時刻は昼過ぎ、本日快晴。もうちょっと居ても良かったかな、などと思いながら目を細めてやり過ごす。外は、カジノとはまた別種の賑やかさで満ちていた。
今日は非番だ。景気づけに遊びに出たものの、人が増えてきたので引いてきたところだった。さてこれからどうするか。伸びをして歩き出す。と、左手から声が飛んできた。
「ランディさん!」
ティオの声だ。振り向くと、アイス屋の前から水色の髪の同僚が手を振っていた。
良いものを見つけた時の犬っころのような雰囲気は、いつもの冷静沈着でネコっぽい態度とは少し離れている。
「よお、ティオすけ。」
手を振り返してそちらに歩みを向ける。いらっしゃいませ、の声に会釈すると、ティオが服の袖を引っ張った。
「なんだどうした」
「あのですね。このアイスなんですけど。」
指をさす先には、平たいアイスバーが積んである。カラフルに層をなしたそれは、平均より二回りはデカい。
「二人で分けるものらしいんです。」
ティオはぴっとこちらを見上げた。
少し圧されてアイスバーを見直すと、確かに棒は二つ刺さっていた。七彩をアイスバーにした新商品らしい。
「なるほど、分けたいのか。」
「はい。分けて何が変わるのかはわからないんですが、やはり最初は基本に忠実に行きたくて。」
ティオはしごく真面目な顔で頷いた。
多分何も変わらない。そこらへんは解るのだが、自分も心なしかキラキラしているティオの願いを切り捨てるほど野暮天ではない。
「いいぜ。ええといくらだっけ。」
ポケットから小銭を引っ張り出す。
「800ミラになります。」
店員の答えにほいほいと頷く。
800ミラ数えて渡そうとすると、隣から400ミラが割り込んできた。
「はんぶんこです。」
「これくらいいいって。」
「はんぶんこアイスだからはんぶんこです。」
頑として譲らない気配に、そこはかとなくキラキラしたものを感じる。これは遠慮とかいう類ではない。どうも割り勘で買うところがポイントなのだと信じているらしい。
このアイスの使い道のセオリーとしては恐らく、ストローの2本ついたカクテルよろしく可愛い女の子を口説いて、気軽に買って、半分に割って気軽に片方を分けてあげてちょっとイチャイチャしてみて……というところだと思ったのだが、これでは。
……小遣い出し合って大喜びででっかいお菓子買ってるガキ。
ふと頭を過ったイメージに、ティオがやりたいのはそれだと直感した。そういう事なら乗るしかない。
「じゃあティオすけ400ミラで俺400ミラな。」
「はい。」
結局割り勘で出てきたミラに店員の方が目を丸くするが、そちらにはぱちんとウインクで応えた。誤魔化したともいう。
「ありがとうございましたー!」
そんなやり取りをよそに、ティオは渡された大きなアイスに静かに目を輝かせていた。その姿は釣りたての魚を目にしたコッペにそこはかとなく似ていて、思わず笑いそうになるのをあわててかみ殺す。
「ティオすけ、割ってやろうか?」
「いえ、私がやります。」
静かな決意を漲らせ、ティオはゆっくりとバーの角度を変えていく。しかし、「シャリ」と「パキ」の間のような音がして二つに分かれたバーは、決意むなしく片方がカギ型になっていた。
「むう。コツがいるようです。」
一層分横に広いアイスと一層分削れたアイスを見比べながら、ティオは小さく肩を落とす。
「まあ初回だしなあ。次回に期待ってことで。」
「むぅ。」
少し悔しそうなティオが、ひょい、とカギ型のアイスを差し出した。
「ん、いいのか?」
「ええ。付き合ってもらっていますし。実は、一人じゃ多いかと思っていたんです。」
そしたら、都合よくランディさんが出てきたので。
言いながら、ティオは小さい方のアイスをぺろりと舐めて幸せそうに表情を緩めた。
「ん、美味しいです。」
言いながらティオは歩き出す。
釣られるように歩き出しながら、一層分だけ横に広いアイスを眺めた。そして、アイスを食べながら心なしか花を飛ばしているティオを眺める。
「おーいティオすけ。」
「なんでしょう?」
こちらを見上げたティオに、カギ型のアイスを差し出す。
「それはランディさんの」
「だから、ここまでな。」
本来割れるところだった部分を指さしてティオの口元に持っていくと、ティオはこちらを見上げ、アイスを見て、またこちらを見上げた。
「ほれ、さっさとしないと溶けちまうぜ。」
せかすと、ティオは少し迷ってから頷く。
「……じゃあ、いただきます。」
ちゅ、とおそるおそるカギの先に口づける。そして、はむ、と咥えて角度を変えると、今度は綺麗に割れた。
「これではんぶんこな。」
口いっぱいにアイスを頬張る形になったティオはこくりと頷く。はふはふと口の中を溶かしているのが何だか可笑しいと思いながら残りの部分に口を付けた。舐めると甘い部分と酸っぱい部分が混ざり合って口の中に溶けていく。フルーツの味とソーダの味がメインだろうか。シャーベットのようで後口はあっさり爽やかだ。
「なるほど旨いな。」
ありがとな、と振り返ると、ティオはアイスを舐めながらこちらを見上げていた。
「ん、どうした?」
「いえ。」
こころなしか顔が赤い。しかし理由は解らない。歩みも止まらず、裏通りの方に向かっているらしい。
「ティオすけ、どこに向かってるんだ?」
「え、支援課に戻ろうかと。特に用事もありませんし。……あ、付き合わせてしまってすみませんでした。」
ぴた、と我に返ったかのように足が止まった。
「いや、別にいいんだが。」
ぺこん、と下がる頭をあげさせて、ふと思いつく。
「それならちょっと東通り行かねえか。」
「……はあ、良いですけど。」
ティオはきょとんとした顔で頷いた。
東通りの屋台は今日も元気がいい。
「えーとまずは」
目指すは饅頭屋だ。少し行って勝手知ったる屋台の中を覗くと、今日も2個組の肉入りの饅頭があった。
「あれ頼むぜ。」
「はーい、毎度!」
ホカホカの饅頭が出てくる間にくい、と袖が引っ張られる。
「ランディさん?」
「まあ付き合えよ。これも2個組でさ。」
ニヤッと笑うと、きょとん、としてそれから表情が和らぐ。
「……わかりました。……あ、それなら半分出します。」
「ああ、助かるよ。はんぶんこな。」
「ええ、はんぶんこです。」
お待たせしました、の声と同時に目の前に出てきたのは、草の器に盛られた2個組の白い饅頭だった。ただし、饅頭の真ん中は包んだ関係で玉ねぎのように飛び出ていて、その部分だけほんのり朱がさしてある。
ちゃりちゃり、と二人で小銭を出してそれを受け取る。案の定複雑な顔をしているティオにあっちで食おうぜ、と促して、小さな段差に腰掛けた。
「……何というか、コメントに困るデザインですね。ランディさん、これはセクハラですか?」
どんどん、と並んだ二つの饅頭は、何か別のものをつい思い出してしまう見た目だった。
「違うっつの。商品名も違ったろ。曰く可愛さを狙ったらしいんだが二個組ってとこがな。気になってはいたんだが、流石の俺も一人で買うのはちょっと気が引けてさ。」
かと言ってかわい子ちゃんと買うのも気が引ける。それならばとロイドを誘ったら慌てたように断られた。あれは絶対別のものをはっきり思い出したに違いないのだ、あのムッツリスケベめ。
「なるほど。……なるほど……。」
「ほれ、食おうぜ。冷めちまう。」
無造作に片方取って口にくわえる。あそこの饅頭は旨い。思った通りこれも旨かった。口の中で染み出すジューシーな味わいが心地よい。
「……いただきます。」
ティオも饅頭を手に取った。少し饅頭と見つめ合い、そしておずおずと赤い方を手前にして食べ始める。
「旨いだろ。」
「ええ、あそこのお饅頭って美味しいんですね。」
デザインセンスがちょっといまいちですが。
困ったように肩を竦めて、まふ、と頬張る。
「買い食いのレパートリーが増えたな。」
「さすがにこれは一人で買うのは気が引けますけど。」
「そういう時はお兄さんがいつだって付き合ってやるよ。」
ぱちん、とカッコつけて片目を閉じると、ティオはふるっと肩を震わせた。
「そうですね。じゃあ、その時は。」
「おう。
それ食ったら次行くか。結構分けモノってあるんだよな。」
ティオは目を丸くする。
「どういう事ですか?」
「せっかくティオすけが居る事だし、今日は一人じゃ頼みづらいものを片っ端から頼んでみようと思ってな。
あ、ティオすけも遠慮しなくていいからな?」
ティオはもう一度目をぱちくりと瞬く。だが、そこから否定も拒否もないようだった。
やたらにデカいウインナーは真ん中で割って二人で頬張った。
ビッグサイズのポテト。ティオリクエストの二個セットのお菓子。巨大な串焼き。もちろんすべて綺麗に割り勘した。
前から気になっていたけれど頼めなかった、というのもあり、結構楽しい。何より、時にキラキラしたり、驚いたり、困惑したりしながら同じ食べ物を頬張っているティオを見ているのが楽しかった。
思った通り、食べ物を分けて食べることがあまりなかったらしく、一々新鮮に驚いているのが面白くて仕方ない。そして、一つ一つを全力で楽しんでいるのが感じられるのも嬉しいポイントだった。
最初の頃からすると、随分表情豊かになったよな、なんて少し感慨深い。
そんなことを思いながら歩いていると、デカい容器にストローが二つ刺さったものが目に入った。
ティオも気づいていたのか、じっとそちらを眺めている。
「次はあれ行くか?」
「いえ、さすがにあれはデート用でしょう?」
「まあ、お約束ってやつではあるな。」
ちょっと古い手だけどな、と付け加えると、詳しいんですね、とクールな返事が返ってきた。
「それに、分けモノは満喫しましたし。これ以上食べたら夕飯に支障がでます。」
普段通りのクールな言い方だが、どうやら目標は達成できたらしい。
「そうか、満喫できたか。」
言うと、ティオは一瞬止まって、すっと目をそらした。
「え。あ……はい、まあ。」
少し頬が赤い。
「ありがとうございました。」
「こちらこそ、サンキュな。なかなか楽しかっただろ。」
クスクス笑いながら言うと、ティオはおずおずと頷く。
「わざわざ二つに分ける事前提で売る事に何の意味があるのかと、実は思ってたんですけど。なんとなく解った気がします。」
妙にテンションが上がります、と真面目くさった顔で言うのがまた可笑しい。
「確かになぜかテンションは上がるよな。」
それを利用して、コミュニケーションを円滑に運ぶための小道具だという認識はあった。美人のおねいさんを誘って、気軽にちょっとイチャイチャしてみるような、ただの小道具。
でも、今日のは違う感じがする。一番近いのは、……昔、親友と取り合うようにして頬張った食べ物だろうか。
あいつはもう死んでしまったのだが。自分のせいで。
まだ痛む記憶に意識が引っ張られる。
「……ランディさん?」
気遣うような声が、すぐに現実に引き戻した。
「ん、なんだ。」
今上手くごまかせただろうか、と反射的に思ったのち、無意味を思い出す。ティオには強い感応力があるのだ。誤魔化しは通用しない。
「辛いんですか?」
「んなこたねえよ。楽しかったって。あー、ちょっと昔思い出したらセンチメンタルな気持ちになったっていうか?
ま、大したことじゃねえよ。」
「……そう、ですか?」
未だ心配そうな顔をするティオの頭をわしゃっと撫でる。
「おう。だから心配すんな。」
ガシガシと撫でると、ティオの手がぐい、と抵抗してきた。
「痛いです。」
「そうか。俺は痛くないけどな。」
構わず力を入れると、抵抗はさらに強くなった。
「私が痛いんです。これ以上されると、ついエニグマが起動してしまうかもしれません。」
「はは、それは勘弁してくれ。」
半目なれど本気の抗議に手を挙げて降参の意を示す。ティオは、それでいいです、と頷いた。
「帰りましょう。夕飯の準備も手伝わないと。」
落ちかけた太陽に向かって足を踏み出す。それもそうか、と同じ方向に足を向けた。
「だな。そろそろ行くか。」
「そして今日は少し減らしてもらわなくては。」
ぐ、と握り締める拳は乙女の決意表明という奴だろうか。
「いや、ティオすけはもうちょっと食べてもいいと思うけどなあ。」
素直な意見を述べると、ティオはむぅ、と口を尖らせた。だが、数秒も経たずに肩を竦める。
「ランディさんはふくよかな女の人が好きなんですか?」
「いやいや、俺はこうぼんきゅっぼんとスタイルのいい」
「先程のお饅頭みたいな」
「そうそう、あれくらいのサイズって良い……ってこら何言わせんだ。」
ぺちん、とツッコミを入れると、ティオがくすくすと笑った。
相変わらず控えめながらも楽しそうにしているのを見ると、道化た甲斐もあるというものだ。ティオも自分も碌でもない人生を歩んできたのは間違いない。ただ、自分には友達との楽しい記憶があるが、ティオの方は辛い記憶に上書きされてしまっているのを何となく感じていた。半分に分けるアイスであんなにテンションが上がるくらいだから、あの手の記憶も希薄なのだろう。
もっと楽しい記憶と経験を増やしてやりたい。少しずつ笑顔の戻りだした同僚にそう願う。
それに、そんな記憶を増やしてやれた分だけ、自分の痛みも紛れるような気がしていた。
「そのうちまたやろうぜ。」
「ええ、そのうちまた。」
ふふ、と悪戯っぽく笑うティオの頭を雑に撫でて、家路を行く。
太陽はそろそろ夕飯の準備に掛かる時刻を示していた。
こういう友達とご飯するちょっとした話大好きです。