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おひるね

 家の中で一仕事片付けて息をつく。
室内は現在ヨシュア一人だけだった。静まった家の中にはさやさやと風の鳴る音が聞こえてくる。
静かで心地よい午後の音だ。が、何か足りていない気がする。主に、修行よ修行!といいながら釣竿を持って裏庭の池に行ったエステルの声がしないのだ。
珍しい虫にでも釣られてふらふらと付いて行ったのだろうか。それとも、本気で修行でもしに行ったのだろうか……釣竿を持って。
首をかしげて外を眺める。池のそばにはやっぱりいない。ただその代わり、木陰から釣竿がはみ出して見えた。
なんとなくだが9割9分現在のエステルの様子の想像がついて、思わず笑いが漏れる。
「やれやれ、仕方ないなあ。」
つぶやくと、ヨシュアは肩をすくめ、適当な上着を手に取った。

裏庭近辺には確かに木が生えている。そしてエステルは案の定その下ですやすやと寝息を立てていた。
そこそこ暖かいし、気持ちのいい午後だ。無防備極まりないエステルのやることなんて予想がつかないわけもない。
持ってきていた上着をエステルに掛けると、ヨシュアは自分も隣に座り込んだ。
柔らかい風が頬を撫でる。木陰は丁度よく涼しくて心地よく、隣で眠り込んでいるエステルの気持ちも判らないでもなかった。
風がエステルの顔の上に動かしてしまった髪をそっと退けてやる。
長い髪は、全然手入れをしている様子が見受けられないのにさらっとしていた。伏せた瞼を縁取る同色の睫も、こうしてみると意外と長くて、意外と綺麗に見える。自分の欲目もあるのだが、それを真剣に加味したらもっとあからさまな評価になるだろう。
6年分は兄妹、でもここ1年分は恋人で、世界中で誰より大事な、太陽みたいな女の子。
紆余曲折ありすぎたが、すぐ手に届くところにいてくれるのがとても嬉しくて、なんとなく頬が緩む。
ふうっと息を吐いて、一つ深呼吸をすると、幸せの空気が一杯に胸に入ってくるような気がした。
少し浸っている隙に、隣がもぞりと動く。
「起きた?」
そっと声を掛けてそちらを向くと、エステルはまだまだ夢の中のようだった。
むにゃ、と言葉にもならない声を出してころりとこちらに転がってくる。その腕が、ゆるくこちらの腹に乗ってきた。
「……本当、仕方ないな。」
動くに動けなくなった身体を、少しだけ木に預ける。
「本当に……」
腹の上のかすかな重みを感じながら、茶色の頭を撫でる。その上を、風がゆったりと撫でていった。

*****
なんとなくおなかの上が重たくて目が覚めた。
少し窮屈なような、それでいて妙に安心できるような不思議な夢を見ていた気がする。ぼんやりした頭でわが身を確認して、……エステルは完全に目を覚ました。
自分の身体の上には、いつの間にか長袖の上着が掛けてある。そしてその上、おなかの上の重さの理由があった。
「……ヨシュア?寝てるの?」
あの警戒心の強いヨシュアが、自分のおなかを枕にしてぐっすり眠りこけていたのだ。
にわかには信じられなかった。寝顔くらいそれはまあ見たことはあるが、こんな所で無防備に寝こけているなんて、姉弟をやっていた頃だって見たことはない。そもそもヨシュアは寝ていてもどこか警戒している所があったのだ。
なるべく動かさないように、警戒心を反応させないように……と気をつけて、そっと視線で観察してみる。
こんな至近距離、きっと多分あの時以来ではないだろうか。……その「あの時」を思い出すと若干顔が赤くなるのだが。
なぜか自分よりさらさらでつやのある髪、なぜか自分よりきめ細かく整った肌、なぜか自分より長く見える睫、自分よりどう考えても恵まれている筋肉。その一つ一つが、警戒を解いてしまっている。警戒を解いた寝顔は、意外なほど子どもっぽくて、なんとなく頬が緩んだ。こんな姿が見れるのは、きっと世界中探したって自分だけだ。そう思うと少し嬉しい。
その視線の真ん中を、木の葉が舞い落ちていった。
「全く、仕方ないんだから。」
小さくつぶやく言葉に笑いが混じる。
黒い髪に落ちた木の葉をそっと横に退けて、なんとなく髪を撫でてみる。起きるかもしれない、とは思ったものの、それはそれで見てみたい気がしていた。
さすがに気づいたのか、もぞ、とおなかの上が動く。
「……起きた?」
ささやくほどに聞いてみるが、どうやら起きたわけではないようだった。
その代わり、おなかの上に顔をうずめたヨシュアの腕が、ゆるく身体にかかる。何かつぶやいている気もしたけれども、全く聞き取れない。
「ヨシュア、何て言ったの?」
聞いてみても、判断できるほどの声は返ってこない。それはそうだ。寝ている人間に聞いて判るわけがないのだ。
肩をすくめて空を仰ぐ。その時、おなかの上からくぐもった声がした。
顔が赤くなる。馬鹿、何言ってんのよ!と叫びだしたくなるくらいに。でも、ヨシュアの眠りを覚ますのはもったいない、とぐっとこらえた。今回の我慢は、自分の中では勲章物だ。

身体に直接聞こえたつぶやきは、間違いなく寝言の範疇内だった。
ただ。

「エステル……だいすき……だよ」

真っ赤になった顔を抑えて、もう一度空を仰ぐ。
晴れた空、ゆるい風、丁度よい気温、絶好のお昼寝日和。
「ほんっとに、もう……!」
だが、もう一度お昼寝という気持ちには、もうなれそうになかった。


お昼寝してる二人はきっとかわいいよねって話になったのでちょっと書いていた分。 
でも、時期を少し間違えたのかずいぶんラブラブになってしまいました。どちらにしてもかわいいと思います。
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