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クッキーとフライパン

 キッチンの作業台いっぱいに広がっているのは、お菓子の材料だった。
 小麦粉、バター、卵、砂糖、ココアとパウダーの紅茶、それにデコレーション用のチョコペン。それぞれにきっちりと計られて、綺麗に小分けに整えられている。
 一通りそろっているのを確認すると、セーラは、それじゃあ、とラヴィを呼んだ。
 「生地作りましょうね。最初に使うのはバターよ。
  少し小さく切ってからボウルに入れて、柔らかく溶かすようによーく混ぜるの。」
 「バター、ですね。」
 ラヴィはキッチンの作業台からバターを取ると、小さめに切ってから少し大きなボウルの中に入れた。
 「ええと、泡立て器ですよね?」
 「そうよ。」
 がたんがたん、とぎこちない音をさせながら、ラヴィはバターをかき混ぜる。
 「本当にとけます?」
 「ボウルを抱えてやってればそのうち溶けるわ。頑張って。」
 「頑張ります。」
 ラヴィは頷くと、まだ少し固いバターと格闘を始めた。

 本日、キッチンではセーラによるお菓子作り教室が開かれていた。
 「実はあんまり作った事なくて。」
 お菓子を作ってみたいというラヴィに、それなら一緒に作りましょうか、とセーラが声をかけて始まった、二人だけのお菓子教室である。
 「まずはアレンジとかじゃなくて、普通のものから作りましょう。あとは少しずつ足していけばいいわ。」
 「できるようになるでしょうか」
 少し不安げなラヴィに、セーラは大丈夫よ、と胸を張る。
 「お菓子作りは科学実験みたいなもんですからね。」
 「科学実験……」
 きょとん、とするラヴィに、セーラはそうよ、と頷いた。
 「加熱によって化学反応を起こして二酸化炭素を発生させて膨らませる、て言ったら実験みたいでしょ。
  もちろん綺麗に反応する割合は決まっているの。だから材料はきっちり計るのがコツなのよ。」
 「なるほど。」
 医学生をやっているラヴィはそれで随分抵抗が薄れたらしい。
 じゃあ、さっそく、と材料を秤にかけ始めたのだった。

 そして現在バターが混ぜられなくて苦戦している。
 「室温最近低いからあまり溶けなかったのね。あまり溶かすのも良くないのだけど……」
 セーラは辺りを見回していたが、そうだわ、と鍋の入った足元の棚を漁りだした。
 「おなべですか?」
 「少しだけ湯煎して溶かしちゃうの。完全に溶かしたらダメなんだけど、少しだけ、柔らかくなるくらいにはね。」
 言いながら、セーラは大きめの鍋を引っ張り出そうとした。
 「あら?」
 しかし、何か引っかかっているようでうまく出てこないらしい。仕方なく上から一つずつ出していると、奥の方からガランと音を立ててフライパンが落ちてきた。
 「……これが引っかかってたのね。」
 棚の奥に転げたフライパンをがたがたさせながら外し、外に引っ張り出す。フライパンは、真っ黒に焦げ、若干熱でぐねっと溶けて変形したような形をして、ガラガラと引っ張り出されてきた。
 「……なにこれ」
 引っ張り出したセーラが眉をしかめる。
 「……この柄とサイズ、この間から行方不明になってたやつじゃないですか?」
 確か数日前から見かけなかったものだ。
 「……確かに、面影が残ってるわね……。」
 フライパンを確かめながらセーラも頷く。
 「とりあえず外に出しときましょう。今はクッキーが先だわ。」
 フライパンだったものを傍に置くと、セーラは目的の鍋を取り出した。
 「これにちょっとだけお湯入れて。ポットからでいいわ。
  で、その上にさっきのバター入れたボウルを浮かせて、混ぜる。手ごたえが柔らかくなったらお湯から取り出す。出来るわね?」
 「わかりました。」
 ラヴィは大鍋を取ると、ポットからお湯を注ぐ。それを確認してから、セーラは取り出した鍋類を片づけた。
 「……全く一体誰がやったのかしらね。」
 変わり果てた姿のフライパンを手に取ると、セーラはクッキー作成に戻る。
 「少しマシになったんじゃない?」
 「はい、大分混ぜられるようになりました!」
 「じゃあ、ボールをお湯から上げて、あとお砂糖入れましょうね。卵はお砂糖が混ざってから、少しずつ小分けに入れるの。」
 「はい!」
 ラヴィの元気な返事を聞きながらフライパンをとりあえずコンロに置く。セーラは妹たちよりかなり聞き分けのよい生徒に機嫌よく頷きながら、次の手順の準備をするのだった。

 2時間ほど後。
 「あ、なんかすっごいいい匂いするねー」
 ショコラがぽてぽてと台所に顔をだした。
 「あら、ショコラ。」
 調理器具を片づけていたセーラが振り返る。
 「ショコラ知ってるよ。これはセーラお姉ちゃん特製のクッキーの匂いだね!」
 くんくん、と匂いを味わいながら、ショコラはクッキーが並ぶオーブン前までやってきた。オーブンの扉は開け放たれ、いい匂いが漂っている。どれどれ、と天板に手を伸ばそうとするショコラを、セーラが慌てて止めた。
 「まだよ!」
 「えー。あとどれくらいで食べられる?」
 「15分くらいかしらね。でも、これはラヴィ作のクッキーよ。許可貰うならラヴィになさい。」
 セーラが言うと、ショコラは驚いたようにラヴィの方を向いた。
 「え、ラヴィお姉ちゃんが作ったの!?」
 次の作業の準備をしながら、ラヴィははにかむように頷く。
 「まあ、セーラさんに一杯教えてもらって、お手伝いしてもらってますけど……むしろ私がお手伝いしてるみたいなんですけど。」
 「そんな事ないわよ。生地合わせたのはラヴィなんだから、ラヴィが作ったでいいの。」
 自信もちなさいな、と言いながらセーラが手をふく。そのときにふと、セーラの視線がコンロの方に行った。
 「あ、そう言えば。棚の奥からダメになったフライパンが出てきたんだけど、ショコラ何か知らない?」
 コンロの上に置きっぱなしだったフライパンを片手に尋ねる。お皿を出していたショコラは眉をしかめた。
 「え、何それ……知らないよ。そこまで再起不能にするってある意味凄いけど……あ。」
 ショコラが、そういえば、と手を止める。
 「こないだそう言えばドーラお姉ちゃんが何かお料理してた。確かこないだのお休みの日。」
 「フライパンで?」
 セーラが首をかしげる。先日ドーラが作ってくれた料理は間違いなくボルシチでありフライパンは特に使わないはずだったし、前のお休みの日はナタリーが料理を作ってくれていたはずだ。
 「そう。確かダリアと一緒に。」
 「ダリアと料理を?」
 ラヴィが眉を顰める。
 かなり前、二人で料理当番をさせたら大変なことになったので、それ以来二人で料理はしていないと思っていた。あの二人は、各々かなり器用なはずだが、二人で組ませると効率化を図った結果台無しにしてしまうらしい。明らかに一人で作った時のものの方が美味しいという事もそれを物語っていた。
 「うん。多分。……ショコラそう言えば食べてないけど。」
 「ふうん……。それならあとで聞いてみましょうかね。」
 がらん、とセーラはフライパンをコンロに置く。そしてラヴィの方に向き直った。
 「チョコペンの準備は出来たわね?」
 「はい」
 先程からお湯に浸したチョコペンが、ふにふにとちょうどいい柔らかさになっているのを確認してラヴィが頷く。
 「ショコラ、あなたも手伝いなさい。デコレーションするから。」
 「デコレーション?任せて、ショコラ頑張っちゃう!」
 ミトンで天板を抱えると、セーラは注意深く網の上に置く。
 並ぶクッキーに、ショコラがぱあっと目をきらめかせた。
 「やっぱりいい匂いー!ねえ、一個たべちゃだめ?」
 「ん−……まあ、一つずつ味見しましょうか。一つだけよ。ラヴィも食べて。プレーンでこれくらいの味って覚えておいてね。」
 一つずつクッキーを手に取り、口に運ぶ。まだほのかに暖かさを残した優しい甘さのお菓子は、口の中でサクッと砕けてほろりと消えていった。
 「……美味しい。」
 ラヴィはこくりと飲み下して呟く。
 「美味しい!ラヴィお姉ちゃん上手ー!」
 「ありがとうございます、ショコラさん。」
 「味も良いし、まあまあ冷めたみたいね。じゃあデコレーションしましょう。
  ラヴィ、チョコペンの先切って。ショコラ、何色から行く?」
 「んー、じゃあこの水色!」
 「わかりました。」
 各々にチョコペンが渡り、キッチンは画伯たちによるちょっとしたアトリエになったのだった。


 「ただいま。おや、いい匂いだね。」
 ダリアがリビングを覗くと、リビングではちょうどラヴィとセーラとショコラでお茶会が開かれているところだった。
 「おかえりなさい、ダリア。クッキーを焼いたんです。食べるなら手を洗ってきてくださいね。」
 ラヴィが、ほら、と差した先には美味しそうで、こまごまとデコレーションされたクッキーが並んでいた。
 「それは頂かないわけにはいかないね。」
 「飲み物はセルフだよー」
 「了解だ。」
 ダリアはすぐに荷物を部屋に置きに行くと、コーヒーを入れてリビングにやってくる。
 「手作りのクッキーか。愛が籠っているようでうれしいよ。」
 ニコニコと機嫌よく手を伸ばすダリアの前に、そっと別のクッキーの入った皿が差し出された。
 「おや、これは私の為に……」
 取っておいてくれたのかな、と言いかけて、ダリアは皿の中身を見るなりぴたりと動きを止めた。やがて、ぎぎ、ときしむような動きで皿を差し出した主に目を向ける。
 お皿の中身は、等しく綺麗にデコレーションされたクッキーだった。
 ただし 全ての柄はよく見かける電池の……マンガン電池のかたちと柄で、ご丁寧に「マンガン電池」と書いてある。
 「ラヴィと手作りのクッキーを作ったのよ。上出来でしょう。」
 セーラはニコリと微笑むが、その眼はあまり笑っていなかった。
 「あーそうだね。美味しそうだしありがたいが……私は出来る事なら別の柄の方がその……」
 もごもごと言いながら、ダリアは困ったようにセーラを見た。
 「セーラくん。何か、あったのかね?」
 「ええ、ちょっと聞きたい事が。」
 セーラはとん、と立つと、キッチンからフライパンだったものを片手に戻ってきた。
 「ダリア。これに見覚えは?」
 ダリアはこわばった表情をすうっと緩めて微笑んだ。
 「……フ、フライパンだね。」
 微笑みはこわばっているし声もこわばっているが。
 「そうね。もう使えそうにないけどね。ところでこの間のお休みの日、料理とかしてた?」
 「いや別に。
  ああ、もしかしてセーラくんは、私がこれを壊してしまったと思っているのかね?」
 「ええ、まあ7割くらいは。じゃあ、質問を変えましょう。何をどうやったらこうなると思う?」
 セーラが問うと、ダリアは固まりがちな微笑みを浮かべてあいまいに頷く。
 「そうだね、かなりの高熱にさらされたんだろうね……そしてすぐに冷やされたから負荷がかかったんだろう」
 「焦げ付いてる成分に心当たりは?」
 「あー……そうだねえ……」
 ダリアの視線がすうっとさまよう。と、その時。
 「ただいまー。あ、いい匂い!」
 玄関の方からドーラの声がした。がたがたした音のあと、すぐにドーラがリビングに顔を出す。
 「おかえり、ドーラお姉ちゃん。今日はラヴィがクッキー焼いたの。」
 ショコラが応じるとドーラはそうなんだ、と部屋に入ってきた。
 「美味しそう。ボクもいただいて……」
 ただし、ドーラの視線はクッキーとその先のフライパンを認めたとたんぴしっと止まった。
 「おかえりなさいドーラさん。クッキー焼いたのでどうぞ。手は洗ってきてくださいね。」
 「飲み物はセルフだそうだよ。私は部屋に戻るか」
 「待ちなさい。」
 どさくさに紛れて腰を浮かそうとしたダリアをセーラはぐいっと掴んで着地させた。
 「ドーラもいらっしゃい。」
 ドーラの瞳とダリアの瞳が交錯する。
 ……何でこんなことになってるんだよ!まだ処分してなかったの!?
 ……出来る訳ないだろう!?スキがなかったんだ!!
 「ドーラ。」
 再度呼ばれたドーラは、少し迷う様に目を閉じると、すうっと目を開き、ソファの方にやってきた。
 ただし所作はもっと女性らしく、どこか育ちの良さを思わせて、先程とは少し違っている。
 「ドーラなら逃げたぞ。」
 フィユティーヌはソファに腰掛けると、器用に花のデコレーションが施されたクッキーに手を出した。
 「食べるなら手を洗って来てください。」
 「……」
 ラヴィに注意されて、つ、とキッチンにたち、手を洗って素直に戻ってくる。
 そしてまた先程のクッキーに手を出した。
 「そのお花はショコラが書いたの」
 「ふうん。……まあ食える。」
 「そういう時は、美味しいって言うんだよ、フィユティーヌ。」
 「……ふん。」
 小さく鼻を鳴らして、フィユティーヌはさくさくとクッキーをかじる。そこにセーラが声をかけた。
 「フィユティーヌ。あなたに聞くのもなんだけど、このフライパンがどうしてこうなったのか、知ってるかしら?」
 セーラの問いに、フィユティーヌはこくりとクッキーを飲み下すと、ああ、と素直に頷く。
 「この間の休みに、合成火薬を精製しようとしてたのさ。加熱作業に丁度良かったから使ってたんだ。
  ただ、最後少し加減が効かなかったのと、慌てて冷まそうとして水に突っ込んだから負荷がかかって歪んだんじゃないのか。」
 聞いているダリアは絶望と大書した顔を抑えてうつむいた。具体的かつ素直な真相の告白に、セーラは目を見開く。
 「……フィユティーヌ、貴女だったの?」
 「はあ!?ボクがそんなことする訳ないだろう。ドーラとダリアだよ。」
 心外だ、を前面に出して、フィユティーヌはもう一つクッキーを手に取る。
 「これ、細かいな。」
 白いレースのような模様の入ったクッキーをかじると、ラヴィがニコニコと応じる。
 「それはセーラさん作ですね。」
 「ふん……酔狂なことだ。」
 「フィユティーヌ。そういう時は素直にすごいって褒めるものよ。」
 呆れたように肩をすくめてセーラがため息をつく。そして、ピシッとフィユティーヌの方を見た。
 「ちょっとドーラにお説教したいのだけど、あなた代わりに聞く気ある?」
 「なんでボクがそんな事しなきゃいけないんだよ?!」
 「じゃあ少し変わってくれないかしら?貴女の分は取っておくし、後で美味しい紅茶を入れてあげるから。」
 フィユティーヌは、はああ、と息をつく。しかし、ゆっくり瞳を閉じて、もう一度開いた後、またため息をついた。
 「ダメだな。ドーラの奴出てくる気がないらしい。」
 返事を聞いてセーラもため息をつく。
 「……そう。仕方のない子ね。……フィユティーヌ、携帯端末持ってるわね?ちょっと見せてくれる?」
 「?ああ、構わないが。」
 「ありがとう、確か……」
 端末を受け取ったセーラは、淡々とスマホを操作すると、ゲームのアイコンの並ぶところでフィユティーヌに見せる。
 「これのパスワード、わかるわね?」
 指さした先には、「お花畑のメモリア」とファンシーなロゴのアイコンが浮かんでいた。
 「ああ、偽装画像フォルダか。なるほどな。」
 「セーラくん、何でそんな事知ってるんだね。」
 若干引いているダリアにセーラは小さく肩を竦める。
 「ドーラってメシュレイア相手だと脇が甘いの。」
 「なるほど……」
 フィユティーヌは、何もなさそうに淡々とパスワードを入力し始める。
 しかし、3文字目でその指はぴたりと止まった。その手は速やかに電源を切ると、ほい、と鞄の中に放り出す。
 「ドーラ。」
 セーラが呼ぶと、ドーラはすうっと目を細めた。
 「……ドーラならまだ出てきてない」
 「全然似てないよ。」
 ショコラにボソッと言われて、ドーラはもご、と口ごもる。それを眺めながら、セーラは深々と息をつき、そしてすううっと息を吸い込んだ。
 「ドーラ、それからダリア。あなた達フライパン壊したならちゃんと申告して替えを買ってきなさい!なんで必死で誤魔化そうとするの!?そもそもなんでキッチンで合成火薬の精製なんてしようとしたの?キッチンで科学実験するなって言ったわよね?火事になったらどうするつもりなの、ただでさえ爆発が多いのに!実験するならもっと安全に気を配りなさい。基本でしょう!?」
 脇でショコラとラヴィが身を竦めるくらいの特大の雷がリビングで炸裂した。


 「……それで、今日の夕飯はドーラだったんですのね。」
 遅くなって戻ってきたナタリーは、シチューを掬いながら呆れたように肩を竦めた。
 「そうなんです。セーラさん、とっても怒ってて。」
 時刻は九時。他の家人は皆思い思いに時間を過ごしていて、ダイニングに居るのはラヴィとナタリーの二人だけだった。
 遅い夕飯を食べるナタリーと向かい合って過ごす時間は、少し特別感があって心地よい。
 今日の夕飯は、ドーラ作のシチューだった。
 台所で科学実験をしフライパンを再起不能にした上隠ぺい工作まで図ったダリアとドーラへ、セーラはフライパンの買いなおしと一週間の食事当番を申し付けたのだ。朝と夜、二人でしっかり回し、片づけまでしっかりこなす事。くれぐれも手を抜くな、との厳命付きだ。
 ダリアはマンガン電池のクッキーを美味しいよ、と食べながらもしおしおにしおれてしまったし、フィユティーヌが意地でも代わってくれなかったドーラは、セーラからさんざんに怒られてぺしゃんこになっていて、もちろんこの申し付けに抗うわけもなく、記念すべき初日はドーラが夕飯を作ったという訳である。
 「それはそうでしょう。私もその場にいたら怒鳴りつけてた自信ありますわ。」
 ナタリーはそう言いながら、しっかり温められたシチューを少し冷ますようにゆっくり口に運んだ。
 「それなら、その場に居なくてよかったのかもしれませんね。
  ナタリーにまで怒られたら、きっとダリアもドーラさんも泣いちゃってたかも。」
 「それぐらいで丁度いいですわ。
  フライパンをダメにしたことは百歩譲っても、その後往生際悪く隠蔽に走る根性が許せませんもの。」
 手元にあったパンをブチッと千切って、ナタリーはそう言い切る。
 「そういうところ、ナタリーらしいと思います。」
 ふふ、と笑ってラヴィは頷いた。
 「どういう意味ですの?」
 真っすぐで、不正が許せなくて清廉潔白。他人にも自分にもピシッと厳しくて折り目正しい……それでいて繊細な人。
 そんなナタリーの全てが何だか好ましく映る。
 「褒めてるんですよ。真っすぐだなあって。」
 ナタリーは少し眉を寄せた。
 「本当かしら?」
 「本当ですよ。」
 その表情が可愛くて、つい笑みがこぼれてしまう。礼儀正しくご飯を食べる……というより、頂いているような食べ方も、必ず口の中のものを飲み込んでから返事をするのも、なんだかすべてが可愛い。
 やがて、ご馳走様、とナタリーは手を合わせた。
 食器を洗いに行くナタリーに合わせて、自分も戸棚からとっておいたクッキーの包みをを持ち出す。
 そして、食器を洗い終えたナタリーの名を呼んだ。
 「なんですの?」
 ナタリーは長い髪をさらりと揺らしてこちらを見る。
 その胸に、はい、とクッキーの包みを差し出した。
 「今日、セーラさんに習って作ったんです。もう遅いからまた明日、よかったら食べて下さい。」
 「ラヴィが作ったんですの?……ありがとう。いただきますわ。」
 嬉しそうに微笑んで、ナタリーはさっそく包みからクッキーを取り出す。
 一枚出てきたクッキーは、ジャムの蓋くらいの少し大きめのクッキーだった。白を主体に色とりどりの花束をあしらったそれは、ずっとナタリーの事を考えて作っていたものだ。自分でも一番上出来だと思ったもので、なんだか嬉しくなる。
 「ラヴィ、あなたお菓子作った事ありました?」
 クッキーをまじまじと見ながら、ナタリーは驚いたように尋ねた。
 「いいえ。初めて作りました。結構楽しいですね。」
 「ええ、とても上手。そうですわね、夜ですけど、一ついただきましょう。」
 「ああ、少し待ってください。」
 口に入れようとするナタリーを止める。
 「せっかくだから、お茶淹れましょう。カフェイン少なめにハーブティにして。」
 「そんなわざわざ良いですわよ」
 ぱたぱたとティーカップに手を付けると、ナタリーは困ったようにこちらに目をやる。
 「……その、なるべく美味しく食べてほしくって。」
 「このままでも十分美味しそうですけど……」
 「だめですか?」
 聞くと、ナタリーは少し眉を寄せ、そして、困ったように笑って頷いた。
 「もう、そんな顔しないで。
  仕方ありませんわね。夜ですけど、お茶にしましょうか。カモミールで。」
 「はい!」
 ポットのお湯でカップを温めて、カモミールのお茶を入れる。
 花のお茶の柔らかい香りは、ゆるやかな夜にとけていく。
 夜中の少し背徳的なお茶会。
 それでも、ナタリーはクッキーが美味しいと幸せそうだったし、デコレーションも可愛いと嬉しそうにしていた。
 そして、それを一番の特等席で眺めていたラヴィも、心から温かくなるような幸せを感じたのだった。

ED後のフィラデルフィア組は、ラヴィとナタリーが隙あらばラブラブであることと、ダリアとドーラがキッチンで実験してはラヴィたちにめちゃくちゃ怒られているのと、ドーラは都合が悪くなるとフィユに交代しがちなのはなんとなく日常のイメージにあります。
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