方石の力でとりあえず拠点に戻ってくると、石碑の前にはセレストが居ただけだった。
「なんや、誰もおらんのかいな。」
ケビンがあたりを見回す。セレストが優しく微笑んだ。
「皆さん、思い思いのところで過されているようですよ。」
「やろうなあ・・・ま、ええわ。」
軽くため息をついてみせてこちらに向き直る。
「んじゃ、おつかれさんでした。軽く休んどいて下さい。」
その言葉がいつも解散の合図だった。
ヨシュアはとりあえず、いつものようにエステルを探しに行く事にした。
階下から、リュートの音色が聞こえてくる。どうやらオリビエ・・・もとい、オリヴァルト皇子が突発リサイタルを開いていたらしい。
ぽろぽろと爪弾かれるその曲は、最初に出会ったときにハーケン門で披露していたあの曲だった。
本棚の上から下のほうを覗くと、女性陣が一通りそれに聞き入っている。少し離れたところで、本棚にもたれかかるようにして立っているのはミュラーだろう。彼としては、オリビエの見張りといったところなのだろうか。
ぽろろろん、と最後のフレーズを奏で終わると、ちょっとした観衆たちから拍手が上がった。オリビエがそれに、晴れやかな笑顔で応える。
「いつ聴いてもいい曲・・・。」
クローゼがうっとりと呟く。
「ええ、不調法者の私でも、どこか心にしみます。」
穏やかにユリアが応じる。そんな二人の前に、オリビエがリュート片手にやってきた。
「リベールが誇る花である殿下と麗しき剣士殿にそう言っていただけるとは感激の極み。」
そう言いながら、懐からバラを取り出す。不思議な事に、それはなぜか形崩れていない。
「・・・どれ」
しかし、オリビエが二人の手を取ろうとした瞬間、ジークがその手をつついた。
「ジーク!?」
「痛っ!イタイイタイ!待って待って!」
ひとしきりつつくと、ジークはピュイ、とクローゼの肩に戻る。
「君は本当にミュラーに似てきたね、小さいナイト君。間髪入れずに実力行使をするところなど本当にそっくりだよ。」
突付かれたところをさすりながらオリビエがジークに声を掛けると、ジークは、ピューイイ、とミュラーの方を向いた。「やったよ」とのことらしい。向かれたミュラーの方は、ご苦労だった、という顔で頷いている。どうやら共闘関係がさりげなく出来ていたらしい。
「なんだ、グルだったのか・・・」
二人・・・一人と一羽を見てふくれると、オリビエはまたベンチに戻った。
リュートをもう一度構えて、適当に音をつむぎだす。どうやら、楽器を構えればそれなりに真面目になれるらしい。
「もう一曲くらいやりたいねえ・・・次は何にしようか・・・」
ぽろろろん、ぽろろろん・・・そんな音の中、ヨシュアはそっとエステルの隣に腰掛けた。気付いたエステルが一瞬だけ驚いて、・・・・少しだけ身を寄せてくる。なんだか幸せだ。
「・・・そうだねえ。酸っぱい恋の次は甘い恋と行こうか。」
くすっと笑ったオリビエに顔を向けると、意味ありげな瞳と一瞬だけ視線が合った。
夜の中に君がいる 夜風に寄りかかるように まるで古代の神話の夜の女神のようだよ
甘い。とても甘い。
普通に考えなくても、恥ずかしい通り越して歯が浮きそうな歌詞・・・なのだが、オリビエがそのリュートと共に歌えば、なぜだかしんみりしてしまうのはどういうことなのか。音の魔力かその雰囲気の魔力なのか、もしかしたら両方なのか。
となりのエステルは目を閉じてうっとりとした表情で聴き入っている。こんな表情滅多にお目にかかれない。さりげなくあたりに目を配れば、他も似たようなものだ。
もっとも、本棚に身を持たせかけているミュラーは視線を逸らして眉間にしわを寄せているし、レンはうっとりというより興味津々の風なのだが。
この世の全てが君の中にある 全てを君が持ってる
もっともっと 君に近づきたい 君の小さな宇宙へ
甘さ最高潮で曲はフィナーレを迎えた。
うっとりした一呼吸があって、思い返したように拍手が上がる。オリビエは満面の笑みでそれに応えた。
「はぁ・・・・」
「ロマンティック・・・・」
「・・・やるね・・・」
女性陣のそんなため息が聞こえる。
「ふふ、こんな甘いのもたまには良いわね。」
シェラザードが艶やかに笑った。
「それならば、この曲はシェラ君に捧げよう。気に入ってくれるかな?」
リュートを抱えたまま、オリビエが声を掛ける。
「えっ・・・」
シェラザードが一瞬固まった。しかし、それは本当に一瞬でまたいつもの余裕の笑顔に戻る。
「・・・ふふふ、そうね。曲だけもらっておくわ。」
「おや?今の一瞬、その気になったと思っていいのかな?やっとボクに振り向いてくれるんだね。嬉しいよ・・・」
そう言って、オリビエは無造作にシェラザードに近寄るとその手を褐色の頬に当てようとした。
「何言ってるの。調子にのるんじゃないわよ。」
シェラザードはその手を軽くはたく。
「ううん、つれないんだからぁ・・・・」
「はいはい。もうおしまいなの?」
毎度ながらあしらい方も堂に入っている。
「そうだね、歌を歌っていたから、少しワインでも嗜みたい気分になってきたよ。・・・君と。」
やたら堂に入ったそのセリフ。一体何回言ったらこうなるのか不思議なほどだ。
「そうね。お酒だけなら付き合うわよ。」
シェラザードは、そんなセリフの言葉だけ肯定したようだった。
「さ、それじゃあ今日のところはこれでお開きだ。またいつだって聞かせてあげよう。」
ウィンク一つとその言葉で、仲間たちが席をたつ。また思い思いのところに行くのだろう。
「僕たちも行こうか。」
席を立って手を差し出すと、エステルはまだ少々余韻が残ったような表情でこちらを向いた。
「ん・・・うん。
はー・・・いつもながらいい仕事するわよねー。」
そう言って、エステルはヨシュアの手を取る。
「ホントにね。いつもとは別人みたいだ。」
連れ立って歩いていく二人の距離はいつもよりちょっと近い。
「うんうん。」
そう言っているエステルの顔は、幸せそうだった。どちらからともなく手と手が絡む。これも、さっきの甘い恋の歌の効果だろうか。だとすれば・・・オリビエに感謝だ。
「もっともっと君に近づきたい 君の小さな宇宙へ」
隣から小さな声が聞こえた。エステルの声。気に入ったのか、半分無意識で声に乗せているのはさっきの曲だ。
「気に入ったの?」
そう聞くと、エステルは照れたように笑った。
「うん。素敵な曲よね・・・ちょっと甘いけど。」
頬が赤い。多分、その甘いところも好きなのだろうな、というのが見て取れる。こういうところは、やっぱり女の子なのだ。
「ね、エステル」
「ん、なぁに?」
あの曲の全部、僕はいつだって思ってる・・・なんて言葉が浮上して、一瞬固まった。
気持ちに嘘は無いが、さすがにあんまりだ。
「ううん、ごめん、なんでもない」
首を振ると、エステルは不思議そうに首を傾げた。
「変なの。」
「あの歌にあてられたのかもね。」
そう言うと、エステルは少し目を見開いた。
「珍しいわね・・・でも、納得だわ。」
そう言って笑う。その笑顔は、どんな宝物より貴重に思えた。
「もうどこへも 僕は行かない 君の宇宙で暮らそう」
なんとなく口ずさんでみる。さっきの曲は、そう終わっていた。今の気持ちと綺麗に一致したその歌詞。・・・気持ちの中には、まだ少し苦い反省も混じっているのだけど。
口をついて出たメロディに、エステルが嬉しそうに振り向いた。
「ヨシュアも気に入ったの?」
「うん、気に入ったのかも。」
だって・・・それは、本当のことの歌だったから。
そんな本心は、心の中に大事にしまって、ヨシュアはゆったりと微笑んだのだった。
もうどこへも僕は行かない 君の宇宙で暮らそう
久方ぶりのヨシュエスですが、もうふっきって甘甘でいきました。
そもそも、ZABADAKの「小さい宇宙」がビエさんぽいって話があって、それなら、てちょっと書いてみたら、なんかヨシュエスに流れたとかそんな話です。
ビエさんが歌うのは似合ってそうだけど、歌詞のどうしようもないラブっぷりは多分SC以降のヨシュアのような気がします。