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厄日

 「お嬢さん、迷子かい?」
 野暮用を片づけて支援課に戻る帰り道。
 ランディが声を掛けたのは、その場にはおよそ似つかわしくないほどにお嬢様然とした女性だった。

 裏通りは、歓楽街と支援課を結ぶ近道である。昼でも薄暗くお世辞にも治安はよろしくない。反社会勢力の拠点もあるし、非合法の香りのする店もある。誰に聞いても一人で行くのは避けたほうがいい、と言う位の場所だ。
 そんなところを身なりの整ったお嬢様が一人で訪問することはまずないと思っていい。
 女性はおびえたようにこちらを振り向いた。
 「……あなたは?」
 警戒心をあらわにしてキッとにらみつけるその姿は、なんだか震えるウサギのようだった。年のころは自分より下……エリィより下、ティオよりは上といったところだろうか。
 「あー、俺はランディ。一応クロスベル警察特務支援課に所属してる。」
 警戒を解くように緩く話しかける。ポケットに入れていたエニグマにはCPDの文字があった。見せると、お嬢さんは少しホッとしたように息をついた。
 「警察の方でしたか。実は、連れとはぐれてしまいまして。」
 「この辺で?」
 「いえ、探し回っておりましたらいつの間にかこんなところに。」
 話を聞くと、最初は歓楽街に居たらしい。
 「なるほど。ここはあまりお嬢さんには向かないところだからさ、ひとまず歓楽街に戻ろうぜ。」
 さりげなく肩を抱くようにエスコートして、裏通りを歓楽街に向かう。まだ開店前のお姉さんたちのいるお店や飲み屋を突っ切ると、すぐに明るい通りに出た。とは言っても歓楽街、正直あまり女の子の一人歩きには向か ない。
 「で、お連れさんはどんな人なんだ?」
 「ええと、……正義感が強くてなんというか過保護で……」
 「いや、性格じゃなくて、見た目な。」
 ちょっと天然なのだろうか、なんて思いながらツッコむと、お嬢様は、あ、と恥ずかしそうに頬を染めた。
 「嫌だわ私ったら。ええと、緑色の髪で眼鏡を掛けていて。」
 「名前がダドリーだったり」
 思わず思い当たった名前を口にすると、お嬢様はきょとんとして首を傾げた。
 「だどりぃ?どなたですのそれは。」
 「いや、違うならいいんだ。あ、そういえばお嬢さんのお名前聞いてなかったな。」
 「あ、私としたことが大変な失礼を。私は、」
 「エフィーーー!!!そこを離れるんだ!!!」
 第三者の怒鳴り声が響いた。思わず声の方を向くと、緑の髪で眼鏡を掛けたダドリーではない男がこちらに向かって猛然と走ってくる。咄嗟にお嬢様をかばう様に男の進路から退いたが、男は構わずランディに殴り掛かってきた。
 「エフィから離れろ!!!」
 ダドリーではない男は聞く耳を持たず、そのまま拳を振りかぶる。
 「待て何か誤解してるぞおま」
 ランディも拳を止めようと身構えたのだが、男は直前で足を滑らせ、そのまま頭から突っ込んできた。
 双方とも想定外な状況で取り得た行動は、ひとまず後ろのお嬢さんをガードすることだ。
 結果。
 「っくぅ……!」
 鳩尾近くで頭突きされる格好になった。頭突きをかましてきた男もその場にうずくまっている。年のころは自分と同じくらいだろうか。ダドリー捜査官とは、あまり似ていない。
 「アンディ、なんてことをしますの?!この方は警察の方です!迷っていた私に付き合って」
 「エフィ騙されるな、警察官はそんなだらしなくくっついて来たりしないっ!」
 そいつは偽物だ!!
 アンディとやらの叫びに回りがざわつく。
 「待て待て待て、俺はこれでも一応クロスベル警察特務支援課の」
 「あなた、偽物でしたの……?」
 エフィお嬢さんの怯えたような瞳に顔が引きつった。
 「いや俺身分証見せただろ…?!」

 「全くなんだよ、今日は厄日か?せっかく綺麗なお嬢さんだと思ったのにこの仕打ち」
とぼとぼ帰りながら隣を歩く同僚に盛大にぼやく。六つ年下の同僚は、年に似合わないクールな顔で肩を竦めた。
 「はいはいお疲れ様でした。」
 同僚ことティオはこちらを向こうともしない。
 今日は晴天だった。とても気持ちのいい日だった。つい2時間くらい前までは。
 野暮用を片づけて支援課に戻る帰り道。裏通りなんて変なところで迷子の令嬢を見つけたから、軽く口説きながら相手を探していたら、何を勘違いされたのか探していた相手に唐突に殴られた。
 身分証代わりのエニグマを見せてもなかなか信じてもらえず、終いには令嬢にまで疑いの目で見られる始末。
 偽警官だと騒ぎになりかけ人だかりができそうなところで、たまたま通りがかったティオ……が連れてきてくれた制服警官が身分証を出してその場を収めてくれたおかげでなんとかなりはしたものの。
 「俺だったからこじれた、って酷くね?」
 ご令嬢とその連れの対応でも妙に疲れてしまったというのに、制服組の酷い言いようでダブルパンチである。
 「実際そうでしょう?さりげなく肩に手とか回したりして、お嬢さん、なんて言ったりしてたんじゃないんですか。」
 冷たい物言いにむっとして言い返す。
 「見てきたように言うな。俺は指一本触れてない。多分。」
 ティオは、偽警官騒ぎになりかかったところでランディを発見したらしい。しかし即時助けには入らず、制服組を引っ張ってきた。曰く、『会話の内容から私が出て行ったら余計こじれると判断しました』とのことで、全くもって冷静なものだ。
 そして今も冷静だった。
 「多分ってことは、やったんでしょう。」
 記憶にはないが触れなかった自信もない。ああいうのは無意識だ。はあああ、と、ランディは天を仰いだ。
 「大体あんなに大事なら目を離すなっつの。問答無用で殴りかかってくる前にやることがあるだろってんだ。」
 不意打ちで頭突きされた鳩尾は痛むし、避けるに避けられず殴られた頬は痛いし、なんだか無駄に疲れた。
 なんだよあれなんだよあれ。
 尽きない文句に、ティオが深々とため息をついた。
 「ランディさん。あんまりぶちぶち言わないでください。話題がループしてますし正直めんどくさいです。」
 「ティオすけまで冷たい。」
 ぶーたれて見せると、はいはい、と軽くあしらわれる。
 「それ以上言ったら慰めてあげませんよ。」
 耳が聞き捨てならないことをキャッチした。
 「え、慰めてくれるのか?」
 目線をティオに真っすぐ向けると、ティオは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこちらを向いた。
 「はい?」
 「だってさっき」
 「それは言葉のあ」
 「唐突に元気になったぜ。もう愚痴言わないから存分に慰めてくれ。いやー楽しみだな。」
 皆まで言わせず畳みかけると、ティオは眉をしかめて身を引いた。
 「なんでそこでやる気を出すんですか。」
 「ここでやる気出さないでどこで出すんだ。」
 ティオがぷいっと顔を背けて踵を返す。
 「もう慰める必要もないみたいですね。私はまだ予定があるので先に戻りま」
 「戻るとこは一緒だろ。」
 うぐ、と聞こえたが知らないことにする。
 「さあ慰めてくれ」
 気取るように両手を広げて見せると、ティオはさらに顔をひきつらせた。ただし逃げるつもりはないらしい。息をするように自然に魔導杖を構えようとする。それを抑えると、さらにひくりと口元が引きつった。その様子は子猫が警戒しているようで、さらに構いたくなってしまう。
 「さっき言ったもんなー?」
 「言ってません。大体あれは言葉の綾というか……それにもう慰める必要ないでしょう。」
 クールな頑強さの中に、困惑の色が混じる。
 「そうなのか?俺落ち込んじゃう」
 「勝手に落ち込んでてください。」
 はあ、と息をついて走り出そうとする背中に声を掛ける。
 「ティオすけがー慰めるっていうからー俺愚痴やめたのにー」
 子どもにも分かるくらいの拗ねたフリだ。だが、そこで完全無視できないところがティオのお人よしなところである。
 「ああもう、本当に面倒くさい人ですね。」
 特大のため息をついてティオはランディの目の前に仁王立ちになった。手を伸ばせば届く距離でポケットに手を突っ込むと、そのままアーツの駆動を始める。
 今までの経験上、もしかしなくてもティオお得意の水アーツで氷漬けにされる気がした。からかいすぎたか、という予感に反し、駆動は2秒もせずに終わる。
 「……痛いの痛いの飛んでいけ、です」
 アーツの光が体を包む。そして背伸びした小さな手が確かめるように頬に触れ、髪を撫でて離れて行った。
 「これでいいでしょう。」
 「……おう。」
 自動応答のように頷く。毒気を抜かれた、という表現が一番当たるだろうか。
 「全くいい大人なのに。本当にめんどくさいです。」
 ティオはずかずか歩いて距離を取る。
 「……ありがとな」
 その背中に、声を掛ける。
 「どういたしまして」
 声はまだ面倒そうで怒っているようだが、その耳はかすかに赤い。
 本当にやってくれるとは思わなかった。優しい慰めを希望はしていたものの、氷漬けの方が現実味があった分、驚きも大きい。
 腫れかけていた頬の痛みは消えていた。これが慰めかと言えば何か違う気はするが、何とかしようとするその律義さが可笑しいしかわいいし面白いし、触れられた髪も頬も何だかくすぐったい。多分これは、ティオなりの優しさなのだろう。呆れられているだけかもしれないが。そう思うことにした。
 もう一度その背中を見ると、自然笑みが浮かぶ。なるほど心が晴れるというのはこういうことなのだろう。

 足を速めてティオに追いつく。
 前言撤回。
 今日はとても気持ちのいい日だ。
 
 

多分これいつか書き散らしてそのままにしてたんですよね。「なぐさめてア・ゲ・ル」ていうのが基本コンセプトじゃなかったかしら。アンディとエフィはルナルサーガから取ったのかしら……。
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