出会いざま、おりゃ、と後ろから腕を回す。
「……おはよーございます。」
腕の中の反応は、相変わらずとても薄かった。身じろぐでもなく、身体を預けるでもなく、ただ立って挨拶を返している、だけ。低血圧の寝起きの悪さ、というわけではない。……なんとなく、自分がどうでも良いものとして扱われているような気すらするが、……ここで引くのは何か負けたようでおもしろくない。
ひとまず、ぐぐ、と体重をかけてみる。と、少しずつ抵抗が強くなった。
「……重いです。」
「そうか。」
淡々とした意見には、そこそこ淡々と返事をしてみる。しかし、そこでやめても面白くないので、ふかふかとした水色の髪をわしゃわしゃと撫でてみた。
「……髪が乱れるんですが。」
「ふむ。」
別にやめろと言われている訳ではない、と勝手に解釈して思う存分撫でてみる。
と、抱きすくめられていたティオの手が上がってきた。
「……離してください。」
腕に手が掛かった。外したいという意思表示だ。しかしまあ、力は全く足りていない。
「どうすっかなあ?」
言いながら、ギリギリのところまで体重を掛けてみる。
「……重いです。邪魔です。退いてください。」
そこそこ拒否反応が出てきた。やがて、ため息と共に腕に掛かった手が下りる。
そして。
「今日は焦げますか?」
いつの間にやらティオの手の中には、見慣れたみっしぃのストラップつきのエニグマが駆動していた。とりあえず手を離す。このままふざけていると、もれなく自分は焦げてしまうのだ。
「全く。」
肩をすくめて、ティオは振り返りもせずすたすたと行ってしまった。やっぱり、居ても居なくてもどうでもいい人間に分類されているようで何だか悔しい。
嫌がっているなら嫌がっているでそこそこ反応をすればいいのに、ティオは驚くほどに反応が薄かった。今でこそ離せと言う様になったが、最初はほぼ無反応だったのだ。
別に何がしかの反応……たとえば、きゃあと言ってみたりとか、逆に身体を預けてきたりとか……を、期待していたわけではないのだが、……忘れもしない初回、力が緩んだ途端にするりと腕を抜け出して、何事もなかったかのように他に行ってしまうという展開は流石に想像していなかった。
ほぼ無視に等しい。あれなら暴れてもらった方がよっぽどマシだ。
その事がなんとなく悔しくて、結果、事あるごとにちょっかいを掛けている。反応は基本的に薄いが、ひとまずささやかながら拒否反応だけは見受けられるようになってきた。相当面倒そうに見えるのがアレではあるが。どうせ拒否するなら気合入れて拒否すればいいのに、そんな熱意は勿体無いとでも思っているのか大体おなざりである。
……まあ、空気のように無視されるよりは大分進歩したとは思うのだが。
まだやったことは無いが、頬をつついたりしたらどうなるだろう、などと思いながらティオのほうをみやる。
感覚のやたらに鋭いティオは、視線を感じたと同時にこちらを向いた。
「……ランディさん。またよからぬことをたくらんでますか?」
おまけに勘も鋭い。
「いいやー?」
へろりと避けるが、誤魔化せていないようだった。
「……。」
目つきに険が混じる。ティオ的には威嚇のつもりなのだろうが……なんだろう、仔猫が毛を逆立てているようで、妙に微笑ましい。
「余計な事はしないでください。毎度ウザいです。」
相手は猫ではなく人間だった為、言葉のトゲは見事にクリーンヒットしたのだが。
すたすたと去っていく背中を、がっくりと見送っていると、ロイドがひょいと顔を出した。
「おーいランディも手伝えよー。」
「へいへい、今行くー」
息をついてそちらに向かうと、ロイドが呆れ顔でこちらを見上げた。
「まーたティオにちょっかい出してたのか?」
あんまりやってると嫌われるぞ、とロイドは肩をすくめる。
「別にちょっかい出してるわけじゃねえよ。ただ、もうちょっと懐かねえかとあくなき挑戦をだな。」
「……何が何に懐くと?」
冷たい声がすっと割り込んできた。両手に食器を抱えて、ティオが冷たい目線でこちらを眺めている。
「ランディさん、前から思ってましたけど、私のこと猫か何かと勘違いしてませんか?」
「いや、そんなことはねぇよ?ティオすけは俺たちの仲間だろ?」
……まあ、確かにたまに本気で猫に見えたりはしていたが、そこは伏せる。
「……それなら良いのですが。」
言いつつも、ティオはその点に関して全く信用していないようだった。
「あんまり懐いてこないでください。面倒くさいです。」
じとっとした視線が一瞬だけこちらに向く。しかし、それは一瞬もなく、ティオはすたすたと行ってしまった。
「……あんまりやってると嫌われるぞ。」
同じ口から同じ台詞がもう一度来る。しかし、それには首を振った。
「それはねぇよ。」
「凄い自信ね。」
いつの間にやらミルク鍋を抱えたエリィが立っている。
退いて欲しい、は見れば解ったが、ひとまず手を差し出した。
「毎朝のようにティオちゃんのエニグマが駆動してるのに。」
ありがとう、とエリィが鍋を差し出す。
「それはそれ、これはこれ。俺にはわかるの。」
返事だけして、鍋を受け取ってテーブルに向かった。
「……どうだか。」
「……思い込みでしょう。」
なんとでも言えばいいのだ。
何せ自分はまだ、この点が原因で避けられたことは無い。
ティオは感応力に優れている。その気になれば、気配を察知して警戒するくらいわけもないはずだ。おまけにほぼ毎日この状態である。本気で避けるつもりなら、ティオの性格なら事前対策くらい取るだろう。
……でも、それをしないと言う事は、つまり。
理屈ぬきで感じていた。
懐いてくれてはいないし、どうかすると空気扱いだが、本気で避ける気もないし、別に嫌われているわけでもなく嫌う気もない。
……そこは安心していいのだと。
ランディは、ティオみたいなタイプが相手の場合、なんとかして反応引っ張り出そうと変な方向に燃える人だと思ってます。相手してくれない猫を構い倒す人のように。そして当然ウザがられる。
なんとなくこの二人、猫とそれを構い倒す人みたいなイメージなんですよね。