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三つ編みちょうちょ

テーブルの上には、色とりどりのリボンやシュシュやヘアピンが散らばっていた。
「大丈夫?キーアちゃん。痛くない?」
声を掛けながらキーアの髪を梳くのはエリィである。手に持った真新しいブラシは、先日キーアのために、と買ってきたものだ。
「うん、だいじょうぶー。」
キーアのほうは、手鏡を片手に大人しく椅子に座っていた。足をゆらゆらさせながら、手鏡を覗き込んでいる。
「そう、それならいいけど。さあて、どういう風に結ぼうかしら。」
キーアちゃん、可愛いから髪のいじり甲斐があるものね、などと言いながら、エリィはキーアの髪を上げたり下げたりしはじめた。
「よし、決めた。」
そして、一際ふわふわとした長いリボンを手に取ると、キーアの髪を結い上げにかかる。
「どうするの?」
「まずアップにして、上からみつあみにするわ。リボンを編み込んだらきっと可愛いでしょう。」
任せて、とエリィは片目を閉じる。その自信たっぷりな様子にキーアも安心したのだろう、元気よく頷いた。
「うん、任せた!」
「じゃあキーアちゃん、ちょっと頭動かさないようにしててね。」
「わかったー!」
元気な返事に微笑むと、エリィは手際よくキーアの髪を纏め上げにかかった。


「ロイド、みてみてー!!」
「ん、どうした、キーア。」
完成後、真っ先に見せに走っていった先のロイドは、キーアを見るなり表情をほころばせた。
「ああ、今日のキーアはみつあみなのか。」
ほころばせた……というよりは、表情がだだ崩れ、の方が表現としては近い。
「うん、エリィにやってもらったの!ね、ロイド、かわいいー?」
言いながらくるりと一回転するキーアの頭には、大きめでふわふわのリボンが結ばれていた。その先は大きな一本のみつあみに編みこまれ、しっぽの最後でもう一度、ひらりと蝶結びで締めくくられている。
可愛くないわけがなかった。
「うんうん、可愛い可愛い。リボンも良く似合ってるよ。お姫様みたいだ。」
キーアなら何でも可愛いけどな。
言いながら、髪を崩さないように頭を撫でる。
「えへへ、ありがとー。」
そう言って、キーアは嬉しそうに笑うと、勢いよく抱きついた。



「ティオとランディにも見せてくるねー!」
「うんうん、きっと皆可愛いって言うぞ。」

そんな声が上からしたと思ったら、すぐ階段を駆け下りる音が聞えてきた。寝転がっていたソファから顔を上げると、可愛いお姫様がぱたぱたとこちらに駆けて来る。
「ランディ、ティオ! ねえねえ、見て!エリィにやってもらったのー!!」
ちなみに一緒に呼ばれたティオはと言えば、指定席の支援課端末前からこちらに走ってくるところだ。
「おお、可愛くできたじゃねえか。」
「キーア、とても可愛いです。天使みたいです……!」
ぱたぱたと駆けてきたティオが、さりげなく確実にこちらを突き飛ばしてキーアを抱きしめた。
「ティ、ティオ……苦しいよ……むぎゅぅ」
「あ。すみません、つい。」
ティオは、思い切り抱きしめていたキーアを慌てて解放する。
「ううん、いいんだけど……えへへ。」
困ったように照れたように笑うキーアに釣られるように、こちらも表情が緩んだ。
「すみませんでした。 あ、もう一度良く見せてください。」
「いいよー!」
キーアは元気良く返事すると、くるりとティオに背を向ける。その髪を一緒に眺めると、ふわふわの白いリボンが編みこまれて、二つの蝶々を作っているようだった。エリィ謹製だろうか、その髪型はどこからどう見てもやっぱり可愛い。
……いや、キーアならなんだって可愛いと思うのだが。
「……リボンと一緒に編んだんですね。みつあみ、かわいいです。」
尻尾の先を手に取り、リボンを観察しながらティオが言う。
「うん、みつあみってロイドもエリィも言ってたよ!
 ……だけど、みつあみってどうするの?」
言葉と共に、みつあみがゆるく揺れる。
「んー、そうですね。」
少し思案していたティオがこちらを向き、視線がぴたりと合った。そしてティオはこちらを見たまま一つ頷く。
「簡単だから私にも教えられるかもしれません。ちょっと待って下さいね。ランディさん、協力よろしくお願いします。」
案の定である。しかしまあ、断る理由は特に無かった。
「へいへい、お姫様の言うとおりにいたしましょう。」
よろしい、と言うように微笑んで、ティオは自分の頭上のアタッチメントを取り外し、ついで結っていた髪も解いた。ばらりと髪が肩に落ちる。そして、リボンとアタッチメントをテーブルの上に置くと、ぴしっとこちらに向き直った。
「ランディさん、ちょっとそこ座って下さい。」
「あいよ。」
大人しく座ると、問答無用で髪が解かれる。
「……まあ、合格ですか……」
ボソッと聞えるのが気にはなるが。
「キーア、ちょっとランディさんの頭借りてください。」
ティオがキーアに声を掛けると、キーアはおっかなびっくりこちらを覗き込んだ。
「ええっと、いいの?」
「おう、いいぞー。かっこよくしてくれよ?」
言うと、ぱあっと表情が明るくなったのが見えた気がした。
「うん、わかったあ!
 ティオ、どうやるの?」
「じゃあ始めましょう。まず、こんな風に髪を三等分してですね……」
ソファの近く、キーアに背を向けるようにしてティオが移動する。適当に分けた髪が見える位置に来ると、ティオはひょいひょいと髪を編みだした。
「で、右を真ん中に重ねて、左を真ん中に重ねて、右を真ん中に重ねて・・・こう、繰り返します。」
わかりますか?とこちらを振り返る。
「ええっと……ちょっとまってね、右、で。左、で?」
真剣な口調と一緒にたどたどしい髪の動きが伝わってきてなんだかくすぐったい。
「そうそう、左の次は右、右の次は左。順番順番です。」
「みぎ、ひだり、みぎ……うん。こうかな?」
少し明るくなったキーアの方にティオは顔を向けると、編んだところを確認したようだった。
「そうですそうです、その調子。」
「右、左、右……ティオ、髪の毛終わっちゃったらどうするの?」
聞かれてティオは、ああ、と元の位置に戻る。
「ええとですね、こうやって結びます。リボンをちょっと固定して、・・・」
テーブルの上のリボンをくるりと指に巻きつけて、器用に髪とリボンを固定し、くるりと巻いて結んでゆく。
あっという間に、水色の一本みつあみに黒い蝶々結びがくっついた。
「こうなのですが、できますか?」
「うーん……っと……。」
キーアは髪を押さえたまま四苦八苦しているらしい。ぎゅっと引っ張られて痛かったり、何か緩んで編みなおしていたりしている気がする。
「こことここはあわせて動かないようにして、くるっとやるんです。そうそう、その調子。」
ティオも横で手を出したり出さなかったりしながら教えているらしい。リボンが巻かれたり解かれたりとしているのが解る。
「おーい、大丈夫か?」
「うーん……」
「大丈夫です。キーアと私に不可能なんてありません。」
自信なさげなキーアの声を、はっきりしたティオの声が一刀両断した。
「あと少しですよ、キーア。」
頑張って、というティオの声は優しい。キーアもそれが通じたのか、素直に頷いた。
「うん。……ええっと…… あ、できた?こう?」
達成感のある声と一緒に、お下げが少し安定する。
「そうそう、上手です。」
ティオの声も満足げだ。
「お、できたか。」
「うん、ティオとお揃いだよー。」
ほら、と差し出された自分の髪の先には、少したどたどしいながらも、確かにティオと同じ黒いリボンが蝶々になってくっついていた。
「うん、上手に出来たな、偉いぞキー坊。
 ……ところで俺の髪紐は?」
傍のティオを見上げる。ティオはなぜか固まっていたようだったが、やがて、ええと、とぎこちなく動き出した。
「髪紐……私が持っていますね。はい。」
ポケットから自分の髪紐が出てきて、そのまま手渡される。
「どうした?」
ボソリとした声に問うと、ティオはゆるりとこちらを振り向き、ふるりと頭を振った。
「いえ。キーアだけならともかくランディさんともお揃いなのか、と思っただけで。」
その表情は若干力なく、がっかりしたとか悔悟の念とかいうものががにじみ出ていた。若干傷つく気がするようななんとも面白くない表情に、いじり倒してやる事を内心で決定する。
しかし、口を開く前に、キーアがしょんぼりした顔でティオを見上げた。
「おそろい、いや?」
途端にティオの表情が面白いくらい揺らいだ。
もっともそれは一瞬で、すぐに表情はふわりと和らぐ。
「……いいえ、キーアともお揃いだからいいんですよ。」
「俺もお揃いな。」
隣から突っ込むと解りやすく身体と笑顔が固まった。
「うん、皆お揃いだね!」
そのせいだろうか、屈託ないキーアの表情にもすぐには対応できなかったらしい。
「……ええ……そうですね。」
「よっし、折角キー坊がやってくれたんだし、今日はこれで行くか。」
言うと、キーアの表情はキラキラと輝くように可愛らしい笑顔になった。
「わぁい、ランディありがとう!」
「なあに、キー坊がかっこよくしてくれたんだからなあ。ありがとよ、キー坊。」
キーアの髪が崩れないように柔らかく撫でると、キーアもくすぐったそうに笑う。
「それなら、私も今日はこうしていましょう。」
ティオも、ふっと息をついた。
「ティオも一緒?」
「ええ、折角のお揃いですから。」
そう言って、水色の尻尾をひらひらとさせる。黒い蝶々リボンがひらひらと水色の髪と一緒に揺れた。その様子がなんだか面白くて、自分の髪もひょいっと揺らしてみる。
赤毛の上で揺れる黒い蝶々リボンは、当然ながらティオと同じような揺れ方をした。
ふと視線を感じて顔を上げると、ティオがこちらを見ている。
「どうした?」
「いいえ、なんでもありません。」
ふいっと顔をそむけられてしまった。ただ、その表情に、あれ、と思う。
「なんだぁ、照れてんのか?」
ひょいっと手を伸ばしてその手を掴むと、ティオは一瞬固まって、そしてゆるりとこちらを向いた。
「どこをどうやったらそういう結論に達したんですか?」
顔が赤い、とか、照れている、とか。そういう可愛らしい要素は全排除した冷たい表情だった。が、掴んだ手がふるふる震えている辺りが甘いといえば甘い。
「……俺はティオすけとお揃いで嬉しいけどな?」
ニヤリと笑いが出るのは止められなかった。
「……私も、そうですね、悪くないです。嬉しいですよ?」
言葉と共に返ってきたのは防弾ガラスのような表情だ。キーアの手前、というのが良くわかる出来だが、そのキーアはといえば、謎のやり取りをぽかんとして眺めている。
「……ティオ?」
「なんでもないです。」
不思議そうに見上げるキーアに、ティオは安心させるように笑顔を見せた。
それと同時に、さらっと手が振りほどかれる。乱暴さが無く、そつなくクールなのが余計に寂しい出来だ。無論こちらなど見向きもしない。
「ランディさんを連れて、ロイドさんとエリィさんに見せてきたらいかがですか?
 キーアの初みつあみです。」
「うん!ねえねえ、ティオも一緒に行こう?三人おそろいだし!」
屈託ないキーアの笑顔に、ティオはそろっとこちらを見た。ばちん、と目が合うが、すぐに目線は外される。
「そうですね、それじゃあみんなでいきましょうか。」
そう言ってキーアに手を差し出した。
「うん!」
ぎゅ、と二人の手がつながれる。
「ランディも。」
「仰せのままに。」
おどけてキーアのもう片方の手を取ると、キーアは弾けるように笑顔になった。
それを確認し、くすと笑って歩き出すティオの顔には、少しだけ赤みが差している。ああ、と少しだけ納得して、同時になんだか可笑しくなってきた。要は照れているのだ。
キーア越しに見える横顔に、みつあみと黒い蝶々が揺れた。今は自分の後ろ髪と同じもの。
その姿は、若干悔しそうで、少々照れくさそうで、……自分の幻想かもしれないが、少しだけ嬉しげに見えたのだった。



みつあみの話はそれこそ1月くらいに書いて放置してたのですが、なんとか最後まで書けたのはそれから数ヵ月後だったという。
本当はもうちょっとね、ギャグにする予定だったんです。あみこみまで教えてミシェルさんヘアとかにしちゃったりとか。
でもまあ、その分はみゅーにゅさんが漫画にしてくれたのでOKなのです。てへ。
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