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笑顔でいてくれると嬉しい

そこは大川河原沿い、無宿人たちの宿り場。
「ほんでな、店の蔵あけて見たらでっかい鼠が仰山おってなー・・・」
一日の終わり、橋の下のあばら家に、いつもの元気のいい声が響いていた。
真那である。
聴いているのは、病弱ゆえなかなか外に出られないで居る彼女の妹、真由。枕もとには店からいただいてきた食べ物が慎ましやかにおいてあった。
「物どけて掃除したんやけど、ホントあいつらすばしっこくてなー。怒った涼浬がクナイ持ち出しとったわ。」
「まあ・・・」
くすくすと笑う真由に、真那はにぱっと笑いかけて話を続ける。
一日の面白かったこと、楽しかったことを病床の妹に報告するのは、真那の毎日の習慣だった。
「水攻めの方が得意やないのか、て聞いたら、水だと商品に悪いからやらんのやて。でも、あの剣幕でクナイ投げられたら、鼠かてしばらくは寄り付かんと思うけどな。」
「そんなに怖かったの?」
「うん、妖怪と戦ってるときとおんなじ表情やったし・・・その後念入りに鼠とりと罠仕掛けてたんやけど、あんまり念入りにやるから、たっちが止めてたわ。人も入れんくなるーって。」
「ふふふっ・・・」
そうやって、笑い声と一緒に夜になって、二人で丸くなって眠る。まるで野良猫のようだが、それはそれで幸せだと、真那は思っていた。

翌日。
「・・・で、真由はまだ出られそうにないのかい?」
龍泉寺の縁側で、湯のみ片手の梅月が心配そうに言う。
「うん。もうちょっとやと思うけどな。」
同じように湯のみを持って、真那はひとつ息をついた。
二人の背後のお堂には、文机となにやら書き散らされた紙束と筆と硯と冊子。机の片側の紙束は無造作にまとめられ、もう片側の紙束はお行儀よく整えられている。
「もうちょっと、か・・・早く元気になると良いんだけどね。」
手習いの間の休憩時間。
縁側には急須とささやかなもらい物の茶菓子が置いてあった。うち一つは丁寧に懐紙に包まれている。
「うん。でも、真由は結構しぶといと・・・思うから。
 涼浬んとこで貰ってきたお土産も食べたし、藍ねえちゃんからお薬ももらっとったし、今日もお菓子もらったし・・・」
懐紙に包まれた菓子を大事そうに手で包む。そう、以前よりは、真由を巡る環境は良くなっているのだ。
「それに、昨日はウチの話聞いて笑っとったし。きっとすぐようなるんや。」
昨日の真由の笑顔を思い出して、真那の表情がほころんだ。
「そうだね。笑うことができるならきっと、大丈夫だろう。」
その表情を見て、梅月も穏やかに笑う。
「梅月せんせもそう思うやろ?ウチもそう思うんや。元気ないと笑ってられへんしな。」
「笑うとなんとなく元気が出てくるものだしね。」
「真由の笑顔やったら、ウチなんか見てるだけで元気百倍やわ。」
そう言って、手にもったお茶をぐっと飲んで・・・むせた。
「げほっけほっ・・」
「おやおや、大丈夫かい?」
慌てた体で梅月の手が真那の背をさする。
「けほっ・・・ふぅ・・・ありがとな、せんせ。」
「まったく・・・慌てて飲むからだよ。もっと落ち着いた方がいい。」
「うん、さっきのはちょーっときつかったわ。」
照れたように苦笑いしながら、真那はおいてある茶菓子に手を出す。それを眺めながら、梅月はひとつ息をついた。
「でもまあ・・・これくらい元気のある方が真那らしいか。」
そう小さく呟いてお茶をすする。
「ん?せんせ、何いったん?」
茶菓子をかじりながら真那は梅月を見上げた。
「ん・・・・そうだね・・・」
湯飲みを脇において、庭先に向かってゆったりと息をする。
「真那よ。君はさっき、真由の笑顔を見るだけで元気になるといったね。」
「?うん。」
頷くと、庭を見ていた顔がこちらを向いた。
「僕もね、真那が・・・君たちが元気に笑っているのを見ると、力が湧いてくるような気がするんだよ。
 先が見えていても、今を精一杯生きる・・・・そんな力がね。」
初対面の時からは想像もつかないほどに優しい顔で、真那の頭をなでる。
「だから、君たちにはいつも元気で笑って居てほしい、と・・・思っていたんだ。」
驚いて目を見開いたものの、その感触は少しこそばゆくて、なんだか心地よかった。
「・・・梅月せんせも、うちと同じなんやな。」
「そうだね・・・護りたい、大切なものがあるという点においては同じだね。
 そして、それを教えてくれたのは、君たちだ。」
頭を行き来していた手がとまる。
「?」
見上げた目と見下ろす目があった。
・・・ありがとう。
頭にあった手は、そっと力が掛かったあとに離れる。
驚き半分で、こくん、と口の中の物を飲み下すと、なんだかどこか詰まったような感じがした。慌てて手で湯飲みを探して、中身を飲む。
「大丈夫かい?」
「・・・ふぅ。うん、だいじょぶや。
 なんや、いきなり改まって言われたからびっくりしたわー。」
笑って言うと、梅月は、それはすまなかったね、と笑った。

「さて・・・それを飲んでしまったら、手習いに戻ろうか?」
空になった湯飲みを盆のうえにおいて、梅月がそう声を掛けた。
「でも、梅月せんせまだお菓子食べとらんやないの。」
真那の視線は、菓子皿の中の茶菓子に向いている。
「ああ、・・・そうだね。」
梅月も視線を菓子に向けた。そして、少し真那を見て、その後おもむろに懐から懐紙を取り出す。
「?」
一つ余った菓子は、くるくると手際よく懐紙に包まれていった。
そして、それは真那の目の前に差し出される。
「これはもって帰りなさい。家で真由と一緒に食べたらいい。」
それは確かに嬉しい申し出だった。
「でも・・・うち、もう一つもらっとるし。ええの?」
「家で一緒に食べるなら、二つ必要だろう?
 僕のほうはいいから、遠慮するんじゃない。」
その言葉には逆らえなかった。
「ありがとな、梅月せんせ。」
素直に受け取ると、梅月は笑って立ち上がった。
「さっき言っただろう。僕は、君たちには笑っていてほしいんだ、と。
 そのためにできることがあれば、僕は喜んでするよ。」
たとえそれが何であってもね。
そう言って文机の前に戻っていく。
真那は一瞬固まる。
しかし、気を取り直してお菓子を二つ懐に入れると、元気に文机の前に駆けて行ったのだった。



別のジャンルで書くつもりが、飢えに飢えて(苦笑)この組み合わせ。
キャラ同士だと、この方々が一番好きかな、外法。先生と生徒な感じで、見てて和むんだ・・・。
3つしか差ないとはいえ、ラブに片足つっこんだら先生がロリコンに見えて仕方ないのであえて自粛。たとえ片足突っ込んだとしても、どうせ先生の一方通行だと思うけど。
でも、二人のことを案じて、世話焼いて、それでなんか幸せそうにしてる先生は好きですよ。
初対面の印象は悪かったのに、先生になんだか懐いてるっぽい真那と真由もかわいいなーと思う。食べ物に釣られただけかもしれないけど、あれで誇り高い真那たちのこと、きっとそれだけじゃないだろう・・・とも思う。
結局二人とも秋月の養女になるけど、先生てばいったいどうやって口説いたんだろうなあ。
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