「おや。ここは鍵の世界……ではないのかね?せっかく鍵の世界に足を踏み入れることができるかとワクワクしていたのに。」
聞くと、取っ手を持つプリムローズは最悪に嫌な顔をした。
「誰がお前みたいなクソラジオを連れてくるかってんです。」
「ふむ、嫌われたものだね。」
プリムローズの手にぶら下がったまま言うと、プリムローズはダリアを目線の所まで上げた。
「嫌うもなにも、鍵の世界には誰であろうと入れねえです。大体ダリアみたいなのを入れたら、そこら中の秘密を穿り出して大迷惑待ったなしになりやがるだろうがです。」
「人聞きが悪いな。私はそこまでゴシップに興味があるわけじゃないよ。」
「全っ然信用ならねえです。」
でんっと勢いよく床に置かれると、身体がガシャッと音をたてた。
「プリムくん、もうちょっと丁寧に扱ってくれたまえ。私はこれでも繊細なんだ。」
「知るかです。大体捕虜があーだこーだうるせぇです。」
「捕虜と言うがね、私は本当に機械のチェックを頼まれただけなんだ。いわばメンテナンス係というか。」
プリムローズが眉をしかめる。
「そんなこた承知してます。でも、お前ら二人そろってると相乗効果で何やるか。大迷惑作成の前科持ちが二人なんて怪しすぎるんです。」
「逆に考えてくれたまえ。一度失敗したからこそ心改めてもうやらないと…」
「さっきまで悪だくみしてた挙句帽子2個も強奪しといてそれを言いやがるんですか?ラジオの癖に面の皮極厚です。」
がちゃ、と電池のケースが開けられる感触がした。
「いやん、えっち とでもいおうか。」
「思ってもねえことを言うなです。まずは乾電池を抜くかオラです。」
カタカタと電池を揺らされるとないはずの背筋に寒気が走った。プリムローズは本気らしい。
「待て、待ってくれたまえ!そんなことをしたら私は機能停止してしまう!」
思わず声を上げる。しかしプリムローズは凪のような静かな笑みを浮かべただけだった。
「そちらが平和になるかもしれませんね。」
「待て待て待て、これは立派な人殺しだぞ!ちょ、誰か!助けてくれたまえ!!!うわああああ」
「おい、騒がしいぞ。誰かきてるのか?」
唐突に別の声が割り込んできた。騒げるだけ騒いだ声が途中で止まる。
「あ、ヴィオ。」
プリムローズの声のトーンが一つ上がった。殺人を犯す寸前の手が乾電池から離れて息をつく。
見上げると、心の世界の管理人、ヴァイオレットがこちらを見ていた。きれいな翡翠の瞳が見つめていて、思わず吸い込まれそうになる。
「……や、やあヴァイオレットくん……」
ようよう声を出すと、ヴァイオレットははっとしたように眼帯を付けた。それを見たプリムローズが心なしか沈んだ顔になる。
「ダリアのラジオか?なんでお前がこんなところに居るんだ?」
「いやあ、プリムローズくんに連れてこられてね。ヴァイオレットくんはなぜここに?」
努めて平静にいうと、ヴァイオレットはひょこっと肩を竦めた。
「なぜも何も、ここは僕のホームだからな。」
「そうか、それはお邪魔したね。じゃあ私は帰るとするよ。ヴァイオレットくん、すまないが」
さり気なく逃げようとすると、取っ手をぎゅっと掴まれた。そのままプリムローズの目の高さまで吊り上げられる。
「何どさくさに紛れて逃げようとしてやがるんですか。」
「いや、もう用事は済んだかなと」
「済んだわけねえだろがです!
ヴィオ、こいつは捕虜です。ちょっと場所借りてたんです。」
ヴァイオレットは、関わりたくなさそうに眉をしかめる。
「そうか。だが僕の世界で殺人事件を起こすのはやめてくれ。」
「合点承知です。」
プリムローズの声が心なしか甘い。取っ手をつかむ手も少し柔らかくなった。仲がいいとは思っていたがこれは相当である。
「あぁヴィオくん、君はまさしく救世主だね」
言った瞬間、床に落とされた。がっしゃんと前より派手な音がする。
「ぐえっ」
頑丈にできていたせいか部品が取れた気配はないが、衝撃は衝撃だし痛いものは痛い。
「馴れ馴れしく呼んでんじゃねえぞオラぶっ壊されてえかクソラジオ!」
「プリム、殺人事件起こすなら他所でやれ。ダリア、大丈夫か?」
「うぅ、なんとか大丈夫だよ。ありがとうヴァイオレットくん……」
眼帯のせいでハッキリとした表情は解らないが、それでもプリムローズよりはヴァイオレットの方が対応が優しい。これはうまくヴァイオレットを味方につけられないだろうかと思ったところで、プリムがぐいっと取っ手を握った。
「ヴィオ、こんなのにかける情けなんて要らねえです。だいたいこのクソラジオがナメた口聞きやがるから」
「二人の間に割り込んだのは悪かったよ。だから後は二人っきりでゆっくりと愛をはぐくめばいい。私はもうお邪魔するから」
「さりげなく逃げようとすんじゃねえです。油断も隙もない。」
がっしりと抱き込まれて、完全に逃げ場がなくなる。ヴァイオレットは呆れたように首を傾けた。
「……さっぱり話が見えないんだが。」
しかしプリムローズはまた別のものを感じ取ったらしい。
「う……ちゃんと説明します。でも、このクソラジオが逃げないようにしてからです。
ヴィオ、ちょっとマンガン電池のありあわせはありませんか?充電が切れそうらしいです。」
「ちょ」
「それならあったと思うよ。取ってこよう。」
抗議の声を上げる間もなく、ヴァイオレットはひゅんっと消えてしまった。
「待ちたまえ早まらないでくれたまえプリムローズくん、マンガン電池はダメなんだ、私はマンガン電池は」
「体に合わない、とか言ってやがりましたね。もちろん知ってます。」
今日一番の優しい笑顔がこちらを向く。
「あまりにも無体だとは思わないかね、私は手も足もでないラジオだというのに」
「でも口はやかましいです。おまけに隙あらば逃げようとしやがってめんどくさいです。だから少し大人しくしててもらいます。」
「あったぞ。」
ひゅん、とヴァイオレットが現れる。
「ありがとうです、ヴィオ。」
プリムローズの声がまた一段上がった。
「ちょっとずつ替えてやるです。」
「まあ、好き嫌いは良くないからな。」
「好き嫌いとは違うんだー!!!」
乾電池が置き換わる。まずは一つ、マンガン電池に置き換わった。急速に力が抜けていく。
「やめてくれ……」
どこかに移動する気力も力も消えていく。
「そうですね、これでしばらくは大丈夫そうですし。しばらく大人しくしてろです。
ヴィオ、行くですよ。」
プリムローズは一仕事終わった、とばかりにヴァイオレットに寄り添った。
「大丈夫なのか?」
大丈夫じゃない、の声は届かない。
「心配しなくてもここで殺人事件なんて起こさないです。あれはちょっとした鎮静剤みたいなものです。」
さあさあ、とプリムローズはヴァイオレットを押し出すようにして外に出す。そして自分も出る時にくるっと振り返った。
「しばらく反省してやがれです。」
べー、と舌を出し、それがなかったような笑顔でヴァイオレットと共に出ていく。
「プリムはヴィオの淹れてくれたお茶が飲みたいです。」
「ああ、そうか。」
「あと、眼帯もう外して良いです。プリムはヴィオの瞳が見たいです。」
「まあ確かにプリムだけなら気を遣う事もないか。」
主にプリムローズの浮かれた声が聞こえてくる。
幸せそうな声は完全に恋する乙女だ。
強制的にセーフモードに入った意識が薄れていく。
感じるのはイグサの香りと鹿威しの音。恋する乙女の甘く優しい声。
昼寝するにはちょうどいいのに、と思いながら、ラジオのからだは急速に力を失っていった。
物語の隙間を想像するのは結構好き。実際どうなのかはわからないけど戻ってきた時死にかけてたから多分適当に扱われていたのだろうなという気はします。