コーヒーカップを持ち上げて、一口啜ると、苦味ばしった味が口に広がり、それはやがて深い味わいとなって消えていく。
現在地は食堂だ。部活が終わり、なんとなく乾いた喉を潤したくて降りてきたところだった。
学食も捨てたものでは無いな、と、部室と近い事に感謝しながらもう一口。そして息をつくと、気分はすっかりリラックスモードである。ちょっと曇ってしまった眼鏡を外し、目元を揉んでふっと一息。ついで眼鏡を拭こうとポケットに手を突っ込んだ時だった。
「あ、マキアスだー!眼鏡外してるの、珍しいね!!」
「その声は、ミリアムか?」
すぐに駆け寄ってきた賑やかな乱入者に、ぎくりと身をこわばらせる。すぐに眼鏡をかけようと手を伸ばすが、水色の髪の乱入者はそんな事を許してはくれなかった。
「マキアスの眼鏡って、単品で見るの初かもー。ねえ、掛けていい?」
「ダメに決まっているだろう!」
言っているそばから無造作に取り上げられた眼鏡を取り返そうと手を伸ばす。しかし、その手は宙を泳いだだけだった。
「あ、こらっ!」
「ひゃー、視界がゆーがーむー!いつもこんなの掛けてるからカリカリしてるんじゃないのー!?」
止めるまもなく眼鏡はどうやら掛けられているらしい。らしい、というのは、眼鏡がないとほとんど何も見えないので推定するしかないからである。
「余計なお世話だ!それにそれは相当度が強いから、あまり掛けていると気分が悪くなるぞ。」
「え、マキアスそんなのをいつも掛けてるんだ?!」
わー。とっても物好きだねー!
賑やかな声はそのままで、眼鏡が返ってくる気配は無い。
「いいから返したまえ!!」
実力行使してでも取り返さなければ。立ち上がり、水色の方向に手を伸ばす。しかし、水色は寸での所でひらりと避けた。そちらにまた手を伸ばす。避けられる、繰り返し。
「そんな怒らなくてもいいじゃん。あ、そうだ、みんなにも見せてこよっと!」
手を伸ばす対象にいきなりひょいっと逃げられて、足元からバランスが崩れた。
「うわぁっ!?」
受身を取る間もなく、べしゃぁ、と食堂の床に倒れこむ。一瞬何が起こったのか理解できなかったが、水色の髪を見失うのにはその一瞬で十分だった。
「……うぅ……。」
ひとまず立ち上がらなければと四肢に力を入れると、ふいに目の前に手が差し伸べられる。
「大丈夫ですか、マキアスさん?!」
聞き覚えのある声に顔を上げた。
「……その声は、エマくんか……?」
その手をとって立ち上がる。ぼんやりしてはいるが、赤い制服は間違いなく自分のクラスのものだった。
「すまない、無様なところを見せたな。」
ぱたぱたと膝をはたいてエマのほうを見ると、エマは災難でしたね、と首を振った。
「ミリアムちゃんは外に出て行ってしまったようですけど。」
「ああ、そうだろうな。追いかけないと。」
目を凝らし、入り口と思しき明るい方を見やる。半径1アージュより先は輪郭のない世界で、なんとしてでも眼鏡を取り返さないと危なっかしくて仕方ない。
「ありがとう、行ってくる。」
赤い制服に向かって声を掛け、明るいほうへ一歩。しかし、それと同時に緩やかに袖が引かれた。
「マキアスさん、そっちは窓です。」
「あ、ああ、そうだったな。」
どうだかわかりはしないが、ひとまず頷いて今度こそ外へ向かおうとする。
すると、華奢な手がマキアスの手を掴んだ。
「もしかして、ほとんど見えていないんじゃないですか?」
「ああ。……恥ずかしながら、半径1アージュより先は全部ボケているんだ。」
やっぱり、という声が聞えて、手を取る力が強くなった。
「あの、よければ私も付き合います。」
え、となって思わずエマの顔を凝視する。
「いや、エマくんにそこまで面倒を掛けるわけには。」
「でも、そんな状態でミリアムちゃんを追いかけたら怪我しますよ。」
若干見えにくくはあるものの、その顔にはどうやら心配と書いてあるらしい。
「しかし」
「それに、明日は我が身ですから。」
かぶせられた言葉は、何よりの説得力を持っていた。
「……それもそうか。それならすまないが頼む。正直助かる。」
手を握り返すと、エマは少し微笑んだ、ようだった。
「いえいえ。
行きましょう。ミリアムちゃんは右手に出て行きました。」
「ああ、ありがとう。すまないが先導は頼む。」
「ええ、お任せください。」
今度こそ出口に向かって手が引かれる。その細い手をしっかり掴んで外に出た。
「ミリアムの奴、確か皆に見せにいくとかなんとか言っていたな……。」
ミリアムが出て行ったという右手の方を見やるが、当然ながらミリアムの姿は見当たらない。
「ということは、クロウ先輩達のいる技術棟、ラウラさんの居るギムナジウム、アリサさんとユーシスさんの居るグラウンドあたりが候補でしょうか。」
順々に候補を上げていくエマに、そうだな、と頷く。
「あとはフィーが居そうな花壇だな。最初に本校舎はないだろう。行くなら左手からいくだろうし。」
言うと、エマもそうですね、と頷いた。そして、少し思案するように付け加える。
「あと、リィンさんがどこにいるかも問題のような気がします。」
「リィンはある意味ミリアム以上にどこにいるかわからないからな……。」
ミリアムから見れば格好のターゲットだろう。ただし、見つけた場合は、である。
「ひとまず解るところから探して行こう。まずは技術棟だ。」
「わかりました。
早く見つかればいいんですけど。」
ふぅ、と心配げに息をつく。それと同じようにため息が漏れた。
「全くだ。眼鏡がないとこの通りだというのに。」
先にあるのは輪郭線の消えうせた世界である。しかし眼鏡を取り返さないことにはどうしようもない。
行こうか、と足を進めると、ええ、と緩い駆け足が応じた。
手を引かれて技術棟に行ったものの、中に居たジョルジュは見かけなかったよの一言だった。
「クロウとトワは今日はまだ来てないし。アンはさっき遠乗りに行っちゃったし。」
そして僕は放課後はここから動いてないからね。
肩をすくめるジョルジュに、そうですか、と礼を言う。
「ありがとうございました。もし見かけたら連絡をお願いします。
行こう、エマくん。」
紫の髪に向かって話しかけると、それがゆらりと揺れる。
「ええ。先輩、お邪魔しました。
あ、マキアスさん、気をつけてください。」
言われるまでもなく、技術棟は素材やらパーツやらが並んでいて、このぼやけ具合では気をつけないと引っ掛けてしまいそうだった。
「ああ。」
引っ張る手も少しゆっくりで、少し注意深い。なんとか外に出ると、さすがにほっと息が出た。
「次は花壇か。」
本校舎の北の道を眺めても、ぼやけた先の花壇は見えない。
「フィーちゃんが居れば聞けるんですけど。」
「まあ、行くしかないさ。」
歩き出すと、また緩い駆け足が先に出た。この先導がなかったらかなり難儀していたであろう特徴のない道を駆ける。
しかし、結果は見事な空振りだった。
フィーはおろか、他の生徒の姿も見えない。
「もう放課後も過ぎた、という事か?随分早い気がするが。」
「確かに、日没にはもう少しあるはずなんですけど。」
しかし、言った所でどうなるものでもない。次は、とそばのギムナジウムを見やる。まだ声は聞えていて、こちらは 酷い空振りにはならないようだった。
「まだ開いては居るようだな。」
「ええ。閉められる前に行きましょう。」
緩い駆け足で、先導してくれる手とぼやけた世界がまた動き出した。
「ミリアムか?いや、こちらには来ていないが……」
ラウラは首を横に振る。
まあ、来ていないという事は被害がないという事だ。
「そうか。すまない、邪魔をした。もしもミリアムが来たら連絡を頼む。」
来ていないのなら仕方ない、と頭を下げると、ラウラも、ああ、と頷いた。
「力になれずすまない。気をつけておこう。」
「それと、僕の眼鏡なんだが、相当度が強い。ラウラくんの目まで悪くなりかねないから、掛けられたりしないように気をつけてくれ。」
ラウラが頷く。しかし、それは一瞬一点で止まり、そしてまた顔が上がった、ようだった。
「承知した。しかしマキアス。そなたは……その、そなたらは、……なんだ。」
「どうかしたのか?」
ラウラにしてはめずらしく逡巡するようなそぶりに首を傾げる。が、ラウラはいや、その、と首を振った。
「……眼鏡がないと大分印象が変わるのだな。」
「ほっといてくれ。印象だけならともかく、この通り移動にまで差しさわりが出るからな。
行こう、エマくん。」
手を握りなおして踵を返そうとすると、エマも頷いた。
「ええ。ラウラさん、ありがとうございました。」
「ああ、どういたしまして……。」
何か声にいつもの覇気がない。
「ラウラ君、疲れているのか?」
振り向いて聞いてみると、ラウラは明らかに驚いたようだった。
「え?!い、いや、そんな事はないぞ?ただ、その、なんだ。」
驚きついでになにか決まり悪そうな声でもある。
「何かあったんですか?」
心配そうなエマに、ラウラは今度こそ思い切り頭を振った。
「な、何もないっ。
ミリアムと眼鏡、早く見つかるといいな。そなたらに幸運を!」
ぱたぱた、と早歩きでコースに戻ってしまう。後には二人ぽつんと残されてしまった。
「何かあったんでしょうか……」
「わからないな。大した事でなければいいんだが。」
目で行方を追ってみても、既にラウラは境界線のない世界に居て、何がどうなっているのかはイマイチ良くわからない。
「ええ、本当に。」
しかし、ここで突っ立っていても仕方ない。
行こうか、と足を踏み出すと、わかりました、とゆるやかな駆け足が返ってきた。
次の行き先はグラウンドである。
「ミリアムちゃん、ユーシスさんには懐いているようですし、行くとしたらこちらでしょうか。」
先導の足は馬術部に向かっているらしいが、止める理由は探したくとも見つからなかった。
「ここに来てまで顔を会わせたくない奴は居るが、まあミリアムが構うとしたら第一候補だからな。」
息をついて先を見据える。輪郭線のない世界に、馬と思しき大きな色がいくらか見え出した。
「ユーシスさんっ!」
「ユーシス!!」
赤い制服に声を掛けると、馬の傍に居たそれが振り返る。
「……何だ?エマ……とレーグニッツか?」
嫌味炸裂の声だけは聞き間違えようがなかったので、多分本人なのだろう。幸い距離をとっているせいか、輪郭がぼやけて色しかわからないのだが。
「その様子だとミリアムは来ていないな?」
「なぜこの期に及んであのガキの世話をしなくてはならんのだ。」
口調に不味いコーヒーを含んだ時のような苦味が浮き出た。どうやらここも空振りらしい。
「あの、マキアスさん、ミリアムちゃんに眼鏡を取られてしまったんです。」
「見かけたら連絡してくれ。
あと、一応忠告してやるが、僕の眼鏡は度が強いから気をつけろ。目をやられるぞ。」
話は以上、と踵を返す。が、握られた片手は留まったままだ。
「あの、ユーシスさん。ミリアムちゃんが一番構いそうなのは貴方です。
お願いしますね。そして、気をつけて。」
振り返ると、丁度舌打ちが聞えたところだった。
「全く、委員長もそこまでこいつにつき合う事はなかろう。」
「あはは、でも明日はわが身なので、他人事とは思えなかったといいますか、その。」
苦笑にフンと鼻を鳴らす音が聞えた。
「お人よしも大概にするんだな。 まあわかった、委員長に銘じて覚えておいてやろう。」
「ありがとうございます。」
行きましょう、と手が引かれる。ああ、と頷いてマキアスも走り出した。
グラウンドの反対側に居たアリサにも、一応注意勧告だけはして本校舎の外を回る。
「残りは本校舎か。教官は一階、エリオットとガイウスは二階だな。」
「ミリアムちゃんの入っている調理部も二階ですね。」
駆け足で入ってくる情報に、思わず振り向く。
「あいつ、調理部だったのか!?」
「ええ、最近入ったみたいですよ。」
意外な取り合わせといえば意外な取り合わせだった。
「絶対にろくなものを作ってない気がするんだが。」
「どうなんでしょう。ミリアムちゃん食べる事は好きみたいですし。」
「調理は作る方だろう。」
反射的につっこんだ所で、校舎の玄関に辿り着く。しかし、辺りを見回しても目標の小さな水色頭は見当たらない。
ただし、受付に聞いてみると、受付の女性はああ、と頷いてくれた。
「少し前に、教官室の方にいたみたいですよ。」
声がしていましたし、という言葉に、ありがとうございますと口々に言って駆け出す。
「こら、廊下を走るな!!」
教頭の声もそっちのけで、教官室の戸を叩いて名を名乗ると、入りなさいとサラ教官の声がした。
「サラ教官、ミリアムはどこに行きましたか!」
息せき切って聞いてみたが、サラはさあ、と肩をすくめるだけだ。
「さあ。さっきまでここに居たからまだその辺に居るんじゃないかしら?」
かく、と思わず力が抜ける。その隣でエマが尋ねる。
「あの、ミリアムちゃん眼鏡を持ってたと思うんですけど、それは?」
「眼鏡?」
視線がこちらを向き、サラがぽんと一つ手を打つ。
「……ああ、あの頭に掛けてたの、見覚えあると思ったらマキアスのだったのね。
掛けたままどっかに行っちゃったけど。」
今度こそ全身から力が抜けた。
「取り返しておいて下さいよ……!」
とんだ役立たずである。
「何か理知的ニューファッションーとかってはしゃいでたんだもの。そりゃ他の人にも見せてきたらいいわって言ったとこだったんだけど。」
あっけらかん、としていた声は、流石にこちらの重たい空気を察したか尻すぼみになっていく。
「言わない方がよかったかしら……ね。」
言葉もない。はぁぁ、とエマと自分と二人分のため息がハモった。
「ありがとうございました、失礼します。」
「次に見かけたら眼鏡を取り返して下さると助かります。」
型どおりに礼をして踵を返す。
「ちょっとあんたたち、そんなにがっかりしなくてもいいでしょっ!もう!」
背後にサラ教官の声を聞きながら、教官室の戸は閉められた。
「あとは二階ですね。」
はぁ、と息をつくエマにため息で答える。
「吹奏楽部と美術部、それと調理部、か。」
「あらぁ、調理部がどうかしたの?」
割り込んできた声にぎょっとして顔を上げる。
白くて太目の胴体、金色と思しき長い髪。そしてこの声。
「あら、貴方はいつかの理知的な……ふふ、眼鏡を外しててもイイのねぇ。」
背すじがぞくっとするのを感じた。
「あの、実は私たちミリアムちゃんを」
「いや、なんでもないっ。エマくん、行くぞ!」
世界はぼやけていて全体的に心もとないが、ここは逃げるが勝ちだ。
「え、え!?」
エマをぐいっとひっぱり、ぼんやりした世界を一目散に玄関に向かう。後ろから校舎を走るなという声が聞えたが、正直今はそれどころではなかった。
多少日暮れていてよくわからないが、そのせいか人はまばららしい。これ幸いとぼやけた世界をひた走る。
「ちょっと、マキアスさん、マキアスさんっ!!」
荒い息が自分を呼んで、あ、と我に返った。
「……すまない、エマくん」
場所は……恐らく図書館脇である。
「はぁ……本当、びっくりしました。マキアスさん、いきなり走り出すから。」
さすがに男子の全力疾走に付き合わせてしまっては息も上がったらしい。ぜえはあ、と荒い息ののち、エマはふうっと息を吐く。
「本当に申し訳ない。」
「何かあったんですか?」
「いや、その、なんと言うか……以前、その色々あってね。」
追いかけられて怖かったから苦手なんだ。
……正直に言ってもよかったが、そういえば同じ女性と思い直して言葉は濁す。
しかし。
「怖かった、って顔に書いてありますよ。」
「うぐ。」
苦笑いの声に思わず変な声が出た。
「やれやれ、女の子には敵わないな。」
はは、とこちらも苦笑いするしかない。
「それに、マキアスさんは、結構顔に出るタイプだと思います。」
「むぅ、それは気付かなかったな。」
くすくすと笑う声に肩をすくめ、本校舎のほうに目線をうつした。
ぼやけた輪郭の先に多分居るであろうミリアムを追いかけたい気持ちはあるが、さっきのあの女子生徒の事を思うと本校舎に戻るのは気が重い。
「行きますか?」
「正直行きたくは無いが、仕方ないか。」
差し出された手を取る。
「すまない。本当に世話になってばかりだな。」
緩やかに歩きながら、呼吸を整えるように息をついた。
エマの華奢な手は、ぼやけた世界でのたった一つの道標だ。一人でミリアムを探す事を考えるととても無理なのだが、こうして一緒に探してくれているというだけで、申し訳なさと感謝で一杯になる。
「いいえ。最初に言ったじゃないですか、明日は我が身ですから、って。」
「そういえばそうだったな。まあこんな事、眼鏡を掛けている者にしかわからないんだろう。
このお礼はさせてくれ。借りも返させて欲しい、いつか必ず。
そうだな。もしも君が道に迷うような事があったら、そのときは僕が君の目になるから。」
え、とエマが小さく声を出して止まった。
「その、こんな事ないに越した事はないが。いつかきっと埋め合わせはしたい。」
比較的ピントのボケていないエマの表情は、ただ驚いた、という風情だった。その顔は、少し赤くなってするりと逸らされる。
「マキアスさん、その、……」
「うん?」
もごもごと口ごもったエマは、やがてふるりと首を振った。
「……いえ。なんといいますか……リィンさんに似てきましたね……。」
意外かつ少々辛い意見に思わず眉が寄る。
「そうか?僕はリィンほど鈍くもないと思うし、恥かしい台詞を言っているつもりもないんだが。」
しかし、エマはそんな事は無いと首を振って歩き出した。
「きっと、近くに居るものだから伝染したんだと思います。」
「……以後気をつけよう。」
同じ歩調に合わせて歩く。と、少し行った所で、図書館から誰か出てきたような音がした。
「おーい、マキアス、委員長!」
ドアの音から一拍置いて、聞き覚えのある声がこちらを呼び止める。
「リィン!?」
「リィンさん!こんなところにいらっしゃったんですね。」
振り返ると黒い髪と赤い制服がこちらに駆け寄ってきた。噂をすればなんとやら、とはこの事だ。
「え、何だ、俺を探してたのか?」
「まあそんなところだ。リィン、今空いてるか?」
尋ねると、リィンはこちらを見て下を見てまたこちらを向いて、ようやく頷いた。
「ああ、まあ……ていうかマキアス、眼鏡はどうしたんだ?」
「ミリアムに取られた。おかげで一人じゃ人探しはおろか移動すら覚束ない。今はたまたま近くにいたエマくんに助けてもらっているところなんだが。」
「私たち、ミリアムちゃんを探していたんです。今は多分本校舎にいる、筈なんですけど。」
エマ続けてが説明すると、リィンはようやく合点がいったようだった。
「つまりミリアムを捕まえたいんだな?」
「正確には眼鏡を取り戻したい。それで、リィンが手伝ってくれると助かるんだが。」
頼めるか、と聞いたら、リィンの場合は基本的に答えは一つだ。
「わかった、そういうことなら協力しよう。」
快諾に少しホッとした。
「すまない、助かるよ。」
「正直この状態だと少し心許なかったので。」
心強いです。そういったエマとは全くの同意見だった。
図書館へ入る道を出ると、また本校舎がそびえている。
玄関の方に回ろうと元来た道を行こうとすると、リィンがふと立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「なんか、校舎の上の方が騒がしい気がするんだけど。」
言われて耳をすませる。吹奏楽部の練習の音はもうしていないのだが、部活終了時刻を回った校舎はまだそこそこ賑やかだった。
「屋上ですか?」
上を見上げるエマに習って見上げてみるが、まあ輪郭はぼやけていて何がなんだかわかりはしない。ただ、まだ見えている二人には像を捕らえる事くらいは出来たらしい。
「誰か居るのかな。……ん?」
何か見覚えがあったらしい。リィンは屋上を見上げながら、校舎の東側に駆けて行く。
「リィン、どうかしたのか?」
「さっき、何か光るものが落ちてきたんだ。」
リィンはそう言いながらざくざくと芝の中に入っていったのだった。
***********
フィーが窓の外を見やると、丁度見覚えのある二人組が走っていくところだった。
用務員室に作業道具を返しに行った所だった。そこそこかさばるものだったからエーデルと二人で抱えていったのだが、部屋から出たところで赤い制服が二つ窓の外を駆け抜けていったのだ。
無論、戦場で生き残るのに必要な分はある動体視力は、それが誰かも判別していた。
見えたのは紫の三つ編みと深緑の短髪。なぜかエマに引っ張られて走っている多分マキアスのようなもの、というのが判断だった。「多分」とか「ような」が付くのは、マキアスらしいものに眼鏡がついていなかったからで、印象もかなり違った上、あのマキアスが裸眼で行動するなんて有り得るんだろうかと思ったからだったりする。
しかし、なぜか二人はがっちり手をつないでいて、いつもよりかなり距離も近かった。
何かあったのだろうか。無言で考えていると、隣から声がかかる。
「フィーちゃん、何か考え事ですか?」
「ん、なんでもない。」
エーデルにはそう答えた。
だってなんでもない。そう、なんでもないのだ。
なんでもないのだが、なんとなくモヤりとする。ただ、その理由はさっぱり解らなくて少々気持ちが悪い。
「さっさと片付けよう。」
「何か気になる事があるのなら、行ってきていいですよ?後の片付けは大した事ではありませんから。」
エーデルは穏やかにそう言うが、もう一度頭を振った。
「ううん、いい。後片付けも部員のつとめ。」
言いながら中庭に出る。片付けと言ってもエーデルの言うとおり後は少し整頓して用具を仕舞う程度ですぐ終わってしまう。
「じゃあフィーちゃん、お疲れ様でした。気をつけて帰ってくださいね。」
「うん、部長も気をつけて。」
手を洗い、荷物片手に歩き出す。しかし、頭をよぎるのは、さっきの二人の姿だった。さっき見たときはグラウンドの方に向かっていたように見えたのだが。そう思ってグラウンドのほうに足を向けると、丁度上がってきたユーシスと鉢合わせた。
「あ、ユーシス。」
「なんだ?お前も今帰りか。」
なぜか少々不機嫌そうな言葉は無視して用件を聞く。
「エマとマキアスらしきものが来なかった?」
「来たな。お前のところには来なかったのか?」
聞いた途端、表情はさらに不機嫌になった。
「うん。何があったの?」
「レーグニッツの奴がミリアムに眼鏡を取られたらしい。エマはそれに付き合って校内を走り回っているようだな。」
全くお人よしにも程があると、むすっと呟くユーシスを眺めていると、なんとなく自分のモヤりとした感触も近いような気がしなくもない。
「それならミリアムを捕まえないとね。」
「わざわざレーグニッツを助けろと?」
ご免だ、やるなら一人でやれ、俺は知らん、関わってたまるか。そんな空気に首を振る。
「違う、助けるのはエマ。大体あの二人ですばしっこいミリアム捕まえるなんて無理。」
だが、眼鏡が戻ってこなかったら、エマはずっとマキアスにつきっきりだ。
「……知った事か。」
少しの沈黙は、それだけで動揺を伝えてきた。解りにくく見えて結構単純だな、と妙なところに感心する。
「力なき?民を助けるのは貴族の義務。てことになってるんだよね?
のぶれすおぶりーじゅ、ていうんだっけ。」
言うと、ちっ、と盛大に舌打ちが聞えた。
「ああ、そうだな。……全くどこで覚えてきたんだ。」
「自分より弱い者を助けるのは人間として当然の事だけど、貴族にはそれにすら権威付けするための恩着せがましい理由が必要なんだろうって。」
マキアスが以前言っていた。そういうと、ユーシスはさらに眉間に皺を寄せた。
「よりによってあいつの受け売りか。全く余計な事しか言わん奴だ。」
「貴族ってめんどいね。」
「権力の代償とはいえ、同感だな。」
言って、諦めたように息をつく。
「わかった、乗ってやる。当てはあるのか?」
「ううん。だけど、エマとマキアスは学生会館に居たはずで、花壇の方からグラウンドに行ったのは間違いなさそう。」
「という事は、残るは本校舎と図書館に旧校舎か。町に出ていたら話は別だが。
図書館は除外していいだろう。ミリアムの奴が行くとはとても思えん。」
ふん、全く面倒なことだ、と言いたげなユーシスにうん、と頷く。
「じゃあとりあえずは本校舎だね。」
ほい、と手を差し出すと、またユーシスの眉間に皺がよった。
「何だそれは。」
「エマみたいに、引きずっていってあげようかと。」
「いらん。レーグニッツではあるまいし。」
さらに嫌そうな顔で、ユーシスは本校舎に向かって駆け出す。
「ちぇ。」
とはいえ予想の範囲内だ。フィーもすぐに同じ方向へ駆け出した。
一階に入り、辺りの気配を窺う。まだ人は居るが、ミリアムくらい騒がしい気配ならわかりそうだし、とくるりと見回す。しかし、それらしい騒がしさはない。
「多分一階じゃないね。」
「なら上か。調理部、吹奏楽部、美術部、どこでもありそうだな。」
「確かに。」
そんな話をしながら二階へ駆け上がると、丁度ソファのところでエリオットとガイウスの姿が見えた。
「ガイウス。」
「エリオット。」
同時に名前を呼ぶと、あれ、と二人がこちらを向く。
「どうかしたのか?」
「ミリアムが来なかった?」
聞くと、ガイウスはああ、と頷く。
「さっきまで音楽室に遊びに来ていたな。」
「そうそう、まだその辺りにいるんじゃない?」
うん、と頷いたエリオットが、思い出し笑いのように噴出した。
「何かあったのか?」
エリオットは、くすくすと笑いながら頷く。
「うん、さっきミリアムが眼鏡片手にマキアスの真似してたんだけど、それがものすごく似てて」
「ああ、あれは大した観察力だったな。」
ガイウスもそういいながらくすりと笑う。
「それは見てみたかった、かも。」
「ミリアムを探し出してからリクエストしてやるんだな。ただし、エマとレーグニッツの前でだ。」
そう付け加えたユーシスが、当初の目的を忘れるな、と釘を刺す。
「マキアスとエマがどうかしたのか?」
首を傾げたガイウスに、ユーシスはため息をついた。
「ミリアムが持っていた眼鏡はレーグニッツの物だ。今それを探してエマとレーグニッツが走り回っているな。」
「それは、取返してあげないとマズイんじゃ。」
がたん、とエリオットが立ち上がった。
「確かマキアス、眼鏡がないとほとんど何も見えないって言ってたし。」
「ふむ、笑い事ではなかったか。」
「ううん、十分笑い事。」
言いながらこの辺の気配を探る。しかし、後ミリアムが行きそうなところは調理室で、調理室の方は割と静かにしていて、いるような気はあまりしない。
上に行ってみようか、とユーシスのほうを振り向こうとすると、階段を駆け上がる音が聞えてきた。
「あれ、ラウラ、アリサ。」
ばたばたと駆け上がってきたのはラウラとアリサである。
「フィー!それに皆もいたのか!」
「そんなに慌てて」
エリオットの声は途中でさえぎられた。
「屋上!!ミリアムが居るわ!」
息せき切ってアリサが告げる。
「何だと?!」
「ギムナジウムを出たら屋上にアガートラムらしきものが見えた。まだ居るはずだ。」
ラウラが言って、よし、と全員が駆け出すまで一秒も掛からなかった。
「ガーちゃん、似合うねー!なんか理知的に見えるよ!」
「Ψ??υφχ」
「いつも理知的、ね。持ち主はそこまでじゃないけどねー。」
アハハハハッと軽やかに笑い転げる声。間違いなくミリアムで、間違いなくアガートラムが傍にいる。
「ミリアム!」
屋上へのドアを開け放つと、銀色の大きな人形らしきものと水色の小柄な少女がこちらを振り向いた。
「あっれー?みんなおそろいでどうしたの?」
「Φεζηθι?」
こてん、と首を傾げるミリアムと、その隣でゆるりと揺れるアガートラム。その上の碧の球体の上には、マキアスの眼鏡がちょこんと乗っかっている。
「旧校舎以外でアガートラムを出すなと言っただろうっ!」
「えー、ちょっとくらいいいじゃん、誰が見てるわけじゃないのに。」
むぅ、と口を尖らせるミリアムに問いかける。
「ミリアム、それ、マキアスの眼鏡だね。」
言うと、うん、と元気な答えが返って来た。
「持っていかれてマキアスが困っていてな。」
ラウラが言うと、アリサも続ける。
「エマにまで迷惑が掛かっているの。」
「なんでいいんちょ?」
え、とミリアムが疑問顔になる。が、それに答える者は居なかった。
「四の五の言わずに大人しくそれを返せ。」
ずかずかとユーシスがミリアムに歩み寄る。と、ミリアムはするりと後ろへ下がった。
「もうちょっと遊んでからじゃだめ?」
「駄目。」
きっぱり言って距離を詰める。
「ガーちゃん!」
ミリアムは、ぽんっとアガートラムに飛び乗った。
「ちょっと逃げようか。ついでに困ってるマキアス見学してこよー!」
「ミリアム、それは人としての道にもとる。」
待て、とラウラが止めに入る。が、ミリアムは、だってーと笑う。
「面白そうじゃん。」
「ミリアム、悪趣味だぞ。」
ガイウスのたしなめる言葉も、むぅ、と言ってそこまで聞く気は無いらしい。
「じゃ、またあ」
その時、とんでもない冷気が屋上を抜けた。
「いいから跪け!!」
屋上の一部が、アガートラムを縫いとめるように凍りつく。いきなり屹立した氷の柱に、流石のミリアムもアガートラムからずり落ちた。
「ちょ、いきなりそれって」
その隙を見て一気に距離を詰める。そして、アガートラムの上にあった眼鏡に手を掛けた。
「任務完」
「ガーちゃんっ!」
声と共にアガートラムがひょいと跳ねる。跳ねた先は自分の手。掴んだはずの眼鏡がその勢いで宙を舞う。その行方は目で追う前に屋上の端から中空へと消えた。
「……あ。」
「……落ちたか。」
これは割れたかも、などと思いながら、屋上の端へ走る。そして落ちたと思しきところを見下ろすと、何か意外なものが見えた。あ、と思わず声が出る。
「エマとマキアス。リィンも一緒だったんだ。」
「なんだと?」
よくよく見ると、マキアスの顔には眼鏡がくっ付いていて、どうやら落ちたはずの眼鏡は無事だったらしい。
「えええ!?」
「フィー!?」
屋上からと下からと、同時に声が飛んでくる。
「フィーちゃん!?なんでそんな?」
エマが言っている間に、屋上に居たメンバーも同じ縁に付く。
「お前たち、なぜそんなところにいる!?」
「それはこっちの台詞だ!!」
ユーシスが怒鳴ると、マキアスからも怒声が戻ってくる。うるさい。
「凄い偶然ね。」
「アリサまで!?」
そんなやり取りの間に、ガイウスが片手にミリアムを抱えて下を見下ろした。
「一応ミリアムは捕まえておいたぞ。」
「あぅぅ。」
この雰囲気からすると、どうやらミリアムはこちらの気が逸れている間に逃げようとしていたらしい。
「眼鏡飛んでっちゃったけど、どうやら無事だったみたいだね?」
「ふむ、これも女神の導きか。」
エリオットとラウラも縁について見下ろす。
下からは、どうなっているんだ!?と、とてもとても混乱した声が上がってきていた。
お説教は、マキアスの語彙力の限りに続いていた。
「どれだけ困ると思ってるんだ、全く!ともかく、修理代は出してもらうぞ。」
一人針のむしろ状態のミリアムに、歪んだ眼鏡をつけたマキアスがようやく言い渡す。
「でも、あれは、ユーシスが」
「俺は眼鏡には手を掛けていない。」
ユーシスのせいで屋上が凍りついたのは確かだが、ユーシスが眼鏡に手を掛けていないのも確かだった。
「じゃあフィーが」
こちらに向いた言葉も、冷静に切って捨てるだけだ。
「アガートラムが動かなかったらあんな事にはなってない。」
「あぅう……経費で落ちるかなあ……。」
「宰相閣下からしっかり給料を貰っているんだろう、それくらい自前で出したまえ。」
マキアスにガミッと噛み付かれて、ミリアムはしょんぼりと肩を落とした。
「自業自得。」
「まあ、一件落着という事で。
でもね、ミリアムちゃん。眼鏡って本当に無いと見えないんです。だから手を出さないで下さいね。」
穏やかに、しかし有無を言わさず毅然として、エマが言う。明日は我が身、と言っていたらしいが、それは本当に切実な話なのだろう。目がよい自分にはさっぱり解らないが。
「はーい。でもちょっとくらい」
「駄目だ。」
「駄目です。」
最後まで言わせず、眼鏡装着者二人が声をハモらせた。
「……はーい。」
がくり、とミリアムが肩を落とす。
折角面白いとおもったのに、とかぶつりぶつりと呟く言葉は正直なところとても同感だったのだが、マキアスはともかくエマの視線もかなり厳しいので黙る事にした。
「マキアスはともかく、エマも随分厳しいな。」
「それだけ切実ってことでしょう。」
こそこそ、とアリサとリィンが頷いている。
「委員長ってばどれだけお人よしなのかと思ってたけど。」
「どうやらそれだけではなさそうだな。」
「眼鏡というのも大変なのだろう。」
エリオット達も一緒になってこそこそ頷いている。どうも眼鏡の世界は、自分を含め視力がいい人間には計り知れない世界らしい。聞くともなく聞いていると、視線の外から声が飛んできた。
「なんだぁ?お前ら、こんな所に揃って何やってんだ?」
ガミガミとミリアムをしかりつける副委員長と委員長の姿の向こうに、銀色の頭が見える。
「クロウ先輩。今帰りですか?」
「あ、クロウ!助けてよー!!」
ミリアムがすがり付こうとすると、マキアスが後ろから襟を掴んで止めた。
「こら、逃げるなっ!」
「あぅう。」
「ああ、そんなところだが……何だ何だ、何があったんだ?ほれ、俺にも言ってみ?」
とてもとても楽しそうにクロウが身を乗り出す。
「ミリアムが僕の眼鏡を取った挙句屋上から放り投げたので。」
「マキアス、そんな言い方したらボクが完全に悪いみたいじゃん。」
「どこからどう見ても完全に悪いだろっ!」
ガミッとミリアムに噛み付くマキアスの隣、エマが苦笑いでクロウに説明する。
「皆さんに助けてもらってミリアムちゃんを捕まえて、眼鏡を取らないで欲しいってお願いしてた所でした。」
お願い、というより明らかにお説教だったはずだが、そこはクロウはどうでもよかったらしい。
「はー、子守も大変だったなあ。」
「クロウ、ボクは子どもじゃないよっ」
「それならガキか。」
ぼそ、と突っ込むユーシスの声も少し低くて若干怖い。多分に怒っている、のだろう。原因は不明という事になっているが。
「それで全員居たわけか。
ところで、俺のほうもさっき面白い話を聞いてきたんだが。」
「何かあったのか?」
少々警戒気味のリィンに、大した事じゃねぇよ、とクロウは笑う。
「うちの委員長と副委員長がデキてるんじゃねえのって言われたが、本当なのかい、お二人さん?」
「はあ?!」
「はい?!」
ぼろ、っとマキアスが離した手からミリアムが慌てて抜け出した。
「やはり、そう、だったのか……?」
困惑と確信半分交じりでラウラが呟く。
「いえいえ、ありませんよ!」
「流石にそりゃないでしょう。エマ君にも迷惑だろうに。」
少し驚きすぎたのか照れすぎたのか満更でもないのか、マキアスの頬が少々赤い。その視線がするっとエマのほうに行って、調度同じくらいに頬を染めたエマと視線があって、またすっと目線がそらされて、面白い。
面白いが。
静かに思い切り脛を蹴飛ばすと、マキアスはうわぁ、と間抜けな悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「いきなり何をするんだフィー!」
「別に。」
足を押さえている姿に、なぜだか少しだけスッキリする。
「なるほど、満更でもないってか?」
「用事はそれだけか?全くもって下らんな。」
ニヤニヤと楽しそうにしているクロウに、ユーシスが冷たく言い放った。
「どこからそんな話が出てきたのかは知りませんけど、とにかくそれは誤解です。」
エマもきっぱりと断じ、その足元でマキアスもうんうんと頷いている。
「へいへい、下らない事聞いて悪かったな、っと。」
くすくすと笑うクロウにはしっかり余裕があって、まだ面白がっているのは解った。まあ、クロウにしてみれば他人事で面白い部類の話なのだろう。自分にはさっぱりわからないが。
「さあて、そろそろ下校時間も過ぎたし、よい子は帰る時間だぜ?」
今日のシャロンさんの飯はなんだろなーと。
言いながらふらぁりと先に抜けていく。
それを見ながら皆顔を見合わせた。
「……帰るか。」
マキアスがそう言ってクロウのほうを見やる。
「ええ、何かとても疲れました。」
「ああ、僕も同感だ。」
はあぁぁ、と深くため息をついて、眼鏡装着者二名はぐったりとクロウの後を歩いていった。
それを見送って、もう一度残りのメンバーで顔を見合わせる。
「委員長はどこからそんな話が出てきたのかは知らないって言ってたけどさ。」
こそ、とリィンが口にすると、アリサもうん、と頷く。
「手をつないで校内走り回ってたみたいだものね。フェリスにも『随分仲が良いんですのね』って言われたし。」
「うむ、モニカも同じ事を言っていたな。私もあれは……少し驚いたが。」
ラウラが頷けば、エリオットも首を振る。
「その気はないんだろうけど、二人揃って天然だよね。」
「しかしクロウも随分耳の早い事だ。」
はあ、と呆れるようにガイウスが呟く。
「暇なんだろう。」
フン、と心底軽蔑したようにユーシスが言って、そのまま踵を返した。
「まあ、同感。」
ん、と頷いて自分も歩き出す。と、アリサがあら、と目を瞬いた。
「ミリアムは?」
いわれて見ると、騒がしい声が、本人ごといつの間にか消えていた。マキアスの手から逃げ出したところまでは見ていたのだが、その後気を逸らせた隙に消えていたらしい。
「あれ、そういえば」
「いないな。」
きょろきょろと見回すエリオットとリィンの横で、ユーシスが舌打ちした。
「……逃げたか。」
本当にすばしっこい。すばしっこい上行動パターンも読めないが、今日に限ってはなんとなく先が見えた。
「先に帰ってマキアスを驚かせてマキアスがぎゃーぎゃー言うに一票。」
言うと、ラウラがくすりと笑う。
「随分具体的だな。想像はつくが。」
「ああ。フィーもミリアムに負けず劣らずの観察力だな。」
ガイウスもそう言って穏やかに笑う。
「ミリアムの観察力って?」
首を傾げるアリサに、エリオットがくすくすと思い出し笑いで答えた。
「ああ、さっきね……」
先を行く三人に少し遅れて、わいわいと賑やかな帰り道。
寮の前では先に行った三人とミリアムがなにやら騒いでいるらしい。
その見事なまでに予想通りの光景は、夕日に照らされてオレンジ色に染まっていたのだった。
行く手に待つものは?そして彼らは無事眼鏡、そして《アイ》―まともな視界―を取り戻す事が出来るのか?
・・・というわけで「アイを取り戻せ」。
マキアスのピンチに一致団結!という二章の話が凄く好きなんですが、二章実習メンバーも大好きなのです。いえ、7組みんな可愛いと思うんですけど!
エマさんはクラス皆から慕われてるらしいので、そんな感じで書いたら凄い総当りになってしまいました。フィーはもとより、マキアスもユーシスもエマには優しいんだろうなあ、と思ったら妙に微笑ましかったというか、そういえば年頃だったんだっけと思いなおしてしまったというか。フィー相手とはまた違った感じで面白いなあと思いました。