部屋に行く前から温泉温泉と素晴らしいはしゃぎっぷりの自称姉は、例によってまた部屋を間違えようとしていた。
「はいはい。楽しみなのはいいけど、そっちは僕達の部屋じゃないよ。」
冷静に指摘しつつ手を引く。こんなのもう日常茶飯事だ。
・・・全く・・・何が姉だか。
絶対にそんな関係じゃない、と思う。少なくとも彼にとって彼女が「姉」である事はなかった。
「うふふ・・・エステルさん、ほら着きましたよ。」
ティータが扉を開けると、エステルは駆け足で部屋に飛び込んだ。
快適そうな木造のベッドと床。でも、家の物とは趣が全然違う。
「うわー♪東洋風って変わった感じがしてまたいいわねー。」
ベッドに荷物ごとダイブして、エステルが幸せそうな顔をした。
「うん、風流だね。」
言いながら、荷物をベッドの脇に置く。
「このあたりは東のほうから来た人たちが多いんです。だから内装もこんな風なんですよ。」
自分を褒められたように嬉しそうにティータが説明した。
「さ、お風呂行きましょうか。きっと疲れ全部とれますよ。」
ニコニコと手馴れた風に荷物からお風呂セットを取り出す。
「うんっ、いくいくー♪」
ベッドから飛び起きて荷物を勢いよく開く。
・・・物凄いはしゃぎっぷりだな・・・。
まぁ、微笑ましいといえば微笑ましいし、エステルのそんな所も好きではあるのだが。
自分のお風呂セットを取り出して、彼はやれやれとため息をついたのだった。
風呂場はさすがに温泉というだけあって広く、しかも今は独占状態だった。
・・・あー、生き返る・・・。
湯船に浸かって、温泉の空気をいっぱいに吸い込んで深呼吸。
壁に背を持たせかけて目を閉じる。
ヨシュアにしてみても、温泉は楽しみだったのだ。
薬効があるとも言うし、気持ちがいいものでもあるし・・・。
隣から聞こえるような聞こえないような話し声も丁度いいノイズ。
ぼーっと夢うつつになるひと時。これが極楽なのかな、と爺くさい感想が頭をよぎる。
「な、なんでそーなるのよっ!?」
と、いきなりエステルの大声が響いてきた。
一瞬で極楽から現実に引き戻される。
・・・何なんだ・・・?
さすがに気になって隣の話し声に耳を澄ます。
「・・・だって、仲がよいみたいですし、似てませんし、てっきりお二人は結婚しているのかと・・・・・」
ズルっ。
危うく湯船に沈没しかけて、慌てて体勢を整える。
「似てないのは!ヨシュアが養子だからよ!!私とヨシュアは姉弟みたいなものなの!!」
が、脳を吹っ飛ばすような大声でまたしても沈没しかける事になった。
・・・あーはいはい、どーせ兄妹だよ!
大体そこまで必死で否定する事なのかな、それは?
尚も聞こえてくる女湯の声から意識を遠ざけ、彼は露天風呂のほうに避難する事にした。
・・・あの様子ならしばらくは露天のほうにはこないだろうし。
露天なら冷えた外気に触れられる。
それなら、少しはこのイライラも収まるかと思ったのだった。
露天風呂は中よりももっと広く、やっぱり外気は涼しかった。
そして、女湯の喧騒も、そこまでは聞こえてこない。
・・・・・はぁ。
また、極楽に浸ろうとするが、今度はうまくいかない。
・・・やっぱり、兄妹でしかないんだなあ・・・・。
そりゃたしかに、結婚はありえないけど。
でも、せめて・・・と思ってしまう。
・・・期待するだけ無駄だと思うけど。でもなあ・・・。
はぁーっとため息。
・・・ま、しかたないか。
ぐったりした気持ちは、ため息と一緒に湯に溶けていく。
と、扉ががらりと音を立てた。
ついで聞こえる水音。
「あー、外は外で気持ちがいいわねー。」
・・・エステルか。意外に早かったなあ・・・
また、のーんびりとした声が響く。
「しかも広いしー。」
ちゃぷり。
「だからと言ってこんなところで泳いじゃだめだよ。」
一言突っ込みを入れるのは、もはや習慣だった。
「お、泳いだりなんかしないわよっ!」
慌てた声。
・・・言わなかったら絶対泳いでたね。
相変わらずだなあ、と岩にもたれる。
と。
「・・・えっ?」
湯気の向こうでエステルが立ち止まったのが見えた。
「お先に入らせてもらってるよ。
これ初めて入ったけど、疲れが溶けていく感じがしていいよね。」
湯気越しにも髪を下ろした・・・なんというか珍しく色っぽいような・・・姿に、少しあせりが出たのか、自分でもなんとなく早口になったような気がする。
「・・・・・・・・・。」
しかし、何を言っても彼女は口をパクパクさせたまま。
「あの・・・こういう状態で黙られると落ち着かないんだけど?」
「・・・・え・・う・・・あ」
「?」
次の瞬間、エステルの悲鳴がエルモ村中に響き渡った。
「ど、どうしたんだい?」
声で吹き飛ばされるかと思ったが、慌てて彼女のほうに寄る。
「い、いやっ!こないで!見ないで!!!」
この反応にはさすがに目が点になった。
「あの、エステル・・・?」
「いやっ、あっちいってよーっ!!」
わけのわからないこの反応は、
「何かあったのかい!?」
「どうしたんですかっ!?」
と、ティータと旅館のマオ婆さんが慌てて駆けつけるまで続いたのだった。
・・・女の子って判らない。
その後のマオ婆さんのお説教で多少落ち着きはしたのだが、この一件は単純そうなエステルでも扱いが難しいことがあると言う事を、彼に強く教えたのだった。
やっぱり久々の作品だけあって・・・ですね。 ブランクはちなみに2〜3年てとこでした。