Various TOP

深い流れ

「あ、セシア!」
背後に浮かんでいた天使は、そんな声と共に彼を追い抜いて飛んでいく。
少し先・・・こちらを振り向いた、薄紅の髪と緑の瞳のどこか神秘的な少女を目指して。
「天使様!どうなさったんです?御用ですか?」
少女は、驚いた顔と嬉しそうな顔を混ぜて、天使に笑いかける。
「ううん、実はたまたまなんだ。」
少し苦笑いして、それでも思いかけない遭遇を喜んでいる、そんな感じである。
「ね、今から何か予定ある?」
声の調子は「遊んで」とか「お話して」とかそんなところだろう。聞きなれた感じなのだが、何か・・・・どうも、自分のことを忘れられている気がしてならない。
「いえ、今から宿に戻って休憩しようかと思っていたところです。
 天使様は何でここに?」
「えーっと・・・・」
間違いない、半分以上忘れられている。
「ああっ、忘れてた!」
ぽん、と手を打って、天使は慌ててこちらを振り向く。
思い出したらしい・・・今彼女は、自分に同行していたということを。
「ふーん・・・忘れてたのか。」
追いついて声を掛けると、天使は顔を引きつらせた。
「いや、えーっと・・・・」
「鳥でももう少し記憶力がいいと思うぞ。」
「ほら、ちょっとこう、夢中になっちゃってね?決して完全に忘れてたって訳じゃなくて・・・その、ごめんなさい。」
慌てて言い訳する様子が、なんとも面白い。薄紅の髪の少女・・・おそらく自分と同じ勇者・・・も、同じ事を思ったらしく、くすくすと笑っている。
「もう、セシアまで・・・」
「ふふっ・・・天使様、同行中だったんですね。」
「うん、そうなんだ。」
自分の背後に戻った天使はこっくりと頷く。
薄紅色の髪の少女は、くすくすと笑って自分の前に立った。
「あなたも、天使の勇者ですね?初めまして、セシアといいます。」
自分を見上げるその表情は、愛らしさとどこか神秘的な美しさが同居している。
「ええ、あなたもそのようですね。」
愛想良く、丁寧に。
背後から聞こえる「うわ、別人。」なんて声は無視である。
「初めまして、ロクスといいます。
 天使から僕のことを聞いてはいませんか?勇気と誠実さに満ち溢れた勇者だと。」
少女は目を丸くした。
「いえ、全然。」
そう言って首を横に振る。
「そこまで無茶な冗談は言った事ないなあ。」
背後の天使は、苦笑い交じりに首を縦に振った。
話し方は常と同じ何気ない感じなのだが、言葉の選び方が気にいらない。
「・・・お前、僕のことを勇者のうちに入れてないな?」
振り返って文句を言うと、天使は、心外という顔をした。
「いれてるから同行してるんだけど。セシアにも一応話したことあるよ。」
この話し振りだと、何を話しているのかわかったものではなさそうだが。
「どういう紹介の仕方してたんだ。」
「どうって・・・そのままだけど。」
この天使の『そのまま』がどういうものなのかはわからないが、少なくとも自分が思っているのとは違う紹介のされ方をしていたのは確からしい。
「あんまり変な事いうなよ。」
釘を刺すつもりでそう言う。
「変な事しなけりゃ言わないよ。」
天使はぱたぱたと手を振った。
「ふふっ・・・・変わってないんですね。」
様子を見ていたセシアが、こらえきれなくなったように笑い出す。
「え?」
「変わってないって・・・・あなたとは初対面のはずですが?」
驚いて少女に向き直ると、彼女は笑いながら手を振った。
「ええ、初対面です。でも、昔・・・、貴方とよく似た人を知っていて、思い出してしまって。」
「はぁ・・・・」
間の抜けた答えしか返せない。
「貴方には、関係ないことでしたね。すみません、笑ってしまって。」
「いえ、そんなことは・・・」
「どうぞ、気にしないで下さい。」
それでも、一度こぼれた笑顔はなかなか戻らない。どこか神秘的でミステリアスで可愛らしい笑い顔。だが、言う言葉が謎めきすぎていた。
「それでは、また。天使様も。」
「ん、またね。」
にこやかに手を振り合う二人の様子に、はたと我に返る。
「はい、それでは。」
少女が一礼して去っていくのを見送る。
どこか呆然と・・・まるで白昼夢だ。
「ロクス?」
ぽむ、と肩を叩かれた。
振り返ると、何時見ても悩みのなさそうな天使がきょとん、とこちらを見つめている。
「いつまでぼーっとしてるの?セシアに見惚れてた?」
顔の前で手を振るのを、とりあえず引き剥がす。
「いや、そうじゃない。
 ・・・まぁ、確かに可愛い子だったけど。お前と違って。」
「うん、本当に可愛い子だよ。誰かと違って素直で。」
さらりと何か一言余計なものが混じっているが、言い返す前に天使は続けた。
「さっき笑われたのでも気になった?」
正直少し驚いた。なんとも無駄に察しのいい天使である。
「・・・・・ま、そんなとこだ。不思議な子だな。」
言うと、天使は少し遠くを見るような目になった。
「セシアも色々あったからね。」
言い方が、重い。本当に色々あったのだろう。
しかし、次にはこちらを真正面から見つめて、にぱっと笑った。
「・・・ま、ロクスと一緒だよ。」
一緒、といわれても・・・確かに色々あったのは事実なのだが、妙な感じがする。
「色々、ね。」
「そう、色々。」
呟きにふわりと応えて、天使は呟く。
「しっかし・・・変わってない、ねえ・・・。
 大昔の天使さんも、さぞ苦労してたんだろうなあ・・・。」
ふわふわと中空に浮かびながら感慨深そうなその言葉。
「何わけわからないことを言ってるんだ?」
こちらにはちっともわからない。それに、なんだか隠し事されているようで気分が悪かった。
「いや、なんかね。昔ここに下りた天使さんも、きっと大変だったんだなって、・・・・ちょっと、思ったんだ。」
そう、小さく笑いながら話す。
「ふーん・・・やっぱり、大変なのか?」
見上げると、天使はのんびりと微笑んだ。
「ま、それなりには。・・・でも、楽しいからいいんだ。」
言って、するりと自分の隣に降りてくる。
「それなら、古の天使様とやらも同じ事を考えていたんだろう。」
手近な位置に下りてきた頭を軽く手を置くと、天使は驚いたようにこちらを見上げて・・・耐え切れなくなったかのように笑いだした。
「なるほど、そうかもね。ロクスに言われたら、そんな気がしてきた。」
一度あふれた笑いは止まらない。
「なんだか今日は笑われてばかりだな・・・」
「ごめんごめん。」
謝っているつもりのようだが、笑いが全然止まっていない。
ややあって、天使は一息ついて笑いを収めた。
「あーあ、私、もしかしたらこの世で一番幸せ者の天使なのかも。」
天使がどこへともなく呟いた言葉は、楽しそうな表情と共に空に消える。
「この僕が勇者とやらを引き受けてやっているんだ。当然だろう?」
軽く言い返すと、天使はまたしても噴出した。
「あはははは・・・当然なんだ。そっかそっか。」
もーだめ、とかそんなことを言いながら、隣で笑い転げる天使は、今度こそ止まらない。
近くには誰も通らない道。
自分にだけしか聞こえない笑い声は、天使が息切れするまで響いていたのだった。



続フェバから、ロクス&天使&セシアで。ええと、接触イベントって奴です。見たときにとりあえず盛大にツッコミ入れました。なんだよ知恵と勇気に満ち溢れた勇者って(笑)どう考えても7人中一番の問題児だってのに(苦笑)
Various TOP