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ひとつ大人に近づく日

 明るくなった部屋でもそりと目を覚ます。そのままのろのろと着替えるいつもの朝。
  しかし視線はベッド脇に置いていた手紙に逸れていった。
  昨日故郷の両親から、いろんなものをかいくぐって届けられた手紙。中身は既に昨日確認済みだ。カレンダーの日付を確認し、手紙にもう一度目をやる。
  支援課のメンバーには誰にも言っていないけれど。
  今日から、自分はまたひとつ大人になるのだ。
 
  顔を洗って階下に降りると、賑やかな声が出迎えた。
  「おはよーございます。」
  「あ、おっはよーティオ!!」
  「あ、ああおはよう、ティオ。」
  いつもの朝だ。
  「おはようティオちゃん。」
  「よお、おはよーさん。」
  前言撤回。いつもと何か違う。テーブルの上には既に朝食の準備がしっかり整っていて、既に他のメンバーは席に着いているのだ。
  「すみません、私、寝坊してしまいましたか。」
  「いや、そんな事はないよ。俺たち、今日はたまたま早く起きてただけだから。」
  はい、ティオの分、と差し出されたサラダをありがたく手元に引き寄せる。
  「言ってくれたら起きたんですけど。」
  「いいのよ、まだ定刻前だし。」
  「ふわあ……おう、おはようさん。なんだ今日は皆して早いんだな。」
  そんな話をしている間に課長が起きてきた。さあ、食べましょうか、とエリィが笑って、皆でいただきます、と声を合わせる。
  食事が終われば、今日の分の指示と仕事を確認するミーティング。今日はランディと行動を共にする事になるようだったが、まあそれもある事だ。やっぱりいつもと同じ朝、なのだろう。
  何か妙な気もしたのだが、だからと言って自分の感応力をここで発揮するのも気が引ける。
  「よっし、じゃあいくかティオすけ。」
  「了解です。」
  「みんな、がんばってね!」
  引っ掛かりを覚えていても、キーアに見送られて外に出ると、それだけで今日一日が明るいような気がしてきた。
  事もなしだ。それでいいのだと思う事にした。
 
 
  朝の違和感も忘れるほどに、何事もなく仕事は過ぎ去り、気づけば昼になっていた。
  「そろそろ戻りますか。」
  一緒に歩いていたランディに声を掛けると、ランディは、んー、と視線をこちらに向ける。
  「今日は外で食ってかねぇか?」
  珍しい提案に思わず眉がよった。
  「キーアたちも戻ってきてると思いますし。」
  きっと人数分作って待っているのではないか。そう言ってもランディは首を振らない。
  「連絡入れとけばいいんじゃねえの?」
  「私はキーアとロイドさん達と一緒に昼ごはんが食べたいんですけど。」
  言っている間にランディはひょいっとエニグマを起動させた。
  「おう、ロイドか。……ああ、ああ。了解。じゃあ外で食ってくるわ。」
  「ちょっと待ってくださいロイドさん!ロイドさん!!」
  スピーカーモードなしの連絡は、こちらの言い分など聞くわけもなく、あっという間にさくっと切れてしまう。
  「……なんでそんなに強引なんですか。」
  むっすりと見上げると、ランディは困ったように笑った。
  「俺と二人で昼飯ってそんなに嫌か?」
  「嫌です。」
  その表情に若干本気で傷ついているのが見えたような気がしたが、そんなものは関係ない。
  「馬鹿言ってないで支援課に帰りますよ。」
  くるりと踵を返すと、ちょっと待てよ、と引き止められる。
  「まあまあ、そう言うなって。今日はおごるつもりだったんだからよ。」
  「え?」
  珍しい文句に思わずそちらを見上げた。
  「どういう風の吹き回しですか。」
  言うと、実はな、と耳元に声が近づく。
  「昨日カジノで大勝したんだよ。だが、全員におごるほど馬鹿勝ちしたわけでもなくてな?」
  「……なるほど。戦勝祝いですか。」
  「そういうこった。ささやかだがな。」
  だから付き合えよ、と言われて少し考える。
  「……まあ。」
  そういうことなら、いいか、と思った。
  「わかりました。」
  「さすがティオすけ話がわかるな!」
  言って、ばん、と背を叩かれる。
  ……その呼び方も、そろそろやめてくれないものだろうか、とふと思った。一つ。一つ大人になったのにこのままでは未来永劫この扱いをされ続けそうで、何かとても微妙だ。
  「よし、行くかあ。」
  意気揚々と東通りに向かおうとするランディを見ている限り、そんな事を言ったところで意味は無いのは明白なのだが。
  ひとまずはキーア分だけ、今日は少し豪華なのを頼もうかなどと考えていると、また声が飛んでくる。
  「よっし、今日は奮発するぞ。」
  見透かされているような言葉に、目を思わず瞬いた。この浮かれたような言動は、本当に何事なのだろう。いや、ささやかな戦勝祝いと言うからにはそれでもおかしくは無いのだが。
  「はあ……では、ご馳走になります。」
  でも、時間はちゃんと厳守だ。しっかり釘をさして、結局ティオは付いていく事にしたのだった。
 
  昼ごはんは美味しかったし、今日はランディも仕事を割と頑張ってくれていた……というよりも力仕事系メインだったおかげで自分の方があまり力になれていなかった……おかげで、仕事も随分さっくり片付いていた。現在地はラスト依頼の片付いた歓楽街だ。ここから支援課に戻って報告書を仕上げても、夕飯は作成含めゆっくり間に合いそうな時間である。
  「じゃあ、帰りますか。」
  そう言って支援課のほうに足を向けると、ちょっと待て、と引き止められた。
  「何か?」
  「いや、早く片付いたし、ちょっと寄り道でも、と思ってな?」
  「はあ……つまりカジノに行きたいと。どうぞご自由に。」
  仕事も終わっているし、まあ構わないの範囲内だろう。ひらひらと手を振って追い払う……もとい、見送る仕草をすると、ランディはまあまあ、と寄ってきた。
  「ティオすけも一緒にいかねぇか?」
  「未成年に何を勧めてるんですか。一人で行って下さい。私は帰ります。」
  ぺいっと空気を振り払って踵を返そうとすると、また声が飛んでくる。
  「いやほら、別にカジノに行くとは言ってねえぞ?」
  「じゃあどこに行くんですか。」
  どの道つき合うつもりはない。だから当然ぞんざいな聞き方になる。キーアが待っている支援課の方が魅力的なのは間違いないし、と息をつくと、ひょいっとあちら側を指差された。
  「あっちのアイス屋。おごってやるからさ。」
  指差された先には確かに行きつけのアイス屋がある。キーアの前の寄り道、という選択肢が頭を駆け抜け、それは一瞬で可決された。
  「行きます。」
  「……おう。お兄さん食いつきのよさにちょっとびっくりだぜ……。」
  若干驚いたような苦笑いに、少し気まずくなってひとつ咳払いをする。
  「……その。つい。好きなものがあってですね。」
  その様子を見ながらランディはくすくすと笑った。
  「ああ、知ってるぜ。確か、氷菓《七彩》だったっけか。」
  「ええ、それが一番好きですね。まあおごって貰うのにそこまで期待は」
  「じゃ、ティオすけの分はそれで決まりだな。」
  さらっと言われて、アイス屋に向いた姿を思わず二度見する。
  「……今日、ランディさん、なんかおかしくないですか?」
  「言っただろ、昨日カジノで勝ったって。」
  お祝いって奴だ。そう、へろんへろんと機嫌のよさそうな返事が返ってきた。が、余計に何か妙な気がして仕方ない。
  「それにしたって何か……不気味と言うか。」
  ランディの肩ががくっと落ちた。
  「ひでえなあティオすけ。俺はこんなにティオすけの事思ってるのにー」
  「いえ、それはちょっと要らないです。」
  思わず首を振ると、ランディはさらにがっくりと肩を落とす。
  「本当酷いなあティオすけ……。」
  「いえ、あのその。」
  咄嗟に言ってしまったが、まあ大体事実なのは間違いないのだが、別にそこまで全否定したい訳ではないのだ。
  「今日はなんだか、……その、ありがとうございます。」
  昼からずっとお祝いのご相伴に預かっているが、よくわからない巡り合わせのように感じてしまう。物心付いてから祝われた記憶が数えるほどもない日なのだが、なんとなくお祝いされているような気がしてしまうのだ。
  「なあに、いいってことよー。」
  あぶく銭は使わないとな、なんて言っているランディは、こちらの事情は無論知らないはずなのだが。
  ……私、今日が誕生日なんです。
  アイス屋で機嫌よく高値のアイスを注文している背中に、喉元まで出掛かった言葉を飲み込む。
  「さてと、俺は何にすっかなあ。」
  言ったところで何が変わるでもないし、もし変わるとして気を使わせるのも悪い。今日はここまで割と散々に言ってきたので少し気が引けるというのもある。
  結局、アイスを受け取ってもそのまま型どおりにお礼を言っただけだった。
  でも、そもそもこれはランディ個人の勝ち祝いだ。それでいいのだと思う事にした。
 
 
  「ただいまもどりました。」
  「おう、ただいまー。」
  支援課に戻ると、既に皆帰ってきていて、いい匂いが漂ってきていた。
  ところどころ混じる甘いにおいからすると、今日の夕飯はなんとなく豪華な予感がする。
  「あ、ティオ、ランディおかえりー!ごはん今できたから、荷物お部屋においてきてね!」
  「ええ、わかりましたキーア。今日は何なんですか?」
  キッチンの方を覗こうとすると、キーアはばたばたっとガードに入った。
  「後のお楽しみ、だよー!ティオは、とりあえず、荷物お部屋に置いてきて、手を洗ってきて。」
  ね、と可愛くキーアにいわれては、逆らえるわけがない。
  「はいはい、わかりました。じゃあ楽しみにしてますね。」
  うん、と元気よく笑顔で頷くキーアに微笑んで踵を返した。この調子だと今夜は楽しみだなと少し足が軽い。
  その足取りのまま部屋に戻ると、ベッドの上にどんっと置かれた包みが目に入った。行く時はなかった筈だ。疑問符を浮かべながら確認すると、傍に何か手紙が置いてあった。
 
  『ティオへ
   今夜はこれに着替えてから降りてきてね。』
 
  明らかなキーアの字に目を瞬く。
  どういうことなのだろう。キーアのお願いとあらばかなえたいのが第一だ。それでも、疑問符がやはりくるくる回る。
  まあ危険物では無い。そう判断して包みを開けると、果たして。そこには、いつぞ潜入の時に見ていたのと似たような形のドレスが置いてあったのだった。
  「……どういうことなんでしょうか。」
  思わず言葉が漏れる。理由は良くわからないが、……いや少し予感はあるような気がしなくもないが、だとしたらどこから漏れたのかが疑問だ。もちろんドレスを眺めていても答えはわからないのだが。
  首をひねりつつ、結局ドレスに着替える事にした。キーアのお願いなら聞かないわけには行かないのだ。
  着替え終わってドアに手をかけると、今度はツァイトが開けろと言ってきた。
  「今開けます。」
  言いながらドアを開けると、そこに居たのはツァイトだけでなく。
  「お、やっぱり美人になったなー。」
  赤毛の同僚も一緒に立っていた。
  「……つまりランディさんも知ってたんですね?」
  「さあて、何の事だか。」
  けらけらと笑うランディは、ほれ、と手を差し出す。
  「エスコートするぜ、お姫様?」
  ちょっと暗いから、というが、そういえば確かに階段の方は妙に暗く見える。
  「はあ。まあ、エスコートされましょうか。」
  ドアを閉めて手を取ると、その手をひょいっと引かれた。そのまま軽々と抱き上げられて、思わず声が上がる。
  「ちょ、何するんですか!?」
  慌てて首にしがみ付いてバランスを取る。そして即刻降りようとした。
  だが、なかなか降りられない。というか、降りようとするとゆるくやんわり妨害が入るのだ。
  「お姫様をエスコートしようかと思ってな?」
  「こんなやり方はないと思いますけど?」
  「まあまあ、大人しく運ばれてくれ、な。」
  宥めるような言い方には、その背後に何かあるのがざっと見えた。
  「……一体いつからこんな事」
  「さあて、何のことだかなー。」
  へろへろと歩き出されて、仕方なくしがみ付く事にする。
  いつもより明らかに暗い階段を下りると、階下は既に真っ暗だった。ただ、なんとなく、皆が息をつめているような、気がする。キーアとロイドとエリィと……まだ他にも。辺りを見回していると、ぽんっとろうそくがひとつついた。
  「はっぴばーすでーとぅーゆー!」
  花を抱えたキーアが満面の笑顔でこちらに向かってくる。手を伸ばすとようやく下におろされた。そのタイミングでまたぽんっと明かりがつく。
  「ハッピィバースデートゥーユー!!」
  エリィが歌う傍にはどんっと豪華なケーキがおいてある。目をぱちくりさせている間に今度はソファが明るくなった。
  「ハッピーバースデー・ディア・ティオ!!」
  ロイドが笑っているソファのところには、プレゼントにしか見えないみっしぃがどんっとおいてある。
  「ハッピーバースデー、トゥーユー!!」
  クラッカーの音が弾ける。周りからわあっと歌われて、その声と一緒に一気に明かりがついた。
  支援課の一階はいつの間にやら花や輪飾りで全力で飾り付けられている。辺りを見れば、ノエルやフランに課長までガッツリ勢ぞろいしていて、そのメンバーの多さにもただただ目を見開くしかなかった。もはや驚くしか選択肢は残されていない。
  「……皆さん……」
  ぽかーんとしている前でキーアが花を差し出した。
  「ティオ、ちょっと屈んで?」
  よく見なくてもそれは輪になっているらしい。
  「え、あ、はい。」
  少し身をかがめると、頭の上にとんっと花輪が載った。
  「今日からひとつ大人になったわね。」
  ふふ、と笑うエリィに、もう一度目を瞬く。
  「えへへへ、おめでとーございます!」
  「おめでとう!ティオちゃん、すっかり美人さんになったよね。」
  フランとノエルがもう一度ぱーんっとクラッカーを鳴らす。なんでこんなに現実感がないのだろうか。
  「いつも助けてもらってるけどさ、これからもよろしくな。」
  それにその格好似合ってるよ。
  ロイドがにっこり笑って、ようやくなんだか言葉を捜せるくらいになってきた。
  「ま、これからも頼む。……だが、ひとまず今日はお祝いだな。」
  課長の言葉にも、口を開きかけて、それでもうまく言葉が出ない。
  嬉しい、びっくりした……でも、なんで知ってるのか。なんでこんなに祝ってくれるのか、どうしてそんなに嬉しそうなのか。聞きたい事が多すぎて、伝えたい事が多すぎて、全然言葉にならない。ただ、感情だけが一杯一杯になっていた。よく解らないけれど、嬉しくて、びっくりしていて、なんだか胸が苦しくなるような。
  「ティオ、おめでとー!」
  キーアにとんっと抱きつかれて、思わず抱きとめる。それと一緒に、一杯になった気持ちが溢れてきた。
  「……あ、ありがとう……ございます……」
  ぼやける視界をぐっと拭って、なんとか声を出す。幸い、一番言わないといけない事はなんとか言葉になってくれた。
  「……誰も知らないと思ってたんですけど……こんなにお祝いしてもらえるなんて……」
  見上げるキーアの前で、自分はちゃんと笑っていただろうか。
  生まれてこのかた、ここまで派手にお祝いされたのは初めてのような気もする。
  「ほれほれ、感極まって泣いてるんじゃねえぞ、ティオすけ。主役だろが。」
  ぽん、と肩を叩かれて、むぐ、と止まる。それと一緒に少し気持ちも落ち着きを取り戻した。
  「……もうちょっと浸らせてくれても良いと思うんですけど。」
  残りの涙を拭いて、辺りを見回す。色とりどりの飾りと料理とケーキと。あの感じだと、デザートはエリィ作、料理はキーアとロイドの合作……ノエルやフランも作っていたと見えて香ばしい香りもしている。そしてソファはみっしぃ三昧だし、腕の中にはキーアが居るのだ。
  「誰にも言ってなかったはずなので、その……ちょっとまだ、信じられないです。けど。……とっても嬉しいです。……ありがとうございます。」
  ここはきっと楽園だ。でも嬉しすぎるし、自分のためにこの状況というのは実際少々恥かしい。
  花冠を押さえて小さく頭を下げると、辺りからぱちぱちと暖かい拍手が沸き起こったのだった。
 
 
 
  「はあ……そうだったんですか……。」
  いつもよりとても豪華なパーティ料理に舌鼓をうちつつこの事態の理由を聞いても、結局自分は間抜けな返答しか返せなかった。
  口々に返ってくる嬉しそうな返答を総合すると、なんでも数日前、打ち合わせ中に未成年がどうのこうのいう話をしていて、課長がたまたま確認して発覚したらしい。その場にはロイドもいて、折角なら祝わないとという話になるのはあっという間で、その日のうちに今日来ているメンバー全員に話が行ったのだという。
  こちらに気づかれないように準備するのに随分気を遣ったのだとかで、今日一日ランディが外を連れまわして来たのはそのせいだったらしい。
  「愛されてるよなあ。」
  笑いながらそんな事を言われて、さらにどんな顔をすればいいのかわからなくなった。
  「……そうなんです、かね。」
  「もちろんですよ。」
  「そこは自信もっていいですよ!」
  口々に力強く頷かれる。
  でも、確かに、ここまでしてくれるということは、……別に自分にこんな事をしても何があるわけでもないのに、ここまでしてくれると言う事は、……そういうことと思っても、いいのかもしれない。
  「……なんだか、照れくさいです。ひとつ年を取っただけなのに。」
  「ティオ、それが大事なんだぞ。」
  ロイドに言われて顔を上げる。
  「一年ごとに今年も生きてたーってな。」
  「ランディ、それ今はシャレになってないって。」
  けらけら笑うランディにロイドが少し肩をすくめる。
  「そこまで血なまぐさくなくていいと思うけど。でも、一日ずつ、一年ずつしか大きくなれないんだから、一年一度確認してお祝いするのは当たり前だと思う。」
  そうだろ、と言うロイドの柔らかい微笑みにはなぜか素直に頷けた。
  「ティオちゃんなら、大人へのカウントダウンね。」
  エリィの楽しそうな声に思わずそちらを見やる。エリィと、大人、の響きはとても近い。それはまあ、案外可愛いところもあるし茶目っ気も少し子どもっぽいところもたまに見えていて、完全な大人の女、という風ではないのだが。自分から見たらすっかり大人のレディに見えるのだ。だが、自分もあんな風になれるのだろうか。
  「ティオちゃんは、絶対美人さんになりますよ。」
  「うんうん、将来有望だよね。既に有望だけどね。」
  ノエルとフランがうんうんと頷いているのは本当に悪い気がしなくて、やっぱり何か照れてしまう。
  「てことは、ティオすけと一緒に酒が飲める日も来るわけか。」
  「そりゃ感慨深いもんになりそうだなあ。」
  笑っている課長も、そりゃあ楽しみだなあ、と言うランディもそりゃあまあ大人といえば大人だが。何かそれは自分の目指しているものと豪快にずれている気がした。そりゃあ尊敬していないわけでは……ないのだが。一応。
  「大人、ですか……。」
  随分遠いと思っていたその存在なのだが、案外自分にも近いらしい。そう思うとなんだか感慨深い気がしなくもない。こういう日だからそう感じるだけかもしれないけれども。そんな事を考えていたら、ねえ、ティオ、と反対側から声がかかった。最優先の可愛い声のほうを即座に振り向く。
  「なんでしょう、キーア。」
  「ティオはロイドみたいにかっこいい大人になるの?」
  首をかしげるキーアに、そうですねえ、と頷く。
  「確かにロイドさんは素敵ですが、もう少し自分にあった道がありそうな気もします。
   ふふ、キーアはどんな大人になりますか?」
  聞き返すと、キーアは、一瞬固まって、それから困ったように空を仰いだ。
  「私も、まだわからないけど。ロイドみたいにかっこよくて、エリィみたいに強くって」
  課長みたいに頼りがいがあって、ノエルみたいにしっかりもので。
  「ティオみたいに賢くて、ランディみたいにやさしい人になりたい。」
  一言ずつそう言って、えへへ、と笑う。
  「……そうですか。」
  その姿が本当にキーアらしくて、可愛くて健気でたまらない。とても照れるし面映いけれど、それすら幸せに感じた。
  「……ふふ、キーアならきっとそうなりますよ。」
  言いながら黄緑のふわふわ髪を撫でる。
  「幸せな事いってくれるなあ。」
  「本当に。」
  周り中を和ませているのも間違いないらしい。
  「ええ本当に。
   ……キーアが生まれてきてくれて、私、本当に感謝しています。」
  こんな幸せな気持ちになれるのだから。
  そう言うと、キーアはぱっと顔を赤くして、照れた顔で頬をひっかいた。
  「私もね、ティオが生まれてきてくれて、一緒にいてくれてとっても幸せだよ。」
  えへへ、と笑い掛ける顔と声に、感情が一杯になる。
  一杯の気持ちのままに、ぎゅっとキーアを抱きしめた。
  「わわ!?」
  「……ありがとう。その言葉が何より嬉しいです。」
  今朝テーブルに置きざりにしていた手紙がなんとなくダブる。
 
  『そろそろ、あなたの誕生日ね。あなたが生まれてきてくれて本当に感謝しています。』
 
  両親からの手紙にあった文言は、通り一遍の決まり文句のように感じていた。心にもないくせに、と少しだけ心にトゲを感じた程度には定型だと思ったのだ。
  でも、キーアが言うとこんなにも違う。心に何よりしみこんでくる嬉しい言葉。
  その言葉に乗った重みが、やっとわかったような気がした。
  あれはきっと、通り一遍の決まり文句でもなんでもないのだと。
 
  『生まれてきて、よかった。』
 
  心の中で呟く。
  それは今一番の、心底からの想いだった。
 
 

いつもお世話になってるみゅーにゅさんの誕生日に押し付けるべく書いた話。
  実はその前、私の誕生日にとてもとても素敵なイラスト戴いてたので、なんとかこうそれに近づけられないかと思って書いた記憶があります。
  ティオすけは、本当に小さいころこそ物凄い祝われてたかもしれないけど、その後の誘拐事件を経て家でも浮いてて、その後財団に行ってしまっているから、誕生日を祝われた記憶っていうのはあまりないのかもしれないなあとは思っていまして、それならば全力で祝わねば!とこうなりました。
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