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ねこねこパーカー

 あれは、ある冬の日だった。

 ふわふわの暖かそうな生地。普段はおるのに良さそうなゆっくりしたつくり。あと値段。
 そして、その愛らしいデザイン。
 気が付くとセーラは白と黒のその服を抱えてレジに並んでいた。
 一目惚れだった。絶対に似合う気がした。自分の中のメシュレイアだって絶対これを見たいと思っている。間違いない。
 そう、これは運命だったのだ。


 「ショコラ、ドーラ、お土産買ってきたわよ」
 「ん、なーに」
 「ちょっと後にし……あ!」
 居間で格闘ゲームに勤しんでいる妹二人に声を掛けると、二人は揃って生返事で応えた。
 「あなたたち最近寒い寒いって言ってたでしょう。だからお姉ちゃんが上着を買ってきてあげましたー。」
 言っている間に画面の中で勝負がついて、二人がこちらを振り返る。
 「いいの?ありがと。」
 「何買ってきたの?可愛い奴?」
 わくわくした顔でショコラがこちらを見る。その表情にセーラは笑みを深くした。
 「ええ、とっても。フリーサイズだから好きなほう選んで。」
 言いながら袋から二着の上着を取り出す。
 一つは白くて一つは黒い。ふわふわの暖かくて軽い生地のパーカーだ。
 「わあ可愛い!ショコラどっちにしようかなー白でいい?」
 「じゃあボクは黒で。ありがと姉さん。」
 「早速だけど着てみてくれる?フードも被ってくれるわよね。」
 端末のカメラを準備しながら言うと、ドーラがかすかに眉をしかめた。
 「……何かあるの?」
 「ううん何も。ほらほら着てみて。」
 押し付けるように二人にパーカーを着せると、セーラはパーカーのフードを手早くかぶせた。そしてすぐにカメラのシャッターを切る。
 「何?何なの?」
 「セーラお姉ちゃんなんか変だよ?何撮ったの?」
 パーカーのフードをはねのけて、妹二人はこちらの端末を覗き込む。端末に表示されていたのはふわふわパーカーを着た可愛い妹二人の姿。……ただし被っているフードには猫耳がばっちりついている。
 「ねこパーカーだったんだあ。可愛いじゃん。ありがとうセーラお姉ちゃん!」
 「姉さん……わざわざそのために……?」
 フードの猫耳を確認して、にゃぁ!と懐いてくるショコラの隣で、ドーラはフードをはねのけ、訳の分からないものを見る目でこちらを見る。
 「一目惚れしちゃったの。ほら、きっとメシュレイアも喜んでるわ。ね。」
 メシュレイアに出てくるように促すと、メシュレイアは食い気味に表に出てきた。
 「ドーラ様、とってもかわいいです……あの、フードもう一回被っていただけませんか?」
 「メシュ……あのね……」
 キラキラした瞳に負けたのか、ドーラは渋々フードをを目深に被った。
 「これでいい?」
 メシュレイアは問答無用で端末のカメラで撮影会をしている。目深になったフードの下からうかがう様に上目遣いで見上げてくる様子は、相当猫っぽいのだが多分本人は気づいていないだろう。
 「ドーラお姉ちゃん、こういうのは楽しまなきゃ」
 ショコラがドーラにぼふっと抱きつく。黒猫に白猫がくっついたようで非常に愛らしい。と思った瞬間メシュレイアのカメラがそれを写す。さすがメシュレイアはもう一人の自分というだけあって、欲しい画を的確に撮ってくれている。
 「いや、服に実用性以外のものは特に求めてないし」
 「実用性は十分だと思うよ、これ軽いし温かいし」
 「……まあそうなんだけど……」
 半分困惑の表情で袖を確かめている。それもきっちり写真に収めて、メシュレイアはとてもいい笑顔で笑った。
 「お二人とも、とっても、とっても可愛いです。買ってきた甲斐あったってセーラさんも思ってますよ。間違いなく。」
 「そうみたいだね。メシュも嬉しそうでなによりだよ……。」
 半分疲れたような呆れたようなドーラの顔は気にもかけず、メシュレイアはにこにこと返事をする。
 「はい!あの、もう一度二人でポーズ取ってくれますか?」
 「任せて!」
 「はあ……」
 かくして、セーラとメシュレイアの端末には、ねこパーカーのドーラとショコラの写真が何枚にもわたって保存されることになったのだった。


 「あら可愛い。いいですねこれ、よく似合ってて。」
 きゃあきゃあ喜んで写真を繰っていくラヴィの隣で、ナタリーは半分笑いをかみ殺すようにして一緒に端末を眺めている。
 「ドーラが困惑してるのが目に見えますわね。」
 「なかなか笑ってくれなくって。一番笑ってるのこれかしら。メシュレイアが『笑ってください』ってリクエストしたの。」
 言いながら写真を見せると、いい笑顔のショコラの隣でドーラが引きつり気味に困ったような笑みを浮かべていた。
 「引きつってますわね。」
 「素直じゃないのよ。可愛いのに。」
 なお現在被写体二人は既に自室に引き上げている。三人は片づけもののついでに雑談に興じていたところだった。
 「ショコラさんは本当に素直に笑うんですね。」
 「あの子はこういう可愛いの好きだからね。きっと喜ぶと思ったの。」
 最初にねこみみパーカーを見つけた時、ぱっと思ったのは、妹に着せたい、だった。その時に一緒に思い浮かんだのはショコラの笑顔だ。
 「さっきも喜んできてましたものね。」
 「可愛かったですよね。ちゃんとフードも被ってて。」
 ラヴィは頭の上にちょん、と手を当ててにゃあにゃあ、と猫のまねをする。部屋に引き上げていったショコラは確かにふわふわのねこパーカーを身に着けていた。きっとお気に入りになったのだろう。
 「買ってきた甲斐があったってものよ。」
 きっと今夜も寝る直前まで着ているつもりなのではないだろうか。そう思うとふふ、と笑みが漏れた。
 「ドーラはこういうのは苦手なんでしょうね。」
 写真を見ていたナタリーが言う。ドーラの方はパーカーを早々に脱いでしまい、さっさと部屋に置いてしまったので、ラヴィとナタリーはドーラがこれを着た姿は写真の中でしか見ていなかった。可愛かったのにちょっと残念なポイントである。
 「まああんまり得意じゃないでしょうね。でも似合うと思ったのよ。少しは目覚めてくれてもいいのに。」
 肩を竦めると、ラヴィはまあまあ、と笑みを浮かべた。
 「趣味は人それぞれですから……」
 「でもね、昔は可愛いのも着てたのよ。いつからかしらね、あんなになっちゃったのは。」
 「趣味は変わるものですわよ。」
 ナタリーもなだめるように言う。だが、セーラとしてはちょっとだけ言いたい事もあった。
 「ますます頓着しなくなったらどうしようかとお姉ちゃんとしては心配なのよ。
  この間なんて、ひっどい色のつなぎをニコニコで買ってきて卒倒するかと思ったわ。」
 ナタリーは思い当たったか、少し遠い目をして息をつく。
 「ああ、アレ……」
 「ほら、作業着って汚れるものですから。」
 きっと機能性は高いんですよ、とラヴィはフォローを入れる。
 「まあそうでしょうけどね。造りはしっかりしてたし、きっと長持ちするわ。酷い色なのに。」
 酷い色の作業着に笑顔で袖を通し、長く使っていくであろう妹の姿を思い、セーラはもう一度嘆息したのだった。


********
 「へくしょん!」
 隣のデスクから聞こえる小さなくしゃみにダリアは顔を上げた。
 「ん、冷えるのかね?」
 「うーん、そんなでもないはずなんだけどな。」
 ドーラはいいながら首をかしげる。
 「何か羽織るものを貸そうか?それかさっさと寝るか。」
 言うと、ドーラは素直に頷いた。
 「そうだね。……あ、いいや。パーカーあったから持ってくる。」
 途中でふるりと頭を横に振って、立ち上がると、ドーラはそのままパタパタと自室に戻っていった。
 と言っても一分もせずにまた足音が戻ってきてドアが開き、ドーラは元の位置に着席する。
 「おかえり」
 「ただいま」
 言いながら作業に戻ろうとするドーラは、何か見覚えのない……いや、見覚えはある、黒いパーカーを着ていた。
 今日、ショコラがご機嫌で着ていた白いねこみみつきのパーカー。あれと同じデザインの色違いだ。
 「それ、ショコラくんとお揃いかね?」
 「そ。姉さんが買ってきたの。」
 そこらへんにあったから着てきた、と言ったところだろう。確かに暖かそうではある。
 だが、フードの猫耳を見ていると、どうしても言いたくなることがあった。
 「フード被ってみたらどうかね。きっと暖かいぞ。」
 端末を起動し、カメラモードにして言うが、ドーラは振り返りもしない。
 「そこまで寒くないし。」
 「まあそう言わず、ほら」
 ひょい、とフードをかぶせようとすると、一足先にぺいっとはねのけられた。
 「やめて。邪魔。」
 にべもない。
 「体を冷やすのはあまりよくないぞ。」
 なおも言うが、ドーラはとても嫌そうな顔でこちらを見ただけだった。
 「しつこいよ。……それになんで端末構えてるの?」
 「せっかくだから記念写真をと思って。」
 「キミまでそういうこと言う?馬鹿みたい。」
 ぷい、とそっぽを向いて、ドーラはまたパソコンと向き合った。
 「しかしセーラくんはいい趣味をしているな。確実に似合うものを選んでくる。
  黒い猫の耳って、昔のキミの帽子みたいじゃないかね。」
 言うと、ドーラはそうかな、とこちらを向く。
 「あれは別に猫耳じゃないと思うんだけど。……まあ、セーラ姉さん趣味は悪くないと思うよ。
  ショコラには実際似合ってたし喜んでた。」
 「キミにも似合ってると思うんだがなあ。」
 言うと、とたんに表情が険しくなる。
 「どうせダリアも写真撮って笑いものにするつもりだったんでしょ。」
 「滅相もない。たまに愛でようと思っただけさ。」
 「どうだか。」
 機嫌を損ねたようだ。だが、言葉の端々から、そこまで無理をする必要がなさそうなことは察されていた。
 「まあ、これ以上の無理強いはしないよ。キミに嫌われるほうが堪えるからね。」
 ドーラの眉がふっと上がる。「いやに物わかりがいいな?」と思っているのが表情にそのまま出ていて、手に取るようにわかる感情が少し可笑しい。
 「まあそれならそれでいいんだけど。実際これは温かくて軽いし。……まあ、可愛いし。」
 言いながらドーラはまたパソコンに向かう。
 「そう、可愛い。解ってるじゃないか。」
 くく、と笑って自分もパソコンに向かう。
 「あとでメシュレイアくんに頼むことにするよ。きっと写真の一枚や二枚普通に分けてくれるだろう。」
 隣でドーラが盛大にむせたのが聞こえたが、ダリアは鼻歌交じりに次の作業に取り掛かったのだった。



猫の日だったかの突発落書きだったと思う。セーラ姉さんには妹たちを着せ替え人形にしててほしい。
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