「こんなに暑いのに、キミは本当によくくっついてくるね」
困ったように笑いながら、ダリアはそれでも頭を膝から降ろそうとしない。
弱めに掛けた冷房にもかかわらず、夏の日差しの当たるソファはそこそこの温度になっている。休みの日なのも相まって、ダリアもそれ相応にラフで涼しい恰好をしているのだが、夏は夏だ。
「冷房強くする?」
ドーラが聞くと、ダリアはゆるく頭を振った。
「いや、そうなると上着が欲しくなるし、そしたらこのかわいい頭をのけなきゃいけないだろう?」
「あっそう」
設定温度を20度以下まで下げてやろうかと一瞬思うが、あまりに子供っぽいと考えなおした。
現在のダリアの恰好は、薄手のタンクトップにゆるめのショートパンツと、ほぼ部屋着だ。これで冷房を強くしたら恐らく凍えるに違いない。知った事ではないが。
ショートパンツと内腿の間に顔を突っ込むと、ダリアがひあっと小さく声を上げた。
「こらこら、どこに顔ツッコんでるんだね」
退かそうとする手に構わずぺろりと舐めると、またひゃあっと変な声がした。
「やめたまえ。」
仕方ないな、と、ダリアの手が内腿に入ってきた頭を退ける。
太股の上の定位置に収まると、ダリアはホッとしたように息をついた。
「全く油断もスキもありゃしない」
「ダリアが隙だらけなだけでしょ」
言うと、ダリアは少し眉をしかめた。
「ドーラくんちょっとあたりが強くないかね」
「別に?」
話しているうちに、今度は頭をタンクトップの中につっこんだ。
ふわっ、とまた変な声がする。
すりすりとお腹に頭をこすりつけていると、タンクトップはぐい、と上にあげられて、お腹と頭があらわになった。
いきなり明るくなった視界に動きが止まる。
「中に入るんじゃないよ。くすぐったいじゃないかね。」
めっ、と叱る口調に肩を竦める。
「そんなにきつく言わなくても」
「ドーラくんもやられてみればわかるよ」
「ボクはそんなヘマはしないし」
よいしょ、と服の中に入った頭を丁重にのけると、また膝の上に着地させる。なおも太股や服やお腹をちろちろと舐めて甘えていたが、ダリアはのんびりと落ち着かせるようにその頭と顎を撫でた。
そのうちトロトロと蕩けて大人しくなると、ダリアはホッとしたように息をつく。
「全くとんだやんちゃっぷりだ。」
いとおしそうに頭をなでながら、小さく微笑む。
「丁度良かったんだよねえ、多分。」
横から覗き込むと、黒猫はダリアの膝の上でしっかり眠ってしまったようだった。
「どこが」
「ほら、猫って隙間とかビニール袋でカサカサして遊ぶの好きじゃない。」
ダリアは小さく眉をしかめる。
「私は別にカサカサ言ったりはしないんだが。」
「変な声出るから面白かったのかも」
言うと、ダリアは深々とため息をついた。
「……なるべくなら忘れてくれないかね。それともキミも出してみるか?変な声とやらを」
猫を撫でていない方の手が、こちらに伸ばされる。
「いらない。」
ぺちんと叩き落すと、ダリアはちぇーっとつまらなさそうに口を尖らせた。
今日のこの家には住人が二匹増えている。ちょっと留守をするからお願いできるかしら、と、ユノーから猫を預かったのだ。
「そういえば上静かだな。もう一匹はショコラくんのとこだったはずだが。」
「そう言えばそうだね。ちょっと見てこようかな。」
膝の上に置いていたタブレットを脇に置いて立ち上がる。
階上のショコラの部屋は、人の気配はするがとても静かだ。
「ショコラ、入るよ?」
軽くノックをして開けると、こちらの猫もお昼寝タイムだったらしい。
茶トラ猫はショコラとメシュレイアと川の字になって、だらりとベッドで伸びて眠っていた。
風がカーテンを揺らす。すやすやと寝息が聞こえる。
姉妹みたいだな、となんとなく思った。
真ん中にいるのは自分のはずだけど。
「今だけだからね」
そっと茶トラ猫に呟いて、ドーラは部屋を後にしたのだった。
ねこのひらくがき。叙述トリックではないけれど、最初に主語書いてないのはわざとです。一瞬ぎょっとするかなって思って。