蒼龍の声が響くと、艦隊は一気に臨戦態勢になった。
「敵総数、5!中型艦2、小型艦3。
一番隊、二番隊、発艦準備!距離が半分になったら順次発艦する!」
てきぱきと艦載機の準備をしながら、蒼龍は索敵機と交信を取り合っている。
「提督から通信じゃ。 敵の数が前より増えている、おそらくは敵主力だから絶対無理するな、と。心配性じゃの。」
旗艦の初春が通信内容を伝えると、二番艦の天龍がおうよ、と応えた。
「ま、今回はどうとでもなんだろ、蒼龍もいりゃ長門も居るんだからな。」
「油断してると足元掬われるわよ。この海の下には何がいるか解らないんだから。」
六番の位置に居る叢雲がたしなめると、隣にいた木曾も全くだ、と頷いた。
「他の所にも敵艦隊が居る可能性は否定できない。近づいたからには警戒を怠らない方がいい。
今回俺たちが対潜装備を積んでないことを忘れるな。またやられるぞ。」
「へいへい。」
天龍は肩をすくめるとこちらのほうを振り向いた。
「長門、調子はどうだ?」
聞かれて、大丈夫だと頷く。
「感覚も以前と大差ない。問題ないだろう。試射のみで即実戦とは思わなかったがな。」
「皆そうじゃ。何せ人手不足での。あと、習うより慣れろ、と提督は言っておったな、随分命がけじゃが。」
初春は、くすくすと笑いながら扇子をぱちんと鳴らした。
「装甲は一種独特でな、以前の艦と同じくらいの防御力を持って自分の周りに展開しておる。見えないから最初は感覚は掴み辛いがの。」
「装甲を突き抜ければ、まずは艤装が破壊されるわ。艤装で済んでいるうちに撤退しないと、今度は身体にダメージが行って沈むわね。身体部は機関部とでも思っておきなさい。
無理は禁物よ。これは提督の命令でもあるわ。」
叢雲が後を引き取る。
「ま、やってみればわかる。提督じゃないが、習うより慣れろだ。」
「ああ、そうだな。」
会敵まであと二時間ほど。軽巡二人は主砲の妖精と最終確認に入った。蒼龍も先ほどから索敵を密にしているようだし、駆逐艦二人は提督からの命令を確認している。
「主砲、カタパルト、異常ないか?」
「大丈夫。砲塔全て異常なしです。」
「カタパルト、いつでも使用可能です。」
ぴし、と敬礼する妖精たちに、うん、と頷く。
「偵察機、一番機は近距離を中心に索敵の補助に入れ。穴を開けるな。二番機、海図によれば方位60度、距離250kmあたりに小島があるはずだ。隠蔽されている戦力がないか確認頼む。三番機は待機、いつでも発艦できるようにしておけ。」
「わかりました!」
準備の整った偵察機二機を飛ばし、偵察機との通信に耳を傾ける。異常なし、異常なし。
敵と見えるというこの感覚は、本当に久しぶりだった。
戦中、泊地で待ち焦がれた「戦」。出るのも戦うのも一苦労だった、戦い。
「待ちに待った艦隊決戦、か。」
アレを思えば拍子抜けするくらいあっさり降って沸いた出撃機会だが、戦のため海に出た以上、戦艦の本分を果たしたいと思うのはもはや本能だ。
「……胸が熱いな。」
そう、つぶやく。
その時、通信が叫んだ。
「敵部隊発見、小型艦2!方位60、距離200km、島の東沖10kmです!」
「隠れていたか……!
敵部隊発見、小型艦に!方位60、距離200km、島の東沖10km!」
半分ほどの距離の敵艦に、びしっとその場が張り詰めた。
「……射程内ね。一番隊、準備できてる?気づかれる前に一気に叩く!」
蒼龍が矢を番えた。息をつき、まっすぐに敵報告の方角を見る。
「攻撃隊、発艦はじめっ!」
ヒュッとした音と共に、矢が次々と放たれていく。それは中空で航空機に姿を変え、空高く舞い上がって行った。
「進路は一度前衛のほうに向けたほうがよいかの。」
初春が問うが、蒼龍はううん、と頭を振った。
「大丈夫。多分。少し離れるけど主力艦隊目指して進みましょう。進んでるうちに成果が入ってくるはずよ。」
それからでも遅くない、との意見に、初春もそうじゃの、と頷いた。
「相わかった。まあ、行きがけの駄賃みたいなものかの。」
提督との通信を開こうとする横で、軽巡二人が口を開く。
「慢心は」
「駄目だ。」
二人揃った言葉に思わず肩をすくめた初春だったが、すぐにやわらかく微笑んで見せる。
「そうじゃったの。気を引き締めねばな。」
言って、初春は今度こそ通信を開いた。
「初春じゃ。方位60、200kmの位置に敵艦発見、小型艦2。今蒼龍の攻撃隊が発艦した。
当艦隊は進路を変えず、主力艦隊のほうを目標として進撃する。
……ああ。任せておくがよい。」
息をついてこちらを振り返る。
「提督からはそれでよい、とのことじゃ。仕事ができる娘たちで助かると。」
「まあ、経験者ですから。」
ふっふん、と笑って見せた蒼龍の目は言葉の割に緊張感が解けていなかった。
「三番隊と四番隊も発艦準備を始めて。
うん……皆、無事で帰ってきてくれればいいんだけど。」
蒼龍の想いが通じたか、小型艦二隻は攻撃隊によってあっさり撃破された。対空装備もあまりなかったらしく、被害なし、戦果二隻、と戻ってきた妖精は鼻高々である。
「次の戦いに備えて、発艦できるようにしておいて。先発は二番隊と三番隊。四番隊は一番隊の準備ができ次第飛んでもらう。」
ねぎらいと共に矢継ぎ早の指示が飛ぶ。次の主力部隊は既に航空隊の射程圏内だ。先ほどから随分高速でこちらに向かっているらしく、会敵は予想より早くなりそうだった。
***********
艦載機が飛び交う。敵艦に肉薄した水雷組が、主砲を撃ちながら魚雷発射の準備をしているのが見える。
敵主力と思しき艦隊と交戦を開始してどれだけ経っただろうか。激戦の末、敵艦残りはあと一隻。
散布界を計算し、主砲の仰角を調整。まだ味方は巻き込まずに撃てると確信する。
展開した砲塔からの合図は、全て準備完了だ。
「全主砲、斉射!」
号令に妖精たちが構える。
「撃てーー!!」
轟音が鳴り響き、主砲弾は敵艦めがけて一直線に放たれる。一瞬の後、更なる爆発音とともに巨大な水柱が立ち、着弾したのが見えた。
「やったか!?」
次の発射準備をさせながら、放っていた偵察機の信号を待つ。
「敵旗艦、撃破!!敵艦隊、全滅!」
「よしっ!」
すぐに入ってきた報告に、思わず叫んだ。
「さすがです、長門さん。」
艦載機に帰投命令を出しながら、傍らにいた蒼龍が笑う。
「蒼龍が上空を制してくれていたからこそだ。……だが、うれしいな、これは。」
緊張が少し解けて、思わず頬が緩む。だが、まだ戦場と思い直して引き締めた。
「行こう。初春たちと合流……」
視線を先に向けて、あれ、と止まる。合流先の旗艦、初春ははるか先。その後ろを叢雲、木曾、天龍が追っている。戦闘がひと段落着いたとはいえ、隊列も何もないのはさすがにおかしい。
「どうしたんでしょうか。」
追おうとすると、前のほうから怒鳴り声が聞こえた。
待て、とか、先行しすぎだ、とか、どうも不穏だ。
「何があった!」
声をかけて速度を上げる。前にいた軽巡洋艦二人は、わからねえ!と怒鳴ってさらに速度を上げ……ぴたりと止まった。
「どうした?」
追いついて二人の視線の先を見ると、初春がほの光る何かを抱えている。何か小さく話しかけているその表情がずいぶんと愛しげで、何なんだと疑問符が頭を埋め尽くした。
「なるほど、誰か居たんですね。あの感じだと知り合いかな。」
やれやれ、と蒼龍が息をつく。
「誰か?」
「あ、そっか、長門さんは初陣でしたね。
海域で敵と戦った後に、たまに仲間の魂を拾うことがあるんですよ。」
通称ドロップ艦。海域で見つけるときはあんな不安定な状態だが、工廠で魂を固定することで目覚めるのだという。
「吹き飛ばされたのか。」
「しかしよく気づいたよなあ。」
すっかり和みに入っている木曾と天龍の前を、ずかずかと叢雲が横切る。そして、初春の目の前にどんと仁王立ちした。
「あのねえ!ドロップ艦がいたならいたって言いなさい!あんた旗艦でしょ!確認も終わってないのになんで一人で先行するの!」
圧倒的常識を怒鳴られ、初春がはたとわれに返る。
「……あ……! 済まぬ、ついっ!ええと、報告……」
淡い光を抱きしめたまま、初春があわてて姿勢を正す。
「皆、申し訳なかった。
……通信状態よし。各員戦果と損傷状況を報告せよ!」
叢雲が腕組みして盛大に鼻を鳴らした。
「全くもう! 叢雲、駆逐1隻中破、初春と一緒に沈めたわ。損傷軽微!敵駆逐の弾がかすった程度よ。」
その横で天龍が肩をすくめる。
「天龍、駆逐1隻大破、蒼龍と合同だ。損傷有り、小破程度。敵雷巡の弾があたったが、まあこれくらいどってことねえぜ。」
「木曾、駆逐1隻大破、蒼龍の艦載機が止めさしたな。損傷なしだ。天龍が大体引き受けてくれたんでな。」
ありがとな、と言う木曾に、天龍はなんてことねえよ、などと笑っている。
「蒼龍、戦果、駆逐2隻撃破。天龍、木曾と合同戦果ね。本体に損傷なし。艦載機が二機落とされたけど、搭乗員は無事よ。」
「長門、戦果、軽巡1隻撃破、雷巡1隻撃破。損傷なしだ。弾は飛んできたが弾き返せる程度だった。」
蒼龍と共に続けて報告をすると、初春はうむ、と頷いた。
「了解。初春、駆逐1隻撃破、叢雲と合同。損傷あり、小破じゃな。軽巡の弾をよけ損ねただけじゃ、作戦に問題はない。」
提督からの声が来たらしい。初春は通信機にむかって、ああ、うん、と返事をしている。
「なお、戦闘終了後にドロップ艦を発見。……駆逐艦、初霜……わらわの妹じゃ。」
うれしそうな声の報告に、単騎駆けの理由が見えた。妹の気配を感じとって我を忘れたのは想像に難くない。
「……ああ、わかった。艦隊、これより帰投する。」
通信をきったらしい。ほっとした面持ちで初春は顔を上げた。
「提督と大本営からの情報ではこの海域の主力はおそらく先ほどの艦隊だろうということじゃ。
全員撃破してしまっておるし、こちらは基地にも近い。またあの規模で侵入してくるにはかかるじゃろうと。この海域の作戦は完遂、次の作戦に移るので、ひとまず艦隊帰投せよということじゃ。」
気をつけて帰って来い。それが次の命令だった。
「おーうお前ら、お疲れさん、ありがとな!」
母港に戻ると、提督は波止場まで出迎えに来ていた。緊張感皆無の提督の前に整列し、帰投報告だけはぴしっと済ませる。
「報告了解だ。
初春と天龍は上がったらさっさと入渠しとけ。あー、そんな目で見るな、心配せんでも今日の出撃はこれで終わりだからな。あと初春、次回はちゃんと最後まで旗艦やれよ。」
不服そうな二人をなだめつつ釘をさしながら、提督は次の3人を向いた。
「叢雲、木曾、蒼龍。堅実な戦果感謝する。初春と長門のフォローもしてくれてありがとな。」
「ま、初期艦の勤めよね。」
ふん、と鼻を鳴らす叢雲に、はいはい助かってます、と提督が笑う。そしてついでこちらを向いた。
「あと、長門。今回の戦勝における殊勲賞は文句なしにお前だ。初陣だってのに、よくがんばったな。
早めに主力を叩いてくれたおかげでこちらの被害も軽微で済んだ。」
ありがとうな。まっすぐな誉れと感謝の言葉に、思わず口ごもる。
「その……あぁ……うん……」
「本当に。おかげで初霜も無事迎えられたしの。」
感謝しとるぞ、と初春が笑えば軽巡二人もそうだよなあと頷く。
「敵艦も一撃で仕留めるし。」
「さすが戦艦ってやつだよなあ。」
「うん、安定感も違いますし。」
「本当、大騒ぎしただけの事はあったわね。」
戦っていた仲間にまで褒められて、さらに顔に血が上った。
かつて、こんなことは なかった。初めての経験だ。戦いに勝ったことも、武勲をたたえられた事も。
「その……」
でも、ここで素直に騒ぐのは、仮にも国を背負った者としての矜持が許さなかった。目を閉じ、また開いて気を落ち着かせる。
「連合艦隊旗艦を勤めた栄光に比べれば微々たるものだが……」
しかし、提督と目が合った瞬間、冷静さはどこかに隠れてしまった。
「……もらっておこう、か。」
ごまかすべく、あわてて目をそらす。
やはり嬉しいものは嬉しいし、照れくさいものは照れくさい。そして自分は、それを隠すのが得手ではないらしい。
「さすが、戦艦は言うことが違うな。
まあいい、皆よくやった。今回の作戦の成功により、南西諸島海域の敵は大凡一掃できたものと思われる。明日からはさっそく次段階の作戦に入る。また英気を養っておいてほしい。」
では解散、と提督が言うと、はじけるような勢いで初春が提督に駆け寄った。
「工廠に先に行ってよいな?」
「ああ……まあいいか。姉貴のお前がいた方が落ち着くだろうしな。」
「ならば早く行こう。今すぐにじゃ。」
片手に初霜?を抱えたまま初春は提督の背中を押して先に進んでいく。
「おい、こら、押すなって。」
二人はわいわいと騒ぎながらも相当の早足で、あっという間に基地に消えてしまった。
「さて、私たちも行きますか。」
蒼龍がひょいと陸に上がる。
「今工廠にいったら、初春が喜ぶ顔が見れそうね。」
「初霜もマニラ以来か。やれやれ、こんなところで再会するとはなあ。」
世の中わからん、などといいながら次々と上がっていく。
どうしたものかと思っていると、ぽんと肩を叩かれた。振り返ると、少し楽しそうな顔の蒼龍と天龍がこちらを見ている。
「行きましょう、長門さん。新しい仲間を迎えに。」
「一応、行ける奴は全員行くのが慣例だ。顔見知りは多いほうが落ち着くからな。」
さもなきゃお前みたいになっちまう、と笑われて、思わず顔が赤くなった。
そうなのだ。
誰も居ない中で目覚め、混乱の果てにうっかり提督のあばらを折ったのは遠い昔の事……ではなくて昨日の話、なのだった。
なお、初霜の第一声は「雪風は無事!?」だったらしい。
長門然り初春然り好きな子が戦争で活躍できなかった子に偏っていたせいか、皆さん好戦的で。でも、軍艦として生まれたならそりゃ大活躍したかったし、僚艦は守ってやりたかったよなあって思いながら眺めていました。