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守り人

 先は長いな、と思う時がある。
 ふとした時に昏い視線を感じた時。お前もどうせ、という顔をされた時。いつもお手伝いをしてくれる子が、その実必死で自分の先廻りをしようとしているのに気づいた時。気を利かせないと、という強迫観念を感じた時。ふと目を覚ました子が、凍り付いたように怯えた瞳でこちらを見た時。
 一緒に居られる時間が長くなりそう、とも思えるのは自分が能天気だからだろうか。それとも、そうでも思わないとやっていけないからだろうか。
 原因もなんとなく察していた。だからそれなりに覚悟もしていたし、こういうのは気長にやるしかないと分かっていた。それでも、たびたびそんな視線を浴びると少しずつ苦しくなってくる。
 ……ここにいる子ども達ははみんな心に傷を抱えていた。

******

 パシン、と乾いた音が響いた。
 驚いた表情がこちらを向く。赤くなった頬を抑えて、目を見開いて、見上げる目線には明らかな怯えが見えた。

 あの時は、それが精いっぱいだった。
 だが、その時の光景が脳裏から離れてくれない。
 今までやってきた全てを無にしたのだと知っていたからだ。

 「ジャスミン、そんな凹んでるの珍しいな」
 口を付けたコーヒーを置いて、ポリィはジャスミンの方に向き直った。
 「あたしだってたまには凹む時くらいあるわよー」
 オードリーの店のカウンターに突っ伏して、ジャスミンはため息をつく。
 「大丈夫か?ちびっ子たちが心配なら場所変えてもええんやで?」
 ポリィが心配そうにのぞき込むが、ジャスミンは力なく首を振るだけだった。
 「ううん、私が凹んでたら気にしちゃうからいいのー。まだ人見知り激しい子も多いし。
  それにあの子達精神年齢は高いからね、少しくらいならほっといても大丈夫……。」
 そう、少しなら。マリィにも頼んできたから大丈夫だ。ただ、2時間も放置はできないと思う。
 何かやらかしてしまうから、ではなくて、放置されている、と思われてしまうから。
 「それならええけど……。じゃあどうしたんや。」
 「…………」
 何か口を開こうとすると、なぜか泣きそうになって、ジャスミンはまたテーブルに突っ伏した。
 「……ジャスミン。結構深刻なんやな?」
 「……うん……」
 乾いた音と怯えた視線。絶対にやってはいけない事……一緒に暮らす子供たちには、特に。
 「最低最悪……ちょー自己嫌悪中なの……」
 唸るような呟きが、口から勝手に零れてきた。


 「パピィ、どうしたの」
 パピィがぼんやりしていると、マリィが声をかけてくる。
 「……ベツニ……」
 パピィは、ぶす、とむくれたように自分の頬を撫でた。
 そこにはもう跡はなく、乾いた痛みも今はない。
 ただ、ずっと忘れていた痛みが、じくじくと心の中で広がっていくだけだった。
 昨日からずっと、じくじく、じわじわと、気まずくて、歯がゆくて、どうしようもない感情を持て余している。
 「パピィ、ジャスミンと何かあったの?」
 「ベツニ……」
 嘘だ。
 昨日からずっとじくじくしているのは、ジャスミンのせいだった。
 ジャスミンは今日も通常通りの顔をしているが、それでも自分に対しては少し気後れしているのを感じる。
 昨日の夕方。赤い夕陽がなんだか記憶にあるようでないようなそんな日。
 今の家はどうやら古い施設を使っているらしく、少し天井の高い二階建ての上に屋上があって、そこはパピィのお気に入りの場所だった。
 ここはいろんな奴がいて、なんだかんだいつも賑やかで、自分がいる場所じゃないような気がしてしまう事がある。そういう時は屋上に一人になりに行くのだ。
 それでなんとなく屋上でぼんやりしていて、ふと、夕陽の先が見たくなって、フェンスを乗り越えていて。
 端っこに座っていたら、いつしか楽になれるような気がして、脚をふらふらさせていて。

 『アンタ何やってんの!?』

 気が付いたら、身体ごと屋上に逆戻りしていて、血相を変えたジャスミンが目の前に居た。
 『ベツニ、勝手ダロ』
 ふい、と目をそらした瞬間、パシン、と乾いた音がした。
 『勝手じゃないわよ!アンタせっかく助かった命また亡くす気なの?!』
 自分が叩かれたことに気づくのに、少し掛かった。殴られるのも叩かれるのも、苦しみの何もかも、慣れていたはずだったのに。
 泣きそうな顔のジャスミンを茫然と見上げる。ジャスミンは、それでハッとしたように浮いたままの手を降ろした。
 『ゴメン。
  ……とりあえずフェンスの向こうに戻んなさい。』
 ジャスミンが掴んだままのフェンスを乗り越え、建物の縁から距離を取る。ジャスミンはそれを見届けて、それからちらりと下を見て、またこちらに戻ってきた。
 『……夕飯作るよ。マリィたちも待ってる。』
 こくりと頷いて、そして中に戻った。

 それからずっと、じくじく、じわじわと心の中が騒めいている。よくわからないがなんだか不快で、それでいてどうしようもなくて持て余すばかりだ。
 「パピィ。」
 またマリィの声だ。振り向かずに聞いていると、マリィはゆっくりと言葉をつなげた。
 「マリィは一緒に居たほうがいい?」
 「……居テイイ。」
 「わかった。」
 片手が重なる。
 じわじわくすぶる感情の原因には届かなくても、一緒にいるよ、と言われているようで、少し落ち着いた。
 「パピィ。……パピィは居なくならないでね。」
 ほそ、とつぶやかれて思わずマリィの方を見る。
 「……マリィ。聞イテイタノカ。」
 「ううん。でも、何となくわかったの。ジャスミンがあんな顔するなんて、ないし。」
 「……ソウカ。」
 千里眼をもたらす知恵の帽子。その聡さは元からのものだったのだろう。
 「アイツモ、……そう、思ってたのかな……」
 つぶやきは言葉になる前に、口の中でほどけて形を成すことなく消えていった。


 それから2週間ほどしたある日。
 ジャスミンの家には大量に荷物が届いていた。
 ぬいぐるみや人形にゲームのような玩具の類。いっぱいの絵本。衣類やタオルのような必需品、食料品まで。
 ポリィたちでわっさりと纏めて持ってきてくれた荷物たちは、もはや支援物資だ。
 「ありがとー、みんな。」
 「ウチらこそ、これくらいしかできへんくてスマンな。」
 「ううん、十分よー。ちょいちょい手伝いにも来てくれてるでしょ−?すごく助かってるんだ。」
 色々なところに声をかけたのだろう。包み紙やメーカーを見るに、国も地域もバラバラで、あの世界で一緒に生きた仲間たちは本当に世界に散ったんだな、と感慨深い。
 開封作業はポリィ達や子供たちと一緒にわいわいやった。唐突なプレゼントにテンションが上がった勢いのままにわあっとみんなで分配すると、開封していない箱もあとわずかだ。
 最後に残った箱は頑丈に梱包された大きめのものだった。大きさは高さ1m近くて結構大きい。運んでくるにも少し重たくて後回しにしていたのだった。
 「さあて、ラストにかかるわよー。」
 ジュリエッタがよいしょ、とかかった紐を切り出す。
 「これ何処から来たんやろ……アメリカ?」
 「へー、あの辺。」
 子どもたちが見守る中大人たちでぐいぐいバリバリと梱包を開けていくと、中から出てきたのは何か大きな……ぬいぐるみ?のようなものだった。箱の中でぎゅっとうずくまっている。
 「ウサギ?」
 「大きい!」
 わああ、とテンションのあがる子どもたちに反し、開けている方の困惑は深まる。
 「着ぐるみかしら?」
 「着ぐるみにしちゃサイズおかしくないか?」
 「あ、なんか手紙入ってるわね」
 ぬいぐるみを包むビニールを剥がして、ぬいぐるみのもつ手紙を開くと、そこには何か見たような文字が並んでいた。

 『これはAI搭載でちょっとだけ動いて喋るロボットだよ。名前はウサタンVer.2だ。
  起動スイッチは背中にあるから、まずは起動してあげてくれたまえ。
  子どものおもちゃくらいにはなるだろう。』

 簡単な説明書は足元に、詳しいヘルプは本人に聞いてくれ、とある。どうしようもなかった時用の連絡先と署名を見たポリィは途端に眉を寄せた。
 「襲ってきたりせんやろな……?」
 「……多分大丈夫じゃなーいー……?」
 足元には説明書。多分大丈夫だろう、多分。
 背中のスイッチを入れると、ウサタンは耳をぴんと立てて目を開き、それからゆっくり立ち上がった。
 「コンニチハ ボク ウサタン」
 「しゃべった!」
 子どもたちが騒めく。
 立ち上がっても見た目は存外にかわいらしい。時の世界にいたウサギのような感じだ。立ち上がったサイズも歩けるようになった赤子くらいだろうか。
 「キミタチノ トモダチ ニ ナリニキタヨ イッショニアソンデネ」
 ぽてんぽてんと子供たちに向かって歩いて行く。
 サイズはあまり大きくなく、デザインも可愛らしいので子どもたちはおっかなびっくりながら興味津々のようだった。
 「なかなか可愛いじゃない」
 傍に居たジュリエッタがウサギの頭をなでると、ウサギ……ウサタンはにこりと笑った。
 「アリガトウ テレルナ」
 「まあ。」
 驚くジュリエッタにポリィがつぶやく。
 「言動がそこはかとなく作者に似てる気がするな」
 あまり否定もできなくて、そーだね、とジャスミンも頷いた。
 「ウサタン ウタエル
  ウサタン カクレンボ トクイ」
 「じゃあ何か歌ってよ」
 子どもたちは謎のロボットにむらがりつつある。 まああの感じなら大丈夫かしら、とジャスミンは片づけにかかることにしたのだった。

 それから数日、ウサタンは存外に役に立っている。
 たとえば料理をしているとき。お手伝いをしてくれる子たちは自分で見ているが、残りの遊んでいる子たちはウサタンがモニターしてくれているらしい。サーチがどうやら高性能で他の場所に居る子も解るらしく、『サヤハ 部屋デ本ヨンデル』『キョウハ ボール投ゲ シタ』と結構細かく報告してくれる。かくれんぼは得意、というよりも、どうやら一瞬で全員の隠れ場所が解っているらしい。
 「ウサタン、アンタ意外と高性能なのねー」
 報告を聞きながら感心することもしばしばだ。
 「ウサタンハ デキルコト スル
  ウサタン ジャスミンノ オテツダイ 出来ルヨウニナルノガ モクヒョウ」
 おまけに健気だ。
 「いい子ねー。ありがとう、ウサタン」
 「ドウイタシマシテ ウレシイヨ」
 まあ、言動からたまに作者の顔がちらつくのだが。
 時刻はそろそろ夜の九時半。
 片づけものをして、小さい子たちをお風呂に入れて寝かしつけてしまうと、楽しい一日はそろそろおしまいの時間だ。
 「さーて、そろそろお風呂といきたいわね……。まだ入ってない子は居るかしら。」
 広い部屋で思い思いに過ごす子たちは順にお風呂に放り込んだため、全員寝巻姿である。そろそろ自分も休めるかしら、と一つ伸びをすると、隣でウサタンがマダダヨ、とこちらを見上げた。
 「マリィ パピィ マダ」
 「……そういえばご飯食べてから見ないわねー。部屋かしら。」
 「イマ オクジョウニ イルヨ」
 ぴこん、と答えるウサタンに背筋が凍るような気がした。
 屋上。パピィはついこの間そこから飛び降りようとしていたのだ。
 「行かなきゃ」
 ジャスミンは慌てて屋上に駆けだした。着の身着のまま、階段を3段飛ばしで上がって扉に手を掛ける。
 と、屋上のドアの向こうからかすかに話声が聞こえてきた。


 騒がしいのは苦手だ。なのにこの家はいつでも騒がしい。
 自分が昔居たところは、いつも大人の怒鳴り声が聞こえて、子どもの泣き声と悲鳴がして、やっぱり騒がしかった。
 白い部屋に連れていかれた後は、別の部屋から聞こえる悲鳴や……もしかしたら断末魔と共に過ごした。顔の見えない大人は自分が何を叫んでも聞こえないようで、悲鳴も感覚も涙も枯れ果てて……そして気が付いたら今度は、動くどころか喋る事すらできなくなっていた。永遠に続くかと思うほどに長く、苦しみの日々が始まった。やっとできた意思が疎通できる相手は、増えたと思ったら主を道連れに消えていく。
 過去の日々は、どこを切り取っても地獄だ。そして、自分はそんな世界しか知らない。
 ……だから、今、どうしていいのかよくわからない。

 悲鳴の聞こえない家。
 暖かい寝床と温かい食事。お風呂もあって、本や玩具もある。
 この間は一杯のプレゼントが届いた。
 こんな事は初めてで、どんな顔をすればいいのか、どういう風に感じればいいのかすらよくわからなかった。ただその光景を茫然と眺めていただけだ。
 茫然としていた自分にも人形は渡された。マリィと同じもので、マリィは控えめにパピィにお友達が出来た、と笑っていた。一緒に入っていたゲームは憧れだった子どもが多かったらしく、昼も夜も大盛況で、ジャスミンがため息をつくほどだし、本棚に並ぶ新品の本も、自由にどうぞと広間に並んでいる。
 平和で、平和すぎて自分の居場所だとは思えないと気がある。
 そんな時にはなんとなく屋上に来てしまうのだった。
 フェンスに寄りかかってぼんやりしていると、少し前の事を思いだす。
 ジャスミンに叩かれた時。思い出すと、何となく心の奥が熱を持ったようにじくじくした。
 「ベツニ、トビオリルツモリハ ナカッタンダ」
 うまく出てこない言葉で呟いて、空の向こうを眺める。
 暗い空には星が瞬き、目線を少し下げると街の夜景が広がっていた。
 「パピィ、ここに居たの」
 いきなり声がして振り向くと、マリィが扉を開けてこちらへきているところだった。
 「マリィ、何ダ」
 「パピィがどこにいったのかなって思って探してたの。ごはんの後姿が見えなかったから。」
 マリィはそういいながら、パピィの隣でフェンスに寄りかかる。
 「ドコニイテモ、イイダロウ」
 「うん。どこに居てもいいの。マリィも、パピィも。」
 そう言うと、マリィはあのね、とこちらを見上げた。
 「ジャスミンが心配してたの。パピィはちょっと普通に慣れてないからって。」
 「フツウ?」
 聞き返すと、マリィは素直に頷いた。
 「うん。パピィは美味しいごはんもお風呂も好きみたいだけど、どうやって受け止めればいいのかわかってないって。
  今の生活にまだゲンジツカンないのかもねって、ジャスミンが言ってた。」
 「解ッタヨウナ事ヲベラベラト」
 不愉快を前面に出して言うが、マリィはううん、と首を振る。
 「マリィもそんな気がしてたの。パピィ、たまにどこに居ればいいのか分からないって顔してるの。」
 それは確かに図星だった。
 「……マリィ、ジャスミンに相談したの。」
 「オマエハ イツモ余計ナ事ヲスル」
 「パピィが居なくなるのは嫌なの。」
 「ベツニ」
 居なくなったりはしない。
 ……そう言い切ろうとして、躊躇した。じくじくした感覚がまた顔を出す。
 ジャスミンがいっていた通り、自分はまだここに戸惑っている。居ていいのか、まだ自信が持てていない。
 ただ、ここ以外に行き場所はない。それも確かだ。
 「……騒ガシイ場所ハ苦手ダ。マタ悲鳴ガ聞コエルノデハナイカト……怯エテシマウ。」
 ぽつんと呟くと、マリィはきゅ、っと自分の手を握ってきた。
 「わかるの。マリィも、あんまり得意じゃないこと、あるから。」
 言われてそちらを見ると、マリィは困ったような顔で、お昼は大丈夫なんだけどね、と微笑む。
 「夜の話声が苦手なの。また嫌な事話してるんじゃないかって、小さな言葉も全部聞こえないかって耳をすませちゃうの。」
 今、こんな夜に話してるのにね、とマリィは困ったように微笑む。
 「夜……夜ハ、嫌イジャナカッタ。寝テイル時ダケハ自由デイラレタ……ズット夢デイイトサエ思ッテイタ。」
 「だから夢の帽子になったの?」
 「……適正ハアッタノカモシレナイナ。迷惑ナ話ダ。」
 永遠に続くかと思われた苦しみ。ただ、夢の帽子でいたから生き延びられたのも確かだ。
 ふ、と息をつくと、マリィが口を開いた。
 「ねえ、パピィ。
  マリィはね、お昼は大丈夫なの。だから、みんなワイワイしてるお昼には一緒に居るの。
  パピィが、賑やかと楽しいに慣れるまで、マリィが一緒にいるの。」
 「……マリィ。」
 「もう悲鳴の心配なんていらない、なんて言ってもどうしようもないって、知ってるの。」
 だから一緒に居よう、と差し出された手を見つめる。
 「……慣レナイ。」
 「マリィにも?」
 真剣な顔で見上げる目と目がぶつかって、思わず目をそらす。
 そのまま、沈黙が落ちた。
 どういえばいいのか、どう行動すればいいのか分からなくて、パピィは自分の手を持て余す。
 ただ……きっと、負ってきた傷は自分もマリィも同等だ。それなのに、マリィはその手をこちらに差し出している。
 ……その状態は、あまり好ましくない。
 少し冷えた手をマリィの手に重ねるまで、かなりの時間が経っていた。
 「……夜ハ、私ガマリィヲ守ル。耳ヲ塞ギ目ヲ塞イデ 夢ノ世界ニ連レテ行コウ」
 手を取ると、マリィはぱあっと目を見開いて、零れるように微笑んだ。
 「パピィ。……ありがとなの。」


 話が落ち着いた頃合いを見計らって、ジャスミンはドアを開けた。
 屋上から見える星空は、夜景にかすんでいてもそこそこ綺麗だ。
 「パピィ、マリィ、アンタたちお風呂まだなんでしょ?さっさと入っちゃってよ。」
 声をかけると、フェンスの近くで話し込んでいた二人は同時にこちらを向いた。
 「ジャスミン。」
 「ココニ イルト ナゼ 分カッタ?」
 「ウサタンが教えてくれたよー。あの子本当高性能ねー」
 正直に言って息をつく。
 「パピィ、中で騒がしいのあんま得意じゃないでしょー?ここは静かだから納得よー。
  でもそろそろ寒いから控えたほうがいいわねー、風邪引いちゃう。」
 ほら、さっさと戻りなさい、というと、パピィもマリィも大人しくしたがって扉の方に向かう。
 「風邪引イタ所デ何カアルノカ?」
 「一日ベッドの中に押し込めて朝から晩まで看病してあげるから任せといて。おかゆだって食べさせてあげるー。」
 フン、と鼻を鳴らすパピィに言うと、マリィも小さく首を傾げた。
 「……それはなんか、楽しそう?なの……」
 「病気の時は、全力で甘やかすもんなのよー。
  まあね、風邪引いたーって仮病使って家事休んじゃったりとかいう技術もあるにはあるけど、アンタたちまだそんな事できないでしょ。」
 それにちゃんと見破るよ、と言うと、パピィもマリィも困ったように顔を見合わせた。そんな二人の頭をぽむ、と撫でる。
 「身体を大事にしなさいって話よー。特にパピィ。飛び降りるなんて許さないからね。」
 ぴし、と言うと、パピィは居心地悪そうに目をそらす。
 「……ベツニ トビオリル ツモリハナカッタ」
 「でもねえ、あんな端っこまで行ったの見たら誰だって止める。引っぱたいてでも止めるよー。
  ……叩いたのは悪かったと思ってるけどねー。」
 アンタ達に手を上げちゃいけなかったから、というと、パピィは困惑したように頭を振った。
 「分カラナイ……ナンデ」
 「アンタに何かあったら辛いでしょ。アンタも、アタシもね。
  それにアンタたちは辛い思いしてきたみたいだから、これ以上痛いとか辛いっていうのはやめたかったのよー。」
 やっぱり、よくわからない、という風にパピィは頭を振る。
 「じゃあ一つ教えてあげよー。あの世界にいた皆、パピィには感謝してるんだよ。」
 言うと、パピィじゃますます困惑したようにこちらを見上げた。その瞳が迷子の子供のようで、いつも冷めたパピィもこういう一面があるのかと少し驚く。
 「球体人間統合者だったアンタが居なきゃ今私たちはここに居ないから……もちろんマリィにもね。
  苦しめていたことは全く知らなかったから申し訳なかったんだけど、感謝しているのは本当だよ。」
 そう言うと、パピィはふいっと目線を下げた。
 「ヤッパリナレナイ。ウルサイノモ、感謝サレルノモ……心配サレルノモ」
 「ちょっとずつ慣れなさい。この、普通ってやつにね。これが今からアンタたちが生きる現実なんだから。」
 パピィとマリィの頭を両手で撫でると、二人は困惑したように、そして最後にはかすかに、頷いたのだった。

 もうそろそろ一日が終わる。
 子どもたちはそれぞれベッドの中だ。
 ジャスミンは自室のベッドに転がって、はあ、と息をついた。
 深々と息をつくとそのまま眠ってしまいそうだ。
 すると、ぽてぽてとウサタンがこちらに歩いてきた。
 「あらウサタン。今日は充電ー?」
 ウサタンは充電の時はこちらで休んでいる。だが、充電が足りているときは、子どもたちの部屋の見回りを頼んでいた。
 「充電 足リテル。ウサタン、ジャスミンニ ヨウジ」
 「なあにー?」
 のそり、と起き上がって問うと、ウサタンはにこりと微笑んだ。
 「ミンナカラ ジャスミンニ」
 ぴこん、と音がして、ウサタンが目を閉じる。
 「サイセイモード」
 「アンタそんな機能もあったのねー」
 少し驚いて言うが、ウサタンはそれには答えなかった。
 代わりにざわざわした環境音が再生される。
 「『ジャスミンニ 言イタイコト アル?』」
 ウサタンの声。
 「『ジャスミン?えーっとね、人参苦手だから減らしてほしいかも』
  『また好き嫌いしてるー』
  『ジャスミン、明日は絵本読んでって』」
 子どもたちの声が次々に聞こえてくる。
 「『ポリィたち、次はいつ来るの?』
  『ジャスミン、ポリィたちがくると元気になるから、また早く来てくれるといいな』」
 思わず目を瞬いた。
 あの子達はアレで結構自分の事を見ていたらしい。
 「『この間のケーキおいしかったからまた作ってって』
  『そろそろ料理も教えて欲しいな』」
 それぞれのご要望にくすくす笑いながら小さく頷いていると、また違う声が入ってきた。
 「『ジャスミン、だいすき』」
 ストレートな言葉に、胸がぎゅっとする。ウサタンは無表情のまま続きを再生し続けた。
 「『ジャスミン、いつもありがとう。』」
 呼び水になったように、感謝と愛の言葉がウサタンの向こうから溢れてくる。
 「『あんまりむりしないでって伝えといてよ』
  『最近元気なかったものね』」
 本当によく人の事を見ているな、と思いながら、少し熱くなった目頭を押さえる。
と、か細い声が入ってきた。
 「『ジャスミン、好きよ。大人の人は苦手だけど、ジャスミンは平気だから、一緒に居てって』」
 人見知りが一番ひどい子の一杯の言葉に、胸がぎゅうっとなって、涙が溢れそうになる。
 ウサタンの向こうでは、ざわざわ相談の音がしていた。
 「『せーの』
  『ジャスミン いつもありがとう』
  『だいすきだよー』」
 わいわいとなんだか揃った声に、ぼろ、と目の前の景色がにじんだ。
 「再生モード 終了 ジャスミン イツモ アリガトウ」
 「……ありがとうは、こっちの台詞よ……
  こんな不意打ち無いよー……ありがと……本当ありがとう」
 ウサタンと、何より子どもたちに。
 涙はぬぐっても勝手に溢れてきて手首にまで落ちていく。
 どこかで張りつめていた気持ちが緩んでいく感じがした。
 先は長い、と思っていた。だが、もしかしたらそうでもないのかもしれない。
 彼女たちは少しずつ傷を癒して、前に進んでいる。他人を心配したり、楽しみを見つけたり、少しずつ成長もしているらしい。
 腫れぼったくなった目をこすり、ウサタンを撫でる。
 「ありがと。返事はあした、皆に直接言うね。」
 「リョウカイ
  ウサタン 見回リ イク。オヤスミ、ジャスミン。」
 「助かるわ。お休み、ウサタン。」
 ウサタンはにこ、と笑うと、ぽてんぽてんと部屋の外に出ていった。

 明かりを消して、布団にくるまる。
 明日一番、子どもたちに言うお返事を考えながら、ジャスミンはゆっくり夢の中に沈んでいったのだった。


ED後、マリィとパピィにも幸せになってもらいたい、と思ったのと、元実験体や虐待経験者集めたに等しいジャスミンはさぞや大変だろうなって思いながら書いた記憶。辛かった分はみんなに報われてほしい。
友情出演のウサタンはドーラ作という裏設定があります。ダリアの言動トレースして組み込んだもんだからダリアみたいな言動がちょいちょい混ざる。
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