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キケンな人

 足元に撃ち込まれる銃弾にバランスが崩れる。
 見えた景色は、閃く赤いコートと何も映さない燃える瞳。そして、いつもは自分たちを守ってくれるデザートイーグルの銃口。
 回復させなくては、と思う気持ちは恐怖に取って代わられる。それでも自分がやらなくてはと、必死で魔法を発動させようと意識を集中させる。ジェムを握って、息を吸って。
 しかし、そこでメシュレイアの意識は途切れた。


 「私が敵を……片づけている間に……君は味方を、……片づけていたのかね」
 どこかで声が聞こえる。
 「ったく、よりによって……!」
 床を蹴る音、鋼がぶつかる音。そして銃声。また鋼の音。繰り返す音の後、ゴトッと重い音が続く。
 「ようやくチェックメイトだねケリーくん。」
 心がきしむような苦し気な声。
 「……すまない。」
 そして、パンッと乾いた音が響いた。

 「メシュレイア、大丈夫?」
 気が付くと、目の前にヨウコの顔があった。
 「はい、なんとか。」
 返事をしたところで、頭がはっきりしてくる。
 <箱舟>を探索していたところだった。
 作りとしては広くはないはずだという話だったのだが、内部を固める敵は予想よりも強力で、探索は一歩ずつしか進まなかった。それで交代で探索を進めていたのだが、……疲弊が見えてきたところに件の敵が現れたのだ。
 精神攻撃を持つ羽をもった何か。まともに喰らうと敵味方の区別がつかなくなってしまう。危険を察知して真っ先に倒しにかかったが、それはここに居る敵の殆どと同じく、守りで強固でダメージが入りにくかった。それで手こずっているうちに、よりによってケリーがやられてしまったのだ。
 真っ先に近くに居たヨウコを打ち倒したケリーに気づき、慌てて回復させようとジェムを握ってすぐ自分も打ち倒された……ところまでは覚えている。全滅していないという事は、何とかなったのだろう。
 「メシュレイア、すまなかった。けがはないか?」
 ケリーとダリアがこちらを覗き込む。瞳は自分を映している。もう大丈夫なのだ。
 「はい、大丈夫です。」
 頷いて起き上がる。
 「いったん戻ろう。疲労もあるし対策しないと厄介だし。」
 ヨウコの意見に否のあるメンバーはいなかった。


 「じゃあ、ダリア様がケリー様を治したんですか。」
 「まあ、そんなところだ。」
 引き上げてきたホームで、本当に面目ない、とケリーは深々と息をついた。
 「不可抗力だしお互い様だよ。ケリーくんに暴れられると流石に手こずるがね。
  まあ、借りは返したってことにしておいてくれたまえ。」
 「それもそうだな。ダリアが居てくれてよかったよ。」
 「はっはっは、褒めても何も出ないよ。」
 軽やかに笑いながらダリアはフラッと引き上げていく。
 「いつかの借りって、何かあったんですか?」
 尋ねると、ヨウコの方が苦く笑った。
 「ああ、ちょっと前にダリアも混乱攻撃にやられてたのよ。」
 「よくご無事でしたね。」
 はあ、と息をつくと、ヨウコは肩を竦める。
 「メンバーが良かったのよ。ケリーとジャニスが二人掛かりで止めてくれたの。」
 ケリーとジャニスと二人掛かりで止めるというあたりで、想像する間でもなく大変さが察せられて、思わずうげ、と、うめくような声が出た。
 「だが、MVPはヨウコだったよな。」
 「ヨウコ様がトドメを刺されたんですか?」
 「違う違う。」
 ヨウコは苦笑いで手を振る。
 「『マンガン電池食わせる』って叫んだんだよ。それでダリアの動きが一瞬止まったんだ。」
 「……はあ……。」
 それでおそらく二人掛かりでひっぱたいて正気に戻したのだろう。ラジオだった時の言動を見るに納得できる……気もする。
 「大変でしたね。」
 「魅了と混乱はもっと対策考えないと駄目ね。完全防御しにくいのに一瞬で戦線崩壊しちゃうし。」
 「優先事項を決めて構成を考えるしかないだろうな。微力だが私も手伝おう。」
 「ありがとう、ケリー。でもとりあえずちょっと休もう。疲れてたら良い案も浮かばないし。」
 「それもそうだな」
 じゃあまた後で、とケリーとヨウコも引き上げていった。
 はあ、と息をついて、自分も引き上げることにする。とりあえずは隣の部屋のベッドだろうか、……と足を向けると、そこにはすでに先客がいた。
 「あ……。」
 帽子を枕元に放り出し、ベッドのヘリに足を上げた格好で目を閉じているのは、先程引き上げていったダリアである。
 「メシュレイアくんかね。」
 邪魔はできないと踵を返そうとすると、先に声がかかった。
 「ええ、すみません、お邪魔してしまいました。」
 「構わないよ。良ければこちらに来たまえ。」
 「え、はあ。」
 言われるままベッドに寄ると、琥珀の瞳がこちらを見上げる。
 「実は前からじっくり話を聞いてみたかったんだ。」
 むく、と起き上がったダリアの瞳がこちらを捕らえた。キラキラと煌いて黄金のようにも見える瞳に自分の姿が映っている。
 「君は本当に興味深い存在だよ。その感情と人格はどこから来たのか、どんな機序で人間に変わったのか、変われたのか……実に興味深い。」
 「あ、の……」
 頬に、少し暖かい手が触れた。
 「柔らかいね。少し冷えているが温度もある。上等なマシュマロのようだよ。」
 にこりと微笑む顔がどこか無邪気で、動けなくなる。
 「手の方はどうかな、触れていいかね。」
 言いながらすっと触れる手に、なぜか頬が赤くなる。人間になってから得た鼓動も、恐ろしいほどに早い。
 「緊張しているのかい?それとも照れているのかね?」
 くすくすと笑いながらダリアがこちらを見上げる。
 「君の鼓動も聞かせてほしいな。」
 「え、あ、あの」
 どう動けばいいのかわからなくて、言葉が詰まる。
 しかし、詰まっているうちに、部屋のドアが凄まじい音を立てて開き、白とピンクのロングドレスが躍りこんできた。
 「何をやってるんですの!!」
 「え」
 「うわ!?」
 気の強そうな声に茶色のロングヘア。ナタリーだ、と思った時には既にダリアから引き離され、なぜかダリアがベッドにひっくり返っていた。
 「あ、あの、ナタリー様?」
 「メシュレイア、あなた警戒心薄すぎですわ!この馬鹿が何やろうとしてたかわかってますの?!」
 叱りつけられて目を白黒させていると、あたたた、とダリアが起き上がる。
 「何って、メシュレイアくんに話を聞こうかと……」
 「メシュレイアに話を聞くのに、身体を触る必要があるんですの?」
 「あと少し調べさせてもらえたらいいなあと……」
 ぎり、とナタリーがにらみつけると、ダリアは両手を挙げて降参だと示した。
 「メシュレイア。あなたも人になりたてだからわからないかもしれませんけど。
  あなたにはダリアは危険でしてよ。一人では近寄っちゃ駄目ですわ。」
 「え、でも」
 聞き返そうとすると、ダリアの方が先に抗議の声を上げた。
 「ナタリーくん、それはちょっと人聞きが悪すぎるんじゃないかね」
 「あなたこの間ラヴィに何したか覚えてまして?」
 抗議をねじ伏せるように、ナタリーが強い口調で問う。
 「へ?ラヴィに?」
 きょとん、と目を丸くしたダリアに、ナタリーは顔をひきつらせた。
 「そういうとこですのよ!
  いいですかメシュレイア。この!バカは!混乱したラヴィに、戦闘中だというのに、治療と称してき……キスしようとしたんですのよ!?」
 今度はこちらが目を丸くする番だった。
 「ああ!」
 ぽん、と手を打つダリアの態度からするに、心当たりはあるらしい。
 「しかしあの時はナタリーくんが邪魔して未遂だったじゃないかね。あれはなかなかいい蹴りだっ」
 「お黙りなさい!
  いいですこと、メシュレイア。ダリアに一人で近寄っちゃいけません。わかりましたわね!?」
 勢いに押されてこくこくと頷く。
 「つれないなあ。」
 「あなたが態度を改めれば良い事でしょう。メシュレイア、行きますわよ。休憩なら別の所がいいでしょう。」
 腕を取られて部屋を出る。ナタリーはそのままずかずかと歩いていく。そんな彼女に追いすがるように声を掛けた。
 「あの、ナタリー様。」
 「なんですの?」
 先程の剣幕が嘘のように穏やかな声に、少しだけ気が落ち着く。
 「なんで私を守ろうとしてくださるんですか?」
 尋ねると、ナタリーは、そうですわね、と足を止めた。
 「貴女は人間になりたてでしょう。そういう訳が分かっていない相手を好き勝手するような無法は許せないだけですわ。
  あのままほっといたら、あなた訳の分からないうちに分解されて調べられてましたわよ。」
 「……そんな、まさか」
 「あれでダリアはドーラ以上のマッドサイエンティストですわよ。それくらいやりかねませんわ。と言うか、恐らくやるでしょうね。」
 あなたは初めての人造人間ですもの、と。きっぱりした物言いに、二の句はつげなかった。
 「まあ、優秀な管理人ではありますし、学ぶところはなくはないですわ。あなた一人じゃなければ話を聞くのも悪くはないのかもしれませんわね。」
 「そう、なんですね。……わかりました。」
 頷くと、ナタリーはふふ、と微笑んだ。
 「よろしい。ドーラの所まで送りますわ。向こうに居たはずですし。」
 掴まれた腕が解かれ、手が差し出される。
 「はい、ありがとうございます。」
 その手を取ると、ナタリーはもう一度、きれいな笑顔を見せた。


 「はー……ダリアが。」
 一通り説明を受けたドーラは、呆れたように息をついた。
 「気を付けておかないと分解されますわよ。」
 ナタリーはそう言って肩をすくめる。
 「いや、もう分解はできないんだけど……あー……でも不可能を可能にするのがダリアだからな……。
  わかった。ありがとう。気を付けとくよ。」
 ドーラがそう礼を言うと、ナタリーはどういたしまして、と踵を返した。それを見送ってドーラの方に向き直る。
 「……あの、ドーラ様。」
 声を掛けると、はたと気が付いたようにドーラがこちらを向いた。
 「ああ、メシュレイア。ボクも居るからもう大丈夫だからね。休むんだったら向こうのソファ使いなよ。」
 「あ、はい。あの、……ダリア様って、そんなに危ない方なんですか?」
 尋ねると、ドーラは困ったように眉を寄せた。
 「うーん……。」
 「その、とても賢い方ですよね?人の姿を取り戻してからはとても強くて、とても頼りになる方だと……思ってたんですけど。」
 言葉をつなげるごとに、ドーラの顔が下がっていく。どう説明したものか考えあぐねているらしい。
 「それはそうなんだけどね。メシュはボクが作ったから、仕組みとか気になってるんじゃないかな、多分。」
 多分、とは言うものの、言葉には随分確信が籠っていた。しかし、それは答えにはなっていない。
 「それって危ない事なんですか?」
 「いやいや危なくはないとも。」
 返事は横合いから差しはさまれた。
 「……そういうとこだよダリア。どうしたの。」
 「いやあ、メシュレイアくんが落とし物をしていたから届けに来たんだよ。こっちにいるかなと思ってね。」
 ほら、と見せられたのは、自分が持っていたはずのお守りだった。NARITASANと書かれた特徴的なお守りは、肌身離さず持っておきなさいとヨウコに渡されたものだ。
 「あ、私のです。ダリア様、わざわざ持ってきてくださってありがとうございます。」
 「何、大事なものだからね。」
 にっと笑ってお守りが手渡される。そしてそのまま手をぎゅっと握られた。
 「お礼はメシュレイアくんでい」
 「ダリア。前から気になってたんだけど、研究成果が気になるならボクに直接言えばいいのに、なんでメシュレイアにちょっかい出すの?」
 全て言う前にドーラが割り込んだ。ダリアはメシュレイアの手を握ったままでドーラの方を見る。
 「おや、ドーラくんは、研究成果を私に分けてくれるのかい?」
 「今はそれどころじゃないよね?」
 「ふむ。ならばこの件が片付いたら期待していいのかね?」
 謎の緊張感の漂う問い続きの会話の間も手が離れることはなくて、少し落ち着かない。
 「……考えとく。その代わりダリアの研究成果も分けてくれるんだよね?」
 「……なるほど、考えておこう。」
 謎の緊張が解かれる。
 「あの、ダリア様。」
 「ああ、メシュレイアくん。とりあえず用事はそれだけだよ。
  良かったらまた話を聞かせてくれたまえ。」
 ひら、と解かれようとした手を追う様に取ると、ダリアは一瞬目を丸くした。
 しかし、それはすぐ余裕たっぷりの笑みに変わる。
 「おや情熱的だね。私と二人っきりで語り合いたいのならいつでも大歓迎だよ?」
 「あの、……ドーラ様もナタリー様も、ダリア様は危ないっておっしゃるんですけど、私には、どう危ないのか……実はまだよくわかりません。」
 視界の端で、なぜかドーラが目をそらしたのが見えた。
 「でも、ダリア様がとても強くて優しい人だっていうのは知ってます。世界を守るために自分を犠牲にしようとした人だというのも、期待にこたえ続けてきた人だってことも、ドーラ様にお聞きしました。」
 一言ごとに、なぜか目の前のダリアから余裕が抜けていく。
 「私のお守りも、わざわざ持ってきてくださいました。さっき、ケリー様を止めて下さったときも、手をあげるのがとても辛そうだったのが聞こえましたから……きっと人よりも優しいんだって。」
 やがて、ダリアの空いた方の手が赤くなった顔を覆った。
 「……あの、だね……」
 「危ない事なんて、されないですよね?」
 尋ねても、なぜかダリアは、あーとかうーとか言うだけである。
 「……あー……そうだね……」
 「それともやっぱり危ない方、なんですか?私にはそう思えません。」
 もう一度聞くと、ダリアははあああっと深い息をついた。ついで、帽子を少し目深に引き下げる。
 ドーラくんはどういう教育してるんだ、と聞こえたような気がした。
 「降参だよメシュレイアくん。私が危険人物ではないとそんなに君が信じてくれるなら、期待には応えるしかなさそうだ。」
 「危ない事はしないんですね?」
 「そうだね。約束しよう。」
 顔をあげたダリアは、まぶしいような顔でメシュレイアの手を外すと、小指を絡ませる。
 「ゆびきりげんまん、ですね。」
 「そうそう。ちゃんと知ってるじゃないか。」
 ゆびきった、と、ダリアははにかむように笑った。


 それじゃあ、と、ゆれる赤い髪が見えなくなってから、メシュレイアはドーラに向きなおった。
 「ほら、ダリア様は別に危なくなんてないじゃないですか。」
 「そうだね、うん。……ふふふふふ。」
 ドーラの表情には面白いもの見た、と言うのが前面に出ている。
 「ボクもね、ダリアの事尊敬はしてるんだよ。研究に対する態度は真摯で内容も緻密で、今でも素晴らしいと思ってる。昔は憧れだったんだ。」
 「今は違うんですか?」
 「憧れっていうより、同志かな。研究の話を分かってくれるのはダリアくらいだし。少しは近づけたって事。」
 言いながら、ドーラはまた、ふふ、と笑う。
 「でもあんなに照れてるのは初めて見たかもしれない。ありがとうメシュ。すごく面白かった。」
 「面白かった、ですか。」
 なんだか釈然としないのだが、ドーラはとても笑顔で頷いた。
 「うん。そうだ、メシュ、休憩に来たんだろう?お茶入れるからそっちのソファで休んでなよ。」
 「いえ、ドーラ様にそんな事させる訳には」
 「ううん、ボクにやらせて。ちょっとしたお礼。」
 さあさあ、とソファに座らせられ、ドーラはぱたぱたとお茶を淹れに去っていった。
 妙に楽しそうなドーラを見送ってソファに少しもたれかかると、ふうっと力が抜けてくる。
 そう言えば疲れていたのだ、と身体が思い出したらしい。誘惑に抗えずに目を閉じると、メシュレイアの身体はそのままソファに沈んでいったのだった。



これなんで書いたんだっけ、混乱ネタ?ダリアさんがメシュレイアをお持ち帰りする機会を虎視眈々と狙っているような気はずっとしているんですが、その都度メシュレイアをほっとけないナタリーやドーラやセーラに妨害されているような気もしています。ダリアさん、純真なメシュレイアなら口説ける!と思っていそうだけども壁は多いんでないかなあ、それなりに。
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