バカでかい声と共に騒々しくドアが開く。ソファでぼんやりしていたメルがぎょっとしてドアを見ると、丁度ショコラがドアの所に仁王立ちになっているところだった。
「やかましいぞショコラ!」
多少きーんとなる耳を抑えて怒鳴るが、ショコラは一向にひるまず目の前に駆け寄ってくる。
「メル!あのね!これ!!!!」
ハイテンションで差し出されたのは、何か棒状の柔らかいプラスチック容器に詰められて冷凍された何か……が二つ連なった物だった。
「なんだそれ。」
アイス、だろうか。あまり見ない型だがアイス、のような気がする。二つ連なった意味はよく分からないが。
「アイスだよ!双子の世界に遊びに行ったからお土産の双子アイス!」
「はー、そりゃご苦労なこった。」
ありがとよ、と手を出すと、ショコラはふふんと笑ってアイスを取り上げた。
「おい、土産じゃなかったのか。」
「メルは知らないんだね……これはね、こーやって分けるの。」
ぱきん、と二つ連なったアイスが分かたれる。そして、ショコラは片方をこちらに差し出した。
「はい、どーぞ。」
「おう。」
手に取るとひんやり冷たい。ショコラはもう片側を口にくわえてニコニコしている。同じように受け取った分を口にくわえると、甘くてほろ苦い味が口の中に広がった。ミルクコーヒーか、と思いながら中身を吸うと、ショコラはくわえていたアイスを口から離した。
「ミルクコーヒーならメルも平気でしょ?」
「まあな。」
ミルクコーヒーのかき氷のようなあっさりした味は嫌いではない。もう一つくらい食べれそうだな、などと思ってショコラの方を見る。
「これはね、二人で分けて食べるものなんだよ。」
思考を先読みされたように言われて眉をしかめる。
「別に何も言ってねえぞ。」
「顔が全部欲しいって言ってた気がする。」
じーっと見つめるショコラの頬がニヤニヤしていて、さらに眉が寄った。
「そこまで食い意地張ってねえ。ショコラとは違うんだ。」
「そーお?それならそーゆーことにしとくけどさ」
ふふ、と笑ってショコラは続ける。
「これね、二人で分けることに意義があるんだよ。多分。だからメルと分けたかったの。」
「どの辺に意義があるんだか。」
わっかんね、と肩を竦めると、ショコラはそうだねえ、と首をかしげる。
「多分、こういう話できることに意義があるんじゃないかな。」
「さらにわかんねえ。」
「ほら、話のきっかけになるっていうか。道具?ていうか?」
ショコラの話を総合して一秒考える。
「ナンパの道具かよ?」
結論を言うと、ショコラはがくっと肩を落とした。
「そーじゃなくってさあ。大体ショコラがメルナンパしたって付いてきてくれないでしょ。」
「そもそもしねーだろ」
「しないけど。
ほら、あれだよ、おんなじアイス食べておいしいねーって言うためにあるんだよ。」
力説の中身はさらによくわからない内容になっていた。それは二つ同じものを買えば済むことではないだろうか。
「よくわからん。」
「いつかわかるかもしんないよ。」
「どうだかな。」
ショコラはなぜか食い下がるが、メルとしては肩を竦めるしかない。
ただ、まあ確かに口の中に広がるあっさりほろ苦くて甘いアイスの味は、悪くなかった。意義やらなにやら難しい事は知らない。ただ、アイスの味だけは確かだ。
「旨いな。」
言うと、ショコラもそーだね、と頷く。
「うん、おいしい。あ、隣いい?」
「おう」
ショコラがどさっとソファに腰を沈めると、ソファの座面が少しだけバウンドした。
二人で並んで同じアイスを咥える。プラスチックの容器から結露が滴る。それを袖で雑に受け止めながら、口の中の甘さを味わう。
二人で分ける意義は説明されてもいまいちよくわからない。だが。
……ま、悪くはねえな。
心の中でそっと呟いて、メルはアイスの残りにかみついたのだった。
よくわからない理由で双子の世界の管理人と戦う羽目になったのはそれから随分経ってからだった。
「なんでも双子なんだな。」
リンとランと話を付けた帰り道。
宙に浮かぶ双子の惑星を眺めてメルは息をついた。
まあ、どの世界にしたって価値観に対しての世界はかなり徹底しているのは知っている。
「同じものを二つ存在させることに関しては、相当クオリティ高いのよね、ここの世界。」
一緒に来ていたメリッサが言うと、フレデリカも確かに、と頷いた。
「双子の世界ってだけあるわね。」
「きっとお土産も双子ね。」
ヨウコがあたりを見回しながら言う。その一言に、記憶が引っ張られた。
確か前にショコラが買ってきたアイス、あれは双子の世界とか言っていなかったか。
「あ、そうだ。ここのお土産のアイス買って行きたいんだがいいか?」
言うと、メリッサとフレデリカはああ、と笑った。
「あれね、美味しいのよね。」
「え、何それ」
ヨウコはよくわからないという顔でこちらを見る。
「なんかな、二つに分けて食べるアイスがあるんだよ。前にショコラが持ってきたんだがあれ結構旨くてな。」
「あ、もしかしてぱぴこ的な奴?」
きらきら、とヨウコの顔が輝く。
「ぱぴこ?が何だか知らねえけど。なんかこう、柔らかいプラスチック容器に入ったミルクコーヒーの氷菓子みたいなやつ。」
「パピコね。きっとそれはパピコに違いないわ。」
うんうん、と頷いてヨウコがくるりと踵を返す。
「どこにあるの?」
「案内するわよ。私もエリスとよく食べてたわ。」
うふふ、と笑ってメリッサが先導する。
「あのね、ヨウコ。よ、よかったらあんたと一緒に食べてあげても」
「フリッカ、一緒に分けようね、パピコ!」
ヨウコに言われて、フリッカが、ぱあっと嬉しそうに顔を赤らめた。
そのテンションはよくわからないが、まああのアイスは美味しかったから細かいことは気にしないことにする。
「しかし、メルが言い出すなんて意外だったわ」
メリッサがくるりと振り返る。
「別に。あれ美味かったし、留守番してるショコラにやったら喜ぶかと思っただけだ。」
肩を竦めて言うと、メリッサはニヤっと笑った。
「そう、ショコラにお土産なのね。じゃあ私はジャニスにでも分けてあげようかしらね。」
アイス片手に拠点に戻ると、メルはさっさとショコラの元に向かった。
「おーいショコラー」
「あ、メル!お帰りなさーい」
都合よく一人でいたショコラに、アイスを突き付ける。
「双子の世界行ってきたから、ついでにな。」
「え、アイス?!え、メルが?え、すごい。メルがお土産買ってきてくれたの?え、マジで?」
ショコラはしきりにアイスとこちらを見比べる。そんなに意外だと思われていたのがなんだか嬉しくない。
「それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ。」
「ごめんごめん、ありがとうメル。はんぶんこするんだよね。」
「おう。」
言いながら、メルはアイスをばきっと二つにすると、片側をショコラに差し出した。
「溶ける前に食え。」
「合点!ありがとーメル!」
アイスをくわえて、ショコラが満面の笑みを浮かべる。
「えへへへへ……」
訂正、気色の悪い笑みだ。
「なんだよ気持ち悪ぃ。」
「だって、メルが双子のアイス買ってきてくれた上に分けてくれたんだよ?びっくりじゃない?」
にへら、と笑いっぱなしのショコラに眉を寄せる。
「びっくりで悪かったな。」
言うと、ショコラはあわてたように首を振った。
「違う違うそうじゃないの。」
それでも、よくわからないが笑みがにじみ出ているような顔をしている。
「嬉しいんだよ。
ショコラが前に買ってきた時、意味が分からないって言ってたメルが買ってきてくれたんだよ。
これってすごいよ。世界が変わっちゃったくらい凄いんだよ。」
「大げさ過ぎんだよお前はよ」
呆れて肩を竦めると、ショコラは、ねーメル、とこちらを見つめる。
「双子のアイスが双子な意味、わかった?」
「さあな。」
そんなものは全然考えていなかった。
買うにあたって考えていたのは、あの甘くてさっぱりしたミルクコーヒーのアイスの味。
それと。
「ただ、分けてやったらショコラが喜ぶ気はしてた。」
言うと、ショコラはぱっと目を見開いて、それから太陽のような顔で笑った。
大正解だよ、メル。
そう言って、ショコラは幸せそうにアイスを咥えたのだった。
一人っ子なうえ6歳で帽子世界にきてしまったメルにパピコの侘寂をわかってもらえたら、それは世界が変わったようなことなんだと思います。