ふむ、と息をついてダリアは銃を構えた。
目線の先には突きつけられた銃口。突きつけているのは仲間のはずのドーラだ。
「……あの方の隣に……あの方を助けられるように……あの方の……頑張らなくちゃ……」
ぶつぶつとつぶやくドーラは、少し頬を赤くして、焦点のよくあっていない瞳をキラキラと輝かせている。そして、タンッと軽く銃の引き金を引いた。もとよりあまり照準が合っていなかった銃弾は、ダリアの頬を掠めて明後日の方向に飛んでいく。
「……もう一回……」
ドーラの銃がまたこちらを向いた。
表情にはどこかひたむきさがあって、可愛らしくすら感じる。銃口を突き付けていなければ、場所がこんなところでなかったら、恋でもしているのかと微笑ましく見守る事もできたかもしれない。
「……なるほど、実に興味深い。」
付き合いはそれ相応に長いつもりだったが、こんな表情は初めて見た。彼女は恋をするとこんな風になるのか、と変なところで納得する。
「あの方は……すごい……あの方はいつも正しい……」
ドーラはぶつぶつ言いながら慎重に狙いを定めようとする。焦点の合わない、恋する瞳がこちらを見つめる。
「だが、不快だな。」
ドーラの耳元を掠めるように銃弾をぶち込むと、ダリアはひるんだドーラを捨て置いて「あの方」こと、何かよくわからない十字の物体に渾身で技を繰り出した。
周囲の敵を八つ当たり兼ねてオーバーキルした後、ダリアが後ろを振り返ると、ドーラはぐったりと倒れてしまっていた。
「ドーラくん!?なんで倒れて」
「大丈夫だよ、ダリア。ショコラがちょっとやっちゃったの。」
あはは、と半笑いで頬をひっかくショコラの手には黒光りするジャガーノートが携えられていた。
「混乱してたから元に戻るかなって思って殴ったんだけど」
「力加減間違えちゃったのね……」
はあ、とため息をついてヨウコは回復魔法の準備をする。その様子を眺めながら、ダリアはドーラをよいせ、と助け起こした。
「ショコラくん、少しは手加減してやりたまえ。実の姉だろう」
「なんかあんまり気持ち悪かったから早く解放してやりたくってさ」
それで手っ取り早く殴って正気に戻そうとしたようだった。
その気持ちはわからないでもない。自分もあれは相当に不快だったからわからないでもない。だが、ショコラは致命的な間違いを犯している。
「さっきのは混乱じゃなくて魅了だよ。」
言うと、ショコラが息をのんだ。
「……マジ?」
嘘でしょ、という声に小さく頷く。
「マジだ。」
「あーん、ドーラお姉ちゃんゴメンっ!」
魅了は殴っても治らない。ショコラがドーラに縋りつく。ドーラはうぅ、と苦しそうに呻く。その上から、ウルウルと光が降り注いだ。ヨウコの回復魔法だ。少しずつ傷が治り、ドーラが目を開いた。
「……う……。」
「正気に」
「ゴメンねドーラお姉ちゃん!ショコラってば混乱したんだって思い込んでて……!」
全て言う前にショコラがドーラに抱きついた。二人分の重みが膝と腕にダイレクトに掛かる。
「……混乱?……ボクは何をやって……」
「ドーラくん。キミは魅了されていたのだよ。あのよくわからない十字架のデコイにね。」
至近距離でそう言うと、ドーラは目を見開いた。
それと同時に自分の状況……現在抱きかかえられている事も理解したらしい。バネ仕掛けのように飛び起きようとするが、身体の上にはショコラが抱きついていて動けないようだった。
「ショコラ、大丈夫。もう大丈夫だから。」
ショコラの頭を撫でて、ドーラが息をつく。
「ごめんね、ドーラお姉ちゃん。」
顔を上げたショコラは涙目になっていた。
「いいよ。元に戻そうとしてくれたのは解ったから。」
もう少し優しくしてくれた方が嬉しかったけど、と悪戯っぽく言うと、涙目のショコラも少しだけ表情を崩して体を起こした。
「ダリアもありがと。離して……あれ、ケガしたの?」
こちらを見上げるドーラの表情が少し険しくなる。少しビリビリと痛む頬に手を当てると、まだ血が流れ続けていた。
「恋に狂ったキミがつけたのさ。」
手の甲で少しぬぐうと、ドーラはごめん、と小さくなって謝罪の言葉を口にした。
「不可抗力だし、構わないよ。
だが、どうせ魅了されるなら、あのヘンな十字架じゃなくて私に魅了されてほしかったんだがね」
抱きかかえたドーラの頬をむにむにつつくと、ドーラは途端に眉をしかめて指を引きはがした。
「絶対嫌だ」
そのままぷい、と顔をそらして立ち上がる。だが、一秒置いてその瞳はまたこちらを向いた。
ふうわりと傷口の近くにかざされる手。ウルウルとした光が至近距離で踊り、頬の痛みが引く。
「……ありがと」
「なあに、名誉の負傷だよ」
言いながら立ち上がると、ドーラは小さく肩を竦めてぷいっと向こうを向いてしまった。
「言ってなよ。」
様子を見ていたヨウコが、先に進もうか、と促す。そうだな、と頷いて、武器を戻した。
歩き出す一歩目、ドーラの耳元に、小さく囁く。
「回復ありがとう、ドーラくん」
手を伸ばしてわしゃ、と淡い色の頭を撫でた。猫のように柔らかい髪の毛が指を撫でる。
「恋に狂うキミというのは実に興味深い光景だったのだが……まあ今後は気を付けたまえ」
心底からの気持ちを伝えると、ドーラは顔をひきつらせてこちらを見上げた。
「ボク、一体何を」
「私は忘れたから後でショコラくんにでも聞いてくれたまえ」
ぽんぽん、と頭を撫でて手を離す。
「忘れてないでしょ!?何があったの?」
追いすがる声と手を背中に感じつつ、ダリアはふう、と息をつく。
努力するところ、ひたむきさは何となく理解できたが、ただ盲目に相手の正しさを信じる、なんて、普段のドーラではありえない事だった。今まで一度だって、そんな片鱗すら見たことはない。
だが、魅了の魔法はそんな事お構いなしに歪んだ彼女を見せてきた。その根本的なところまで歪ませたような光景に、彼女を汚されたような気がしてしまったのだ。
それは身勝手なのか義憤なのかわからないが不快だったのは確かで、もう二度と見たくない。
「ダリアってば」
後からぺちんと脛を蹴飛ばされて振り返る。
「掘り返すとキミが辛いだけになると思うがね?」
「……。」
う、と言葉に詰まったドーラの頭を、帽子の上からもう一度撫でる。
自分が是とするのは、今のままの彼女だ。
「キミはそのままでいてくれたまえ。」
それは願いで希望でただのわがままだ。自分も結構身勝手だな、と自嘲しながら、ダリアは先の方に足を向けたのだった。
らくがき。魅了とか混乱の話は、いろんなジャンルでさんざん書いたせいかなんか気軽に書いてしまう。