人生を賭けた作品は壊れてしまったが、それでもいくつかの前進を見出すことができた。
そして今は仲間と共にある……なんて少しくすぐったい状況にある。リーダーはヨウコらしい。自分ではない。これも少し新鮮だ。
彼女は今でもいまいち読めないのだが、言動と行動からにじみ出ている善意と必死さ、そして自分を止めてくれた恩義もあり、なるだけ力を貸そうという気になっていた。
自分の世界もホームも戻っているのだが、ヨウコが当然ながら自由に世界を移動できないということもあり、今は彼女の所在地と自分のホームを行き来するような形でいる。何かあったら呼びに来るだろうという構えだ。
他の者たちもそんな感じらしく、ドーラなどは戦闘が終わった後はふらふらと自分のホームに飛んでいったところだった。
自分と戦っていた時は病み上がりとは思えない動き方をしていたのだが、やはり無理をしていたらしい。
自分のために無茶をしたのは間違いのないことで、お見舞い位行こうか、と思ったのは当然の成り行きだった。
ドーラが好きだったお菓子を片手に、ドーラのホームへ飛んでみる。
自由に行き来するのもなんだか久しぶりで、普段の癖で無人のラボに飛んでしまったりもしたが、すぐにホームにはたどり着けた。
「ドーラくん、大丈夫かね?」
ノックをすると、ダリア?とふわふわした声が聞こえた。
「そうだ」
「……どうぞ」
ドアを開けると、ドーラはよいせ、と起き上がる所だった。隣に居るメシュレイアはぐっすり夢の中らしい。二人分の魂が入ったときいていたし、まだ相当重たいのだろう。
「寝たままで構わないよ。」
ドーラも同等のはずだが、それであの動きをしていたのかと思うと無理の程度が見えた気がして、少し心が痛んだ。
「いいよ、少しくらい動かなきゃ。もう動けるんだからさ。
で、どうしたの?」
「どうって、お見舞いだよ。」
手土産の菓子を渡すと、ドーラは目を丸くしてこちらを見上げた。
「まだ病人だったのに、キミには相当無茶をさせてしまったからね。気持ちばかりだが、まあ受け取ってくれたまえ。」
ありがとう、すまなかった。
そう言うと、ドーラはさらに目を丸くして、それから小さくうつむいて、こくりと頷いた。
「身体の調子はどうだね?」
「大体大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ。」
という事は、かなり疲れているのだろう。ドーラは滅多にそんな言い方をしない。
「そうか。それなら早急に休みたまえ。積もる話は、キミが回復してからでも遅くはないし。」
起こしている身体をさくっと寝かせようとすると、ドーラは少し眉を寄せた。
「もう行くの?」
「キミの回復は最優先だろう。」
頭を撫でてなだめると、少しむくれたようにこちらを見上げる。
「ダリア、キミさ、ボクに言う事ない?」
「あるとも、沢山ね。だが、今のドーラくんがするべきは、休むことだろう?」
言うと、ドーラはぷうっと口をとがらせた。
「キミを止めに行くくらいは出来たんだ」
「それでヘロヘロになっているから、今は休めと言っているんだ。」
頭をもう一度優しく撫でる。
「キミが病身をおして飛んでくるなんて思ってなかったんだ。
だが、そんな身体でも、力づくでも私を止めに来てくれたこと、今は感謝している。」
おかげでこの身体でここに在る事が出来る。もう一度、ありがとう、と言うと、ドーラの頬は少しだけ赤くなった。
「……別に、ほっとけなかっただけ……自己無限増殖装置と永久機関には興味もあったし……」
「……私の事、今でも尊敬している、なんて言われて嬉しかったよ。」
ぱあああっとドーラの頬が赤くなる。あ、これは正直で面白いな、と悪戯心が顔を出すが、ドーラが現在へたばっている元凶が自分だという事を思いだして、ぐっとこらえた。
「てっきり便利屋扱いしてるのかと思ってたからね」
「便利だと思ってるけどさ、尊敬してるのは……本当だから。」
そう言う便利なところとかさ。
ボソッとドーラがつぶやいたそれは褒めているのかどうか判別がつかない。ただ、少しぎゅっとしたような感覚はあった。改めて言われたのもあって、頬が紅潮するのがわかる。
「ねえダリア。」
ドーラは少し赤い頬のままこちらを見上げた。
「ちょっとこっちきて」
ベッドの縁を小さく叩かれて、促されるようにそこに座る。
「どうしたんだね?」
聞くと、ドーラはぎゅっと抱きついてきた。
「……ダリア、戻ってきてくれてありがとう。」
不意打ちのハグなのに、一言一言がしんしんと身体にしみこんでいく。
「……お帰りなさい。もう二度とその姿では会えないと思ってたんだ。」
ドーラの声は少しだけ途切れがちだ。身体を失ってもう結構たつが、その間ずっと本当に心配していたのだろう。
ぎゅうっと抱きつく身体に腕を回して抱き返す。
「私も、会う事にはならないと思っていた。だが、キミたちが止めたから、私は機械にならずにここに居る。」
言葉にすると、計画の失敗や計画の行く末、ドーラにさせようとしていたこと、全てが実感を伴って脳裏をよぎった。最初にドーラに声をかけて断られたときは、当初計画からの練りなおしで頭が一杯だったが、今にして思えば断られて良かったと感じる。
計画が完遂していたら……彼女は多分……間違いなく泣いていただろう。もしかしたら涙の海を溢れさせるほどに。それは自分が望むことではない。
彼女に笑顔を。皆にも笑顔を。誰もが恐れず幸せに暮らせるようにすること。それこそが、どんな手を使ってでも完遂したかった目的だったのだ。
随分長い事、目的と手段を取り違えていた気がする。そのことに気づかせた後輩の身体を、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
「……ただいま、ドーラくん。連れ戻してくれてありがとう。」
返事はない。ただ、絡まった腕がぎゅっとしがみついてきただけだった。
その体で会うことはもうないと思ってた、というのは恐らくあの世界全員にあるんじゃないかと思っていて、ダリアさんのほうも派手に病体に無理させたんだからお見舞いくらいは行ってほしい気持ちもあって書いたんじゃないかと思われる。たぶん。