濡れた髪をガシガシと拭いて、びゅん、と一振り。
パジャマに着替えて、濡れないように髪にタオルを巻くと、カシウスの部屋に声を掛ける。
「お待たせ!あがったわよ。」
「あぁ。早かったなー。」
部屋の中から、くぐもったカシウスの声とごそごそとたんすをあさる音。
「冷めないうちに入ってね。もうトシなんだから、風邪引いちゃうわよ?」
「俺はそんなに軟弱じゃないぞ。」
そんな声と一緒に着替えを持ってカシウスが出てくる。
「でも、トシには勝てないって言うし。」
「俺はまだ、45だ。」
憮然としたカシウスにさらに畳み掛ける。
「四捨五入すれば50ね。」
「・・・お前は・・・一体どこでそんな口の聞き方を・・・・父さんは悲しいっ・・・。」
カシウスは、ぐすぐすと泣きまねをする。
「涙もろいのも老化の証拠って・・・」
「だーかーら!俺を老人扱いするなっつーの!!」
ごん、と軽くエステルの頭に拳が落ちる。
「むぅ・・・・わーかーりーまーしーた。
じゃ、自称若い父さん、おやすみなさい。」
「自称は余計だ!まったく口の減らない娘に育ってしまって・・・。」
言いながらカシウスは首を振る。
「・・・まぁいいか。・・・おやすみ、エステル。」
ため息の後、エステルの頭をぽむ、と撫でる。
「ん、おやすみなさい。」
エステルはそう言って、二階に駆け上がっていった。
・・・ちょっと、言い過ぎたかな?
そんなことを思いながら・・・自分の部屋の前まできて、ふと足を止める。
聴こえてくるのは、ハーモニカの音。
・・・あぁ、ヨシュアか。
相変わらずうまいものである。
調べが聴こえてくるのは突き当たりのテラス。
エステルは、なんと言うこともなくそちらに足を向けた。
いつも吹いているあの曲。
薄青のパジャマ姿はエステルに背を向けて、・・・例によって、自分の世界。実はちょっとだけ近寄り難い。
しかし・・・だからこそ。こういうものは、なんとなく驚かせたくなるのが人情というもの。
「よーしゅーあ!」
1フレーズ終わったところで、後ろから抱き付く。
「っ!?」
少しビックリした顔がこちらを向いた。
「なにを一人で浸っているのかな、少年?」
うりうりと頬をつつくと、ヨシュアは、はー・・・とため息をつく。
「そんなわけじゃないってば・・・。
・・・とりあえず、エステル、いきなり抱きつくのはどうかと思うんだけど。」
ヨシュアが頬をつつく指を押し返す。
「うーん。今ひとつ驚かなかったわね・・・。もっとこう、きゃーとか言ってくれるかと期待したんだけど。」
「それって、どういう期待なんだよ・・・。」
呆れたような目線。
「だって、人が折角驚かそうと思ったのに。もっと派手に驚いてくれたほうが面白いじゃない。
付き合いが悪いわよ?」
「何が付き合いだよ。まったく・・・何考えてるんだか。」
はぁぁぁぁ・・・と深くため息をつく。
先ほどの近寄り難い雰囲気は、見る影もなくなっていた。
回した腕を外してテラスに寄りかかると、風が森の香りを運んでくる。
「んー、気持ちいいわね。」
テラスに掴まって、腕と背を伸ばすと、ヨシュアも少しだけ微笑んだ。
「うん、いい風だね。本当に気持ちがいい。」
少し長い黒髪が風に揺れる。
エステルは、頭だけを蒸らしていたタオルを一気に解いた。
「これで乾いたりしないかなあ。」
頭を軽く振ると、長い髪がばらばらと散る。
「うーん・・・あんまりやりすぎると風邪引くよ?」
ヨシュアは、お勧めしない、というように首をかしげる。
「大丈夫よ。今日は別に寒いわけじゃないし。」
髪を背中にやりながら答える。
「まぁ、エステルなら大丈夫そうだけど。」
「なによその、私ならってのは。」
「別に?」
ジト目で睨みつけるが、ヨシュアは涼しい顔で微笑むだけである。
「なんか引っかかるわね。」
「引っかかる当てでもあったの?」
自分では絶対に認めてはならない事柄が一瞬頭に浮かんで・・・それを打ち消すように語気を強めた。
「ないわよ!全く持って口の減らない・・・・」
「さっき、下から同じ台詞が聞こえてきたけど。」
言いかけた言葉は遮って・・・ヨシュアも、よく聞いていたものである。
「き・・・聴こえてたの?」
「ばっちり。」
エステルは憮然として言った。
「まったく。ろくでもないことばっかり聞いてるんだから。」
「エステルがろくでもないことばっかり言ってるんだろ。」
実に口の減らない弟である。
しかし、カシウスに対する物言いも・・・ちょっと言い過ぎた、とは思っていたところなのだ。
・・・少し気まずくて顔をそらす。
「・・・・あ、あれは、私は事実って奴を言ったまでよ。」
「じゃぁ、僕も事実って奴を言っただけだよ。」
「だからそれはどういう意味なのよ。」
澄まし顔は変わらない。
「自分で考えてみたら?」
「むぅ・・・。」
言い負けした、・・・様な気がした。
ヨシュアは、そんなエステルを見ながらくすくすと笑っている。
「・・・何がおかしいのよ。」
「いや、なんというか・・・・。
明日の事考えて、なんとなく緊張してたのに。
エステルと喋ってると緊張感が抜けるなあ・・・・と思って。」
目元は未だに笑っている。
「悪かったわね、緊張感がなくって。」
「褒めてるんだってば。」
「褒めてるんだったらそんなに笑わないでしょ。
・・・・・でも、明日か。・・・最終試験よね。」
最終試験、と口に出すと、少しだけ身が引き締まった・・・様な気がする。
「そうだね。
・・・・とうとうここまで来たんだな。」
ヨシュアは遠くを見るような表情になる。
「そうね・・・シェラ姉のしごきに耐えて・・・。長かったわ。」
それを聞いて、ヨシュアは苦笑いする。
「それに報いるためにも、明日は失敗できないね。」
「失敗なんて知らないわ。絶対に遊撃士になるの。
そして、手始めに父さんを追い越してやるんだからっ!」
ぐっと拳を握り締めて言うと、ヨシュアはまぶしいものを見るような目でこちらを見た。
「・・・・ホント、言う事が大きいなぁ・・・。」
「なによそれ。」
「いやいや。夢は大きい方がいいよね。」
ヨシュアは笑うだけである。
「それに、ヨシュアにも付き合ってもらうわよ。
だから・・・一緒に遊撃士になろうね。」

それは、当り前のことなのだけれど。
それでも、このテの台詞はやはり・・・改めて言うと少し照れてしまう。
しかし、ヨシュアは涼しい口調で言った。
「うん、見張ってないと何するかわからないしね。喜んでご一緒させてもらうよ。」
これでは照れもなにもあったものではない。
エステルは盛大にため息をつきながらぼやいた。
「人が折角シリアスに決めてるってのに、アンタって人は・・・。」
でも、これが「らしい」のか、とは・・・思わないわけではない。
「まあ、そうむくれないで。・・・一緒に頑張ろう、エステル。」
その言葉に顔を向けると、はたと目が合った。
お互いに一瞬固まって、一緒に笑顔になる。
「任せなさいっての。ヨシュア、足引っ張るんじゃないわよ?」
「うん、その台詞そっくり返すよ。」
まったくもって相変わらずの弟である。
「減らず口だけは五人前以上よね・・・。お姉さんはそういう子に育てた覚えはないのに。」
「育てられた覚えもないけどね。」
ヨシュアはにこやかな笑顔を崩さずに、テラスの手すりから身体を離した。
「さ、明日は試験だし、今日はもう寝ようか。」
ヨシュアのペースに乗せられたような気がする。
しかし、確かにもう夜も遅い。
「ん、そうね・・・そうしましょ。」
際限なくなりそうな文句はとりあえず脇に置いて、エステルはテラスから身体を離したのだった。
「お休み」と言い合って、それぞれの部屋、ベッドに入って目を閉じる。
「明日の最終試験に受かれば、遊撃士なんだ。」
緊張や感慨や期待。
そんな二人の想いを乗せて夜は静かに更け行くのだった。
真面目に書いたのに、山なし意味なしオチなし・・・・?(汗)いや、これヨシュアから見ればそれなりに・・・それなりにシリアスなのかもしれないなあと思うんですけど、そういうとこ出せてる・・・?(多分出てない)
気がついたら軽口たたきあってる二人の関係が好きなのです。多分、それが彼らなんだろうなーと勝手に思ってるので、そういう意味では結構好きかもしれません。
ただ、口ではヨシュアになかなか勝てないんですけどね、エステルって・・・。