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濡れた髪と膝枕

 夜遅めに帰っても、誰かがおかえりと言ってくれるのは良いものだ。
 一日の終わりのシャワーを浴びながら、プリムローズはふとそんな事を思う。
 今日だって残業で少し遅く帰って来たのに、一緒に暮らしているヴァイオレットは「おかえり」と出迎えてくれたし、温かいごはんが準備されていたし、ご飯が終わったらシャワーに流れるように誘導されてしまった。
 暖かい雫が頭から体中を流れ落ちて温めていくのと同じように、心も温まってしまったらしい。最初は『働かざる者食うべからず』なんてキツい言い方してみせたものの、一緒に暮らせるありがたみは自分の方が感じていると素直に思う。
 髪を洗って、汗を流して、身体を洗って、指先から零れていく泡の残りを見送ると、疲れも一緒に解けていくようだった。
 シャワーを止めると、リビングの方からゲームのBGMと銃撃音SEがかすかに聞こえてくる。そんな事でも大好きな同居人の存在を感じられるのがなんだか嬉しい。ホカホカの湯気の中で、髪をとりあえず拭いて、身体を拭いて、ルームウェアに着替える。ヴァイオレットが着ているのとお揃いの謎Tシャツは、買った時こそさんざんに文句を言ったのだが、ヴァイオレットが着れば顔のせいでそれ相応に見映えはするし、お揃いというところが気に入っていてよく着ていた。
 髪から滴り落ちる雫をタオルで包んで雑に絞りながらリビングに向かう。
「ヴィオ、まだやってるんですか?」
 ソファから素足を投げ出して、ヴァイオレットはTV画面から目をそらさない。
「ん、プリムもう上がったのか。もう寝たらどうだ、疲れただろ。……あっと」
 テンポよく爆撃の音と銃撃音が響く。ここに自分がいるというのに。全く目もくれようとしない。
 幸せ気分がぷしゅーっと音を立ててしぼんでいく。なんとなく面白くなくて、プリムはヴィオの隣にどすんと腰掛けた。
「何だ?」
「別に。今日は確かに疲れたです。」
 なおも目をやらないヴァイオレットに、つん、と応えると、プリムローズはそのままヴァイオレットの膝を枕にしてソファに転がった。
「うわ!ちょ、まてプリム」
 ぎょっとしたように、ようやくヴァイオレットがこちらを向く。
「何でですか」
「髪!濡れっぱなしじゃないか!」
 頭を退けようとする手に思い切り頭を押し付けると、膝の上はまたプリムローズの領地になった。
「それがどーしたです。」
「僕もソファも濡れるからやめてくれ。せめて髪乾かしてから」
「いやです。」
 すりすりとヴァイオレットの腹に頭をこすりつけてやると、やめろってば!とヴァイオレットは横に逃げ出した。手を伸ばしてヴァイオレットを捕まえ、また膝というか太股を枕にする。
「やめろってば」
 この期に及んでコントローラを離さないのが面白くなくて、言う事は聞いてやらないことにした。少し弾力のある、今はちょっと濡れた太股に頭をこすりつけ、なおも逃げようとする胴体は両手でがっしり捕まえて、今度はお腹に頭をくっつける。頬を当てるとなんだかふにふにとしている。きっと運動不足なのだ。耳を当てると、ついでに、きゅう、という小さな音が聞こえて、ちょっと可笑しかった。
「おなかがフニフニキュウってしてますね。運動不足なんじゃないですか?」
 ぷに、と頬でお腹をつつき、ふふん、と笑ってヴァイオレットを抱きしめる。
「はーなーせ!」
「いーやーでーす!」
 じったばたとヴァイオレットは逃げようとするが、既にソファの端っこだ。
「あーもう!」
 ヴァイオレットは舌打ちすると、何やら操作したらしい。今度はコントローラーを置いて、プリムローズの頭をぐい、と持ち上げた。
「やめろって言ってるだろ!」
 びし、と目と目が合う。イラついているのか青緑の瞳は明るく燃えていて、なんだか宝石みたいだ。
 むぐ、とまたヴァイオレットのお腹に顔をうずめると、ヴァイオレットは深々とため息をついた。
「あのな、懐くのはいいけどせめて髪乾かしてからにしろよ。」
 びっしょぬれだぞ、というヴァイオレットのTシャツは確かに胸の下から透けて見える位に水気を含んでいる。ソファもそこかしこ水あとが付いているし、まあ自分のTシャツも後ろの方は結構濡れてしまっていた。
「乾くのなんて待ってたら夜が明けちまいます。」
 ごろん、と太ももに転がると、ヴァイオレットはあのなあ、と濡れた髪の毛を持ち上げた。
「ドライヤーあるだろ。普段は自分で乾かすのに今日に限ってどうしたんだ?」
「気分です。今日は残業だったから疲れましたし。プリムはもう何もしたくないです。」
 頭を支える太股の感触が心地よい。頭をお腹にくっつけると、さらに、ふわっとした感触に包まれるようで気持ちが良い。さらに胴体を抱きしめてお腹に顔を埋めると、ふわりと少し甘い匂いがした。自分と同じボディソープの匂い……ヴァイオレットの匂いだ。少し締まった身体の感触もして、このまま寝てしまえそうな気がする。
 しかし、ヴァイオレットはさらに深々と息をつくと、プリムローズの肩をぐい、と持ち上げて身体を起こさせた。
「よくわからないが疲れてるのか?
 仕方ない。……ドライヤー持ってこい。乾かしてやるから。」
 思わず目を見開いた。
「ヴィオが?」
「自分でやれるならやってくれ。」
 ヴァイオレットは真顔だ。だが、プリムローズとしてもここは譲れなかった。
「ヴィオにやってほしいです。」
「なら早く取ってこい。」
 言い終わる前にプリムローズは機敏に立ち上がり、テキパキとブラシとドライヤーを揃えると、またヴァイオレットの膝の上に着席した。TV画面はゲームを途中中断したような画面で止まっている。
「こら、乗るな」
 構わず背中のヴァイオレットにもたれると、座っていた膝がじわっと開いて、膝と膝の間に座るような形になった。深く座りなおすヴァイオレットに付いていくように、自分も少し位置を深くする。
すぐに、ドライヤーのスイッチが入った音がした。暖かい風が頭の上から降ってくる。
「全く手間のかかる」
 ヴァイオレットの細い指が、髪を透かして頭に触れる。軽くマッサージするようにゆるゆると頭皮をゆすられて、なんだか気持ちがいい。頭から緊張という緊張がとろけていくようだ。
 重たい髪を持ち上げて下から風を当てたり、髪を解くように上から揺らして風を当てたり。髪の量が多すぎるとぶちぶち言っている声も、耳元で聞こえるから幸せ度が上がるだけだ。それに、ヴァイオレットはぶつぶつ言いながらも手をは休めていない。頭全体をマッサージするように指の腹で撫でながら、バランスよく暖かい風を当てていく。何かずっとヴァイオレットに撫でられているようで、自分の腰を抑えるような膝の硬さもなんだか安心できて気持ちよくて、ふわふわと意識が飛んでいきそうになる。
「あー……天国ですね。ずっとヴィオに撫でられてるみたい。」
「……その表現はどうなんだ。」
「幸せって事ですよ。」
 後の方にもたれようとすると、頭をぐいっと元に戻された。
「乾くまで待てって言っただろ。」
「はーい」
 上機嫌で返事をして目を閉じる。ドライヤーの風の音、髪を解く指の感触、髪の間を抜ける風の暖かさ、所々聞こえてくるヴァイオレットの小さな呟き。全てが心地よい。
 寝そうだな、などと思っていたら、風がやんだ。
 こてん、と背中を後ろに預けると、おっと、と抱きとめられる。
「終わったぞ。」
「ありがとです。」
 そのまま胸に懐く。大分乾いたTシャツは、それでもまだ少ししっとりしていて、少しヴァイオレットの体温を移していた。
「寝るならベッドに行けよ。」
「ヴィオは?」
「僕はもうちょっと」
 テレビ画面の方に目をやったヴァイオレットにもう一度聞く。
「ヴィオは?」
「……わかったよ。これ消したら行くから。」
 コントローラーを手に取ると、ヴァイオレットは小さくため息をついてゲームを終了させた。
「今日は本当に甘ったれだな」
 すり、とやわらかい胸になつくと、仕方ないな、と頭を撫でられる。乾いたばかりの髪はするすると指を通して気持ちがいい。
「たまにはいいんです」
「たまに、ねえ」
 ほらいくぞ、とヴァイオレットが立ち上がろうとするのに合わせて、自分も立ち上がる。リビングの電気を消してしまうと、あとは小さな明かりのついた寝室に行くだけだ。
「プリムは……ヴィオと、一緒に暮らせてよかったです。」
 こて、と頭をくっつける。
 もうヴァイオレットは逃げようとも避けようともしなかった。さらさらと、頭が撫でられる感触がする。
「僕も、一緒に居られてよかったと思うよ」
 中性的で綺麗で……小さな声は、確かにそう言ったのだった。


ED後プリムローズとヴァイオレットは絶対同居してるし絶対ラブラブだと思うんですよね。という話。
膝枕とかしつつ髪乾かしてもらったりしつつべたべたしていてほしい。
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