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息抜き通信

 六月。
 初夏……いや夏の日差しが差し込み、なんとも蒸し暑い季節。
 ランディは校舎の一角、情報処理室で、あまり得意ではない端末を操作していた。
 得意ではないと言っても、普通に使う分には特に問題はない……多分。支援課にいた頃に、動力端末に関しては警察での研修とティオからのレクチャーは一応受けている。ティオの様に深くセキュリティのかかったような情報は引き出せないが、一応表層的なネットの情報を探すことはできるし、通信だって一応できる。タイプはあまり早くはないが、まあ使えないことはない。
 現在、端末のモニターにはティオの顔が映っている。クロスベルのRFビルにいるティオと連絡が取れるようになったのはつい最近のことだ。支援課全員と顔を合わせることはまだ難しくても、こうやって慣れた顔を見ているだけでもなんだか支援課にいた頃に戻ったような気がする。
 とはいえ、盗聴はされている、とティオがいうのだからあまり大切なことは話せない。
 一番知りたい、ロイドやキーアの動向、地下の状況、総督府の動きなどはご法度である。
 結果、情報処理室では比較的どうでもいい会話が繰り広げられていた。

 「ネットの状況が悪い?」
 画面の向こうでティオは首をかしげる。
 「ああ、ロックが掛かってるみたいで、クロスベルからならアクセスできた情報も取り出せなくて、弾かれちまうんだよなあ」
 こちらに来てからかなり情報が制限されている気がする。そう言うと、ふうむ、とティオは口元に手をあてた。
 「ランディさんがいるのは学校ですから、フィルター的な何かがあるのかもしれませんが……でも士官学校ならむしろ情報には幅広くアクセスできる方が好ましいですよね。」
 「ああ、主計科では通信技術もやるからな。」
 「クロスベルと帝国では導力ネットの成り立ちの都合で少し規格が違いますし、場所によって取り出せない情報というのはありますが……」
 首をかしげながら続ける。
 「ちなみに何を探していたんです?」
 猫のようにきょとんと真っすぐな瞳に、つい目が横に泳いだ。
 「……あー……」
 「なるほど、いかがわしいやつですか」
 「な、なんでそうなるんだよ!?」
 スピーカーから聞こえる冷たい声に、思わず声を上げる。
 「じゃあなんだったんですか?」
 声はなおも冷たい。
 ネット越しでティオの感情を読む能力が使えるのかどうか聞いたことはなかった。ただ、今までごまかしが効いたことはない。それでも、ごまかせることに賭けたい瞬間というのは存在する。それはつまり、ティオの指摘が完全に図星だった今この瞬間。
 「あーその……こう、ちょっとした制限のかかった機密情報をだな」
 「ランディさん、年齢制限を制限というのは無理がありますよ。」
 口元にあった手は頬杖になっている。完全に見透かされている上に、どうやらごまかしも全く効いていないようだった。
 「学校の端末からいかがわしいサイトにアクセスする教官というのもなかなか居ませんね。」
 不良教官です。
 冷ややかに言いながら、ティオはカタカタとキーボードを操作し始めたらしい。
 「ぐっ……だ、だがなあ、支援課の端末からなら普通にアクセス出来たのにこっちじゃできないっておかしいだろ」
 言うと、ティオはキーボードを操作しながらため息をつく。
 「……共用の端末で何やってたんですか。
  変なサイトに素人が手を出すとウィルス感染の危険があると私は言ったはずですが?」
 カタカタ、タンッと軽い音を立てて、ティオが操作を止める。
 「お探しのものはクロスベル側のサーバにあるんですが、帝国からは規格の都合で通常ルートではアクセスできないみたいですね。」
 「お探しのもの?」
 「HOT SHOTのR18データが置いてあるところですが」
 しれっと出て来た言葉に目を見開く。
 「俺言ったか!?」
 「支援課の端末の履歴で以前見たので。
  これ、見れるようにするのは遠隔だと手間ですね。痕跡も残りますし……」
 ふうむ、と考え込むようなティオに慌てて手を振る。
 「いやいやいやいやそこまでしなくていいから」
 「そうですか?随分残念そうにされてましたが。」
 ティオはそう言って顔を上げると、こくりと首を傾げた。
 「そりゃ確かに残念ではあるが……ってわかるのか!?」
 「画面越しでもそれだけ顔に書いてあればわかります。」
 画面の向こうのティオが小さく吹き出す。
 「結構な頻度でアクセスしていたことも知ってますし。」
 「おいこら、そこら辺はプライバシーって」
 「共用の意味とメンテナンスの内容を説明しましょうか?
  まあ、100:1:1でランディさんだとは思っていましたけど」
 課長はともかく、ロイドに対する信頼の厚さに多少むっとする。ロイドだってかなり健全な男子なのだ。二人でエロ本眺めながら部屋飲みした事だってあるのだから間違いない。
 「そこはせめて5:5:1くらいだろ」
 ティオは非常に冷たい表情でため息をついた。
 「キーアが来た後も、頻度は下がれどアクセスをやめなかったあたりでランディさんだと思ってはいました。こっそり見る努力はしていたようなので言わなかっただけです。」
 正直キーアの教育に悪いんですが。
 ジトっとした視線が痛い。
 これが尋問される犯人の気持ちという奴だろうか。
 「……ひそかな楽しみだったんだよ」
 ため息をついて白状すると、ティオは肩をすくめて息をついた。
 「はあ」
 「仕事の息抜きにちょっとだな……バレなきゃ問題ないだろうと……」
 「まあ確かに、こっそりやるちょっと悪いこと、って、背徳感でドキドキするらしいですからね」
 わからなくもないですが、とうなづくティオに勢い込んで続ける。
 「そうなんだよ。背後を気にしつつ、ティオすけやお嬢に見つからないか気配を読みつつ素敵な画像を眺めるあのスリル……!ちょっと訓練にもなっちまったしな」
 猟兵スキルの無駄遣い……とボソッと聞こえた声は無視だ。
 「こう、端末の操作だって、せっかく教えてもらったからには使わないと損だろう?」
 「そうですね。まあ人間そうやって上達していくものですけど。」
 「だからな、これは訓練の一環でもあって」
 「なるほど、開き直りと屁理屈の合わせ技ですか。」
 言葉の刃が容赦なく心臓に突き刺さり、ランディはその場に突っ伏した。
 「ティオすけ……ちょっと辛辣すぎないか?」
 「そんなつもりはありません。
  仕事の息抜きは大事だとは理解してます。特にこんな状況下なら。」
 息抜きの内容はアレですが、とティオは一息つくと、こちらに目をやる。
 「トンネル作るのは手間ですけど、こっちから画像を少し送るくらいなら普通にできそうですね。」
 その言葉にがば、と顔を上げる。 
 「マジか!?」
 「まあ、ランディさんも帝国に飛ばされて頑張ってますし」
 これくらいならよいでしょう、と視線を逸らすティオは少し照れているようにも見える。
 「ティオすけ、マジで女神だな……!」
 ティオは困ったように目を伏せ、そしてカタカタとキーボードを操作し始めた。
 「それではちょっとお待ちください。
  ……確かおっぱいのほうにご執心でしたよね」
 「そう……ってなんで把握してんだよ!?」
 過去最高に同僚、しかも年下の少女に言われたくないセリフが飛んできて思わず声を上げるが、ティオはしれっとオーダーを続ける。
 「髪はロングでいいですか?露出は確か半分くらいが」
 「いやだからなんで知ってるんだよ!?」
 「メンテナンスのたびに見てましたので……よし、こんなところでしょう。今そちらに送りました。」
 声から少し遅延して、着信がある。送り主はティオすけだ。
 「おおおお……!!ありがとなティオすけ恩に着るぜ!!」
 「いえ、……あとはどうぞお楽しみください」
 それでは、と通信が切れた。
 切れると同時、ランディは着信内容を確認する。
 中には確かに画像ファイルが数点。
 先ほどのティオの言い方だと、自分の好みはある程度把握されているようだし、これは期待が持てるのではないだろうか。
 はやる気持ちで画像を開く。出て来たのは肌色多めの人物写真だった。
 さわやかな笑顔。なびく茶色の長い髪、はち切れんばかりの胸を隠すこともなくポーズを決めたその姿。
 時が止まった。
 ランディは激怒した。必ずこの間違いをたださねばならぬと決意した。
 ランディには導力ネットはよくわからない。ランディは猟兵育ちの警察官だ。ライフルを担ぎ、敵をぶっ飛ばして暮らしてきた。
 けれどもグラビアの良し悪しに対しては、人一倍に敏感であった。
 過去最高速でキーボードを操作し、先ほどまで話していたティオに通信をつなぐ。コール音が一つ、二つ、三つ。
 「はい」
 「ティオすけええええええええ!!」
 返事はみなまで言わせない。
 「こりゃ一体どういう了見だ!?」
 「どうって、おっぱいの大きい人の写真をお送りしたんですが」
 普段無表情なティオの表情が若干笑いをかみ殺すモードになっている。これはわざとだ。間違いなく確信犯だ。男の純情を弄んだのだ。
 「男じゃねえか!!!」
 「ランディさん、女性とは言ってなかったじゃないですか」
 「そこは大前提だろ!!つか俺がこんなムキムキの男ばっかの画像なんか見てたことあったかよ!?」
 そうなのだ。
 出て来た画像は、見る限りすべて男だった。おっぱいというより大胸筋が大きめの。誰が風に髪をなびかせたマッチョがポージングしている写真を好き好んでみるというのだろうか。
 「さあ、そのあたりは感知してませんが…
  それに、ランディさんは見た目に惑わされて大事なことを見失ってます。」
 間抜けな表情のみっしぃのマグカップでお茶を飲むと、ティオはそのまま真っすぐこちらを見る。
 「バストサイズは多分女性より写真の男性の方が大きいです。」
 「おっぱいは数字じゃねえ!!」
 ダンッ、と力説すると、画面の向こうでティオが吹き出した。
 「ったくよ。」
 「ランディさんの熱意はわかりました。
  その熱意はもっと別の所に向けてほしいんですが。」
 笑いをかみ殺しながら、ティオがふとこちらを見る。
 「ところでランディさん今どこで何言ってるかわかってます?」
 「今?学校で……あ。」
 話に夢中だった。
 慌ててあたりの気配を探るが今のところ特に近くに気配はない。多分、声を聴かれていなければ、自分の尊厳は保たれるはずだ。
 「とにかくだな、いくらなんでもこれはないだろ」
 声を小さくして言うと、ティオはふうむ、と首を傾げた。
 「とはいっても、あれは制限がありますからね……」
 「制限?」
 ティオにとって、ネット上の制限などあってないようなものだ。今まで何度もアクセスできないはずの情報にアクセスしてきたのを見た。
 「一応うら若き乙女なので成人向け画像を検索するのはちょっと。」
 小さく少し目をそらして頬を染める。
 その姿はとても少女めいていて、……いや、よく考えなくてもティオはまだ未成年だったことを思い出させる。
 「正直なところ、いたたまれないというか、目のやり場に困るんですよね。」
 履歴で残っている分は確認して見てしまったりしましたけど、というティオの表情からは、まだそういうのは得意ではないというのが見え隠れしていた。
 つまり、端末のメンテナンスの度に気まずい思いをしていたのだろう。
 ……履歴が把握されているとなればこちらもかなり気まずいが。
 「あー。いや、なんか悪かったな。すまん。
  ティオすけ今度の誕生日で17だったか。」
 確認すると、そうですね、とティオは頷く。
 「何かリクエストあるか?」
 「誕生日プレゼントですか?うーん……」
 そうですね、と首をかしげながらマグカップを口に当てる。間抜けな顔のみっしぃがこちらを見る。
 「新種のみっしぃグッズなんかでいいか?」
 「それはありがたいですが……あ、そうだ。」
 ぴこん、とティオがこちらに向き直った。
 「それならミシュラムのみっしぃショーに付き合ってくれませんか?」
 つまり、ミシュラムに行く、だけである。
 「構わねぇが、そんなんでいいのか?」
 聞き返すと、ティオはこっくりと頷いた。
 「ええ。新シリーズのショーの情報が出たんですけど、一人でミシュラムに行くのはさすがにちょっと気が引けるので……」
 ぜひ、と言われたら否はない。
 「わかった。
  このご時世だから、後払いになっちまう可能性はあるが。」
 「それは仕方ないです。でもぜひお願いしますね。」
 ありがとうございます。
 ふわっと嬉しそうに微笑むティオは、見慣れているのに完全にあどけない美少女だった。……今までのあれやこれやについて、今更少しだけ罪悪感を感じるが、もはやどうしようもない。
 「任せとけ。」
 どん、と胸を叩いて見せると、助かります、と言ってティオはカタカタとキーボードを操作する。
 「どうした?」
 「いえ、ちょっとですね……はい。今送りました。」
 「ん、何をだ?」
 また着信が表示される。
 「おっと。」
 「あ、届きましたか。どうぞご確認ください。」
 今度は通信は切れない。
 「おう。」
 開くと、また画像が数枚。
 「またマッチョか?」
 開きながら言うと、そんなことは有りませんよ、とティオは肩をすくめる。
 出て来たのは、いつかのミシュラムでの写真。レイクビーチに行った時のオフショット。支援課のパーティの写真。そして、かなり最近の写真。すべてにキーアの姿がある。どれもこれも、どうしても取り戻したい時間だ。そして、取り戻すために全員で必死に足?いている。
 「キー坊、またちょっと背が伸びたんだな」
 最新と見えるキーアの写真は、アルモリカ近辺だろうか。花畑と看護師姿のセシルと一緒に写っているということは、たまたま行き合わせたのだろう。しっかり元気そうで安心する。
 「そうなんですよ。またかわいい服を買いに行かねばなりません。」
 それが難しいのは二人の共通認識だ。キーアは現在手配中のロイドと行動を共にしていて、あまり大っぴらには動けない。
 だが、キーアの近況写真は、自分が頑張らなくてはならない何より単純な理由を示していた。
 それに、どんな写真を見るよりもやる気が出てくる。
 「いかがわしいものは出せませんけど、これで元気出してください。」
 「めっちゃ元気出たわ。ありがとな、ティオすけ」
 「秘蔵の写真を引っ張り出した甲斐がありました。
  あ、それとですね。また支援課に戻れても、もう二度と共用端末でいかがわしいものは見ないでください。」
 微笑んでいたティオがすっと真顔になる。
 「キーアの情報処理能力はかなりのものです。多分普通にバレます。
  多分確信をもってランディさんが変なサイトにアクセスしていることも内容も知ってしまうでしょう。
  でも、きっとキーアは優しいからいちいち指摘はしないと思います。」
 それは正直余計にいたたまれない。困ったように微笑むキーアの顔を思い浮かべてしまい、慌てて振り払う。それはダメだ。自分の心が死ぬ。
 「肝に銘じとくぜ……。」
 「ええ、ぜひ。
  さて、今日はこの辺で失礼しますね。」
 気付いて時計を見るともう結構な時間だ。また話し込んでしまっていたらしい。
 「おう、お疲れさん。またな。」
 「ええ、また。」
 通信が切れて、学校の情報処理室に一人残される。
 ティオと話している間はクロスベルにいた頃と変わらなかったが、ここは帝国で、クロスベルから遠く離れたリーブスで、トールズ第二分校で、現職場で、現実だ。
 はあ、と息をついて天井を見上げる。
 分校の教官は正直嫌いな仕事ではない。だが、自分の希望に沿っているかといわれるとどう考えてもノーだ。
 本当に欲しくて、取り戻したいのは。
 さっき送られてきた写真を思い出して、端末に向き直った。
 ARCUSに転送してついでにメモリにも保存して。
 手元で開くのは一番新しいキーアの姿。
 盗聴がある以上、あまりなことは言えない。
 だが、頑張って取り戻そう、と言われている気がした。

 「よし、やるか。」
 まずは目の前の業務。帝国周りの動向を少しでも集めること。そしてティオとミシュラムに付き合う約束。今は誕生日と言わず何度だって付き合ってやりたい気分だ。
 そして、クロスベルを取り戻すこと。支援課に戻ってキーアたちとの日常を取り戻すこと。
 先は長い。それでもきっと仲間たちは皆足?いているのだ。
 支援課の道のりはまだきっと遠い。それでも。

 ふと、外に誰かの気配を感じた。抑えめなこの感じはリィンだろうか。
 ランディは一つ伸びをすると、ランドルフ教官に戻ったのだった。
 
 

閃3〜4とランディとティオすけわちゃわちゃしてて可愛かったんですよね。これは確か自由行動日の時にランディに話しかけたら、帝国からネットあさってもグラビア系の写真はなかなか手に入らないってぼやいていたのでその話。
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