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おやすみなさいの前に

 ふと目に入った端末の時計は、既に日付を変えようとしていた。

 ドーラがぐっと背を伸ばすと、思い切りもたれられた椅子の背がキィと音を立てる。
 作業に集中しすぎて夜更かししてしまうのはいつもの事だ。それもべつに自分に限った事ではない。隣で作業をしているダリアだって、集中したら口もきかなくなる。今だって電子部品と端末をチェックしながら手元の組み立て作業中だ。
 カタカタと作業する音、電子機器が発するかすかな音。家人が寝静まった深夜の家は、ここを除けば静まりかえっていた。
 とりあえずここまでの作業を保存しようか、と身体を起こす。
 と。
 「あ」
 ダリアが不意に声を上げた。
 そちらに目をやる間もなく、バンッと派手な音が響き渡る。次いでガタンと何かが落ちる音。
 「何!?」
 隣を見ると少し焦げた匂いが漂ってくる。あの作業からすると回路をショートでもさせたのだろうか。
 咄嗟に目をかばったのか、両腕を目の前でかざしている。焦げている様子は特にない。
 「ったたた……」
 声からするに、ダリアはどうやら無事らしい。
 「もう、気をつけなよ。」
 小さく息をついて自分の端末に目をやると、丁度再起動がかかったのか、ロゴ画面が映し出されていたところだった。
 まだ、作業の保存はしていない。
 「ああああああ!」
 さっきの爆発で一瞬電気が途切れたのだ、多分。
 「うぅ……なんだねドーラくん」
 まだダメージが抜けきっていないようだが、そんなことはどうでもよかった。ぐい、と肩をつかむ。
 「ちょっと!!まだ!保存してなかったのに!!!どうしてくれるんだよボクの2時間ー!!!」
 二時間、と言う響きに自分で力が抜けていく。ダリアの肩を掴んだまま崩れ落ちていると、ドタバタと部屋の外から足音が近づいてきた。
 「何事ですの?!」
 ばん、と勢いよく扉が開かれる。扉の方を振り向くと、ナタリーが仁王立ちしていた。その後ろには、寝ていたはずの家人が勢ぞろいしている。寝ぼけ眼でぽややんとした顔のメシュレイアと機嫌の悪そうなショコラ。
 「ダリア、ドーラさん、大丈夫ですか?」
 ラヴィは心配そうにこちらを覗き込んでいる。
 「ああ……驚かせてすまなかったね。」
 「驚かせてすまなかった、じゃありませんわよ。何が起きましたの。」
 詰問口調のナタリーに、ダリアは降参を示すように両手を挙げた。
 「いや、ちょっと回路がショートしてしまって……大したことじゃないんだ。私もドーラくんもケガはないし。」
 あ、そういえば、とダリアはするりと肩から手を外すと、その場にしゃがみこむ。ええと、と拾い上げたのは恐らくさっきまで使っていたはんだごてだ。床の方が燃えているわけではないようだが、ナタリーはさらに顔をひきつらせた。
 「ケガは?家を壊してはいませんわよね?」
 「大丈夫だよ。私にはケガはないし、ドーラくんも大丈夫そうだし。」
 ははは、と笑うダリアを見るナタリーの目はとても冷たい。
 「あの、ドーラ様、本当に大丈夫ですか?」
 そのわきから、メシュレイアが心配そうにこちらを覗き込む。
 「大丈夫大丈夫。起こしちゃってごめんね。」
 ぱたぱたと手を振ると、メシュレイアはそれ以上は言ってこなかった。
 「あのねえ、ダリア。ドーラお姉ちゃんも。もう夜中だよ?夜はね、寝る時間なんだよ。」
 寝たところを叩き起こされた不機嫌を隠しもせずショコラがむくれた顔で言う。
 「ああ、そうだね……。」
 たじたじになりながらダリアが頷く。
 「ドーラお姉ちゃん聞いてる?」
 ぎろ、と睨まれて、ドーラもこくこくと頷いた。
 「うん、聞いてる。」
 「じゃあなんでこんな夜中までドタバタ起きてるの?さっきの叫び声お姉ちゃんだったよね?」
 「……うん。ごめん。」
 三十六計なんとやらだ。ひとまず謝ると、ショコラはぶすっとした顔のまま息をついた。
 「じゃあさっさと寝る準備したら?」
 「うん。後片付けしたら寝るよ。」
 疑い深そうな目がこちらを見る。
 「本当?」
 「本当だよ。起こして悪かったね。お休みショコラ。」
 不機嫌は治らないようだが、ショコラは退く気になったらしい。こくりと頷いて出ていく。
 「ドーラ様も早く寝てくださいね。」
 「うん、わかったよ。」
 ショコラについて、メシュレイアも部屋を出て行った。
 それを見送って、ダリアがふうっと肩を竦める。
 「そんなわけで、大丈夫だから。起こしてすまなかったね、キミたちも休みたまえ。
  それともお休みのキスが必要かね?起こしてしまった代償に。」
 仕方ないなあ、と近寄ろうとするダリアをぺしんとナタリーがはねのけた。
 「要・り・ま・せ・ん!もう、二度と!夜中に騒ぐんじゃありませんわよ!さっさとおやすみなさいな!」
 いきますわよ、ラヴィ、と声をかけ、ナタリーも出て行こうとする。隣に居たラヴィは、その様子を見て、こちらを見た。
 「どうしたんだね、ラヴィ。キミにはおやすみのキスが必要かね?」
 「そうですね……おやすみなさいのキスが必要なのはあなたじゃないんですか、ダリア。」
 とん、と近寄ると、ラヴィは少し背伸びをしてダリアの頭を抱くように腕を回す。そして、その額にそっと口づけた。
 面白い位固まったダリアに、ラヴィは微笑む。
 「おやすみなさいのキスはしましたからね?ちゃんと寝ないと駄目ですよ。おやすみなさい、ダリア。」
 いきましょう、と声を掛けられたナタリーも固まっていたらしい。え、ええ、と慌てて出ていく。
 そして部屋にはまた当初の通り二人残された。なおダリアはまだ固まっている。つついたら崩れ落ちて砂になりそうだ。面白そうだが面白くないのもまた事実だった。2時間の作業を無に帰された恨みは深い。
 一瞥して思いっきりはたくと、ダリアは砂に還らず我に返った。
 「ったぁ!何だねドーラくん。」
 「いつまでぼーっとしてるんだよ。ほら、さっさと後片付けして寝るよ。」
 ぐい、と引っ張ると、ダリアは慌てたように手を離そうとする。
 「いや、私はまだ作業が」
 「寝ぼけてるから手元が狂ったんでしょ。今日は諦めなよ。」
 「ドーラくんは」
 往生際悪く離れようとしたダリアをジトっとにらみつける。
 「ダリアのせいで2時間分の作業が吹っ飛んだから今日はフテ寝するしかないの。
   それにショコラにも寝るって言っちゃったし。あれ以上怒らせると後が大変だから。」
 息をついてもう一言。
 「ラヴィはもっと大変だと思うけどね。」
 最後の一言が効いたのか、ダリアはうぐっと変な声を出して大人しくなった。
 「わかった。電気系統だけ確認して寝よう。火事になったら大変だし。漏電も怖いし。」
 語尾はどんどん小さくなっていくが、とりあえず了承はしたらしい。
 「解ればよろしい。」
 頷いて再起動を果たした端末を見る。
 先程強制終了した分の自動バックアップデータを引っ張り出すと、2時間のロスは30分のロスに縮んでいた。はああああ、と深々とため息をついてひとまず保存。それから端末の電源を落とす。横を見れば、後片付けをしていたダリアも大体終わったようだった。
 ただし、まだぼーっとしている。
 「ダリア?ボクがキミをベッドまで運んだほうがいいの?それともおやすみなさいのキスが必要?」
 尋ねると、は、とダリアが顔をあげた。
 「いや、大丈夫だ。……ああ、ええと……」
 言いながらふらりと立ち上がる。
 「何?」
 「データの件は悪かった。」
 申し訳ない、と済まなさそうに頭を下げるダリアの頬に手をやる。
 「遅い。」
 おやすみなさいのキスの代わりに、ぐいっとつまんで、引っ張ってから離した。
 「痛い」
 抗議はぷいっと無視して、ベッドの方にダリアを押しやる。
 「うわっと」
 「おやすみ。いい夢を。」
 踵を返して部屋を出ると、深いため息が漏れた。ロスした2時間……いや30分。きっとそのせいだ。間違いない。
 「ドーラくん?」
 「ふわっ!?」
 唐突に背後のドアが開いた。
 「なんだよもう。」
 「言い忘れてたんでね。」
 流れるように頭を抱えられ、そのまま額に口づけられる。
 「おやすみ、いい夢を」
 ぱたん、と扉が閉まった。目を瞬いて、額に手をやろうとして、降ろして。また目を瞬く。
 扉の中はまだ起きているようだ。かすかな足音がベッドのほうに向かっているのがわかる。きっと、多分、イタズラが成功したような顔でニヤニヤ笑っているに違いない。たぶんそうだ。そうに決まった。頬が少し熱い。耳も血が上ってる気がする。きっと怒りからに違いない。そうに決まった。
 「……おやすみっ!」
 扉をげしっと蹴ると、ドーラは自分の部屋の方に足を向けたのだった。


たまにある、これはなんでこんなんかいたんだっけってやつ。
夜間に爆発音させて家族にめっちゃ怒られる二人が書きたかっただけかもしれないし、ラヴィに何かされると本気で動揺してしまうダリアさんを書きたかったのかもしれない。けどこの書き方は落書き…。
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