階層が下れば下るほど強くなる魔獣と面倒になる仕掛けにてこずりつつも、旧校舎の調査は気付けばⅦ組の仕事のようになっていた。おかげで随分戦いも慣れた気もするし、腕もそれなりに上がったんじゃないか、とはクラス全員が思うところでもある。
とはいえ、いざ戦闘となると削られるのは大なり小なり変わってはいなかった。
今現在も、何かの超音波だと思われる振動が、フロア内を駆けぬけている。
無視して動こうとしても、何度も何度も響き渡る音と振動がそれを徹底的に邪魔してくるのだ。
「……くそっ……!」
手数に物を言わせたような波状攻撃に、精神力と体力がともに削れて行くのがわかった。多分同じく前線で戦っているユーシスやフィーも似たような状態だろう。しかし目の前に敵は三体。ここでめげる訳には行かない。ぐっと耐えて剣を振るっていると、後方から銃声が響いた。回復・支援担当のマキアスだ。
しかし音と同時に着弾した先は足元だった。
仲間の後方支援はいつだって心強い。……はずなのだが、様相が違う。射線は明らかに自分の方に向いていて、ワザとかたまたまか着弾先は足元。ぞっとして思わず後ろを振り向くと、マキアスのショットガンの銃口は紛うことなく自分を狙っていた。とっさによぎった命の危険に慌てて射線から飛びのくと、元いたところを狙い違わず弾丸が通過していく。
どういうことだ、と顔を見て焦点のあっていない目に全てを悟った。
「不味い、マキアスが混乱してる!」
敵は三体。前線では自分と共にフィーとユーシスが戦っているが、リンク中の前線の二人は舌打ち一つで役割を決めたらしい。
「問題ない。」
「叩き切ればいい話だ。」
「えっ!?」
フィーはそのまま前線へ残り、ユーシスは剣を構えて引き返してきた。そのまま斬りつけんばかりの勢いでマキアスの方へ向かって行く。
「待て、ユー」
「リィン、先に片付けるよ。」
思わず引きとめようとすると、前方からフィーの声が飛んできた。いけない、と前を向く。自分まで後ろにかかっては、フィーだけで三体を相手にする事になってしまう。それは避けなければならない。
気合を入れ、前方の敵に切りかかる。二合、三合と打ち入れたところで、背後から強い冷気が吹きぬけた。
「跪け!!!」
方向はこちらではない。こちらではないが、ユーシスまで混乱したかと思わず背後に気が行った。
「リィン、余所見しないで。」
即飛んできたフィーの声で慌てて前を向く。
「二人なら平気。」
早口の囁きを今は信じるしかなかった。わかった、と剣を構え、今度こそ敵に切りかかる。その後ろからは何か硬質な音が響いていたのだった。
派手なくしゃみが旧校舎に響き渡る。
「マキアスさん、大丈夫ですか?」
バックアップに入っていたエマが心配そうにマキアスの方に屈みこむと、マキアスは身体を震わせた。
「……ああ、随っ分寒いが大丈夫だ。」
そしてまた派手なくしゃみが響き渡る。
「とりあえず上着だけでも脱いでは?」
「ああ、そうだな。」
マキアスが脱いでいる上着はじっとりと濡れていた。もっとも濡れているのは上着だけでなく、足元から肩口位まで満遍なく濡れているのだが。
「私ので良ければ、上着お貸しできますけど」
サイズが合わないですかね、と困ったような顔のエマに、マキアスが真っ赤な顔で頭を振った。
「いや、そこまでしてもらうわけには!!」
横からフィーもそうだね、と頷く。
「エマ、そこまでする事ない。」
その横でユーシスも頷いた。
「全くだ。大体これだってコイツの自業自得だろう。」
「このずぶ濡れはお前のせいだろう!!」
間髪居れずにマキアスが噛み付く。
「なんだってわざわざ凍結まで掛けたんだ!!」
マキアスの言い分も尤もである。
先ほどの戦闘は、なんとか敵を全滅させて終わっていた。終わったのはいいのだが、前列に居た自分たちが敵の掃討を終わらせて振り向いたら、後ろには凍結状態のマキアスが転がっており、バックアップのエマが慌てて回復アーツを駆動させていたのである。
マキアスを氷漬けにした当人は、腕組みをしてつんとそっぽを向いたままだ。
「確かに、やりすぎだったんじゃないのか?」
ユーシスにそう言うと、答えはフィーのほうから返ってきた。
「でも、リィン。二次被害を考えれば妥当なところだと思う。」
「二次被害?そりゃ散弾は確かに怖いけど」
「そうじゃない。マキアスが持っているクオーツが何か、忘れた?」
言われて、探索前の確認時の事を思い出してみる。確か、命中とあと……
「混乱の刃と玄武刃、と睡眠の……あ。」
もしかして攻撃された場合の二次被害に思い当たって思わず冷や汗が出た。マキアスの攻撃は広範囲に届く為、どうかしたら一発で全滅しかねないのだ。
「やっと解ったか。」
「解ったか、じゃないっ!素直にキュリアだけ掛けてくれればよかったんだ!!」
一瞬納得しかけた思考はマキアスの抗議の正論によって吹き飛ばされた。とはいえ、今日のクオーツ構成はそれを見事に失念していたのはどうしようもない事実である。
「ごめん、持ってなくて。」
「あ……同じく。」
こくり、と頷くフィーの横でユーシスは何を言っているというような顔をしている。
「回復担当はお前だっただろうが。」
「お前が!さっさとエマくんと代わればよかっただろう!?」
マキアスが噛み付くと、ユーシスは、愚問だ、というように鼻を鳴らした。
「混乱しているお前の前に立たせられるか。せめて身動きできないようにしておかないと危ないだろう。」
ユーシスの言う事はいちいちもっともらしいのだが。
「手段を選べ!」
「咄嗟の判断だ、悪く思うな。」
マキアスが噛み付けど文句を言えど、柳に風を通り越して当然といった体である。
「……これで混乱したのが僕じゃなかったらこの手段はとってないよな?」
ぎりっと睨みつける顔にも涼しい顔でユーシスは鼻を鳴らした。
「愚問だな。」
「取るわけない。」
「当然だ。」
フィーと二人でうん、と頷いているのが決定打だったらしい。
「やっぱりわざとか!!!」
「ちょ、待てマキアス!!」
止める間もなく、マキアスがユーシスに掴みかかった。
「咄嗟の判断だといっただろう。」
至極当然といった顔でユーシスは手を外しに掛かる。
「全員無事なんだから、結果オーライ。」
フィーも、どうどう、とマキアスを押さえにかかった。
そのフィーにもとうとう矛先が向く。
「君もわかっていて加担したんだな!?」
「……まあ、いざとなったら凍結、は考えてた。」
手っ取り早いし確実だし、と、フィーもしれっと応対しながらそっと目を逸らす。
「……それはそれで面白そうだしいいかなって。」
小さな本音はしっかり全員の耳に届いていた。
「フィー、何が面白いって?!」
マキアスの手がユーシスから離れる。しかし言われた時には、フィーは既に距離を取り、聞えないフリを決め込んでいた。
「フィーちゃん、それはちょっとあんまりですよ。」
エマに咎めるように言われて、若干決まり悪そうにその動きが止まる。そして、上を見て、下を見て、少し考えて、エマのほうを見た。
「……今、ちょっとだけ反省した……じゃ、ダメ?」
そう言って首をかしげる。身長差のせいで若干上目遣いになっていて、エマが一瞬止まった。
「その反省は、僕に向けるべきものじゃないのか?」
しかし、詰め寄るマキアスからはつるっと視線が逸れる。それは如実に本音を語っていた。
つまり。
「全く反省してないだろ!!ユーシスもろともそこに直れ!!」
「下らん事で随分根に持つ奴だ。」
「結果オーライなのに。」
なあ、ねえ、と肩をすくめ二人はひょいっとマキアスを避ける。
「おい、やめろよ三人とも!!」
言葉で止めても効き目は無いようだった。追いかける、捕まえようとする、避ける、距離を取る、の繰り返し。奇妙な鬼ごっこはこちらを他所に暫く続きそうで、エマと思わず顔を見合わせる。
「……ああもう。いいのか、アレ……。以前からすればじゃれてるように見えなくもないけど。」
「……うーん……マキアスさん大丈夫なんでしょうか……。」
正直ここまで、口をさしはさむ間もなかった。目線の先では奇妙な鬼ごっこが本格的な追いかけっこに変貌しつつある。
「……まあ、いざとなれば止めればいいか。」
「確かに、以前みたいな険悪さはありませんし……そうですね、穏便な方法で。」
そう言ってエマは、ふうっと息をついた。
「本当、随分丸くなられましたよね。あんな風にしていると、三人とも子どもみたいです。」
そう言って苦笑するエマは随分感慨深そうだった。
「委員長、四月は随分苦労したみたいだしな。」
「あはは……まあ、確かに……ちょっと感慨深いかもしれません。」
あはは、と笑って追いかけっこをしている三人に目をやる。
「結局ああなっちゃいましたけど、さっきもユーシスさん、随分気を遣ってマキアスさんを止めてたんですよ。」
射線をすべて引き受けて、アーツ駆動の時間稼ぎをしてくれていたのだとエマは言う。
「結局銃口がこちらにまで向いたので、焦ったんじゃないでしょうか。」
「……最初から凍結狙いじゃなかったのか。」
「いくらなんでもそれはユーシスさんに失礼ですよ。」
窘められるような言葉に、それもそうかと苦笑する。
「確かにちょっと手荒でしたし、マキアスさんは災難でしたけど。
……そろそろ止めましょうか。マキアスさんが風邪を引かないうちに、今日の探索を終わらせないと。」
「ああ、そうだな。」
「ラジャ。」
ふいに横で声がして、ぎょっとして振り返る。
「フィーちゃん!?」
「いつの間に。」
「ん、今しがた。」
声がするまで全く気配などなかったのだが、フィーはそ知らぬ顔でにエマにくっ付いている。そのフィーの不在に気付いたか男子二人もこちらに走ってきた。
「マキアスさん、寒くないですか?」
「あ、……ああ。随分マシになった。」
二人が口を開く前にエマがマキアスに向かった為、文句も言い出せなくなったらしい。
「俺の上着でよければ貸すけど。」
「いや、もう大丈夫だ。ありがとう。」
「先見てくるね。」
毒気を抜かれたように立ち止まる二人の横をとんとんとフィーが疾っていく。
「私たちも、装備を確認してから行きましょう。」
そのフィーに二人が何か言いかける前に、エマが引き取った。
「混乱対策は要るみたいだからな。」
うんうん、と頷きながら荷物から小さなボトルを引っ張り出す。フィーの分を残し全員に行き渡ったところで、フィーが音もなく戻ってきた。
「先も同じ感じの敵が居るね。仕掛けは特になさそうだったけど。」
言いながらフィーもボトルを受け取る。これで大方準備は大丈夫だ。
「了解だ。気をつけて行こう。」
問答無用で歩き出す。すぐにエマとフィーも続く。
「フィーちゃん、先はまだありそうでしたか?」
「次のフロアまでは少しある。でもそんなに広くなさそうな気がする。」
きっといつもと同じ位。そんな話をしていると後ろからくしゃみと声が聞えてきた。
「……っさむ……。ったくお前らのせいで散々だぞ。」
「俺の上着でよければ貸すが?」
「いらんっ!」
からかい混じりの言葉に即答が応じて、思わず噴出しそうになった。
「……新手の漫才?」
「ちょ、フィーちゃん……!」
「……!」
こそっと呟くフィーにさらに笑い出しそうになるのを慌てて堪える。
その間に後ろではまた少し会話があったらしい。なんとか笑いをかみ殺してそっと後ろの声に耳を傾けると、また声が聞えてきた。
「一応聞くが、お前に怪我はないな?」
「あるわけがなかろう。お前ごときの攻撃で怪我などただの恥だ。」
「なんだと?!」
マキアスの声が跳ね上がる。
「まあ、混乱している時の方が狙いが正確だったのは確かだがな。」
せせら笑うような声に、ぎりっとかみ締めた声が応えた。
「それは残念だな。混乱のどさくさでお前に風穴を開けてやれるチャンスだったのに。」
そろそろ止めないと、今度はじゃれあいを通り越してまた喧嘩になる。
「おい、その辺で」
「正気のお前に出来ない事が混乱しているお前に出来るとでも?おめでたい奴。」
振り向いたのに、二人は全く気付かない。どうやら一足遅かったようだった。
「そこに直れ。今すぐ風穴開けてやる。」
「上等だ。やってみるがいい。万に一つも無理だろうがな。」
「ちょっと、やめてください!」
エマの声も完全無視で銃と剣が構えられる。
実力行使しかないか、と身構えた瞬間、脇にひゅっと風が疾った。え、と思っている間に、がつんと痛そうな音が響く。
一瞬の後、ぱんぱん、と手をはたくフィーの脇では男子二名が頭を抱えてうずくまっていた。
……まあ、見えてはいたのだ。つまり二人の頭を掴んでガツンとぶつけたというだけなのだが。その手際と体捌きは魔法のようだった。
『フィー!いきなり何をする!』
異口同音の綺麗な二重唱に、そういう時は息が合うんだなあと妙なところで感心する。
「その辺でやめろ、ってエマとリィンが言ってたから。」
言いながら、フィーはふいっとユーシスの方を向いた。
「いくら面白いからって、今は喧嘩売るときじゃない。」
フン、と顔を背けたユーシスにさらに追い討ちが掛かる。
「それと、怪我してるなら正直に言う。探索の基本。」
「別にしていない。」
「左足、実は当たってたんじゃない?」
えい、と無造作に蹴ろうとするフィーをユーシスが慌てて押し留めた。
「解った。解ったからやめろ。」
その反応からすると、傷があるのは本当らしい。
「怪我してたんですか?」
すいません、気づかなくて、とエマが魔道杖を構えるが、ユーシスは片手で断った。
「いい。別にこんなもの怪我のうちに入らん。」
全く、と舌打ちしているユーシスの額に、ずい、とショットガンの銃口が突きつけられる。
「何のつも」
止める間もなく、ぱん、と軽い音と共に弾は発射された。ただし、発射の瞬間銃口を上に向けたらしく、緩い光が落ちてくる。
それは、ただの回復弾だった。
「……そういう事は早く言え。」
悪かったな、と言いにくそうに言いながら、マキアスは銃を仕舞う。
「……お前の情けを受ける事になるとはな。」
苦虫を噛み潰したような顔のユーシスに、今度はマキアスが鼻を鳴らす番だった。
「情け?そんなわけないだろう。人として一応謝罪はするが、僕としては足手まといを減らしたかっただけだ。」
ぎっ、とユーシスの瞳が怒りに染まる。
「誰が足手まといだと?」
「言われないと解らないのか?」
そしてまた、がつん、と音が響いた。
「……喧嘩は後。」
回復も出来たところで、また三人と二人で歩き出す。
さっきのやり取りがなかったかのようにフィーはエマに懐いているのだが、後方からくる二人の気持ちを考えるとなんともいえないなあ、とはエマとの視線でも一致した見解だった。
その後ろの二人からは、わけのわからないものを見るような視線がフィーに注がれている。
「二度も同じ手を喰らうとは……」
苦虫を噛んだようなユーシスの声の隣で、マキアスの声がげんなりと呟く。
「……フィーの奴、立ち回り上手過ぎじゃないか……?」
「……同感だ……。」
ユーシスの若干苦い声が応じたのが聞えて、思わずフィーのほうを見る。話題の当人は、会話が聞えているのか聞えていないのか、しれっとした顔でエマに懐いているが、懐かれている方は若干気まずそうな顔でフィーを見ていた。
「……立ち回り、とかよくわかんないけど。」
ぼそっとフィーが呟く。
「私は、エマの事だけ考えてた。」
それじゃだめだったかな。そう言ってフィーはエマのほうを見上げる。
「フィーちゃん……。」
エマは、えっと、その……と、戸惑うようにあわてて言葉を捜している。
その横でほっそりと聞えるか聞えないかくらいの声が呟いた。
「あとどうやったら面白いかなって。」
「そっちが本音か。」
若干脱力した視線の先で、フィーはするっと先に目をそらしたのだった。
というわけで二章メンバーで混乱させてみたのですが、リィンがどうしても混じる関係上結構表面的なのしかかけなくてぐぬぬってしております。多分これユーシス視点で書いたらもうちょっと何か違った気がしなくもないような。
マキアス相手に喧嘩売ってるとき、ユーシスって何か生き生きしてる気がしてならないのです。初期の硬質な対応からすると、素で喧嘩売って飽きもせずぎゃあぎゃあやれる相手ってもしかしたら貴重なのかもしれないなあ、とちょっと微笑ましいです。