「っくう、ひっどい音!」
「気を抜かないで、次が来るわよ!」
ヨウコとユノーはすぐ立ち直り身構える。だが、その中に一人だけまだ動けないものが居た。
「ショコラ?……ったく、情けねえな」
メルが助け起こしに行くと、ショコラはすぐにゆらりと起き上がった。どうやらそこまでのダメージはなかったらしい。
「ったく、まだ戦闘中だぞ、しっかりしろ。じゃなきゃ」
すぐにでも置いていく。そう言おうとした言葉が凍り付いた。様子がおかしい。ここではないどこかを見る目でこちらを見つめるように眺めている。
「おい、ショコラ!」
強めに声を掛けても、ショコラの目線は定まらない。だが、手に持ったアクスを握りなおしたのが見えたと思った瞬間、ショコラは唐突にこちらに切りかかってきた。
「なっ!?」
慌てて避けるが、ショコラのアクスは構わず服の一部を切り裂いた。ついで右、左と流れるように攻撃を繰り出してくる。
「おまっ、この、何のつもりだよ!」
背筋をのぼる悪寒をなかったことにして、自分の獲物で受けて睨みつける。しかしショコラの焦点は定まらない。ただ攻撃のキレだけはいつもの数倍以上に跳ね上がっていた。問答無用で振りかぶるショコラの様子は明らかにおかしい。そもそも自分に切りかかる時点でおかしい。
これはもしかしなくても。
「混乱か!」
もう一度獲物の柄で受け止めて、そこから思い切り後ろに飛び下がって距離を取る。
「なんでこんな雑魚の技に引っかかってんだよ!お前メル様の下僕じゃなかったのかよ!」
魔法を発動させる暇もなく、ショコラは無表情に切りかかってくる。攻撃が苛烈なのは理性が吹っ飛んだからだろうか、どっちにしろ今は厄介だ。
「ったく、手間かけさせてんじゃ、ねえええ!!」
もう一つ距離を取って、思い切り獲物を振りかざす。そして足めがけて衝撃波を放った。
綺麗に足を取られたショコラが、頭から地面に落ちていく。その頭をぐいと捕まえて、思い切り平手でたたいた。
ぱあん、と乾いた音が響く。
「ったああ!え、メル!?何するの?!」
ややあって目を開いたショコラは琥珀の瞳をうるませてこちらを見上げた。
焦点も目線もあっている。元のショコラだ。内心でホッとした息を吸い込んで、頭から怒鳴りつける。
「何するの、だあ?!そりゃこっちの台詞だ!ったくあんな雑魚の技に引っかかりやがって!」
「え……」
よくわかって居なさそうなショコラにさらに怒鳴ろうとしたところでユノーの声が飛んだ。
「メル、ショコラ、元に戻ったなら手伝いなさい!!」
「まだ敵がいるんだからね!!」
ヨウコの声も響く。
「おっと。行くぞショコラ!」
「わ、わかった!!」
行きがかり上二人に任せていた敵は残り1体。4人で総攻撃を掛ければあっという間だった。散らばるクリスタルを集めながら息をつく。
「あーーー疲れたっ!ショコラのバカのせいで!」
「バカって言うほうがバカなんだよ!何なの説明もしないで文句ばっかり言ってさ!」
噛みついてくるショコラに言い返す。
「アホらしくてやってられっか!なんであんな雑魚の混乱なんかに引っかかるんだよ!」
「う、それは……でも!仕方ないでしょ!ふ……ふかこうりょく?とかあるんだし!」
一生懸命難しい言葉を思い出そうとしている姿は、完全にいつもと一緒だ。もう大丈夫なのだ、と思うと少し落ち着いてきた。
「根性でなんとかしろよ、メルさまの下僕だろ?」
「できるわけないじゃん!メルはいっつも無茶苦茶ばっかり言う!」
ぷんぷんと怒ったショコラにフフンと笑って見せる。
「無茶苦茶じゃねえよ、お前ならできるんじゃねえかなーって思うから言ってるだけだ。」
言うと、ショコラが目を見開いた。
「え。……それ、ホント?」
「まあ冗談だけどな。」
「もう!!」
またふくれたショコラを眺めながら笑って腰を上げる。と、ショコラが、あ、と声を上げた。
「メル、服ちょっと切れちゃってるけどまさか」
「さあな」
肩を竦めてみせると、ショコラは表情を硬くして、こちらに抱きついてきた。
「おい!?」
「……メル、ごめんね」
湿った声に、はあ、と息をつく。
「いいって事さ、不可抗力なんだろ」
「……ごめんなさい」
声がさらに湿り気を帯びる。
「そういう事もあるさ。だから、それ以上言ったらぶっ飛ばすぞ」
「うん。……わかった。」
肩の上で、こくんと頷いた気配がした。
「いくぞ」
「おう!」
真向かいに立つショコラはもういつもの能天気で元気なショコラに戻っている。その姿を確認してから、メルはユノー達の方に足を向けた。
一歩遅れてついてくる足音は、非日常の中でも日常の音を奏でていた。
ショコラとメルと混乱話。混乱ネタって何のかんのどのジャンルでも書いているような気がする。好きなのかもしれないなあ、なんて話してた記憶があります。