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商業都市ボース

 お嬢様のお仕事が早く片付いてくれますように
 お嬢様の心配事が一つでもなくなりますように
 お嬢様の・・・・

「何そんな真面目に祈っとんのや?」
教会の祭壇前。
後ろからいきなり掛けられた声に、リラは一瞬固まって・・・一息つくと、落ち着いて後ろを振り返った。
「ミラノ様・・・・。
 いえ、例によってお嬢様に代役を頼まれたので、代わりに祈っていたところです。」
いつもと同じように、冷静に冷静に答えを返すと、ミラノが苦笑いの顔になった。
「代役って・・・メイベルはどこにいったんや?」
「・・・執務室で書類と格闘されています。」
二人で深く深くため息をつく。
「そーかぁ・・・メイベルも苦労しとるんやなぁ。」
「ええ・・・。  その上忙しすぎて、ここ一週間ほど外にすら出ていらっしゃらないのです。」
リラは出掛けのメイベルの様子を・・・執務室の机で書類に埋もれていた姿を思い出し、さらに深いため息をついた。
ミラノが顔をしかめる。
「そらあかんな。少しは外に出るよう言ったほうがええんとちゃう?」
「私が言っても・・・なかなか聞き入れてくださらないのです。」
責任感が強すぎるのだ。首をふったリラに、ミラノはどんと胸を叩いた。
「じゃ、ウチがなんとかしたる。大体メイベルは根詰めすぎなんや。」
「お願いいたします。」
深々と頭を下げるリラに、ミラノはまかしとき、と笑った。


「メイベル様、ミラノ様がいらっしゃっております。」
とんとん、と執務室をノックすると、返事はすぐに返ってきた。
「通して頂戴。」
「遠慮なく入らしてもらうで。」
リラが扉を開ける前に、ミラノは自分で扉を開けてずかずかと執務室に入っていく。
「ミラノ、お久しぶりですわね。
 この通り、書類をさばきながらで申し訳ないのですけど。」
執務机の上にはリラが出て行くときよりは少し減ったような・・・それでもうずたかく積みあがった書類の山。メイベルは、書類に手を置き苦笑いしながら・・・それでも、友人の訪問に嬉しそうに応対する。
「リラから聞いたで。忙しらしいな。」
「そうなんですの。もー、何時になったら終わるのかさっぱり。」
「けど、外にも出ないってのはどうかと思うで?」
ミラノが一歩前に出る。
「それもリラから聞きましたの?」
「そや。」
もう、とメイベルの視線がリラの方に向かう。当然のこととリラが頷くと、メイベルの視線は気まずそうに泳いだ。
「でも、これが終わらない事には・・・」
泳いだ目線は、机の上の書類の山をさまよう。
ミラノの手が、執務机を叩いた。
音に驚いたメイベルがミラノの方に顔を向ける。
その目をじっと見つめて、ミラノは詰め寄った。
「自分の町も見らんで、部屋にとじこもっとって何が市長や?」
「それは、そうなのですけど。これが終わらないと話になりませんわ。」
迫力にも臆せず、メイベルは言い返す。
「ウチはいくら忙しとはいえ、引きこもり市長の治める街には住みたないで?
 商人としても、自分の街もよー見ん奴に協力したいとも思わん。」
「・・・・・・・・・。」
さすがに大商人をやっているだけの事はあり、押しの強さと迫力は申し分なかった。強い視線はメイベルの目が泳ぐことも許さない。
「よって、今日は外に出るんや。今すぐ。わかったな?」
だが、それだけではない。友人を友人として気遣っているのも、ひしひしと感じられる。
心配そうなリラの表情と、ミラノの強い表情。
二つの顔に陥落し、メイベルは一つ息をついた。
「・・・・・わかりましたわ。」
ミラノが満足そうに頷き、リラは控えていた部屋の隅で、小さく安堵のため息を漏らした。
「ならさっそく・・・そやな、とりあえずマーケットにでも行ってみ。
 新しい店出とんの知っとるやろ。」
「ええ、この間行ってきましたけど・・・特に変わった様子はありませんでしたけど?」
疑問符を貼り付けたメイベルに、ミラノは意味ありげな笑顔を見せた。
「今、面白いことになっとるで。」
「?」
「ある意味名物になるかもしれへん。引きこもっとったらわからんやろけど。」
ニヤリと笑うその顔に、メイベル持ち前の負けん気が思い切り反応した。
「わかりました。マーケットのオーナーとして、市長として、行って参りますわ。」
「おぅ、行ってきや。・・・んじゃ、うちは戻るわ。」
失礼、と一礼して、踵を返したミラノに、メイベルは慌てて声を掛けた。
「行かないんですの?」
「市長と大商人の癒着とか言われたいんか?さっき『市長として』て言ったばかりやろ。」
突き放すような言葉。それでもその声音は、いつもと同じく非常にあっけらかんとしていた。
「・・・・・それは・・・・・」
「昔は昔、今は今や。お互い立場ってもんがある。」
ミラノは振り返ってメイベルに笑いかけた。
「まあ、また、陳情にかこつけて遊びに来るわ。」
昔と全く変わらない、人懐こくてどこか豪快な笑顔。立場があるといっても、何も心配する事はないし、何も変わっていない。それをわからせてくれる笑顔だった。
「もう・・・あなたって人は。」
ありがとう、と心から頭を下げる。市長としてではなく、メイベルとして。
「どういたしまして。そいじゃまた。」
そんな彼女に軽く手を振ると、ミラノは廊下への扉を開けて出て行った。


ミラノが市長邸を辞して1時間後。
メイベルは、リラを伴ってボースマーケットにやってきていた。
「いらっしゃいいらっしゃいー!」
「新商品入ったよー!」
相変わらずの熱気と客寄せの声と商売の話で、今日も活気に満ち溢れている。
それを眺めて、満足そうに一つ頷くと、メイベルは視線をさ迷わせた。
「新しい店が面白いことになっている、と聞きましたけど・・・」
「・・・確かににぎやかにはなっていると思います。」
毎日買い物に来ているリラもこくりと頷いた。
「新しい店」とは、空賊事件解決後に増えたお菓子の屋台である。その屋台があるはずのところに目をやるが、特に何も変わったことはなく、普通に商売をしているだけ。
「あそこのお菓子は確かにおいしかったのですけど。」
「それとは別のところでにぎやかなんです。」
「?」
疑問顔のメイベルに、リラは少しだけ微笑んだ。
「もうすぐ始まりますよ。」
リラの視線は噴水の方に注がれている。そちらを見てみると、小さなお客達が集まってきていた。手に手にもったお菓子は、おいしいと評判のカステラ屋のお菓子である。

「今度はお兄ちゃんの手品?」
「お姉ちゃんの話?」
「今度は、お兄さんの手品だよ。」
「わぁ!よかった!」
「私おねえちゃんの話好きよ?」
「あれもいいよねー」

噴水の方は小さな子でにぎわっている。
と。

「とざい、とーざーい」
ひときわ大きな声が噴水の広場に響いた。声の主は青年・・・・この間の事件でとらわれになっていた青年である。
「さー、お菓子のお兄さんの手品だよー。まずは相棒のパペット君の挨拶から。」
「ヤア、コンニチハ。キョウモ イッショニアソボウネ。」
パペットが喋ると、子供達の間からいっせいに歓声が上がった。


「なるほど、確かにこれは面白いですわね。」
小さなお客にまぎれるようにしながら、メイベルが興味深げに呟く。 「午前中はカステラ屋の方がお話をしているんです。
 今は、ほら。」
リラが指差した方向・・・丁度手品をやっている場所の横辺りに屋台がくるようになっていた。そのベストポジションには、子供のお小遣いに丁度いい程度の安値なお菓子が並べてある。どうやら、手品をやっている間のタイムサービスらしい。
そしておそらく、午前中は立場が逆になっているのだろう。客層が子供達なので、他の店からもさほど文句は出ない・・・というより、親が買い物に集中できる分、他の店も余計に活気づいている。
「いいものを見ましたわ。」
商人の知恵に感心しながらも、繰り広げられる微笑ましい光景にメイベルの表情も緩む。
「それは良うございました。」
リラは、常のように冷静に相槌を打つ。しかし、それだけではない、少しの違いがあった。
「リラも何か嬉しそうですわね。」
唐突に話を振られて、リラは一瞬固まる。
「ええ。」
しかし、彼女は素直に頷いた。
「お嬢様が、そうやって笑っていてくださるのが一番嬉しいです。」
メイベルの瞳に映ったリラは、春の雪解けのような淡い笑顔でそう言ったのだった。



地味企画・サントラでお話書いてみよう!の・・・いきなり第6弾。リクエストにお答えして、商業都市ボースを延々聞きながら書いてみました。
ボースといえば市長さんとメイドさんと商人さん!ってことで、趣味に走った組み合わせです。短く書くつもりで長くなっちゃった口なんですが、ちょっとはあの町の雰囲気が出てるといいなあ。
ミラノさんの関西弁は完全に似非です。行った事すらない場所の言葉を想像で書いたもので・・・ちと。
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