いつもみたいに、空港はにぎやかだった。
「では行ってくるからな。」
お父さんは、また荷物抱えてお仕事なんだそうだ。
どこに行くかは本人は絶対言わない。たまにアイナさんやシェラ姉が教えてくれるくらい。
「気をつけて、怪我しないようにね!あと、周りに迷惑かけないこと!!」
不良中年のお父さんは、本当に何するかわからない。私がしっかりしなくっちゃ。
「お前に心配されなくても判ってるさ。
ヨシュア、悪いがエステルのこと頼んだぞ。」
「ちょっと!私が!ヨシュアを!!頼まれるんじゃないの?!」
しかも、私のこと全然当てにしてないというか、頼りにしてくれてないし!
あたしだってしっかりしてるのに。
「・・・本人はああ言ってますけど?」
ここ最近家族の仲間入りをした男の子・・・ヨシュアは、冷っ静にお父さんを見上げる。
「いや、・・・あんなのでも女の子には違いないからな。」
「あんなのってどういう意味よ!」
握りこぶしでお父さんを叩く・・・けど胸までしか届かない。
「あぁ・・・悪かった悪かった。おまえは可愛いよ。」
ひょい、と持ち上げられてしまった。しかもこの口調、全然悪かったなんて思ってない。
「ヨシュア、このとおりのはねっかえりだから、ちょっと苦労かけるかもしれないが。」
よろしく頼むぞ、と言いながら、床に下ろされる。
「はい、わかりました。」
なんだか、あたしのことそっちのけにして話が決まったみたい。
「じゃぁ、行って来る。いい子で留守番してるんだぞ。」
そう言って私とヨシュアの頭をなでて、お父さんは背中を向けた。
「早く帰ってきてね!」
「おぅ、お土産期待していいぞー♪」
行ってしまう背中に声をかけると、お父さんは振り返って手を振ってくれた。
発進の声が響いてタラップが閉じる。
あたしは、その飛行艇が見えなくなるまでぼーっと眺めていた。
「・・・エステル。」
声を掛けられて、振り返る。
ちょっと居心地が悪そうにヨシュアが立っていた。
「ん。・・・あぁ、帰るのね。」
「・・・うん。」
「そうだね。いこっか。」
そう。今日からは武器屋さんじゃなくて自分の家でお留守番。
お姉さんなんだから、弟にかっこ悪いところはみせらんない。
ほら、元気出して。
まずはリノンさんところでお買い物してご飯作って、お父さんが居ない間ちゃんとしなくっちゃ。
そう思ったらなんか元気が出てきて、あたしは大股でお店に向かった。
本日の夜ご飯。
たまねぎスープとレタスのサラダとパンと玉子焼き。
妙に器用なヨシュアが手伝ってくれたお陰で、自分で作った割には綺麗に出来た。
「なかなか上出来よね。」
「・・・・・・うん。」
「卵もいい感じに膨らんでるし。」
「・・・・・・うん。」
いつもならお父さんがはしゃいでくれるのに、ヨシュアは必要最低限しかしゃべらないから食卓は静かなものだ。
「もしかして、お料理とか良くしてたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙がなんか重くなった。
普段喋らないだけに判る、微妙な変化。聞いちゃいけないこと聞いたみたい。
「あっ・・・ごめん、今のナシね。」
「・・・・・。ごめん。」
「いいよー。誰だって聞かれたくないことあるもんね。」
あたしだって、・・・お母さんの事とかあんまり聞かれたくない。悲しくなるから。
だから、ヨシュアの気持ちも少しはわかるかなって思う。
といっても、アレは無口すぎると思うんだけど。
大体ただでさえ広い家に二人しかいないんだから、もう少し喋ってくれたほうが嬉しい。
「でも、器用よねー。やれば大概のことは出来るんじゃない?
悔しいけど、私の作ったのより味はいいわ。」
「・・・それはエステルのが大雑把過ぎるからだと思うんだけど。」
あ、やっと喋った。けど、内容にいちじるしく問題があるような気がする。
「いいじゃない。料理は愛と気合よ!」
「感情の前に物理的な問題があると思う。」
なんか難しい事言われてる気がする。
「難しい事は知らないわ。料理は愛情!これは古代から続く基本なのよ!」
「・・・どこがどう難しいんだか・・・」
いつものような冷たい言葉の中にため息まで混じったような気がする。
「なんか言った?」
「・・・・いーえ。
・・・・おいしかったよ。ご馳走様。」
ヨシュアってば、一方的に話を切り上げて食器もって行ってしまった。
なんか、感情的にどこか負けちゃった気分。
「・・・・むぅ。」
自分もご馳走様って言って食器を片付ける。
でも、食器を片付けてる間に少しだけ機嫌は直った。
だって、さっきヨシュア、一応おいしかったって言ってくれたもん。
ふ。これってつまり認めてくれたってことじゃない?
全然可愛くない上に素直さも足りないと思うけど!認めてるんだったら少しは許してあげるわ。
だって、あたしはお姉さんなんだから!広い心をもって弟に接するのは当たり前よね!!
お風呂から上がって部屋に入る。
周りがシーンと静まり返っていて、実は少し苦手なこの時間。寝てしまえば気にならないから、速攻でベッドにもぐりこむ。
だけど、静か過ぎて眠れない。
家が町外れにあるのも考え物よねーっと思ってみたりする。
周りが森とか池だから・・・ほら、話に聞く幽霊とかでてきそう。
・・・うわ、変な事考えてる。なんか、ほんとに出てきそう。いつもだったら、下のほうでお父さんが氷揺らしてる音とか聞こえてくるのに。そしたら少しは安心できるのに。なんでこんな肝心な時に居ないんだろ・・・・。
ちなみにヨシュアのほうは、なぜか猫みたいに物音一つ立てないもんだから、部屋閉められたら居るのか居ないのかさっぱりだったりする。気配は・・・あるようなないような感じ。
それにしても、怖い事考えたら喉が渇くって言うけど、これはどうやら本当みたい。
仕方がないから、ドアを開けて廊下に出た。もちろん真っ暗。階段も暗くって、歩きなれてるはずなんだけど、妙に怖い。
一口水飲んで上に上がったら、なんかヨシュアの部屋で物音がした。窓でも開けたのかな。
ちょっと気になって、扉を叩いてみる。
「まだおきてるの?ちゃんと寝ないとだめよ。」
ちょっと足音がして、扉が開いた。
「・・・・君だってまだ起きてるじゃないか。」
余計な一言と一緒に。
「私は、・・・・」
怖くて眠れなかったなんていえない。断じて。
「み、水のみに行ってただけよ。」
「・・・それだけ?」
風が髪を揺らした。本当に窓開いてるみたい。
一応この辺りも魔獣居ないわけじゃないのに、しかも今一応子供二人なのに。
「それだけよ!
あーもぅ、こんな夜中に窓開けちゃって。無用心ね。」
部屋のベッドに上がって窓を閉める。
「・・・ちょっと風に当たりたかっただけさ。」
部屋の主はベッドに引き返してきた。
「すぐ閉めるつもりだったんだ。
で、・・・・もう寝るからそこから退いてくれない?」
「まったく可愛くないわねー。
せっかく人が心配してるっていうのに。」
「可愛くなくて結構。そんなの余計なお世話だよ。
で、退いてくれない?」
つくづく可愛くない。弟ってもっとこう可愛いものだとばっかり思ってたわ。
「いやよ。そんな可愛くない人の言う事なんか聞いてあげない。」
「・・・・じゃあ、今夜はずっとそうしとくつもり?」
「・・・・ヨシュアが素直になれば退いてあげるわ。」
だから、さっさと自分の非を認めてあやまんなさい。
でも、どうやら相手には通じなかったみたい。
「ああ、そう。」
部屋が月明かりだけになる。
腹立つくらいすました顔であたしを適当に押しのけると、ヨシュアは自分の寝るスペースだけ確保して丸くなってしまった。
「じゃぁ、飽きるまでそこに居るんだね。
お休み!」
微妙に怒ってるのは判った。
けど、そもそもヨシュアが窓開けてたのが悪いんじゃない。
丸くなってるヨシュアに一発蹴りを入れる。
かなり不機嫌そうな眼で睨まれたけど、そんなもん気にする義理もない。
あたしは窓辺に寄りかかった。
こうなったら意地でも退いてやらないんだから!
そして。
「・・・ん・・・」
気がついたら朝で、なぜかベッドに横になってた。
「んー。良く寝たわ。」
いつもみたいに背を伸ばす。
「・・・それは良かったね。」
横から声が飛んだ。
「あ、ヨシュア。起きたんだ。」
「・・・・・君が起きるかなり前からね。」
言って、ヨシュアも体を起こした。
「え?」
「エステルがしがみついてたお陰で体も起こせなかった。」
言いながら、ヨシュアは右腕を見せた。
手首の上辺りが・・・・赤く跡になっている。
棒術のおかげで握力には自信があるんだけど、・・・痛かっただろうな。
「・・・あ・・・ごめん。」
「・・・・いいよ、別に。」
妙にあっさりと言う。変な事もあるもんだ。
「で、着替えるから今度こそ退いてくれない?
君もそのままじゃ外に出られないよね?」
「・・・・わかった。」
まぁ、確かにそのとおりといえばそのとおりだったから、あたしは大人しく外に出た。
「あぁ。」
扉を閉めながらヨシュアが口を開いた。なんか、珍しく優しい目してる。
「泣くほど心細いなら一緒に居るよ。僕なんかでよければね。」
「!!!」
頭の中が真っ白になる。と同時に、扉がぱたりと閉まった。
まさか・・・
目と頬に手を当てたら、案の定涙の跡が。
どうやら、不覚にも寝ながら泣いていたみたい。
泣き顔見られてた事が恥ずかしくて、あたしは慌てて部屋に駆け込んだのだった。
きっと、エステルとしては単純に弟が出来て嬉しかったんじゃないかな、なんて思ってます。