手投げの催涙弾、三つ。
同じく閃光弾、四つ。
スタングレネード、二つ。
発煙弾も二つ。
そして手りゅう弾が一つ……現在信管は抜いてある。
これが我が家の防犯装備だった。
ダリアはドーラ、セーラ、ショコラの三姉妹とラヴィとナタリーの二人と合わせ六人で暮らしている。職場はフィラデルフィア。同じ町に暮らしているユノーやクリス、ジャニスやジャコウなどともたまには顔を合わせる機会があり、この街でそこそこ楽しくやっている所だ。
その日、ダリアはユノーと会っていた。用事も済み、近況を話したり、研究の話をしたり、二人で少し人気の落ち着いた通りを歩いていた時。
「……人通りの多い方にいきましょう」
ふいに足早になったユノーが囁いた。
「? ああ構わないが。」
飲みかけのペットボトル片手に、一緒になって足を速める。何か異常があったのだろうか、などと思っていたら、唐突に横合いから男が飛び出してきた。
「!?」
ぎょっとして咄嗟に避ける。
「裏切り者ユノー、覚悟!」
男はいきなり銃を構えるとこちらに向かって発砲してきた。
いきなりの事に身体が硬直する。その体をユノーが横合いからどんとはね退けた。
「逃げるわよ!!」
耳元で怒鳴られて我に返る。
「あ、ああ!」
手に持ったペットボトルを男の顔にぶち当てると、二人はそのまま全力で人のいる方へと駆け出した。
「助けて! 銃を持った男に襲われたの!」
ユノーと共に手近な店、大通りのピザ屋に飛び込んで助けを求める。
「さっきの発砲音はそれか!」
「通報しろ! 追って来てるのか?!」
「解らない、心当たりもないの!」
ユノーは声を震わせた。
バックヤードの方に案内されながら、ダリアはパニック寸前の頭の中で思う。男がもしも追ってきているなら、もうこの店に着いている頃だ。あまりに驚いて細かい事は覚えていないが、黒っぽい服に覆面、黒い銃口……思い出すと凍り付きそうになる記憶を何とか振り払う。ユノーは心当たりはないと言ったが、あの男は明確にユノーの名前を呼んでいたし、ユノーも襲われる前から何かに気付いた様子だった。だが、今は言わない方がいいだろう。多分。あとでしっかり聞かなくてはならないが。
やがて警察が来た。容疑者は追ってはこなかったし行方をくらませたようだったが、しばらくはニュースになっていた。
それから数日後、ユノーとまた会うことになった。今度は彼女の家でだ。
「この間はごめんなさいね。」
ユノーは出迎えの挨拶もそこそこに、ため息をついて頭を下げた。
「いや、キミの方こそ災難だったな。何があったのかわかるかね? キミには心当たりがあったようだが。」
問うと、ユノーはあっさり頷いた。
「ええ。アレはマリス教の過激派残党ね。箱舟でのことがヘンに歪曲されて伝わった人がいるらしくて、たまにこんなことが起きるの。」
「まさか、もう何度も?」
「四回めね。なるだけ誰かと居るようにしてはいるんだけど、まさかあなたがいるのに出てくるとは思わなかったわ。」
とんでもないことのはずなのに、ユノーはどこか悠然としている。
「動揺しないんだな。」
「ある程度覚悟はしてたもの。」
元々箱舟で死ぬはずだったし、それ位の事はしてたから。
淡々と言葉を紡いだユノーは、そこまで言うと一つ息をついた。
「折角ヨウコさんに助けてもらった命なんだから、簡単に手放す気はないけど。」
ふ、と小さく微笑んで顔を上げる。
「何か助けになることはできないか?」
聞くと、ユノーは大丈夫よ、と首を振った。
「ありがとう。でも、おじい様の意志がいきわたるまでしばらく辛抱するしかないわ。セキュリティも強化してもらったし。
ただねダリア。驚いてるみたいだけどあなたも他人事じゃないのよ。」
不意に矛先がこちらを向いた。
「……キミが四度襲われている間、こちらは何もなかったんだがね。」
「でしょうね。襲われて動揺する暇があるくらいですもの。」
言い方が少しキツい。
「手厳しいな。」
素直に感想を述べると、ユノーは一つ息をついた。
「あなたの頭の中にはあの永久機関の設計図がまだ入ってるでしょう。」
「それこそ永久にあり続けるだろうさ。データはハインリヒも持ってるがね。それを狙われるとでも?」
「永久機関が欲しい場合、あなたを確保するのは理にかなってると思わない?」
随分乱暴だ。そう口を開きかけると、ユノーはさらに言った。
「実際ね、エイプスを抑えた後の永久機関争奪戦の時はあなたも狙われてたのよ。」
「……そうか。」
乱暴すぎるが、わからなくもない、と言うのが素直な感想だった。企業や研究機関もさることながら、宗教関係は理論や筋を全て無視して突飛な行動に出る者も稀に……よくいる。
「情報がどこから漏れないとも限らないわ。あなたも気を付けなさいね。」
それは自分に向けた忠告だ。だが、反射的に思い出したのは同居する五人のことだった。
「了解だ。」
自分が誘った彼女たちに迷惑は掛けられない。
「忠告ありがとうユノーくん。」
身に掛かる火の粉は払わないといけないし、彼女たちを巻き込みはしない。ダリアはそう心に誓ったのだった。
それから少しずつ装備を増やして今に至る。
普段は小さめの催涙弾をそっとバッグに忍び込ませているのだが、爆薬を常に持ち歩くのはどうもやりにくい上に少々かさばるので使い勝手はあまりよくない。威力は落としたくないがもう少し小型化すべきだな、などと思いながら所定の位置にしまう。
理想は、小型で、一つの機構で様々な効果を出せるものだろう。あと使い回しがきく方がありがたいし射程も長い方がいいし、使うのに手間が掛からない方がいい。
総合すると一つの案が浮かんでくる。
銃を持つこと。
ペイント弾を作る要領で特殊弾を作ることは恐らく可能だ。実銃なら殺傷能力が確かな分脅しにも威嚇にも使える。帽子世界にいた頃の得意武器でもあったし、向けられることも向けることも多かった。自分としては妥当な案……のはずだった。
パソコンに表示された銃のカタログに目をやる。しかし、どうにも耐えられなくて目を背けた。
ユノーと一緒に襲われた時、こちらを向く銃口に身体が動かなかった。普段なら咄嗟に動けていたはずなのに全然だ。
意識を支配したのは「また殺されるんだ」という諦めにも似た感覚だった。
「トラウマなんてないと思ってたんだがな。」
一つ息をついてパソコンの前に座る。現にマリスを倒すまでは普通に使えていたのだから、今更動揺するなどというのは馬鹿げている。そう思い込むように言い聞かせて、ダリアはもう一度銃のカタログに目をやった。
携帯用なので小さい方がいい。だが、改造弾が使えるくらいの大きさは欲しいし、拡張性はそこそこあった方がいい。
軽い方がいいのだが、エアガン改造だとかえってかさばるだろうか。手軽である程度の威力が見込める……
つまり簡単に人を殺せるもの。
頭をよぎった言葉を振り払う。
違う、人を殺したいわけではない。殺されたくないだけ、愛すべき同居人達を守りたいだけだ。
機械は人の役に立つためにあるのだから、銃だって人の役に立つためにあるのだ。
簡単に命を奪う事には役に立つ。
どこかでそう呟く自分がいる。ダリアは深々とため息をついた。どうやら今の自分は銃を持つこと、銃自体に相当な抵抗があるらしい。
理由も大方察しがついていた。先日の襲撃、ではない。もっと前。……そういえば、詳細は良く知らないな、とふと思った。あの時は酷いパニックで、悲鳴と血の匂い、自分に向いた銃口、それくらいしか覚えていない。
あまりいい結果にならない気もするが、これを乗り越えれば少しは抵抗も薄れるだろうか。
どれくらい画面の前で逡巡していたかはわからない。ただ、スクリーンセーバーが流れ出すくらい考えこんでから、ダリアは検索窓に雑にワードを打ち込んだ。
五年前の日付、場所、……そして、銃撃事件、と。
日の当たるリビングで、大きなソファを一人でいっぱいに占有してテレビゲームのスイッチを入れる。
サイドテーブルにはミルクコーヒー。暖かいコーヒーにミルクをたっぷり入れるのはドーラの好きなやり方だが、今はその優しい味が恋しかった。ついでに棚に入っていたクッキーを置けば完全なる休日だらだらスタイルの完成だ。
たまにプリムローズたちと通信したりするFPS系統のゲームではなくて、適当なパズルゲームをチョイスしてゲームを開始する。スタートボタンを押すと、馬鹿みたいに明るくて間の抜けた音が響いた。
降ってくるブロックを積み上げては消し積み上げては消して、画面の中をどんどん整理していく。エンドレスモードの単純作業は何も考えたくない時にはお誂え向きだ。途中からスピードが上がっていくのも、余計な事を考える余裕を消し去ってくれてこの際ありがたい。
スコアを更新し、一ゲーム終わってミルクコーヒーに手を付ける。ミルクコーヒーはすっかり冷めきっていて、ミルクの匂いが鼻についた。少し顔をしかめていると、ひょいとショコラが顔を出す。
「ダリア、一人でお茶会なんてズルくない?」
コーヒーとクッキーを見るやショコラはタタッと駆け寄ってきた。
「良かったらキミもどうだね。飲み物はセルフだが。」
「もちろん! あ、それやるなら私もやる!」
ショコラの目線の先は、スコア更新の画面の踊るテレビ画面だ。
「ほう、私にパズルで勝てるというのかね?」
自分の名前が並ぶハイスコア画面に目をやって言うと、ショコラは少し頬を膨らませた。
「素で勝てる訳ないじゃん。ハンデつけてよ。」
言い置いて、ショコラはまたパタパタとキッチンに駆けて行く。それを眺めながらコーヒーを置き、またソファに寝そべった。ハンデはどれくらいにしようかなと操作していると、ショコラがジュース片手にリビングに戻ってくる。そして、コントローラーを手に取ると、どん、とダリアの腰の上に着席した。どす、と重みが掛かって、思わずぐえ、と声が出る。
「さーやろー」
手際よく操作を始めるショコラに抗議の声を上げる。
「ショコラくん。そこはソファではないぞ。」
「ソファでしょ。これ四人掛けだもん。」
あー私も転がっちゃおうかなーと嘯くショコラに、ストップをかけて何とか起き上がる。
「悪かった。」
「よろしい。」
二人してソファに足をのせる行儀の悪いスタイルになったところで、パズル勝負が始まった。
ゴロゴロと怠惰の限りを尽くし、ショコラとじゃれ合いながらひとしきりゲームをしていると、時間が経つのが早い。白熱した勝負は、ハンデの甲斐あってそこそこ勝ったり負けたりしていたが、光が夕日めいてきたところで、ショコラがはたと立ち上がった。
「そうだ、今日夕飯当番じゃん。」
「おや、そうだったか。手伝おうか?」
一緒になって身を起こすが、ショコラはふるりと首を振る。
「ううん、メシュレイアと買い物行く約束してるから大丈夫だよ。じゃ、あとで。」
「ああ、ありがとう。夕飯楽しみにしてるよ。」
「任せといて。」
ショコラはコントローラーを置くと、ぱたぱたと階上に上がっていった。恐らくメシュレイアは部屋にいるのだろう。上の方からは二人の声が聞こえてきている。夕方の光とテレビ画面を見比べて、空のカップとお皿を眺めて、ダリアは一つ息をついた。もそもそと片づけて、おとなしく自室に戻ることにする。
「あ、ダリア様」
「私たち買い物いってくるからー!」
「ああ、気を付けていきたまえ」
階段の途中ですれ違ったショコラとメシュレイアは、とても明るい顔でぱたぱたと出て行った。それを見送って自室へ向かう。
部屋の中はどう考えても人がいる気配がしていた。ドーラだろう、キーボードを打つ音がカタカタとかすかに聞こえている。
「ドーラくんかね」
言いながら開けると、ドーラはひょいとこちらを向いた。
「あれ、ゲーム終わったの?」
数時間前まで自分が使っていたパソコンで調べものをしていたらしい。モニターには検索画面と作業用の小窓が開いていた。
「ショコラくんがメシュレイアくんと買い物に行ってしまったからね。」
「あ、そう。」
そのまま、すっと画面の方を向いてしまう。
自分もその隣の作業用パソコンの前に腰掛けた。と言っても、やることはいまいち思いつかない。それでなんとなくドーラの方を眺めていると、ドーラは作業用の窓を閉じてこちらに向きなおった。
「ねえダリア、キミ最近なんかろくでもないこと考えてない?」
「へ? なんだねそれは。」
少し心を読まれたようで焦る。だが、ドーラには特に何も言っていないはずだ。冷静に冷静に、と自分に言い聞かせる。
「最近爆弾の類増えたよね?」
少し責めるような響きにふん、と鼻を鳴らす。
「手すさびに作ってただけさ。護身用にもなるだろう?」
自分は今いつものように余裕の笑みを浮かべられているだろうか。
「護身用にしては数も種類も多い。」
「この街は治安がいい方ではないし、我が家は女ばかりだから、多少はね。」
なおも追及するドーラを往なすつもりで頷く。
「最近よく銃の事も調べてるよね?それに銃を加えたいの?」
「そういう事だ。」
質問内容があまり触れてほしくない所に近づいていく。話をそらすべく考えを巡らせようとするが、ドーラは許してはくれなかった。
「ダリアさ、銃のこと調べてる時いつもひっどい顔してるの気付いてる?」
咄嗟に言葉が出なかった。顔に出ていたことに驚き、作業に夢中にしか見えていなかったドーラに気付かれていたことにもう一つ驚く。だが、顔が引きつりそうになるのはぐっと抑えこんた。
「寝不足なのかもしれないね」
多分抑えられている。はずだ。
「そう?」
言いながらドーラはひょいと銃を取り出し、無造作にこちらに向けた。
黒光りする銃口に反射的に記憶が蘇る。銃声、悲鳴、むせ返るような血の匂い、自分に向いた真っ黒な銃口。心も身体も一瞬で凍り付いた。冷や汗が吹きだす。
そんな自分を無表情で眺め、ドーラはそのまま引鉄を引こうとした。
「やめろ!」
凍り付いた身体を無理やり動かし、飛び掛かる。しかし、全く力が入らない。ドーラの腕を掴んで倒れこんだだけだ。ドーラは少し驚いたようだったが、なされるままに銃を机に置いた。カタンとえらく軽い音がして我に返る。
ドーラは真顔でこちらを見た。
「その反応、おかしいことに気付いてるよね?」
置いてある銃の引き金をドーラが引くと、中からお花がぽんと飛び出た。冷静になってよく見れば、間違いようのないレベルでちゃちな造りのおもちゃだ。完全なるパーティグッズである。
「他人に銃口を向けるのは感心しないな。ここは現実世界、撃ったら死ぬんだ」
なんとか取り繕って言うが、声の震えが隠しきれていなかった。もはや誤魔化すのは無理かもしれないが、なるべく悟られたくないし心配もかけたくない以上、なんとかこの場を切り抜けるしかない。
「これはパーティグッズだし、ダリアじゃなくても一目で判断付いたと思うんだけど。」
ドーラは肩を竦めて言う。
「そんな状態でなんで銃が必要なの?」
「射程の都合上効率的な武器だからね。私の得意武器だったのは知ってるだろう?」
どれだけ冷静な声を出しても、もはやドーラには通用しなかった。
「おもちゃの銃にパニック起こすのに?
爆弾で十分じゃない? ていうかそれも過剰防衛に片足突っ込んでるよね? 何かに怯えてるみたい。」
一言一言が痛いところをついてくる。ドーラの洞察力はこういう時に面倒だな、と 頭の片隅で舌打ちしながらふう、と息をつく。
「随分な言いようだな」
「率直な感想だよ。」
「実際に何があってもおかしくないんでね。私の事でキミたちを危険にさらしたくない。そのための装備だ。」
きっぱり言うと、ドーラは見てわかるほどに嫌な顔をした。
「またそう言って一人で全部背負いこんで突っ走るんだね。今のダリア、永久機関起動した時と同じ顔してるよ。」
誤魔化すのも開き直るのも、どうやらうまくいってはいなかったらしい。
「キミに降りかかる危険はキミだけの問題じゃないんだ。なんでそんな装備が必要になったのかは教えて欲しい。何も知らなきゃ対処もできない。」
言うと、ドーラはぐい、とこちらに近寄った。
「キミが道を踏み外しそうになるならボクは止める。そう言った。」
びしりという言葉の一つ一つは、帽子世界のデータを持っていることがバレた時に言われたことと同じだ。
「ダリアが銃が苦手になった理由はボクは知らない。
言いたくないなら言わなくてもいい。だけど、一人で抱え込むのはやめてほしい。」
膝の当たる距離でドーラがダリアの手を取る。暖かい手が指に絡みつく。
「ボクらは前ほど頼りなくはないよ。帽子世界の未来をキミ任せにして成功を祈るだけだった頃とは違う。キミとチームになれるはずだ。」
そして、ぎゅ、と握られた。
どこまで開示したものか、心はまだ迷う。だが、重なった手は、絶対逃がさない、と言っている。しっかりこちらを見据える自分と同色のドーラの瞳には、迷いのある自分とは違ってきっぱりとした意志が見えていた。
もう誤魔化しは効かない。ドーラはそれを許さない。それだけは確かだ。
負けたな、と思った。泣き虫だったはずなのに、随分成長したものだ。
「……先日ユノーくんが襲われた時に一緒に居てね。事なきを得たが、その時言われたんだ。他人事じゃないから備えておけ、とね。
知っての通り、私は不完全ながらあの永久機関の設計者だ。あれはこちらでも作れるものだからね、それを欲するものに狙われる可能性はある。言われるまではそこまで大したことには思っていなかったんだが、いざ襲撃現場に居合わせたら流石に意識しないわけにはいかなくなった。私が誘った以上、私にはキミたちの安全を守る義務があるからね。」
装備を整えている理由は以上だ。そう言うと、ドーラは深々とと息をついて天を仰いだ。
「……完全に頭から抜けてたよ。そんなこと一人で抱えてたなんて。」
「ユノーくんに言われるまではそこまで意識してなかったからな。」
ある程度開示してしまうと、少しだけ気が楽になる。ドーラは手を絡めたままでこちらを見た。
「ボク思うに、それはボクらが人質なんかに取られる可能性考えたら皆に言うべきだと思うし、皆にもそれぞれ装備を用意した方がいいと思う。防犯ベルとか、護身具とかさ。」
言われることはもっともに聞こえる。だが、そこまで頭が回っていたかと言われるとノーだ。全然思い至っていなかった。
「……それもそうか。」
「思いついてなかったって顔してる。どうせ一人で何とかしようと思い込んでたんでしょ。」
つらつらと言われて思わず眉をしかめる。
「……ドーラくん、キミ、そんなに察しが良かったかね?」
「二度目、いや、三度目だからね。わかるよ。」
ドーラはふふん、と小さく笑った。
「その上で。もしも銃が必要ならボクが一緒に選ぶ。」
意表を突いた提案に思わず目を見開いた。
「なんでそうなるんだ」
「今のキミに銃は扱えない。もしも銃がここにあったとして扱うのはボクになる。それならボクが一緒に選んでもいいはずだ。」
「キミに持たせるつもりはない。」
言下に言うと、絡んだ手にぎゅっと力が込められた。
「なら苦手な銃にこだわらないで他の手段を探しなよ。」
こだわる。その発想はなかったな、と思う。こだわる……自分は銃にこだわっていたのだろうか。
「酷い顔して銃の事調べてるの、ずっと気になってたんだ。」
至近距離の顔には、心配の二文字が大書してある。
「ボクはキミに銃を教わった。キミは自分の手のように操っていた。とてもかっこよかった。
それなのに、キミはここの所ずっとおかしい。変にこだわってるかと思ったら玩具の銃でパニックになりかけた。」
そんなに苦手でも投げ出さないトコは尊敬するけど。
ドーラの瞳は潤むようにきらめく。
「……キミは何を抱えてるの?」
その瞳に凍り付いた無様な自分の姿を認めて、思わず目を閉じた。
「……ダリア?」
目を閉じたまま、ふう、と息をつく。だめだこれは、もう隠せない。取り繕っていた全てが零れ落ちそうだ。
だが、せめてこれ以上酷い姿は見せたくない、と思った。
最後のプライドをかき集め、声に出る震えを押さえつける。
「降参だ、ドーラくん。」
絡まった手を解くと、ダリアはドーラをぐい、と引き寄せた。
「!」
肩に顔をうずめると、ドーラの顔は見えなくなる。
「……情けない話だが、聞いてくれるか。」
ドーラは黙ったまま、ただ、遊んでいた腕が背中に回った。それが少し心を緩める。
「ユノーくんと一緒に襲われた時にね。銃が恐いというのを思い出してしまったんだ。
……五年前、私は銃撃テロに巻き込まれて殺された。」
回った腕に、ぎゅっと力が籠った。
日の当たるデスクの上には掌程度の小型のぬいぐるみが六つ並ぶ。それぞれについた紐を引っ張ると、けたたましい音が鳴り響いた。
「GPS入った!」
「了解!」
大声で怒鳴って、スイッチを止める。
「とりあえずは大丈夫かな。」
「まあほぼ出来合いだがね。もう少し改良をしたいところだが……」
小さなキツネのぬいぐるみをつまみ上げてドーラは首をかしげる。
「あとどこ直すの?」
「音を出さずにGPSを起動するのと、他のメンバーの端末に通知が行くようにするのを考えてる。迷子になった時にも使えるだろう?」
「なるほど、確かに。」
小型のぬいぐるみの背中を割ると、小さな電子機器が顔を出す。中に入ったメモリとスピーカーがこの防犯ベルの本体だ。
なおぬいぐるみはドーラとセーラに小さなものを譲ってもらったところだった。関わっているドーラはともかく、セーラは恐らく自分の作品がこんな使い方をされているとは夢にも思っていない事だろう。
「まあおいおい実装していこう。」
「了解。ちょっと休憩しよ。」
「そうだな。」
やれやれ、といつもの椅子に寄りかかると、ドーラも隣の椅子にもたれかかった。その様子を眺めながら、一つ息をつく。
「なあ、ドーラくん。そろそろアレ、検討しようと思ってるんだが。」
いうと、ドーラはうーん、という顔でこちらを向いた。
「……大丈夫なの?」
「……多分な。それに、そろそろ克服したい。」
「無理はしなくていいと思うけど。」
言いながら、ドーラはほいほいと検索画面を開く。すぐにどこかに保存していたらしいブックマークから、いつぞの銃のカタログサイトが出てきた。
「……少し当たりはつけてる。コンバージョンキットつけてシムニッション改造弾使えば護身用程度ならなんとかなるんじゃないかな、って。
だから、それに対応できる程度の口径で小さめのが候補じゃないかな。」
この辺じゃないかな、と、いくらかの銃が画面に表示されていく。
「……いつの間に。」
「ダリアが調べてたからボクもちょこちょこ見てたの。」
ドーラは言いながら少し心配そうにこちらを見た。だが、その表情は一呼吸おいて少し緩む。
「……もうそこまで酷い顔にはならないんだね。」
「キミが少し引き受けてくれたからね。」
ダリアも素直に頷いた。
あれから少し。ダリアとドーラは護身用グッズの作成に勤しんでいた。
と言っても、爆弾も銃もあれから増えてはいない。今はもっぱらぬいぐるみの防犯ベルだ。そして、それもひと段落しつつある。
『ダリアはきっと、銃が人を傷つけることにしか使われなかったのが納得いかなかったんじゃないかな』
あの日、ドーラはそう言っていた。
『ボクたちは人形劇を見に行く途中で事故にあって帽子世界に行った。だからか知らないけど、ボクの世界は玩具、姉さんの世界は人形だった。』
話を総合すると、帽子世界に行く前に印象深かった事は帽子世界でも反転するように残り続けていたということらしい。心当たりは、あった。
『なるほど。』
水槽の外から見れば相当滑稽だっただろうな、などと今更どうしようもないことが頭をよぎる。
『だからさ、銃を人の役に立てられたらトラウマも軽減するんじゃないかな』
思い付きだけど、と言うドーラの言は、その時確かに的を射ているように感じたのだった。
「法律相当無視することになっちゃうけど。」
ドーラはひょこっと肩を竦めるが、特に罪悪感はないようだった。
まあそれは自分も大して変わらない。
「我々はもともと法律も倫理もないところからきているからね、今更だ。」
とは言うものの、同居人たちは恐らく法を破ることにはいい顔をしないだろう。
「なるべく玩具に寄せて行こ。」
「実包はいざという時に一発撃てれば、護身としての用事は足りるからな。
基本的な仕組みを考えてからそれに合わせて本体を決めよう。」
改造自体が法律違反なのはなかったことにして話を進める。
「シムニッションはいい案だと思う。コンバージョンキットもいいが、実包と素早く切り替えできるようにしたいな。
実際に来られたら悠長に切り替える暇はないだろうし。」
「実包用と分けて二つ銃くっつけるとか?」
「安直すぎないかね? まあ構造的には間違ってないかもしれないが……」
言いながらタブレットを引きよせる。呼び出した真っ白な画面は、ラフ案の踊るキャンパスに早変わりした。
「弾倉を二ルート作るというのも考えたんだが。」
「それならベースはオートマチックになるね。素直に弾倉二つだと持ち手が嵩張りすぎるかな。」
「そこらへんは設計次第だな。他に案はあるかね?」
「そうだね……」
交互に書き込まれるキャンバスは埋まっては消えてを繰り返す。素っ頓狂なものや技術の限界に挑戦したようなもの、二人で出したさまざまな案は紆余曲折と迷走を経てやがて一つに集約されていく。
「なるべくなら、ラヴィ達の前で使っても動揺されないような感じに仕上げたいんだがね。」
「いざという時に止められたら元も子もないもんね。」
デザインも少しずつ決めていく。
「事前にそれとなく言っておけばいいかな。」
「まあ、それが一番だろうね。」
そんな話をしているうちに、部屋の扉がノックされる。
夕ご飯できましたよ、というラヴィの声に顔を上げると、日は沈み、部屋はずいぶん暗くなっていた。
今行くよ、と声をかけて、タブレットの画面をセーブのちスリープさせる。ううん、と背を伸ばすと、置きっぱなしの人形たちがじっとこちらを見つめてきた。
「休憩のつもりが随分横にそれたな。」
まあいいけども、と言うと、ドーラもいいんじゃない、と笑う。
「防犯ベルの内部はあとでまたやろう。とりあえずごはん! 呼ばれたらお腹すいちゃったよ。」
「だな。」
部屋の外は照明で室内より明るくなっていた。
扉を閉めて先をとんとんと行くドーラについて進む。
その先のダイニングからは、美味しい匂いとにぎやかな声が楽し気に漂って来ていたのだった。
こういう時はなんとなくだけどドーラのほうが踏み込める気がする。同じ銃使いで比較的目線が近いから、やめての一点張り以外のことができる気がするんですよね。二人で開発ラフ案作ってるの書けてちょっと満足している。末永くろくでもないもの共同作成しててほしい。