニットは不服そうに言う。
 「本気ですよ。」
 モニターの認識レベルの数値は五十四パーセント。だが、これはすぐに上昇してしまうだろう。
 「お前の認識レベルは五十五パーセントだと報告しておいてやるよ」
 「クソッタレ」
 間髪入れずに飛んできた罵声に笑いだしそうになった。語彙はそんなところから思い出すものなのだろうか。なにより、ようやく続くようになった言葉のラリーが罵詈雑言なあたりが、なんとも警備ユニットらしい。
 「六十パーセントだな。」
 冷静な顔でフィードに報告を飛ばすと、警備ユニットは、お前と話すことなどもうない、というように目を閉じていた。まあ、嫌いな人間といつまでもしゃべっていたくないのは、人間だって同じだ。そういうことにして、医療システムから出ることにする。
 回復はきっと、近い。
 
 グラシンが調査隊の部屋に戻ると、ラッティは顔を上げて、どうだったかと聞いてきた。部屋には全員揃っていて、それぞれのやる事と取っ組み合いをしている。
 「『あなたは嫌いです、クソッタレ』だとさ」
 おどけて肩をすくめるグラシンに、ラッティは吹き出した。傍で法律文書作成に掛かっていたピン・リーも肩を震わせる。
 「完全に認識してるね。」
 「あと少しだね。クソッタレは酷いと思うけど。」
 笑いをかみ殺しながらラッティも言う。
 「まあ警備ユニットらしいといえばらしいがな。」
 「プリザベーションにつくのと、警備ユニットが回復するのはどちらが先になるかしらね。」
 メンサー博士は、船の運航状況に目をやりながらそうつぶやく。
 「この調子なら、ある程度認識レベルが上がった状態でプリザベーションには到着すると思います。」
 実際の数値をハイライトしながら、グラシンは一応の報告をする。
 「完全に治るのとどちらが早いかはわかりませんが。」
 数値の上昇率を眺めながらラッティも頷く。
 「同時くらいかな。」
 「準備を早く進めないとね。」
 メンサーの言葉に、ええ、と頷いて、グラシンも自分の画面を開いた。
 ただし、報告書ではなく、少し……いやかなりダーティな書きかけのコード群だ。
 「締め切りが早まったな。」
 小さくぼやいて、すっと書きかけのコードに没入する。コードと取っ組んでいると、外の声が控えめに聞こえてきた。
 「でも、この締め切りが早まるのは悪いことじゃないよ。」
 ラッティだ。
 「違いない。」
 つぶやいて、グラシンは外の音をもう一段階落としたのだった。
 


マーダーボットダイアリー、狂おしいほどハマってしまって勢いあまって書いてしまった。
出口戦略の無謀 の時 弊機が倒れてポンコツ状態でプリザベーションに運ばれてるときの人間視点の話。「あなたのことはきらいです」て目を覚ますなり言い出す弊機に何を思ったのだろうか、と思ってましたが、プリザベーション隊みんないい人なので純粋に喜んでそうです。
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