木のフレームの中には、今より10年近く若そうなカシウスと、小さなエステル。
それと、穏やかに笑っている女の人。
掃除中に、ふと目が留まったら、ついしみじみと眺めてしまって・・・頭をはたかれる。
「ヨシュア!何ぼーっとしてんのよ?」
振り向くと、箒に三角巾姿のエステルが仁王立ちになっていた。
「ああ、ごめん。」
慌てて写真を棚におく。
ところが、エステルもそちらに気を取られたらしい。
「・・・あぁ、写真見てたのね。」
いいながら、エステルは写真立てを手に取った。
「・・・うん。えーっと・・・そっちの女の人は、」
「うちのお母さんよ、もちろん。」
予想していた答えは、少しだけ誇らしげに返ってきた。
「そうなんだ。いや、なんか似てたから・・・。」
「そりゃ、私のおかあさんだもん。似てて当たり前よ。」
・・・父親似だと思っていたんだけど。
それは・・・なんだか、言ったら機嫌を損ねそうだったので黙っておく。
エステルは、写真をじーっと見つめながら・・・ふと、唐突に手を打った。
「・・・そういえば、ヨシュア来てから家族写真って撮ってなかったわね。」
「何をいきなり・・・」
「だって、ヨシュアはうちの家族なのに、ヨシュアがいる家族写真ないのは変じゃない。」
そういわれても、・・・・何と答えればいいのか。
「・・・・・・。」
「父さん帰ってきたら言ってみよっと。ヨシュアも構わないよね。」
いいながら、上機嫌でエステルは写真を元に戻して・・・また掃除に戻ってしまった。
肯定も否定もできないまま。
どうやら、家族写真の件は決定してしまったらしい。
自分を受け入れてくれているのは、嬉しいといえば嬉しいのだが・・・同時に、とても複雑な心境になる。
言ったところで『それがどうしたの?』といわれてしまうのだけど。
・・・やっぱり・・・そういうところ、わからないよなあ・・・。
でも、どうすることも出来ないのは事実。
複雑な思いを抱えたまま、ヨシュアは棚の掃除に戻るしかなかった。
翌日。
『ふむ、確かにな。丁度いい。明日取りに行くか。』
・・・などという家長の一言で、・・・何故か一家は武器屋にいた。
カシウス曰く、オーブメント工房に新しく入った新型カメラのテストの依頼があったらしい。
それに便乗して家族写真を取ろう・・・と、そこまでは判った。
なぜ武器屋にいるのかというと、工房で武器屋の奥さん・・・ステラさんに会ったからである。
『折角家族写真とるなら、ちゃんとおめかししなくっちゃダメよ!』
その勢いに押されて・・・そう、どこからともなく出てきた雑貨屋さんの貸衣装のチケットにも押されて・・・
現在、カシウスが別室で着替え中である。
エステルは、ステラおばさんが衣装を選びに連れて行ってしまった。
ヨシュアは・・・どうしようもなくて、武器屋一階で商品の整頓をしていたりする。
「おーい、ヨシュア、終わったぞー。」
と、カシウスが二階から降りてきた。
「あ、父さん・・・・・・・」
裾に金糸の入ったジャケット、腰に巻かれたサッシュ、濃い色のズボンの下には珍しく革靴・・・。
このまま宮廷に招かれてもおかしくない様な格好をしているのだが、ばっちり決まりすぎて、まるで見慣れないおじさんのようである。
「そうして見ると・・・決まりすぎてて別人だね・・・。」
口をついて出た正直な感想に、カシウスはがっくりと肩を落とした。
「ヨシュア、お前・・・俺を一体どういう目で見てたんだ・・・?」
「・・・え・・・あ、僕も着替えてくるね。」
答えは保留して、ヨシュアは二階に駆け上がった。
紺に銀糸の上着に濃いグレーのズボン・・・靴もタイも一揃い・・・というか、カシウスの色違いらしい・・・そんな格好で階下に降りる。
一階ではカシウスが手持ち無沙汰気に武器を眺めていた。
「父さん、終わったよ。」
声を掛けると、カシウスがこちらを振り返る。
「お、ヨシュア。なかなか似合ってるじゃないか。どこぞの王子様でも通るぞそれは。」
言いながら上機嫌でヨシュアをなでる。
「あははは・・・ありがとう。」
褒められて悪い気はしない。
カシウスは、じっとこちらを見て頷いた。
「着方にも粗がないあたり、さすがだな。
エステルならきっとタイがゆがんでたりするところだ。」
「そうだね。むしろがちゃ結びで着てそうだし。」
今はここにいない少女の事を思い出して、くすりと笑う。
「しかし、エステル達も遅いな・・・。こっちは二人とも着替えたってーのに。
女ってのは時間が掛かるもんだとは言うが・・・」
カシウスは、視線を通りの方に移す。
ヨシュアも倣って視線を向けた。
しかし、こちらに誰か来る様子はない。
「そうだねえ・・・。
雑貨屋さんだったっけ。ちょっと見てこようか?」
「あぁ。・・・汚すなよ?・・・と、お前に言うまでもないか。」
「さすがに、そこまでのへまはしないよ。じゃ、行ってくるね。」
言って武器屋から出る。
とりあえず雑貨屋のほうに目線をやると、白くてふわふわの人影が見えた。
・・・?
近づく前に、向こうがこちらに気づいたらしい。
白くて栗色のがパタパタと駆け寄ってくるところで、・・・やっと誰なのかがわかった。
「エステル!?」
ふわふわの白いドレスの上で踊る栗色の髪。
それはとても・・・似合っていて・・・可愛いの・・・だが。
「ヨシュアー!」
そのまま思いっきり飛びつかれて、あやうくバランスを崩しかけ・・・どうにかエステルを受け止める。
「ちょっと、助けてっ!」
「へ?」
エステルはこちらの返事も聞かずにヨシュアの後ろに回りこむ。
・・・と、どうやらエステルを追いかけてきていたらしいステラおばさんと鉢合わせた。
「エースーテールーちゃーん!こらっ、まだ支度終わってないんだから逃げないの!!」
「だってー・・・痛いし窮屈だしイヤーーー!このままでいいっ!」
肩越しに叫ばれる。
「ダーメ!きちんと仕上げなくっちゃもったいないわ。ほら、観念して戻りなさいっ!」
「ヤダっ!髪なんておろしたままでいいわよーっ!」
自分を挟んで言い争われても困ったものなのだが。
「えーっと・・・話が見えないんだけど。」
「ヨシュア君、エステルちゃんに言ってやってよ。
折角ドレスなんだから、ちゃんと髪結った方がいいって!」
「えーっと・・・。」
振り返ると、エステルの髪は下ろしてある・・・のはいいのだが、暴れたせいか微妙に荒れていた。
「・・・・だ、そうだけど・・・。」
「ヨシュアの薄情者っ!ヘアピンとかつけるの痛いんだからねーっ!?」
がうがう、と吼えられても・・・女の子の事情がそこまで判るわけもないのだが。
「だけど・・・せめてもう少しちゃんとした方がいいと思う。
髪の毛ぼさぼさになってるじゃないか。」
髪に手櫛を通してやると、エステルもさすがに黙った。
「ほーら、観念して髪を結わせなさいっ!ぼさぼさで写真取るわけには行かないでしょう?」
ステラおばさんが手を伸ばす。
「・・・・うぅ。でも・・・」
エステルはまだ・・・まだ一歩さがろうとする。
見ていると、・・・・少しだけ気の毒になった。
「あの、ステラおばさん。」
「ん、なーに、ヨシュア君?
あら・・・。んー、さすが、晴れ着だといっそう男前ねー。おばさん惚れ惚れしちゃう♪」
にこやかに笑うステラおばさんに、ありがとう、と返して。
「あの、エステルの髪・・・手加減してあげられませんか?
頭痛かったら、きっと仏頂面で写真写りますから・・・」
「・・・ヨシュア・・・うぅ、ありがとう・・・。」
エステルは、かしっと背中にかじりついてくる。
「うーん・・・。」
ステラおばさんはヨシュアを見、エステルを見てため息をついた。
「ヨシュア君の言う事も一理あるわねー。
よし、じゃぁ少し手加減してあげよう♪エステル、さっきほど痛くしないから、こっちにいらっしゃい?」
言いながらぱたぱた、と手招きをする。
「・・・痛くしない?」
ヨシュアの肩越しに、エステルはぼそりとたずねる。
「髪結う時って多少は我慢しなきゃダメなのはエステルちゃんだって知ってるでしょう。
だから、ピンの数減らした結び方にしてあげるから、ね?」
「ほら、手加減してくれるって。行っておいでよ。」
身体をずらすと、エステルは鈍い足取りでステラおばさんの方へ向かった。
「ヨシュア君、カシウスさんに、あと15分くらいかかるって言っておいて頂戴。」
おばさんは、エステルのてを取るとそういって雑貨屋のほうに戻っていく。
返事をすると、ヨシュアは武器屋のほうへ引き返した。
15分後。

髪の上半分を結い、残りをおろした格好でおさまったエステルが、・・・楚々として武器屋に現れた。
さっき見た、真っ白でふわふわなドレスに白い靴。栗色の髪には、白い花が一輪挿してある。
それは、どこからどうみても令嬢という雰囲気。
「ステラ・・・・あのエステルをよくもここまで・・・。ありがとう・・・。」
カシウスの目が、感動の色に染まっていた。
「ええ、もう逃げるわ暴れるわで大変だったのよー。ね、ヨシュア君。」
「え、あはははは。まぁ、エステルですし・・・」
とりあえず苦笑いしておく。
「どういう意味よそれ。」
ジト目で睨みつける視線はあまり気にしないことにしておいて。
「えーっと、ほら。エステルだってやればかわいく見えるってことだよ。」
でも、あまり直視はしない。
エステルの割に妙に女の子らしくて・・・困った事になんだか落ち着かないのだ。
「・・・なんか引っかかる言い方ね。」
「しかしエステル・・・お前、そうしてれば普通におしとやかなお嬢さんに見えるぞ。
・・・馬子にも衣装・・・いや、エステルでもドレス、だな・・・」
カシウスが、うんうん、と頷きながらエステルの肩をぽんぽん、と叩く。
「父さん、それ思いっきり失礼よ!」
エステルはパシッ!とカシウスの手を払いのけた。
「いたたた。中身は変わらず、か・・・。」
オーバーに手をさするカシウスに、ステラおばさんが呆れながら声を掛けた。
「カシウスさん、今のはちょっと失礼よ。
折角おめかししてるんだから、ちゃんと褒めてあげなくっちゃ。ね、エステルちゃん。」
「そうよそうよ。そういうところ、うちの男どもは気が利かないわよねー。」
エステルの視線は、今度はヨシュアのほうに向いてくる。
「え、えーっと・・・うん、可愛いよ、エステル。」
自分の頬は赤くなったりしていないだろうか。ふっとそんなことも頭を過ぎる。
「うむ、よろしい。
ヨシュアも決まってるよね、どっかの王子様みたい。」
エステルがにっこり笑うと、なんだか余計に心臓がはねた。
・・・平常心平常心。
そんな心を知ってか知らずか・・・知られていても困るのだが・・・カシウスはステラおばさんに向き直る。
「じゃ、エステルが崩れないうちに写真を撮ってくる。色々とすまなかったな。」
「いーえ、私も楽しかったから構わないわよ。」
ステラおばさんはにこにこ顔でヨシュアたちを送り出したのだった。
オーブメント工房では、フライディさんが待ちかねていて。
二階の屋上、歩道橋が、即席の写真館になった。
『これだけ見栄えがするのは撮り甲斐がある』と、カメラマンは嬉しそうに色々と写真をとってくれた。
新型のカメラはテスト中なのだが、なんでも色が長持ちするらしい。
『こういうものはずっと残るものだから』と、カシウスも嬉しそうだった。
今、ブライト家には二つの家族写真が並んでいる。
片方は、質素ながらも愛に満ち溢れた父と母と娘。
もう片方は、いつもより気合の入った姿の父と娘と息子。
ロレントの町を背景にして、3人は幸せそうに笑っていた。
*********
・・・ところで。
ヨシュアの手中には・・・エステルに内緒で、もう一枚あったりする。
オーブメント工房の一室。
はしゃぎ疲れて休憩中に眠ってしまった栗色の髪のお姫様と、寄りかかられている自分の姿。
『フラッシュと音を出さずに写真を撮るテストだよ』と、カメラマンさんがこっそり撮っていたらしい。
無断で撮ってすまなかったね、と写真をもらったのだ。
でも。
・・・これはエステルには黙っておこう。
綺麗に撮れているのだが・・・エステルが見たらきっとゴミ箱行きだから。
ちょっとだけ苦笑いしながら、ヨシュアはそれを自分の手帳の中に放り込んだのだった。
リクエスト内容は、
『ロレントのステラおばさんによって着飾らされてすねたエステル
&それを見て表面にっこり内心パニックを起こしているヨシュア
&「馬子にも衣装」といってエステルの怒りを買うパパ』
という、非常に楽しいものでした♪
時期は、ヨシュアが来てから2〜3年後くらいかな?なるべくリクに沿うようにーと書いてたのですけど、やっぱりどこかズレてます(汗)
書いてるとき一番楽しかったのは、やっぱり着飾ってるエステルでした(笑)ちょっと想像してみたら可愛いなーvと。
そしたら・・・なんと挿絵頂いてしまいました。
姫です。書いてて一番楽しかった姫エステル♪
縮小するのが悔しかったんですが、バランス上仕方ないって事で縮小しました。
Otherのとこではオリジナルの大きさのが見れるようになってます♪