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呼びかけるあなたの声が、いつもより子供っぽい

今日の天気、は、確かに怪しそうではあった。泣き出しそう・・・とまではいかなくても、灰色の雲に覆われた空から降ってくるものなんて相場が決まっている。
遊撃士協会から、宿に戻る途中だったヨシュアとエステルにも、それは等しく降ってきた。
「やば、降って来たわ!」
ぽたり、ぽたり、と落ちてくる雨の雫は、エステルの髪に落ち、ヨシュアの肩に落ちてくる。
「・・・間に合わなかったか・・・!急ごう、エステル。」
「了解っ!」
二人は、持ち前の運動神経を存分に生かして走り出した。

しかし。
「エステル、とりあえずあの店の軒先行こう。」
雨足はあっという間に走って宿に行ける強さを通り越してしまった。
「あの雑貨屋ね。OK!」
エステルも息を切らしてヨシュアの指し示す方向に走る。やっと軒先についた時には、二人とも湿り気たっぷりになってしまっていた。
「これは参ったわね・・・」
軽く頭を振って水を飛ばし、エステルがため息をつく。
「この降り方・・・夕立ってわけには行かないみたいだね。」
空を見上げてヨシュアもため息をつく。
「こんなとき、傘でもあればよかったんだろうけど・・・」
「持ってこなかったからね。傘さして山道歩くわけにも行かないし、かさばるし。」
「そーなのよね。そして、レインコートは宿に置きっぱなし、と。」
また、二人でため息が重なった。
・・・と。
「あ、おかあさん!」
前方の教会から、子供が出てくるのが見えた。
「はいはい、お待たせ。」
子供の視線をなんとなく追うと、傘をさした母親らしき女性が、子供のほうに行くのが見えた。手にはもう一本、傘がある。子供の迎えに来たらしい。
「ありがと!」
明るい色の小さな傘が開く。雨の中、大きな傘と小さな傘が連れ立って歩いていく。
「・・・なんか、いいな。」
自分の心を読んだかのように隣から呟き声が聞こえた。和んだのであろう、柔らかい声。
「そうだね。」
そう応えて・・・何かが記憶に引っかかった。そういえば、前にあんなこともあった気がする。少し思い出そうとしたら、一気に記憶はあふれてきた。
「そういえば、エステルも雨が降った時、ああやって傘持ってきてくれてたよね。赤い傘さしてさ。」
「・・・んーと・・・」
エステルは少し考え込むように首をかしげる。そして3秒・・・・ぽん、と一つ手を打った。
「ああ。ヨシュアがアルバイト行ってた時ね。覚えてるわ。」
「エルガーさんちに来た時、傘もってなかったりしたことも?」
言うと、エステルが軽くふくれた。
「・・・なんでそんなことばっかり覚えてるのよ。」
どうやら覚えていたらしい。その表情がおかしくて、でも可愛くて思わず笑ってしまう。
「だって、エルガーさんの傘借りて帰った事何度もあったからね。」
記憶は数年前に遡っていく。


あれは、今より何年か前のこと。
アルバイトはもう終わる時間だった。それなのに、武器屋の窓からは、しとしとと降り注ぐ雨が窓をなでているのが見える。
「こりゃ、夜になってもやまなさそうだな。」
窓の外を見ていたエルガーが困ったようにこちらを振り向いた。
「ヨシュア、傘持ってきてたか?」
ため息をつきたい気分で首を横に振る。
「いいえ、・・・ちょっと油断してました。」
エルガーも苦笑いで頷いた。
「だろうな。朝は綺麗に晴れてたもんなあ。
 まあいい、うちの傘を貸すから、今日はそれで帰るといい。」
否をいえるはずもなく、ヨシュアはありがたくそれに甘える事にした。
「すみません、ありがとうございます。」
「なーに、これくらいぜんぜん構わないさ。じゃあ、傘を取ってくるからちょっと待ってろ。」
そう言って、エルガーは二階へ上がっていった。少しほっとして息をつくと、曇った窓の外に鮮やかな赤い傘が見えた。なんとなく気になって注目していると、それは、扉前あたりで止まる。お客らしい。鼻歌交じりに傘の水を切っているのがわかる。
・・・が、どうにもその様子に見覚えがあった。窓が曇っていようが扉越しだろうが、日々見ているのだからおそらく間違いはないはずだ。
「こんにちはー!」
そんな声と一緒に、ドアを元気一杯に開いて入ってきたのは、案の定エステルだった。
「いらっしゃい、エステル。この雨なのに、どうしたの?」
赤い傘片手に、エステルはご機嫌で答える。
「迎えに来たのよ。雨降って困ってるかなーって思って。今朝、傘持っていかなかったでしょ?」
エステルが当然、な顔をして迎えにきているのが、なんだかとても嬉しかった。
「あ・・・ありがとう。とても嬉しいよ。」
こんな事は、記憶に残るか残らないかくらいの小さい時ぶりである。
「お、大げさねー。これくらい家族なら当たり前でしょーが。」
少々面食らったようにエステルが照れ笑いをしていると、二階からエルガーが傘を片手に降りてきた。
「お、エステルか。ヨシュアの迎えか?」
「うん、そうよ。
 あ。ヨシュアがいつもお世話になってます。」
傘を片手にぺこりと礼をすると、エルガーは豪快に笑った。
「はっはっは、すっかり姉ちゃんやってるんだな、エステル。」
「まあね。」
エステルも嬉しげに笑う。なんとなく複雑な心境でため息混じりにエステルのほうをみて・・・ふと、気がついた。
「えっと・・・エステル、僕の分の傘は?」
エステルがこちらを振り向く。
「え?ここに・・・・あ。」
片手にはエステルの赤い傘。もう片方の手は、手ぶら。本気で今気づいたらしい。
「・・・・忘れちゃった・・・。」
今度こそ心の底からため息が出てきた。本当にエステルときたら・・・肝心なところでつくづく抜けているのだ。
エルガーが苦笑いしながら言った。
「ヨシュア、傘持っていけ。次に返してくれればいい。」
そう言ってエルガーは、持ってきていた傘を差し出す。
「はい、すみません。ありがとうございます。」
傘を受け取ると、エステルも心もちしゅんとした表情で言った。
「ごめんなさい・・・。」
「なになに、これくらい大した事じゃないさ。それに、ちょっとくらいハプニングがないとエステルらしくないからな。」
そう言ってはっはっは、と笑う。
「あー、ひどいっ。」
エステルは、ぷーっとむくれたが、すぐにエルガーの笑い顔が伝染って・・・武器屋の店内に、外の景色とは真逆の和んだ笑い声が響いたのだった。


「うんうん、そういうこともあったわねー。ほんのちょっと前なのに、ずいぶん前の事みたいだわ。」
その頃からすれば、かなり変わった感じのエステルが、懐かしそうに笑う。
「赤い傘、お気に入りだったからとにかく使いたかったのよね。で、はりきって迎えにいってたの。」
「なんとなくそんな気してたけど・・そうだね。迎えに来る時は、いっつも上機嫌だった。」
記憶に残るお迎えの図は、赤い傘をさして、いい笑顔で武器屋のドアをあけるエステルの姿だった。明るい笑顔と赤い傘。たまにヨシュアの傘を忘れたりしながらも、雨が降ったら大体迎えにきてくれていた。
「でもあの傘、似合ってたと思うよ。」
雨の日なのに、見るだけで嬉しい気分になったのも思い出す。
「そ、そう?へへ、なんか嬉しいな。」
エステルは照れたように笑った。
「あんな傘、また持ち歩けたらいいんだけどねえ・・・」
そういうエステルの視線は、ため息混じりに雨宿り中の雑貨屋の店内をふらりと彷徨う。
「でも、かさばるからね。旅している以上ちょっと無理じゃないかな。」
「うーん・・・でもなあ。」
まだ、少々未練のある声。・・・は、いきなり明るい声に変わった。
「・・・・・あ!ねえ、ヨシュア、ちょっとあれ、良くない?!ね、入ろう!」
雑貨屋店内を指差して発せられる声は、まるでお気に入りのおもちゃでも見つけた子供のようで・・・いつもよりさらに子供っぽかった。

「いらっしゃい。」
店主の声に適当に会釈する。エステルについて店内に入ると、エステルは迷わず雨具のコーナーに直進した。
レイアウトされた雨具たちを見て、エステルがはしゃいだわけに思いあたる。開いた傘と、小さく折りたたまれた傘が並んでおいてあったのだ。
「ね、ヨシュア、これ。これよさそうだと思わない?」
エステルの手には赤い小さな袋が握られていた。コッペパンほどの細長い袋の先からは、傘の柄らしきものが覗いている。案の定、小さく折りたたみのできる傘だった。
「かさばらないし、かわいいし、かわいいし。」
エステルが小さな袋を少しあけると、黄色い縁取りが顔を出した。なんだか、前にエステルが着ていた服を思い出させる。
「ね、一本だけでいいから!こういうときとか重宝すると思うの!ほら、水筒より小さいのよ?いつだって持ち歩けるでしょ?ね、お願い!」
どうやら、本当に気に入っているらしい。・・・というより、一目惚れのような気配すらする。拝み倒さんばかりの勢いで頼み込むその姿は、旅の備品の購入というより、説得というより・・・なんだか、おもちゃをねだる子どもを思い出させた。なんとなくため息をつきたくなる。しかし、とりあえず冷静に冷静に判断しなくてはならなかった。荷物は少なく、が旅の鉄則だと信じるからだ。
「・・・・・・ねえ、ヨシュア。」
ねだる視線は見なかったことにして、ヨシュアは傘を検分する。
確かに、小さい。楽に持ち歩けるし、かさばりもしない。しかし、実際のところ使えるかどうか・・・。街中を傘をさして歩くような機会がそうそうあるか?雨具は別にあるのだ。これ以上必要はないような気もする。大体、少々の雨なら濡れたって大した事はないのだ。
「・・・エステルは、必要だと思う?僕たち、もうレインコートは持ってるわけだけど。」
「必要よ!ほら、レインコートを着るまでもない時とか、・・・街中の依頼受けたときなら傘のほうがいいと思う!レシピ集めとか聞き込みだって依頼の中にはあるんだから!」
途中から、どうやら自分の理論に自信を持ったらしい。力強い声は『絶対に買う!』と言っていた。一応理屈というのか理由をつけられるようになったのは、多分進歩なのだろう。
「だから、ね、買おう?」
値段は・・・・さほど高くはない。街中の依頼なら、エステルの言うとおり役に立たない事はないだろう。それに、ストレガー社のスニーカー以外でこうも目を輝かせているエステルはかなりレアだ。
「・・・・・わかった。」
「ほんと?やったあ!・・・おじさん、これ、ちょうだい!」
背景に花でも背負ったかのように嬉しげに、折り畳み傘を握り締めたエステルは店主のほうに駆けて行く。
「はいよ。なかなか大変だったみたいだねえ。」
ささやかなお金と引き換えに、店主は傘をエステルに渡した。くすくすと笑っているのがわかる。
「そーなの。ううん、とっても頼りになるのよ?でも、ほんっとーに財布の紐固くって。ケチってわけじゃないと思うんだけどねー。」
傘を買ってしまったからなのか、言いたい放題である。
「はっはっは、頼りになるならそれに越した事はないだろう。いい彼氏さんじゃないか?なあ。」
店主がそう言って笑うと、エステルも頬を赤くして笑った。
「え、そ、・・・そうかな?・・・ふふふっ、ありがとう。」
ちらりと見えたその笑顔は・・・直視できないほどに可愛らしかった。


「さあ、早速役に立ってもらうわよ。」
店を出て、エステルが傘を広げる。黄色い縁取りの赤い傘は、折りたたみの割に大きく開いた。
「うーん、やっぱり私の目に狂いはなかったわ。」
外の雨空とは正反対の晴れやかな笑顔でエステルは傘を肩にかける。
「ほら、ヨシュア、入りなさいよ。」
「え、あ、ありがとう。」
なんだか、ちょっと照れる。自分でも買えばよかったかな、と思ったり思わなかったりする程度に、だ。
入った傘は、ちょっとだけ背が低かった。
「僕が持つよ。」
そう言って、傘を取り上げる。
「あ、ありがとう。」
エステルのほうが気づかれない程度多くなるように傘を持つと、なんとなく落ち着いた。いつもより少々距離が近いが、これはこれで嬉しい。
「いこっか。」
エステルが、傘を持つヨシュアの手に自分の手を添えた。
「うん、いこう。」
そう言って歩き出す。
もしかして、同じ事を思ってくれたのだろうか・・・と、ふと思った。自惚れのような気もするのだが。
雨の音の中は滑りやすい。前はそれでも、傘をさしてはしゃいで駆けて行くエステルにあわせて走ったりもしたものだった。そして、滑りかけたエステルを助けたり助けられなかったり・・・。 ・・・今は、違う。ゆったりと同じペースで歩いている。きっと少し成長して、落ち着きというものがわかってきたのだろう。 と、エステルのペースが少し乱れた。
「どうしたの?」
「えっ!?」
どこか違うところを見ていたらしいエステルは、慌ててこちらを向く。
「な、なんでもないっ。行こっ。」
そう言ってエステルは前を向くと、傘に添えた手を握った。
「?・・・」
エステルが見ていた先に視線をやる。
「・・・・!」
少し顔を紅潮させてこちらを向いたエステルと・・・・おそらく、同じものが目に入った。
通りにある、アクセサリーショップのショーウィンドウ。ここからでも綺麗な輝きの見えるそれは、ペアの銀のリング。・・・エンゲージリング、だった。エステルが気まずそうにそっぽをむく。その手を、上から包んで傘を持ち直す。
「・・・?」
エステルがまだ赤みの残る顔でこちらを向いた。
「いつかきっと、ね。」
そう言って笑いかけると、今度こそ、エステルの顔は面白いくらい真っ赤になった。
「ば、ばかっ・・・そんなことさらっと言わないでよっ。」
目線が離れる。それでも、傘を持つ手は離れないし、二人の距離もそのままだ。
先ほどより少しゆっくりなペースで歩きながら、幸せってこういうことなのかな、などと思ったりする。
出会えてよかった。あきらめないでよかった。戻ってきてよかった。好きでいてよかった。そう思えることが幸せということなのだ、多分。

宿まで、もう少し。
しとしとと降る雨は、どうやらまだまだ降り続くようだった。




BGMは「Shall we dance in the rain」で。お題の中では一番最後に埋まった話です。
初めてSC以降のヨシュエス書いたです。おまけにヨシュエス自体まともに書くのものすごく久々だったんですよね。
SC以降のあの雰囲気実はちょいと苦手だったりするもので、結局FCとあまり変わらない感じで書いてしまいました。糖度は高くしたけど。多分私はこういう雰囲気のほうが好きなのだろうなあとも思います。結構楽しくかけたからまあOK?
ツッコミ所といえば。傘、二つ買えばよかったのに、ていうのと、折りたたみ傘あるんだったら旅に出る時持っていくだろう、てこと。色々理屈はつけたけど、当人ですら信じてないです。とはいえ、相合傘はロマンなので、多少の事は目をつぶってくださいな。(苦笑)
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