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サボりの代償

それは、他愛のないことで話が弾む・・・和やかな夕食の時間。
今夜も三人揃って、エステルはなんとなく幸せだった。
「・・・で、珍しく教区長さんが武器屋に来てて・・・」
今の話題の主は、手伝い先で色々と話を仕入れてきたヨシュアである。
「なんか、ステラおばさんと話してたみたいなんだけど・・・」
初めてつれて来られてから数年。
見違えるくらい明るくなって、すっかり家族の一員となっている彼は、エステル作のオムレツを切り分けながら話を進める。
「帰りにさ、『そういえば、この間渡したエステルの宿題は進んでるんでしょうかね?』って。」
「ぐっ・・・!?」
その言葉に、エステルは頬張っていたパンを喉に詰まらせた。
「大丈夫?」
慌てて水を飲む背中を、ヨシュアがたたく。
「だ・・・だいじょうぶ。」
首を振って深呼吸。
「エステル、もう少し落ち着いて食べた方がいいんじゃないか?」
「うん、気をつける。」
カシウスの言葉に苦笑いしながら、もう一切れパンをかじる。
「・・・で、ヨシュア。教区長さんになんて答えたの?」
味がしないのはきっと気のせい。
「え?・・・あぁ。『僕はやってる姿を見てませんけど』って・・・」
「・・・・・・・・・・そ、そう・・・。」
顔が引きつっているのが自分でもわかった。
「そういえば、俺も見てないな。エステル、ちゃんとやってるのか?」
カシウスも疑問の視線でこちらを見る。
「い、いやぁねぇ・・・あははははは・・・・」
「そしたら、『まぁ、明日は提出してもらえるといいのですが』だって。
 『そうですね』って答えておいたんだけど・・・エステル?顔色悪いよ?」
ヨシュアがすらすらと続けて・・・ふと怪訝な顔つきになる。
「き・・・気のせいよ、気のせい!ほら、オムレツ冷めちゃう前にさっさと食べちゃって!」
言いながらオムレツをぱくつく・・・が、どうにも味がわからない。
「・・・・・(コレはやってないな・・・)」
「・・・・・・(間違いないね・・・)」
男二人は、こそこそと囁きあって・・・はぁ、とため息をついた。
「何?言いたい事があったらはっきり言ってよね!」
その様子にむくれると、ヨシュアはジト目でこちらを見た。
「本当に言ってもいいの?」
「・・・い、いいわよっ!?」
カシウスが深々とため息をついた。
「エステル、今日中に宿題はちゃんと終わらせろよ?
 教区長殿にあまり迷惑を掛けるんじゃない。」
「・・・・・・・・・わ・・・・わかったわ・・・。」
結局、その日の夕食は、折角の成功作なのにほとんど味もわからないまま終わってしまったのだった。


お風呂に入って・・・二階に上がって・・・机の上に宿題を広げて・・・・
「ふわぁぁぁぁあーあ。」
それだけで眠くなるのはなぜだろう。
いっその事寝てしまったほうがいいのではないだろうか。
なぜならば、眠気としては横になれば3秒で眠れそうな勢いだからである。
「うん、健康と美容のためにも・・・。」
と、普通に宿題を放棄して寝台に向かったところで、ドアがノックされた。
「・・・・なーに?もう眠いんだけど。」
あくびをしながらドアを開ける。
「眠いって・・・・さっきお風呂から上がったばっかりじゃないか。」
扉の前に居たのはヨシュアだった。
手に持ったお盆に、ポットとカップが載っている。
「だって、普通お風呂から上がったら寝るわよ?」
「今日は宿題するんじゃなかったの?
 だから、一応差し入れ持ってきたんだけど」
「そ、それはその・・・。」
目の泳いだエステルを尻目に、ヨシュアは、ひょい、と部屋の中を覗き込んだ。
視線は一点へ・・・・一ページ目を開いてある真っ白な問題集へ。
「・・・・・・見事に真っ白だね。使った形跡もないし。」
呆れたような視線が少々痛い。
「・・・乙女の部屋を覗き込まないでちょーだい。」
「何を今更。僕の部屋だってズカズカ上がりこんでくるくせに。」
一応の反論も簡単に返されてしまう。
「・・・・・とりあえず、差し入れだけもらっとくわ。」
「そして寝るの?明日提出だよね?」
視線は呆れも混じってさらに冷たくなっているような気がする。
「・・・・・・あ、あんなもん一人じゃやってられないわ。量多すぎるのよっ!」
「サボってたから溜まったんだろ。」
「そ、・・・そーいうこともあるわよっ!」
「そういうことも、って言うより、いつも、だけどね。」
涼しい顔は、こういう時何よりも憎たらしく映るものである。
「なんでアンタはそんなに口が減らないのよっ・・・!!」
「エステルがツッコミどころ満載なだけだよ。
 大体、少しは努力しよう、とか思わないの?」
「そりゃ、すこしは思うけどっ・・・・」
睡魔より優先されない程度、ではある。
「思うんだったらちゃんとしなくちゃ。少しなら僕だって手助けするから。」
「・・・・・・・・・・・うぅぅ。」
「もう眠気は飛んだよね?さっさとやらないと徹夜になるよ。」
「・・・・・・・・・わかったわ・・・・・。」
こうなったら腹をくくるしかない。
真面目な弟は、寝息が聞こえてきたとたん、きっと壁を叩くから。
「よろしい。」
ヨシュアはすたすたと部屋に入ると、トン、とお盆を机に置いた。
エステルも机につく。


第一問。
「652×345=・・・・」
あぁ、計算問題。面倒なだけの問題といえばそれまでなのだが・・・。
数字と記号の羅列を見た瞬間、眠くなるのはなぜだろう。
「・・・・寝ちゃダメ?」
くったりと椅子の背にもたれてヨシュアの方を振り返る。
「また教区長さんと・・・父さんにも怒られるかもね。」
「・・・・・・・うぅ。
 ・・・・・あぁ、算数なんてこの世から消えてしまえばいいのに・・・・」
ぐったりとぼやくと、ヨシュアの呆れたような視線が流れた。
「算数がなければ買い物だって出来ないよ?コレくらい一般常識範囲でしょ。」
ヨシュアはそのままきびすを返す。
「待って。手伝うって言ったじゃない。」
「長くなりそうだから椅子持ってくる。ポットの中身はお茶だから、適当に飲んでて。」
一問位解いといてね、と、ドアはぱたりと閉まった。
「・・・・うーぅ。」
早速カップにお茶を注いで・・・・一口。
「・・・・・・・・・うー・・・。」
美味しくは、あるのだが。目の前の数字の羅列がそれを妨げる。


 652
×345


ノートに書いて・・・そのまま沈黙する。
・・・2×5=10、一個上がって・・・5×5=26、二個上がって・・・6×5=32・・・
「えーっと・・・0で6で2で3?・・・3260・・・」
そして、同じような事を後二回。考えただけで眠くなる。しかもコレがあと何題も控えているのだ。
・・・うー・・・・
気が遠くなりかけたところに、ノックの音がした。
「・・・あ、はぁいー。」
「一問くらい出来た?」
言いながら、ヨシュアは椅子と本を抱えて入ってくる。
「簡単に出来たら苦労しないわ。・・・ふわぁぁぁあ。」
「どれどれ・・・って・・・。」
呆れたような視線がちょっと痛い。
「一応やってたのよ。眠くなっただけで。」
「うん、やってはいたみたいだね・・・。ほら、寝ないの。」
「・・・・うぅ。」
とろりとした目を再び開いて、次は10の位・・・・・。
「2・4で8、5・4で20、6・4で24.2608、かな。」
考える前にスパッと答えが聞こえてきて、思わず身を起こした。
「・・・計算速いのね。」
「これくらいなら。それにまだ、一問も解いてないし。・・・後何問かな?」
「たくさん。」
はらはらとめくってやると、同じ計算問題があと3ページほど。
「たくさんって・・・計40問ってとこか。やれば2時間も掛からないよ。」
その言葉に、思わず気が遠くなる。
「・・・・二時間も机につかなきゃならないの?」
「一日一ページだったら30分くらいで終わってたかもね。」
呆れの混じった冷たい声。
表面はあくまでもにこやかなところがため息モノである。
・・・ヨシュアって・・・・・いや、こんな奴だったわ・・・。
「ほら、さっさとやろう。」
がっくりと肩をおとすと、ぽんぽん、と叩かれた。
「うぅ・・・・・。」
「返事は?」
「・・・・わーったわよっ。」
「よろしぃ。」
そう言って、ヨシュアはエステルの隣に腰を下ろした。
片手に持った本をひらひらとめくって・・・どうやら、終わるまで付き合って・・・もとい居座って・・・というより見張って・・・くれるらしい。
エステルはげんなりと、ノートに鉛筆をおろしたのだった。


2時間経過。
みゅーにゅ様よりv「ふらふらと意識はかなたへ飛んでいく・・・『全く、エステルときたら・・・。(ヨシュア談)』」
ページは埋まってきたのだが・・・もはや、頭の中はくらくらである。
ふらふらと意識はかなたへ飛んでいく・・・が。
「エーステルっ!あと4問でしょ!」
「あぅ・・・。」
先ほどから・・・というより、ヨシュアがこちらに来てからずっとこの調子である。
記号と数字のお陰で10分毎・・・いや、5分毎に意識が飛ぶのだが・・・
意識が飛びかける度に、声を掛けられては飛ぶ意識も飛ばない。
「・・・・いっそ楽に寝かせてくれれば・・・」
「また言ってる・・・。ほら、お茶。後もうちょっとなんだから頑張ろうよ。」
「うーぅ・・・・」
「エステル!」
「は・・・ふわぁぁぁい・・・。」
ふらふらと鉛筆を持って・・・数字の羅列を追ってみる。
「5×5×314・・・25×314・・・628・・・」
「その調子。もう片方は?」
ヨシュアは、本をめくりながら計算内容に相槌を打ってくる。
「んーっと・・・4・5・20、1・5・5、3・5・15.1550・・・」
「ん?・・・あ、繰上げ忘れてる。こっちで2個上がるから?」
ひょい、と覗き込んできて、指差したところは・・・本日もう何回目かわからない計算間違い未遂。
「・・・あぁ、1570ね。でもって、6280、1570で・・・0,15,7,7・・・0587、・・7850と。」
「・・・OK。やればできるんじゃないか。」
「モチのロンよ!」
言って、差し出されたお茶を一口すする。
「さー、あと何問だっけ?3問?片付けるわっ!」
「その意気が続いてくれる事を祈るよ。」
ため息混じりに微笑むと、ヨシュアはまた手元の本に戻った。


そして。
「・・・・・・おわったーっ・・・!!!」
「おめでとう。頑張ったね。」
どーにか・・・字のあれは多々見られるものの、まともに埋まったノート。
今までの二時間あまりの・・・苦節が思い出されてちょっと疲れる。
そして、達成感。
「よかったーぁ・・・・」
ぱたり、と机に突っ伏すと、今度こそ意識が飛んだ。
「・・・・エステル・・・・?」
何か、聞こえたかもしれないが・・・。
・・・今は、おやすみなさい。



・・・・・・・・・・・・・
すばらしい寝つきだった。 終わった、と声を上げて、机に突っ伏して、寝息を立て始めるまで30秒フラット。
お陰で、部屋に帰るタイミングを見事に逃してしまった。
「エステル?そこで寝てたら風邪引くよ?」
「・・・・うー・・・むぅ・・・。」
肩を叩いても、少々揺さぶっても・・・なんともいえない声は返ってくるが、それだけ。
「・・・・・・せめてベッドで寝ようよ・・・」
一つため息をついて、ベッドの布団をどける。
そして、よいせっ!と抱え挙げて・・・
「起きないなあ・・・。まったくもう。」
でも、少しだけ、ほんの少しだけ、まぁいいか、という気分があったりなかったり。
間近で見なくても、相変わらずの間抜けな寝顔だが、ここまで幸せそうだとこちらにも幸せが移ってくるというか。
「まあ、頑張ったからね。お疲れ様。」
とん、とベッドに寝かせて、布団をかけてやる。
・・・きっと、明日はまた起こしに行かないといけないだろうな。
手間掛からなければいいけれど・・・などと思いつつベッドから離れようとすると、パジャマに手が掛かった。
「・・・起きた?」
振り向くが、どうやら寝ぼけていただけらしい。
掛かっている手を解こうとすると、今度は手を握られた。
「・・・・・・・・・・・むぅ。」
今度は手を。なるべく起こさないように気を使って。
「・・・ん・・・さんびゃく・・・うぅ・・・・」
と、苦しそうな声。
・・・寝言か。
人が気を使ってるというのに、なかなかいい気なものである。
「300は、3と2と5と10の乗算。」
少々悪夢らしきものに拍車をかけるべく、ぼそ、と呟く。
と、・・・・なぜかエステルの表情から力が抜けた。
・・・・何の夢見てるんだ・・・?
人の夢までは干渉するものでもないのだが・・・人事ながら変な夢だ、とは思う。
と。
「・・・よしゅあ・・・ありがとー・・・」
気の抜けた声。寝ている赤ん坊のような笑顔。
きゅ、と手を握られて、思わず硬直してしまった。
「・・・・・どーいたしまして。」
誰ともなしにつぶやいて。
気を取り直して手を解く。
どうにかこうにか・・・多少もったいないと思ったのは忘れておく事にする。
「・・・おやすみ、エステル。」
パチリ。
明かりを消して、彼は部屋を後にしたのだった。



どーも調子出てないなあ・・・。途中まではいつものノリだったのに・・・
多分・・・サボタージュの続き・・・かな?お粗末です。
昔、計算ドリル大嫌いで。まともに宿題やったためしもなく、先生とよく喧嘩してました。それなのに、今はまともに大学行ってお勉強してるんだから、世の中ってわからないものです。
計算をあっくりこっくりしてるエステルを書きながら、数学や算数やってる自分を思い出してみたりしました(笑)
・・・これで、文中の計算間違ってたら・・・指摘よろしく・・・苦手な暗算で書いてたので。

さて、このお話にまで素敵な挿絵が付きました!
ちょっと本当にいいんでしょうか(汗)数字にやられているエステルとそれを見ながらため息をついてるヨシュア。
想像そのままのイラスト。まさにコンナ感じだったと思われます。
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