自己無限増殖装置。
機械の世界の管理人、ダリアによって作成される。
起動時に帽子世界における機械の世界を無限の増殖機能埋め尽くし、機械の世界を破壊。
世界が巻き戻ったのち再起動され、ヨウコたちに破壊される。
無限の”モノ”は意志を持った。
意志を持たない細胞が、無数に集まりやがて意志を持つように。
それは破壊した者たちも作成者も驚かせる結果だった。
****
そして時は流れ、ここはフィラデルフィア。ダリアの部屋という名前の研究室だ。
「ネットワーク接続、OK。
ムゲンちゃん、準備したテストファイルを私のPC1に送信してくれたまえ。」
「リョウカイ ダリア」
机の上をコロコロしていたムゲンちゃんは、元気に返事をするとファイルの送信を開始した。
ダリアは、帽子世界で破壊されたムゲンちゃんを、現実世界に出てから作り直していた。
もちろん自己増殖機能なんて物理法則をガン無視した機能はついていない。
機能的にはエネルギーを取り出すための装置というよりも、ちょっとしたミニロボットだ。破壊された自己無限増殖装置と同じなのは見た目だけだと言ってよかった。浅いV字のアンテナと六本の小さな足にスイッチ二つ、モニタが一つ。モニタ上部にはしっかりカメラが内蔵されている。
もちろん意志はない。クラウド学習させたAIと音声の応答パターンがあるが、これはまだまだ経験と学習が必要だというのがダリアの評価だった。
とはいえ話は通じる。マイクもスピーカーもあるから音声でコミュニケーションをとることも可能だ。
まもなくダリアのPCには、ムゲンちゃんから送られてきたテストファイルがぴこんと表示された。
バックアップのテストファイルと内容に差はなく欠けもない。成功だ。
「よし、送信成功だ。ありがとうムゲンちゃん。」
「ドウイタシマシテ ダリア」
「じゃあ次。ムゲンちゃんのカメラ映像を送ってくれ。1枚の画像と、直近10秒の動画だ。」
「リョウカイ ダリア」
ムゲンちゃんは、少し考え込むようにころんと転がると、また送信を開始した。
年に幾度か訪れるフィラデルフィアの家は、メルにとってはそれなりになれた場所だ。
だが、リビングに入るなりころげたり足を動かしたりしながら出て来たムゲンちゃんを見たメルは怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだこれ、ダリアの発明品か?」
「ムゲンチャン」
「うわしゃべった」
思わず飛びのくメルを見て、ショコラが大丈夫だよと笑う
「この子はムゲンちゃん。ダリアが作ったんだけど、うちでちょこちょこお手伝いしてくれるいい子だよ。
ただいま、ムゲンちゃん」
「オカエリ ショコラ
ムゲンチャン イイコ」
ほいせ、と、ショコラはソフトボールサイズのムゲンちゃんを抱える。
「具体的に何するんだよ」
「レシピ勝手に調べてくれたりするし 雨予報だと呼びに来てくれたりするし。」
「……お前意外と便利な奴なんだな」
メルがまじまじと見つめると、ムゲンちゃんは、”(^^)”と画面に表示した。
「ムゲンチャン ベンリ」
遠くミュンヘンからメルが遊びに来た日は、大体家のメンバー全員で出かけるのが恒例だ。
街の中を歩くこともあれば、郊外やちょっと遠くニューヨークまで足をのばすこともある。
「お。お前もいくのか」
「ムゲンチャン オデカケ」
今年はビニールの透明なバッグの中に納まったムゲンちゃんも一緒だ。
「今はなるべく学習データを増やしたくてね。できるだけ色々なところに連れて行ってるんだよ。」
ダリアはそう言って、ムゲンちゃん入りのバッグを軽く掲げた。
「ムゲンチャン ベンキョウチュウ」
「……お、新しい語彙だね。ちゃんと学習してるようで何よりだ。」
独立記念館のところまで来る。フィラデルフィアの観光地であるそこは、今日も観光客でにぎわっていた。
「建物見るためにこんなに人が来るんだな」
「ここは中心部で、ついでに見るのにちょうどいいんですわ。」
「私たちもこうしてお昼のついでに立ち寄っているくらいですから。」
少し先にはお昼の目的地であるマーケットがある。その先は、さらに大きく仰々しく優美な市庁舎だ。
「せっかくだし、写真でも撮っとく?」
あたりの観光客を眺めながらドーラが言うと、良さそうですね、とメシュレイアも頷く。
「とってもフィラデルフィア!って感じですし。」
少しカバンを重ねて上に携帯端末を置く。リモートで起動の準備をしていると、もぞもぞとバッグの中のムゲンちゃんが動いた。
「あら、あなたも一緒に撮りますの?」
ナタリーがひょいと取り出すと、ムゲンちゃんはもぞもぞ動いて、ぴか、とディスプレイに何かを表示する。
「ムゲンチャン シャシン」
「え、写真?」
向こうで並びかけていたラヴィたちが首をかしげて寄ってきた。
「どうしました?」
「この子、何か表示してるんですけど……」
ラヴィとナタリーが二人でのぞき込むが、ムゲンちゃんは赤い丸を画面の真ん中にぴかぴか点滅させながらそこでじっとしている。
「赤丸?これは何ですか?何かいいことがあったのかしら。」
「さあ……ダリア?ムゲンちゃんが何かおかしいですわよ。」
「うん?」
リモートの準備をしていたダリアがこちらを見る。
ムゲンちゃんの表示が「ARE YOU READY?」と変化する。
謎の挙動にショコラはメルの肩を掴んで二歩引いた。
「え、大丈夫なの?」
「おいおい、こいつはそんな危険物なのか?」
メルはショコラの方を振り返る。
「わからないけど、我が家結構爆発率高いから。」
Are you ready? の次に何が来るのだろうか。
「あなた、いったいどうしましたの?」
無造作にナタリーが手を伸ばすと、唐突にムゲンちゃんはカウントダウンを始める。
「3」
「……おい、爆発とかしねえよな?」
「2」
メルの視線はムゲンちゃんだ。
「しないと思うけど……しないよね??」
さらに一歩引いてショコラ。
「1」
「何が始まるんでしょう?」
「待て、何のカウントダウンだ!?」
慌ててダリアが駆けよろうとする。
その視線の先で、光が爆ぜた。
「確かに、最初に言ってましたわね……シャシンって。」
若干脱力した表情でナタリーがぼやく。
「ムゲンちゃん、私たちの写真を撮ってくれていたんですね。」
フラッシュの光の後、ムゲンちゃんのディスプレイには先ほどのハプニング映像が映し出されていた。
「私はカメラは付けたが、フラッシュだのカウントダウンだのそんな機能は付けていなかったんだが。」
「ああ、それボクが実装しといた。便利かなって。」
「ムゲンチャン ベンリ」
多少誇らしげなムゲンちゃんと、しれっと目をそらすドーラを眺めてダリアは深々とため息をついた。
「実装したなら報告してくれたまえ。」
「さっきまで忘れてたんだよ。」
ダリアは今度こそ崩れ落ちた。その隣でしみじみとディスプレイを眺めていたメルが息をつく。
「なるほどな……道理で」
「写真でもドーラお姉ちゃん一ミリも慌ててないもんね……」
ショコラも写真とドーラを見比べてあきれ顔だ。
「確信犯ですわね。」
「確信犯だろう。」
「そんな、決めつけは良くないですよ。」
ラヴィが取りなすなか、ドーラもそうだよ、と頷く。
「たまたまだって。ほら、写真も撮れたしお昼行こうよ」
ドーラは自分のバッグを持つと、ムゲンちゃんを抱えてふいっと踵を返す。
「……ドーラ様、ちょっと白々しいですよ。」
困ったようなメシュレイアの声に、ドーラはぴくりと肩をすくめると、何事もなかったようにまた歩き出した。
「心苦しいところだが、あとでキッチリ絞らなくてはいけないようだね。」
そちらを見やるダリアに、ナタリーが即頷く。
「今からでもよろしくてよ。」
「あの、お手柔らかに……」
メシュレイアが声をかけた時には、既にダリアは駆け出し、ドーラの首に腕を掛けていた。
うひゃわああああと、間抜けな声が響く。
「遅かったみたいだね。」
「自業自得だ。」
やれやれ、と各々バッグを持ってその後を歩き出す。
日は高く、広場は賑やかだ。
そしてお昼ご飯の時間も、もうそろそろなのだった。
*****
後日。
「ムゲンちゃん。それ以外にも候補はあったよね?あのあといっぱい写真とっただろう?」
「ムゲンチャン コレガイイ」
「参ったな。なんでそんなに頑固に育ったんだ?」
頭を掻きながらダリアはため息をついた。
毎年恒例のカードに入れる近況写真を選ぶところだった。メルが来た日に色々取った写真を出したいのに、ムゲンちゃんは、一枚だけしか出してこない。
ショコラとメルは引き、ダリアは慌て、ナタリーが無造作に手を伸ばしている、記念写真の失敗作のような写真。
「ムゲンチャン コレガイイ」
「ドーラくんの仕業か?」
あの後ドーラをこってり絞ったら、知らないアップデートが山ほど施されていて頭を抱えたのは少し前の話だ。ただ、ドーラはこの方面が得意なのか、勝手にアップデートされていたムゲンちゃんは、随分前から疑似的な性格というか感情らしきものまで備えていたらしい。アウトプット方法が手つかずだったため、あまり表面には出てきておらず、それで気付かなかったのだが……そこも絶対確信犯だとダリアは睨んでいる。
「ドーラ カンケイナイ」
「おや、庇うのかね?すごいな……。」
少しアウトプットを改良してやると、こうやって舌を巻くことも多くなった。ダリアは少し考えて質問を選ぶ。
「ムゲンちゃん。なぜこの写真を選ぶんだね?」
ムゲンちゃんは、ぴこん、とディスプレイを光らせた。
「ムゲンチャン シャシン ハジメテ ARE YOU READY」
今度はダリアが目を丸くする番だった。だが、それで思わず笑ってしまう。
確かにこれは、ムゲンちゃんの記念すべき初撮影の写真だった。それもちゃんとARE YOU READYの手順を踏んだものだ。
「キミもそれなりに思う所があったんだな。わかった、じゃあそれにしよう。」
あの時は爆発するかと少し頭をよぎったが、ムゲンちゃんにとっては初仕事だったのだ。
「シャシン オクル」
「ああ、頼むよ」
その年、世界各地に散らばったかつての仲間たちは、フィラデルフィアに住む彼女たちの写真に目を丸くした。
そして、さもありなん、相変わらずだ、と笑ったのだった。
年賀状のおまけの話4年目。記念写真の崩れたやつってほほえましくて大好きなんですよね。