声が聞こえた気がして、ドーラの意識はふわりと浮き上がった。
暖かな現在地はとても快適で、目を開けるのもおっくうだ。
そのまま意識を再び沈めようとすると、今度は肩のあたりをとんとんと叩かれた。
渋々薄目を開ける。
よくわからない光の中、逆光に浮かぶシルエットはメシュレイアのようだった。
「メシュ…?」
「ドーラくん、起きたかね」
声と話し方がメシュレイアと違う。何か違うやつだ。
それなら起きる価値もない。チェンジでお願いしたい。
なかったことにしてそちらから顔を背けるように寝返りを打つ。そしてドーラは再び意識を手放したのだった。
「おーいドーラくん、起きたまえ。」
顔を向けている方から声がして、また意識が浮上する。だが面倒なのでそのままうつ伏せに寝返りをうった。
もう一度寝よう、と意識を手放そうと力を抜く。
と、耳元にふううっと生暖かい息吹が掛けられた。
「ひぁ!?」
背筋がぞわっとして、思わずあおむけに転がる。眠い目を開くと、目の前にメシュじゃない何か違う……というかダリアの顔があった。
「何、なの……!?」
「眠り姫なら目覚めのキスが必要なのかと思ってね。」
ニコニコと笑った顔が近づいてくる。
「遠慮しないでいいよ、さあ目を閉じたまえ眠り姫。私がキスで起こしてあげよう。」
「要らないよ!」
眠気は完全に吹き飛んだ。近寄ってくる顔を全力で押しのけようと手を伸ばす。だが、その手はむなしく取られ、器用にベッドに押さえつけられた。
「ちょ、何なのさ!?」
顎に手が掛けられる。息もかかる近さ。こんな近くで見る事ないな、と変なところで冷静になって、……気づいた。
ダリアの目は笑っていない。多分これは……苛立ってるというか怒ってるというか、そんな感じがする。
「何、なんで怒ってるの?」
「怒ってる?私がか?」
笑みが深まる。だが絶対に笑っていない確信があった。
「別に怒ってない。」
片手で目を覆われて、すうっと視界が暗くなる。体の上に重さが掛かる。
「怒る理由もないだろう?」
一言ごとに吐息がかかる。身体が緊張で硬直していく。
……もうダメかもしれない。
歯を食いしばって、一秒。
ダリアが吹きだした。
「何も歯を食いしばることないんじゃないかね」
あはははは、と楽しそうな声。すぐに視界がぱっと明るくなった、と思ったら、今度こそ体の上にどん、と重さが載ってもぎゅ、と抱きしめられた。ぐえ、と変な音が出る。
「離してよ!もう!なんなの!」
ばたばた暴れると、むに、と鼻に指を突き付けられた。
「何なの、はこっちの台詞だぞ。せっかく起こしに来たってのに、キミはなんて言ったか覚えているかね?」
そんなの分かるわけがない。
「知らないし、知ったこっちゃないし」
指に噛みつく勢いで文句を言うと、ダリアは悲し気な顔を作って言った。
「チェンジで、て言ったんだよ。全く酷いじゃないかね。」
作られた悲しい顔と裏腹に、片手はドーラの髪の毛を力強くぐしゃぐしゃにしている。
「凄く当たり前だと思うよ!」
力の緩んだ隙に振り払って起き上がる。
見慣れた部屋の窓からは夕方の光が暗く差し込んでいた。寝ている間にすっかり時間がたってしまったらしい。
「ここは私の部屋だというのに、かね?」
むく、と起き上がると、ダリアは肩を竦めてこちらを見た。
……まあ、見慣れてはいるが確かにここは自分の部屋ではなかった。そういえば処理待ちで休憩してたんだっけ、と思い出す。
「こういう起こし方するならいつでもどこでも遠慮するよ。」
「せっかくロマンチックに仕立ててみたのに」
悲し気に残念そうな顔をして見せるが、ねごとの腹いせに一番自分が苦手な方法を取ったのは明らかだった。
「何がロマンチックだよ。」
ベッドから降りようとすると、ダリアもぽんとベッドから降りた。そのままほいほいと部屋を出ようとする。
起こすだけ起こして去るとはどういうことなのか。
「何しにきたの?」
聞くと、ダリアは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でこちらを向いた。
「何しにって……、言っただろう、夕飯だから起こしに来たんだよ。みんな待ってる。」
今度はこちらが同じような顔をする番だった。
「聞いてないし!最初から言ってよ!」
慌ててベッドから飛び降りる。
「言ったんだがな……」
不条理すぎないかね、という顔でダリアはこちらを見て、ほい、と手を差し伸べた。
「聞こえてなきゃ意味ないよ」
その手をぐいっと掴んで、思い切り下に引く。
「うわ!」
「お先に」
バランスを崩したダリアをひょいっと避けて部屋を出る。
「こら、それはひどいんじゃないかね?」
すぐ追いかけてきたダリアが、後ろからがしっと肩を抱く。そしてすぐに頭がぐしゃぐしゃになった。
「あー!待って待ってやめてってば」
「キミが謝るまで離さないぞ」
手は力いっぱい思い切りぐしゃぐしゃに髪の毛をかき回す。
「あーもう!悪かった!悪かったって!」
耐えかねて声を上げると、ぴたんと手が止まって身体が解放された。
「全く」
再度差し出された手を今度はおとなしく掴む。ぎゅっと握った手が導くダイニングは少し先。
だが、そこからはもう既においしそうな匂いが流れてきていた。
気を許し過ぎてて他人の部屋で我が物顔で寝てる猫ちゃんに教育的指導してる飼い主みたいな…。こんな感じのふざけてじゃれてるのも大好きで、なんかよくすごく気軽に書いている気がします。