Falcom TOP

サボタージュ

日曜日、朝。
「エステル!!日曜学校遅刻するよ!?」
エステルの部屋にヨシュアの声が響く。
「・・・・・・・・やーぁー・・・・・・・。」
エステルはごそごそと布団に潜り込んでいた。
栗色の髪がちょこっとだけ出ていて・・・後はこんもり布団の中。
「・・・・あのねぇ・・・・。」
ヨシュアは一つ息を吸い込んだ。
「お・き・ろーーーーー!!!!」
家中にひびきそうな声。
こんもりとした布団が、少し動いて・・・中から非常に眠そうな顔が出てきた。
「・・・・・・んー・・・何なのよ・・・。」
「朝だって。ほら、さっさと顔洗う!今日は日曜学校もあるんだよ!!」
「んー・・・ヨシュア代わりに行ってきて・・・」
エステルはまだ寝ぼけているらしい。
「何言ってるのさ。
 あのね・・・これ以上粘るようだったら、朝ごはん片付けるよ?」
「それはだめー・・・」
とろりとした目を開いたところに、朝の光。
まぶしそうに目を細めて、エステルはようやく起き上がった。
「あー・・・よく寝た。」
思いっきり背を伸ばして・・・やっと意識がはっきりしたらしい。
「やっと起きたか・・・。」
ため息一つ。
「さっさと支度して降りて来なよ。じゃないと、教区長さんにまた怒られるよ。」
言いながら踵を返す。
「・・・・ぁーい。」
エステルの気の入っていない返事を聞きながら、ヨシュアはぱたりと部屋のドアを閉めたのだった。


いつもどおりの3人の朝食。
そして、カシウス・・・父に見送られて家を出る。
朝にエステルが粘ったお陰で、急がないと遅刻してしまう時間だった。
二人は急ぎ足でロレントに向かっていたのだが・・・
「あ。」
エステルがぱっと足をとめた。
「どうしたの?」
ヨシュアが振り向く。
「ちょっと忘れ物。先いってて?」
エステルは既に踵を返していた。
「はいはい。早く来るんだよ。」
ヨシュアは何の気もなくそのままロレントに急いだ。


『おや、ヨシュア。今日はエステルは一緒じゃないのかね?』
『忘れ物したらしいので、家に戻ってます。すぐに来ます。』
老教区長とのそんな会話から・・・・そろそろ一時間。
エステルは、まだ来ない。
・・・おかしいな・・・。忘れ物を探してたにしてもいい加減来るはずなのに・・・。
頭をよぎるのは、最悪の可能性。
・・・まさか、途中で魔獣に襲われたとか・・・・?
しかし、それならカシウスなりシェラなり・・・あの道を通る者が気づくはずである。
でも、もし、誰も通らなかったら・・・。
授業を片耳で聴きながら、思考は全く別の方向を向いている。



その日、結局エステルは日曜学校に顔を出さなかった。



日曜学校が終わって家に戻る・・・ただし、ヨシュア一人で。
「ただいま・・・・エステル!帰ってきてる!?」
家に入るや否や、ヨシュアは声を荒げた。
「おう、おかえり。なんだ?エステルは一緒じゃなかったのか?」
カシウスが部屋から出てくる。
「今日、忘れ物取りに行くって家に戻った後、教会に来なかったんだ。」
「・・・・ほう。エステルは確かに一度戻ってきたんだが・・・。」
そういって首をかしげる。
「まさか、魔獣に・・・・」
「いや・・・ロレントから家までは魔獣は出ないんだがなあ・・・ちょっと探してみるか。」
言って、カシウスは家の二階へあがった。
二階にあるのはエステルの部屋、ヨシュアの部屋、そしてテラス・・・だけのはず。
ヨシュアが不思議に思いつつもついていくと、カシウスはエステルの部屋を適当にノックした。
もちろん返事はないので、そのままドアを開ける。
「・・・・ふむ。」
視線の先は、ベッドの脇。
「あの・・・父さん?」
「・・・・釣竿と麦藁帽子が無くなっているな。
 ヨシュア、裏にいってバケツがあるかどうか確認してみろ。無かったら、夕飯は魚だぞ。」
「・・・・・・わかった。」
果たして。ヨシュアが裏手に回ると、バケツも忽然と姿を消していたのであった。
「・・・・どこに行ったんだろうね。」
「裏の池じゃないってことは、ミストヴァルドか、門近くの川か。
 ヴェルテ橋には行ってないだろう。町を誰にも見咎められずに通るのはエステルには難しいだろうからな。」
さすが遊撃士というか、さすが父親というか。
娘の事はわかっているらしい。
「どっちにしてもミストヴァルド方面か・・・
 僕、迎えに行ってくるよ。森の中だとちょっと危ないし。」
「あぁ・・・お前も気をつけるんだぞ。」
隣の部屋から短剣を引っつかみ、ヨシュアは森方面へ駆け出した。


森に着くまでには会わなかった。
なので、ヨシュアは森のなかに立っていたりする。
ここの釣りポイントは、奥の方の丸木橋のあたり。
森の魔獣はかなり強いのだが、エステルもヨシュアも奥に行くことはできるのである。
するすると避けて・・・要するに森の住人を怒らせなければいいのだ。
というわけで、するすると魔獣を避けて、目と鼻の先には丸木橋。
そして、聞こえてくる歌。
「♪本当のことはもう話せない 本当のことは森の奥〜♪」
麦藁帽子から覗く栗色の髪。軽くリズムを取ってのんきに揺れる足。手にしっかり握られたロッド。その脇に置かれたバケツ。
探し者は・・・非常にご満悦で釣り糸を垂れていた。
「森の奥のきこりの小屋で・・・・・さて、何をやっていたのか教えてくれるね?」
ぽん、と肩に手を置く。
近寄っていたのに全く気づいていなかったらしく、エステルはビクッと飛び上がった。
みゅーにゅ様よりv「さて、何をやっていたのか教えてくれるね?」
「え、う、あ・・・あのその・・・ヨシュア・・・・えーっと・・・・!?」
「いつまでたっても来ないから・・・どうしたのかと思ったら、こんなところに居るとはね。」
肩に置いた手に力をこめて・・・エステルの脇に腰掛ける。
「え、いや、その・・・ホラ、天気ヨカッタカラ!」
こちらを向いた目は、川の魚以上に泳いでいるし、声は完全に裏返っていた。
「ふーん・・・・。人に心配掛けるだけ掛けておいて、言う事はそれだけかな?」
ハシバミの瞳をじっと見据える。
「ヨ・・・ヨシュア・・・・目が笑ってない・・・・」
「心外だなぁ。僕はエステルが見つかってとっても嬉しいんだけど?」
もちろん、それ以上に怒っているのも、まぁ事実。
「・・・・・・・。」
「まさか、僕を騙してまでサボるなんて思ってなかったからね。」
「う・・・えっと・・・」
「こういう事『だけ』でも頭が回るって事が判って、少し安心したけど。」
にこにこにっこり。
エステルは観念したらしい。
「うぅ・・・・ごめんなさいぃ・・・。」
「わかればよろしい。
 さて、帰ろうか。父さんが待ってる。」
立ち上がって手を差し出す。
「はぁー・・・い。」
がっくりとロッドを上げて、収穫の入ったバケツを持つと、エステルも深いため息と共に手を取って立ち上がった。


「ただいまー。」
家に戻ってドアを開けると、カシウスが書類片手に部屋から出てきた。
「おう、お帰り。見つかったらしいな?」
「うん。父さんの予測どおり、ミストヴァルドに居たよ。」
繋いだ手を前に出すと、やや後ろに居たエステルが前に突き出される形になる。
「お前なあ・・・・サボるならサボると一言言ってからサボれ。
 ヨシュアが恐ろしく心配してたぞ。」
カシウスが、何か間違ったお説教をする。
「・・・・ごめんなさぁい。」
しゅん、と頭を下げる顔には、しっかり反省した・・・と書いてあった。
・・・ま、アレだけ言ったからなぁ・・・
森から家まで、また消えないように手を繋いだままで・・・お説教の名を借りた憂さ晴らし。
さぞやげんなりした事だろう。
「ちゃんと反省してるなら、今度から黙って消えたりするんじゃないぞ。」
言いながらエステルの頭に軽く拳を下ろした・・・カシウスがニヤリと笑った。
「・・・・それはそうと、収穫はどうだった?」
聞いたエステルの瞳もきらめく。
「ばっちり。夕飯は魚のフライでいいわよね?」
「もちろんだ。
 ただし、準備は全部お前がやるんだぞ。」
その言葉にエステルが凍った。
「・・・心配掛けたんだからそれくらいはするんだ。いいな?」
「・・・・はぁい。」
そういわれてはどうしようもなかったのだろう。
エステルは素直に頷いた。
「それと、シスターから届け物だ。来週までにやってくるように、と言っていたぞ。」
持っていた書類・・・どうやら問題集だったらしい・・・をエステルに渡す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「サボれるくらいなら、コレくらいはできるんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
問題集を見て・・・すがる目でこちらを見たエステルに、ヨシュアは先手を打ってにこやかに微笑んだ。
「頑張ってね。」
手伝ってやらん、という意思はどうやら受け取ってもらえたらしい。
「・・・はーい・・・。」
エステルは、問題集を見てさらに深いため息をつくと、バケツを台所に運んでいった。
それを見送って、カシウスはこちらを向く。
「ヨシュアも、ご苦労だったな。」
「ううん、大した事じゃないよ。」
やったことといえば、ミストヴァルドまで迎えにいったことくらいではあるし。
「そうか・・・。お前にエステル絡みでまで苦労を掛けたくないからなあ・・・」
カシウスの表情は苦笑いの色に変わっている。
「苦労・・・といえばそうかもしれないけど。
 ・・・・僕も、・・・楽しんでるから。」
「楽しい、か。・・・それならいい。
 さて、俺も仕事に戻るかな。お前はどうする?森の奥まで走ったなら疲れてるだろうが・・・」
「ん、本でも読んでるよ。今日は手伝っちゃいけないんだよね?」
「あぁ。手伝いを要請されても応じないでくれ。」
視線をあわせると、娘より遥かにいたずらっぽい瞳がニヤリと笑う。
自分もきっと同じ瞳をしているのだろう、などと思いつつ。
ヨシュアは自分の部屋へ引き上げたのだった。



エステルが歌ってる歌は、Zabadakの「Around The Secret」から。

♪本当のことはもう話せない 本当のことは森の奥
 森の奥のきこりの小屋で 教えるよお前だけに・・・

時期は何時ごろかなぁ。
ただ、序章のロレントで「遅刻もサボりも居眠りもいたずらもエキスパートだったよね。」というのがあって・・・・。
これをきっかけに、真面目に教会に行こうとするヨシュアと、サボりたいエステルの不毛な戦いが繰り広げられたりしないだろうかと思ってたりします。

さて、このお話に素敵な挿絵が入りました♪
「さて、何をやっていたのか教えてくれるね?」と、笑顔が怖いヨシュア君と飛び上がるエステル。
まさしくコンナ感じだったに違いない(笑)
しかし、コレは縮小版。Otherのイラストの方で原寸の綺麗な奴が見れます♪
Falcom TOP