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First drop

 湾内は地獄絵図だった。
 空を覆うような艦載機の群れ、止め処なく投下される爆弾、次々と破壊されていく仲間たち。
 無論我が身も例外ではなかった。既に全身は業火に巻かれ、上では乗組員たちが次々に屍と化していく。一つ一つがとても辛いはずなのに、そんな感覚すら鈍っている。ただ、もう自分は保てまい、と、他人事のように思うだけだ。熱い。ひたすらに熱い。それでも最期の最期まで耐えねばならぬ。だが、機銃が頑張っているのは感じても、艦としての機能はもう限界だった。
 ……初霜は、逃げ切れたか?
 すぐ傍に居たはずの妹の事が過ぎる。だが、もう確認する余力も残っていなかった。ぐらりと横に傾いで、意識がふわりと浮き上がる。
 ……初霜、お前は
 最期の刹那に想ったのは、今となっては唯一の同型艦、今まで共にいた末妹の姿。
 ……お前は無事で……
 そして意識は一度、闇に消えた。
 
 
 真っ暗な海の底で、声を聞いたような、気がした。
 オマエハ、ダレダ
 答えようと通信機器に意識を延ばす。
 わらわは、初春……初春型駆逐艦、一番艦……
 一度意識を拾い上げられたような気がしたが、気づけばまた海の底。そしてまた、声がする。
 オマエハ、ダレダ
 わらわは、はつはる……
 オマエ ダレ
 はつはる……
 何度も繰り返してよく判らなくなった頃、いきなり意識が明るくなった。
 「気がついたか?」
 男の声。目に映るのは、コンクリートと鉄と……何か馴染みがある風景。
 「こ……こは……?」
 「ここは日本の海軍基地、建造ドックの中だ。」
 「にほん……かいぐん……海軍?!」
 意識は完全に覚醒した。ただ、視点がおかしい。自分が知っている高さではなく、こう、随分と地面に近いというか、なんというか。そもそも水の上でないのがまずおかしい。ふと視線が下に行くと、そこには華奢な腕が映っていて、余計に混乱する。
 「これはどういう。」
 声の方向に顔を向けると、想像以上に近い場所に男の顔があった。その後ろには、港で見かけた程度の年頃の娘が二人。一人は金髪でもう一人は薄紫の髪をしていた。なぜ建造ドックに居るのかはわからないが、妙に自分に近いものを感じる。
 「初春型駆逐艦、一番艦の初春ね?」
 後ろの薄紫の髪の娘が一歩こちらに近づいた。
 「……そうじゃ。」
 警戒で身体がこわばる。その感覚もようやく納得が行き始めた。今の自分の姿はまるきり艦の魂の姿そのものなのだ。乗組員は誰一人として知らない自分の姿が、まさしくこれだった。懐に仕舞いこんでいる扇子まで、間違いなくこれは自分だ。なんとも奇妙だが、よくよく見たら後ろの金髪の娘は何か見たような記憶があるし、こちらの紫色の娘もうっすら記憶にある。
 「私は特型駆逐艦、叢雲。あっちは白露型の夕立。で、そこに居るのが一応うちの司令官……提督よ。」
 なるほど、海で彼女らの同型艦は見たことがあったからか。まあ、よろしく、といわれてあいまいに頷く。
 「これはどういうことじゃ?」
 聞くと、提督と言われた男がうん、と頷いた。
 「実は世界中の海に化け物の群れが現れて、制海権を取られた世界が危機に瀕していてな。
  海底で寝てたとこ悪いんだが、その化け物と戦うためにお前たちの力を貸してもらっているんだ。」
 「夕立たち、正義の味方っぽい?」
 日本語をしゃべっているのは判るが、やはり荒唐無稽すぎて意味が取れなかった。
 「ええと?」
 助け舟を叢雲の方に求めると、叢雲は軽く肩をすくめる。
 「信じがたいって顔してるけど大体そんなところよ。詳しく話すと長くなるから場所を変えましょう。
  ついでに中を案内するわ。とりあえず、動けるわね?」
 動けない、と言いたくなくて、自分の身体を引きずり起こす。だが、かつての乗組員と比べても小柄な身体は拍子抜けするほど問題なく動いてくれた。
 「ああ。動くのは問題なさそうじゃ。」
 ひとまず相手にも害意はなさそうだし、内二人はどう見ても同属だ。日本の海軍だというのなら、それは自分が居るべき場所で間違いない。判らないなりにそう判断したのだった。
 
 ここは鹿児島のとある基地だという。中はそこそこ広くて、そこそここざっぱりしていて、なんとも殺風景だった。なんと提督なる男もここに着任してまだ三日目だというし、夕立に至っては昨日建造?したばかりだという。
 説明を受けたところによると、自分たちは艦娘と呼ばれているらしい。沈没・解体した軍艦の魂を兵器利用している現在は、自分たちが沈んだ戦争からは文字通り幾星霜の時間が経っているということだった。なんでも、現在世界の海に出没している化け物……深海棲艦は、一般的な武器は何一つ通用せず、唯一艦娘の攻撃のみが通用するらしい。それなのにあちらの攻撃は容赦なく一般の船にも当たるため、制海権を奪い取られて、かなり戦況はよろしくないという。
 そして自分は、叢雲と夕立で近海の警備に当たっていた時に、艦の魂のカケラを見つけられて持ち帰られたという事らしかった。海中に散らばった魂がいろんな鎮守府や基地で艦娘になっているというが、大体同じ艦のものは同じような容姿だという。叢雲などはぞっとしないわよね、などと笑っているが、同型艦の姿が同じなのは当たり前ではないのか、と少し首をかしげる。
 「こうやって仲間が増えていくんだね。提督さん、もっともっと仲間って増えるっぽい?」
 横では夕立が機嫌よく提督に話しかけていた。
 「あー、そうだな。一応戦力の拡充も仕事のうちだからな。」
 「じゃあいつか春雨や村雨、五月雨とも会えるっぽい?」
 翠に輝く夕立の瞳は、その口調とは裏腹に必死の色が浮かんでいる。
 「そうだな、そいつらは一応発見報告はあるからな。」
 「うん、それなら、夕立も頑張れるっぽい!」
 言い聞かせるようにそう笑って、夕立は大きく頷いた。それを横目に、叢雲に話しかける。
 「……なあ、叢雲よ。初霜がどうなったか知らぬか?」
 「直接には知らないわ。大体私のほうが貴方たちより先に沈んだんだもの。」
 「すまぬ、妙な事を聞いたな。」
 慌てて謝ると、叢雲は困ったように肩をすくめた。
 「資料室に戦史叢書があるから確認するといいわ。一応、初霜は艦娘としての発見報告もあるわね。」
 声が心なしか寂しそうで、さらに不味いことを言ったと悟る。
 「……そうか。その」
 「きっとそのうち、会えるっぽい?叢雲も元気出すっぽい!」
 何か言う前に、わきゃっと夕立が叢雲に飛びついた。
 「そうだぞ、薄雲も東雲も白雲も、うちで最初に発見すりゃいい話だろうが。」
 提督もそういって叢雲の頭をわしゃりとなでる。その手を持ち上げながら叢雲は司令官を半眼で見上げた。
 「あんたみたいな素人提督に出来るとでも思ってるわけ?」
 「そりゃあ、我が家の娘のためなら頑張れるさ。」
 あっけらかんと肩を叩く提督に、叢雲が噛み付く。
 「あたしは、あくまでもアンタの初期艦で!娘になった記憶はないわよ!」
 「娘みたいなもんだけどなあ。ま、頼りにしてます初期艦殿。俺、まだ知らない事のほうが多いしな。」
 「ならまずその態度を改める事ね!ほら、次行くわよ!」
 ぷいっと顔を背け、叢雲はずかずかと先に歩いていく。その様子でなんとなくあの寂しげな声の理由も知れた。
 「……発見報告のない艦もおるのか。」
 返ってきたのは案の定曖昧な肯定だ。
 「まあなあ。気長にやるしかねえんだがなあ、こればっかりは。」
 海は広いし、と息をつく提督は、それでもどうやら何とかしてやりたいとは思っているように見えた。
 
 そこそこの広さの基地を回る。酒保の明石と司令部の大淀は、現在装備解除中だが名前のとおり艦娘らしい。あと、鎮守府内にある食堂に居る間宮と伊良湖も、武装はないが艦娘だということだった。間宮の顔を見た瞬間、羊羹に沸く乗組員の姿が頭を過ぎって少し遠い目をしたくなったのは心の中に仕舞う。次いで自分たちの部屋や入渠ドック、執務室と回った。在室の札の掛かった執務室はいつでも入ってきていいと聞いたし、その傍の資料室も戦史資料他提督秘蔵のコレクションとやらが並んでいるらしく、暇な時はいつでも見ていいらしい。防諜は大丈夫なのかと少々不安になるが、そういう危ない情報は司令部のほうで管理していると提督は胸を張っていた。心配すんなって、と笑う提督を叢雲がはたいていたが、まあ……多分大丈夫なのだろう、多分。提督に何か不足があれば遠慮なく言っていいと叢雲は言うし、いざ危なくなれば提督にも意見を聞く程度の度量はあると信じる事にする。
 そこからひときわ大きな扉を開けると、そこは港だった。慣れ親しんだ海の匂いに、異様に安心する。
 「まずは叢雲に習って海に出てみろ。あとは生まれつきというのもなんだが、何とかなるからな。」
 波止場に立った提督を見て、自分の身体を見る。
 「初春。いらっしゃい。」
 呼ばれて見ると、叢雲は波止場から軽々と飛び降りた。ただし、水音は最小限で、身体は足を下にして水に浮いている。
 「飛び降りればいいんじゃな。」
 「そういうこと。後はわかるわ。」
 「なんとかなるっぽい!」
 一緒になって夕立もひょいっと飛び降りた。
 この身体で海に出られるのか、と思ったが、どうやらそれは杞憂らしい。波止場から叢雲たちに習って飛び降りると、なんと言う事もなく水面に着水した。足もしっかり安定していて、何の問題もない。それどころか地上よりよほど調子がいい。何よりも自分は艦だ。身体は常に海を欲している。
 懐の扇子を握り締め、進む先を示す。しかし、そんなに気合を入れずとも進もうと思えば身体は思うとおりに進むし、止まろうと思えばいつでも止まれた。とりあえず海の上に居るには特に問題はないらしい。
 「じゃあ、次はこれね。」
 言うと、叢雲はするっと200mほど先に進み、ばらっと艤装を広げた。身体に背負うように装備されていた艤装が、元の艦の装備と同じ大きさにまで膨れ上がる。
 「沈みなさいっ!」
 気合一声、その主砲が火を噴いた。馴染んだ大きさの馴染んだ炎がなんだか懐かしい。
 叢雲がそのまま艤装を閉じると、どういう機構なのか艤装はまた背負うような形に収まった。
 「なるほどの。では。」
 叢雲に習って、200mほど先に進む。間隔を取って、息を吸い込んだ。
 「行くぞ、砲雷撃戦用意!!」
 武装を開くイメージで気合を入れると、同じように艤装が開いた。機構は判らないが、小さな妖精が働いているのが判る。随分と少なくなったが、さしずめこれが今の自分の乗組員といったところだろう。馴染みの連装砲と魚雷に、悪くない、と口元が緩む。架空の的は10kmほど先に設定した。照準代わりに扇子で狙い、指し示す。
 「始末してくれるわ!!」
 気合と共に主砲が火を噴いた。反動は随分少ないが、馴染んだ攻撃に身体と心が震える。高揚するこの感覚が堪らないと思うのは、やはり自分が軍艦だからだろうか。
 そのまま波止場に戻ってくると、提督は拍手で出迎えてくれた。
 「お見事お見事。いつでも実戦行けるな、こりゃ。」
 「なに、皆の働きあってのことじゃ。」
 ふふ、と笑って妖精を指し示すが、提督にはどうやらわからないらしい。
 「さて、初春。お前はその力を俺たちのために使ってくれるか?」
 提督は屈みこんでこちらと視線を合わせた。その目は、さして濁っても居ないし腹に何か抱えているわけでもないらしい。
 「提督、この戦いは義ある戦か?」
 「そうだな、少なくとも全世界的に困っているのは間違いない。それを打開できるのがお前たちだけなのも確かだ。」
 俺たちを助けてくれ。その言葉に嘘偽りは感じなかった。それに、同じような身の上の叢雲や夕立、明石や大淀の存在も自分の居場所に保障を与えているような気がする。
 「……わかった。この力、存分に発揮させてもらおうぞ。」
 ずっと手元にあった扇子をぎゅっと握り締め、提督の方を仰ぎ見る。
 そして精一杯の礼を込めて声にした。
 
 「わらわが初春じゃ。よろしく頼みますぞ。」


初春様はマジでうちの初ドロでした。それ以来ずっと好き。艦これ、なんのかんの後ろが結構シリアスに取れなくもないところいいと思います。
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