勉強の合間に紅茶でも入れようと思ったところだったのだが、先客がいたらしい。ティーセット片手に何かあったのかと思いながら食堂へ入る。
「あら、ユーシスさん。」
食堂に入ると、台所の方から声が掛かった。エプロン姿でこちらを振り向いているのはエマである。
「エマか。何か作っていたのか?」
聞くと、ええ、と少しはにかむような笑顔が返ってきた。
「ちょっとクッキーを焼いてたところだったんです。
あ、お茶ですよね。コンロのところはあいてますから使ってください。」
どうぞ、と場所を開けられる。
「いいのか?」
「ええ、ちょっと散らかってますけど。すぐ片づけますから。」
言いながら調理器具を次々と流しに入れていく。ついでにヤカンも水を入れて渡された。少し重たいそれを火にかけながら、その様子を窺う。
「よく作っているのか?」
「まあ、そこそこには。」
手際よく片付けながらエマは頷く。
「皆さん喜んで下さるので、作り甲斐もありますし。最近は少し頻度が増えたかもしれません。」
ふふ、と笑いながら布巾に手を伸ばす。この手際のよさは確かに慣れていてこその事だろうか。そう思っているうちに、仕掛けてあったと思しきアラームが騒ぎ始めた。
「あ、焼けましたね。」
時計と中身を少し確認すると、エマはさっさと火を落とし、オーブンを開け放つ。一際いい匂いがあたりに立ち込めた。
「うん、上出来。・・・ユーシスさんもよかったらいかがですか?」
まだ焼きたてですけど。そう言う目線の先にはこんがりと美味しそうに焼かれたクッキーが並んでいた。数十もあるだろうか、狐とこげ茶の二色で様々な形をしたものは、出来が揃っているように見えて、なぜか所々いびつなものが混じっている。
「・・・これは、全部お前が作ったのか?」
「いえ、これとかこっちはフィーちゃんですね。」
いびつなものはどうやらフィーの作品らしい。
「フィーが?あいつでも作れるのか・・・」
「ユーシスさん、それはいくらなんでも失礼ですよ。」
苦笑いしながら、エマは天板を作業台に上げた。
「あ、お湯も沸きましたね。」
言われて慌ててコンロのほうを振り向くと、確かにやかんが湯気を立てていた。
「ああ、そうだったな。」
火を弱め、ポットとカップにお湯を注ぐ。注ぎながら、もう一度天板のほうに目をやった。
「・・・丁度いい。お前も飲むか?」
「え、良いんですか?」
少し驚いたような声に、ああ、と頷く。
「ああ、さっさとカップを持ってくるといい。
・・・その代わり、俺もそれを貰おう。」
「ふふ、ありがとうございます。」
じゃあ取ってきますね、とエマはぱたぱたと食堂を出て行ったのだった。
ポットが温まるのをまっているうちにエマがカップを片手に戻ってきた。
同じようにカップを温めてやりながら、ポットの湯を捨てる。茶葉を淹れて湯を注ぐと、質の良い茶葉はすぐに香りを開かせた。あとは時計を見ながら少し待つだけだ。
「これ、良い香りなんですね。」
「まあ、それなりにな。」
待っている間に、とエマは天板からクッキーを剥がしだした。油でも塗ってあったのか、フライ返しでこそぐとぽろぽろと面白い位に取れていく。その手付きをはあ、と見つめていたら唐突に食堂の扉が開いた。
「ただいま。・・・あれ、ユーシスもいたんだ?」
銀色の髪がひょいっとこちらを向き、ついで緑の髪が入ってくる。
「はあ?なんでユーシスが・・・って、なんで君がいるんだ!?」
「あら、お帰りなさい。丁度焼けたところだったんですよ。」
エマは笑顔応じるが、自分はといえばその背中越しに怪訝な顔をするしか出来なかった。
「・・・俺が居ては悪いか。」
マキアスとフィーが二人連れ立って戻ってきたのだった。
食堂に並んでいるのは、形も様々なクッキーが一山。紅茶が二杯とコーヒーが一杯、そしてミルクコーヒーが一杯。
「フィーちゃんの勉強を見てあげる約束だったんです。」
そして教科書とノートとペンと、真新しい参考書。
「エマがクッキー焼くっていうから、ちょっと頑張ろうかと思って。」
さくさくとクッキーを口に運びながらフィーが言うと、同じようにマキアスもチェックのクッキーをつまむ。
「参考書を買うのに付き合ってやってたんだ。別にクッキーに釣られたわけじゃないんだぞ。」
クッキーに釣られたということは、マキアスもたまたま巻き込まれたわけではないらしい。
「なるほど、クッキーで二人も釣れたのか。」
「そういう言い方をされるとなんですけど、まあ・・・。」
曖昧に頷くエマも、釣れたという自覚はあったらしい。
「エマのクッキーはおいしい。」
「フィーちゃんにも少し手伝ってもらいましたしね。」
「なんだ、フィーも作ってたのか。」
どれだろうな、と、マキアスが摘み上げたクッキーは少しいびつな形をしていた。
「・・・これか。・・・ポム?か?」
「・・・うん、ポム。」
少し誇らしげなフィーを横目に、マキアスがつまんでいるクッキーを眺める。
まあ確かに狐色でこげ茶で目がついていて、ポムッとしていないこともない。わからない事は無いのだが。
「まあ上出来じゃないのか。」
意外な事を述べながら、マキアスはひょいっとポムを口に運んだ。
「どう見てもいびつに見えるんだが。」
「手成形ならそんなもんだろう。エマくんのは基本型抜きだし、比べるほうが間違ってる。」
「マキアス、意外と見る目あるね。」
「一般論だ。」
言いながらコーヒーを口に運ぶ。
「ん、なかなかいいんじゃないのか。」
「ふふ、ありがと、マキアス。」
無表情気味ながら、フィーは少し誇らしげだ。それをチラリと見やり、いびつな形のクッキーを手に取る。なぞのポムらしき物体が若干いびつな形でこちらを眺めているような気がした。
口に含むと、さくさく、というより少し固い感触がする。味は、・・・歯ざわりをのぞけば申し分ない。
「・・・ふん、形の割には美味いんだな。」
ぴょこんとフィーがこちらを振り向いた。
「ほんと?」
「ああ。少し硬いが、悪くない。」
言うと、フィーは今度こそにこっと微笑んだ。
「ふふ、よかったですね、フィーちゃん。」
「ま、材料合わせたのはエマくんだし、焼いたのもエマくんだから、不味いわけないんだけどな。」
「まあ、そうなんだけど。」
それは余計、とフィーがミルクコーヒーをぶっすりと口に含む。それがなんだか可笑しくて、それは他の三人も同じだったらしい。
食堂にくすくすと和やかな笑いが広がった。
結局流れで、クッキー片手にフィーの勉強も見る事になった。
中等程度の勉強を見ている二人に茶々を入れつつ、ノートを見ていく。
「今日は先生が三人もいる。」
肩をすくめるフィーはそれでも悪いとは思っていないらしい。
「まあそういうこともありますよ。」
「豪華だと言ってもらおうか。」
「全くだ、俺が他人の勉強を見るなんてそうそうないぞ。」
言うとフィーは、しれっとノートに目線をうつした。
「オマケに恩着せがましい。」
「まあまあ、皆さん気にしてくださってるんですから。」
頑張りましょう、クッキーはまだありますし。
エマがそう言うと、フィーは、ん、と頷いたのだった。
「クッキーの為なら頑張れる。」
さすがの1時間クオリティなんですが、いただいたイラストがとてもとてもかわいらしくてまさにエビで鯛釣った気持ちになりました。ありがとうございました 。