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チョコレートの魔法

 メルのホームは、居心地がいい。
 薄いピンクが基調のやわらかい内装に、ふわふわのクッションとラグ。
 テレビにはゲーム機がつながっていて、手元には小さなお菓子が詰まった箱がある。
 その真ん中の一番ふかふかの大きなクッションに陣取ると、そのまま眠れてしまいそうなくらいの快適さだ。それにとても落ち着く。
 ゆるゆると身体を伸ばして、ショコラは思い切り深呼吸をした。
 メルのホームのある夢の世界は、帽子世界の住人皆が目覚めた場所だ。
 帽子世界の住人は皆、夢の世界で暮らした後、色々な世界に散っていく。だから、メルのホームは実家みたいなものなのかもしれない。
「つまりこれは、実家に戻ったって事かも。」
 良く解んないけど。
 ショコラはそんなどうでもいいことを考えながらお菓子を口に運んでいた。甘いお菓子は全てをどうでもいいことにしてしまう魔法が掛かっているようで、すぐに考えごとはふんわりと消えてしまう。
 ショコラは現在夢の世界で暮らしていた。
 先日二番目の姉のドーラが管理人になって、完全に喧嘩別れしてしまってメルのホームに転がり込んだのだ。
 管理人のメルは大雑把で、空いてる部屋はあるし好きにしろと基本放置状態だ。なのでショコラもメルのホームに入り浸っている。メルは気性は荒いところがあるが面倒見がいいし、夢の世界は基本的に寝る所なので、結構快適なのだった。
 現在メルは不在だ。
 何か呼び出されたとか何とか言ってブーブー文句を言いながら出て行ってしまったのが一時間くらい前。
 そのうち帰って来るかな、と、メルの分のお菓子を取り分けてゲームのスイッチを入れる。
 と。
「クソがっ!!」
 唐突に背後で悪態が響いた。
 不機嫌どころの騒ぎではない。怒りをあらわにしたメルが帰ってきたのだ。
「おかえり、メル。どーし」
「ぁあ!?」
 唐突にすごまれてひえっと肩を竦めると、メルはそのままずかずかと歩いてホームの外に出て行ってしまった。
 ここまで1分も経っていない。過去最高にメルの機嫌が悪い。
 何かあったのだろうか。あの凄み方もにらみ方もドスが効いていた。何かとても後ろ向きで嫌な感じだ。
 後を追おうと立ち上がる。ついでに小さなチョコをポケットに入れた。
 甘い物を食べたくらいで機嫌が直るとは思えないが、少しは手助けになるかな、と思ったのだった。
 
 
 ドアを開けた先は既に誰もいない。ただ、先の方で何か散らばる音と悲鳴が聞こえていた。
 何か暴れている。というか暴れているのは多分メルだ。
 騒ぎの方に慌てて走っていくと、想像通り、どころかもっと酷い光景がショコラを出迎えた。
 辺りに散らばるクリスタル。慌てて逃げていくデコイを追うメルの背後には帽子解放のオーラが見えている。
 この感じはどう考えてもデコイを訓練用にいじったわけではなく、そのままの状態で倒している……というより狩っているようだった。
 身体ほどもある大きな斧を振り回しているメルの次の目標は小さな夢魔だ。
 デコイの怯えている顔がこちらにも解って、ショコラは思い切りメルに飛び掛かった。
「何すんだ!」
「メル!落ち着いて!!この子たちはメルの世界の住人でしょ!?」
 自分より小さい身体を渾身の力で抱きすくめる。
「お前も自分を縛んのかよ!!」
 しかし渾身の力も管理人の力には及ぶわけがなく、すぐに振り払われてしまう。
「やめろって言ってるの!!」
 もう一度飛び掛かろうとすると、メルは斧をこちらに向けた。
「自分の世界で何やろうが勝手だろう!?」
 きらりと光る斧。だがひるんでいる場合ではない。
「いつものメルはそんなこと絶対言わない!!
  いいから帽子の力を収めて!自分の価値観削ったら辛いのはメルでしょ!」
「そんなの自分の勝手」
「この世界が壊れちゃうよ!?」
「壊れちまっていいんだ、こんな世界!!」
 メルが斧を思い切り振りかぶる。
「いい加減にして!」
 構わず飛び込んで怒鳴りつけると、メルはあっけにとられたようにこちらを見上げた。
「帽子の力使いすぎたら、メルだって自分喰いが出るかもしれないんだよ!?」
 だが、すぐにぷいと目が逸らされる。
「けっ、そんなの」
「自分の勝手、とかいうなら殴るよ」
「面白え、やれるもんならやってみやがれってんだ。」
 メルはたん、と飛び離れて斧を構えた。ショコラはそれには全く構わず、一直線にメルを目指して歩み寄る。
「舐めてんのかオラ!」
 メルが斧を振りかぶる。しかし、なぜかショコラには、とてもゆっくりに見えていた。
 泣いてるようにも見えるメルの手をぐい、と掴む。そして、思い切り頬をひっぱたいた。
 甲高い音が廊下に響く。がらんがらんと音を立てて斧が転がる。今度こそメルはあっけにとられたようだった。
「……なんで止められたんだ。」
「メルが間違ったことしてるから。」
 メルも解ってるんでしょ、と言うと、今度こそメルは渾身の嫌そうな顔をした。
 ゆらゆら揺れていた帽子解放のオーラが消える。それと共に荒々しく荒れた空気も少し収まってきた。
「チッ……」
 舌打ち一つ、メルはぷい、と目をそらす。
 やがて、フン、と鼻を鳴らしてメルは踵を返した。
「気が削がれちまった。
  おいショコラ、ちょっと付き合え。涙拭いてからな。」
 言われて気付く、目元から頬にかけての水のあと。それを袖でグイっとぬぐうと、いつの間にか歪んでいた視界がはっきりした。
「付き合ってもいいけど、ここ片づけてからね。あと、デコイたちにちゃんと謝んなきゃだめだよ。」
「ちぇ、わかってんよ。」
 もう一度こちらを向くと、ボロボロの廊下を眺めて、メルは深々とため息をついた。
 怯えたように隠れていたデコイたちが物陰からこちらを伺っているのも見える。その一つ一つにメルは悪かったな、と声をかけていた。いつもは雑なのに、こういうところは丁寧だ。一緒に回っていると、次第にデコイたちからも恐怖の色は消えていく。
 やがてそれも終わり、後始末がひと段落つくと、メルはもう一度こちらに向きなおった。
「オラ行くぞ。」
「はーい」
 メルは荒々しい気配をまだ身に纏ったままだ。それでも幾分落ち着いてみえる。
 まあ大丈夫だろうと後をついていくと、やがて、二人は少し広く開けた場所に出た。
 広間の真ん中まで進み出て、メルはくるりとこちらを振り返る。
「さて、約束通り付き合ってもらうぞ。」
 言うなり、メルは斧をぐ、と構えた。
「待ってストップどういう事!?」
「ちょっと相手しろっつってんだよ。行くぞ!」
 そのままメルが飛び上がって斧を振りかぶる。
「待って!!!ショコラそんなのできないし!!!」
 慌てて下がって声を上げる。ショコラはそのままメルから5mほど離れた。
「出来ないやつが管理人止めに来るかよ!?」
「さっきは必死だったの!お願い待ってやめて!!」
 だが、メルは腰だめに斧を構え、追撃の姿勢を崩さない。だん、と踏み込むのが見えた。大きな斧が鈍くきらめく。横合いから飛んでくる斧を後ずさって避けようとしたが、間に合わない。
「きゃあああ!!!」
 悲鳴を上げて頭を抱えてしゃがみこむ。しかし、衝撃は襲ってこなかった。
「……あれ?」
 顔を上げると、斧を降ろしたメルが唖然とした顔でこちらを見ている。
「……マジか……」
「マジだよ!ショコラはそういう事はやったことないの!」
 言いながら立ち上がると、メルは眉をしかめた。
「お前の姉貴たちは普通に獲物使ってただろ。セーラは確か槍だったし、ドーラは」
「あの人の名前言わないで。」
 反射的に口を出すと、メルはごくりとその言葉を飲み込んで、一つ息をついた。
「教えてもらったりしなかったのか?」
「してない。」
 きっぱりと返す。
 姉のセーラは確かに槍を使っていた。私が守ってあげるから大丈夫よ、なんて良く言っていた。
 別に武器を持つのを止められたことはないが、必要も感じなかったのでそのままだったのだ。
 二番目の姉……喧嘩別れしたばかりのドーラは、セーラと同じ槍ではなく銃を使う。
 後方支援の方が向いてる、とか、遠くから攻撃出来る方が安心だし、とか言っていたが、八割くらいダリアの影響だろう。前に教えて貰っているのを見たことがある。
 ドーラも自分が武器を持つのを止めはしないだろうが、教えもしなかった。そのうちに喧嘩別れしてしまったのでもう二度とないに違いない。
「必要なかったもん。」
「バトルコロシアムとか」
「うーん、ショコラは見る専っていうか、そこまでキョーミなかったし。」
 言うと、メルは今度こそ深々と息をついた。
「お前ホント根性あるな……よくそんなんで飛び込んできたよな……」
「根性ってあんまり可愛くないけど。」
 素直に言うと、メルは眉をしかめる。
「あのな。……まあいいか。
  せっかくここまで来たし、メル様が少し手ほどきしてやろう。イヤとは言わせねえぞ。」
「ええ……」
 ストレス発散にするつもりだ。何となくそんな気がする。
「特別サービスだ。武器は何がいい?」
「何でもいいの?」
 聞くと、メルはおうよ、と頷いた。
「やることは一緒だからな。」
「ぼこぼこにされるのかあ……」
「解ってんじゃねえか。」
 うげえ、とこぼしているのにけらけら笑っているメルは、どうも少し機嫌は戻ったらしい。その点だけは少しだけ安心する。
 身の危険は全然去っていないが。
 とりあえず武器、武器だ。考えたことはあんまりなかった。だけど。
「じゃあねえ、ショコラも斧がいい。」
「お、いいな。」
 メルがニッと笑う。すぐに、メルの手からは練習用の斧が出てきた。
「火力があるのがいいところだ。なんだかんだで手っ取り早いしな。」
 ほい、と渡された斧は少し重たいが、それなりに持てる形をしていた。
「すっごくメルっぽいよね。」
 言うと、メルは少し眉をしかめる。
「お前も同じの選んだんだろーが。」
「そうだった。」
 火力があるから選んだわけではないし、手っ取り早いから選んだわけでもない。メルとおんなじが良かっただけだ。
 それに、姉たちが防御や援護向きなら一人くらい攻撃に振ったっていいだろう。
 勝手に頭に浮かんだ二番目の姉を消し飛ばして、ショコラはよいしょ、と立ち上がる。
「結構重たいね。」
「慣れる。さあ構えな、ボコボコにしてやっからよ。」
 メルが一歩離れて、武器を構える。それの見様見真似で同じように武器を構えた。
「あの、手加減してくれるよね?」
「そんなサービス、メル様にはねえよ!」
 言うなりメルは躍りかかってきた。
 ぶわ、と広がった黒いローブが視界を暗くする。
 上からだ。そのまま真っ二つにされそうなところに、慌てて斧の柄を出す。ガイン、と酷い音がして、腕にしびれが走った。
「やるじゃねえか。お前筋いいな。」
 メルは感心したような顔をしているが、正直それどころではない。
「メルぅぅぅぅ」
「ヒヨヒヨ言ってんじゃねえぞ。オラ!」
 次は横から。必死で逃げる。次は突き。前からの攻撃は避けるにも受けるにもできなくて、文字通り突き飛ばされる。
「きゃああ!」
「一々悲鳴上げてんじゃねえ!さっさと立て!」
 メルは攻撃の手を緩める気はないらしい。次は上からの攻撃が飛んでくる。
 ショコラが突かれた痛みをこらえて転がると、丁度そこにメルの攻撃がきた。次の攻撃に来る前に慌てて立ち上がる。
 帽子の力を解放をしていないのがせめてもの手加減だろうか。全然手加減になってないが、多分しばらく話は通じない気がする。
 距離を取り、さっきと同じように斧を構えると、メルはニッと笑った。
「いい顔してんぞお前。次は攻撃してみるか?」
 斧を前に構えてメルが言う。だが、正直少し抵抗があった。真正面から見るとメルの身長は自分よりも相当低いし、見た目は正直小さい子と変わらない。
「メルに受けられるの?」
「いっちょ前に挑発かよ?おもしれえ。どっからでも掛かってきな、ボコボコにしてやんよ。」
「でも」
 ためらう顔に、メルはべ、と舌を出した。
「メル様は少なくともお前よりは強えぞ。」
「じゃ、じゃあ……」
 二歩進んで、ぎゅっと目をつぶり、えい、と斧を振る。
「なんじゃそりゃ。全然距離足りてねえぞ。
  それと、攻撃する時は相手をちゃんと見ろ。せめてもの礼儀ってやつだろが。」
 あと二歩前だ、と言われて渋々二歩進むと、斧がしっかりメルに届く範囲にきた。
「メルぅ……」
「大丈夫だ、ちゃんと見ろ。ついでに受け方もちゃんと見とけ。さっさと構えろ。
  なんならドーラがいるとでも思えばいいんじゃねえのか?」
「その名前を、出さないで!!」
 思い切り振りあげて、振り下ろす。
 ガギィン、と金属と金属のたたきつけられる音がした。
 今度はちゃんと見た。メルは斧の峰部分でがっちりとショコラの斧を受け止めていた。
「あんなの知らないんだから!」
 もう一度上から。ついで右、突き、返して左下。
 攻撃と共に前進すると、メルも一つずつの打撃を刃で受け止めながら下がっていく。ガギン、ゴッと固い音が連続する。
「あんな、あんなわからずや!!お姉ちゃんなんかじゃないもん!!」
 汗だろうか、目の前が曇っていく。
 最後に思い切り振り下ろすと、ひと際激しい音が響いた。メルはこれもガッチリと受け止めたのだ。
「次の攻撃は涙拭いてからにしな。」
 言われてハタと我に返る。目をこすると、やっぱり目元は湿っていた。
「違うもん。これは汗だもん。」
 おまけに腕も痛む。
「どっちでもいいけどな。」
「あと、腕痛い。」
 言うと、メルは呆れたようにこちらを見上げた。
「どんだけなまってるんだよお前。」
「こういうのやったことないっていったじゃん。」
「それにしたってひ弱すぎんぞ。」
 何と言われようと、最初から言っていたことだ。
 言いたい事はそれと、もう一つ。
「あとね、なんかちょっとすっきりしちゃった。ありがとね、メル。」
「あんだけ渋ってたのに、調子のいい奴。」
 メルが肩をすくめて鼻を鳴らす。
「あのね、メルもね、やっていいよ。私一杯強くなるから。その、ビッグ」
 一瞬で空気が凍り付いたのを察して、ショコラはそれ以上の言葉を止めた。
「何でもない。ごめん、忘れて。」
「……今日は見逃してやる。次言ったらマジで殺すぞ。」
 多分それは大げさでもなんでもないことは、声から見て取れた。
 話を何とかそらさねば、と脳を本日一番フル回転させる。
「あ、ええと!!ええとね!!」
 何か、こう、ささくれだった気持ちが消えていくような何か良い事がないか。
「あんだよ」
 まだ不機嫌が残っているメルを眺めていて、はっと閃いた。
「チョコあるよ!ちょっと食べて休憩しよ!」
「チョコだあ?」
 ポケットの中から小さなチョコを引っ張り出す。体温が上がっていたのか若干柔らかくなっているが気にしている場合ではない。
 過去最高に手早く包装を剥がして、メルの口の中に突っ込む。
「!おっま……」
 目を白黒させているメルに無理やり微笑む。
「甘いでしょ?」
「ショコラ、お前な、食わせ方にももっと何かあるだろ……いきなりで窒息するかと思ったぞ。」
 口の中が落ち着いたらしいメルが眉をしかめてこちらを見た。
「あははは……ごめん。まだあるの。ちょっと持ってきてたんだ。」
 ほらたべよ、と、その場に座り込んで膝の上にチョコを広げる。そして自分も口の中に小さなチョコレートを放り込んだ。
 甘くてふんわり香ばしいチョコレートの味が口の中に広がる。
 甘いお菓子はやっぱり全てをどうでもいいことにしてしまう魔法が掛かっているようで、すぐにさっきの怖いメルも遠くに行ったような気になった。
「甘ーい」
「ああ、甘いな」
 同じようにぽてんと座り込んだメルが、もう一つと手を伸ばす。
「メル、機嫌直ったね。」
「あん?」
 ガラの悪い返事だ。それでも帰ってきた時ほどの恐ろしさは抜けていて少し安心する。
「もう怖くない。」
 言うと、メルは鼻を鳴らす。
「ふん……別に、お前と居たらバカバカしくなっただけだ。」
「なんかそれは褒められてる気がしないよ?」
「褒めてねえし。」
 メルは小さく笑うと、ひょいっと肩を竦めた。
「ねえメル」
 その小さな肩に話しかける。
「また教えてね、斧。」
 メルは、面倒そうな顔でこちらを向いた。
「教えるようなこっちゃねえ、感覚で覚えろ。ここの世界の価値観、知ってんだろ。」
「感覚こそが世界の全て」。それがメルの価値観だ。つまりそういうことなのだろう。
「はーい」
 返事をすると、ややあって、ぽつりとメルがつぶやいた。
「……また相手しろよ。」
「……うん。」
 こくりと頷くと、また小さな呟きが聞こえてくる。
 ありがとな、ショコラ。
 小声過ぎる言葉だ。だが、確かにショコラの耳には届いていた。
 うん。こっちこそありがと、メル。
 小声で返した言葉に返事はない。
 ただ、残りのチョコレートをつまんでいたメルの小さな手が、ショコラの手に一つチョコレートを分けたのだった。
 
 
「でりゃあああ!」
 ショコラが斧を振りかぶると、メルはくるりと身をひるがえして避ける。
「甘いっ!」
 そして斧にがしっと衝撃が来た。
「まだまだ!」
「面白え、やってみろや!」
 場所はいつかの広場。今はほぼ二人の訓練場と化している。
 
 あれからそれなりの月日が経つ。
 あの日以来、メルは帽子解放をしてまで世界を壊しにかかることはなくなった。
 その代わり、ショコラは八つ当たりに限りなく近いメルの斧の訓練の餌食になることが増えた。その甲斐あってか、ショコラの戦闘行動も随分慣れてきたところだ。まだメルの方が強いのだが、最近はそれなりに打ち返したりいい試合ができるようになっている。
 ガヅ、ゴギン、と重たい斧の音が響く中、ショコラはメルの意識が上ばかりに行っている事にふと気が付いた。
「隙あり!」
「うおあ!?」
 足元を思い切り払うと、メルは声を上げて後ろにバランスを崩した。
 更に畳みかけるように攻撃すると、メルはとうとう横ざまに倒れる。勝負あり、ショコラの初勝利だ。
「どう!ショコラもやるもんでしょ!メルすっかり追い越しちゃったね!!」
 ふん、と誇らしげに鼻を鳴らして胸を張る。
 メルは舌打ちを一つして、ゆらりと立ち上がった。
「そうだな。そろそろ手加減はやめてやるか。」
 にい、とメルの口角が上がる。そして、後ろに真っ赤な胎児が出現した。
 帽子解放のオーラ。管理人メルの本気だ。
「ままままままって!!!それは!反則!」
「調子に乗ってんじゃねえぞおらあ!!」
 派手に能力がブーストされたか、恐ろしいほど火力の上がったメルの動きと攻撃の前に、ショコラはなすすべなく吹っ飛ばされたのだった。
「あいたたたた……」
「どうだ参ったか。」
 背後の胎児を消し、メルがフンスと鼻を鳴らす。
「参りましたあ……でもそれってば反則……」
「あんだって?」
「何でもない……。」
 思い切り打ち付けたお尻をさすりながらしょんぼりと起き上がると、メルはその脇にぽてんと座った。
「休憩すっぞ。チョコもって来たんだろ?」
「持ってきたけどさあ。」
 ひょいと差し出された手にポケットから出したチョコレートを置く。ついで自分の口の中にもチョコレートを放り込んだ。
 口の中で蕩けるチョコの味は、先程吹っ飛ばされた痛みも何もかも遠くにやってしまう。
「身体動かした後のチョコって美味しいよね。」
「だな。」
 甘くて香ばしい味のチョコレートは、戦闘訓練のシメのお約束だ。
「んー、幸せの味がする。」
「平和な奴。」
 隣のメルが間髪入れずに茶化してくる。
「何とでも言って。ショコラは今結構幸せなの。」
 ハッキリ言うと、メルはひょこっと肩を竦めた。
「へいへい、そりゃよかったな。」
 気のない言葉も少し笑みが混じっている。平和な奴はお互い様だ。
 
 甘いお菓子にはきっと魔法が掛かっている。
 一つはは全てをどうでもいいことにしてしまう魔法。
 もう一つは、ちょっとした平和な気持ちを連れてきてくれる魔法なのだ。

「夢の世界の居候」の続きくらいの時系列。メルとショコラは師弟関係みたいな感じだったって話がブログに上がってて、なるほど師弟……ってなったので初めての戦闘訓練の話。ショコラって名前のせいか、なんとなくチョコレートとセットで話を描きたくなるし、ショコメルよく考えたらご飯ネタ多いかもしれない。
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