普段よりツァイス寄りに仕事をこなしている・・・というわけでは無い、と思うのだが。
「あら、アガット。また来てくれて助かるわ。」
出迎えるキリカに裏があるように思ってしまうのは、きっと気のせいではないだろう。
「また、で悪かったな。仕事は?」
「手配魔獣が2件。
ティータの所にも寄るわね?手紙を預かっているから、ラッセル博士にお渡ししてきて。」
「・・・・・・・」
確かに、ラッセル家には暇があればついでに寄っても良いか、くらいには考えていたのだが、確定事項として言われるとなんともいえない。
・・・仕事だ、仕事。
「わかった、引き受ける。」
全てを見透かしているようなキリカに、結局アガットは敗北するしかなく、手配書と手紙はそのまま彼の手におさまったのだった。
ラッセル家に、暇があればついでに寄っていこう、と思うのには一応、理由がある。
クーデター事件の後、ティータがとても懐いていたヨシュアが姿をくらまし、その後すぐにエステルも外国に飛んでしまったからだ。ティータは、聞いたときは思い切り泣いていたのに、すぐに「私が泣いててもしかたないから、私は頑張る」等と言ってすぐ立ち直って見せた。その気骨と根性は認めるが、元々何事にも無茶なので、さすがに少々気に掛かる、というのが正直なところである。別に甘やかすつもりも何にも無いのだが、暇があればついでに寄る程度には十分な理由だった。
「遊撃士協会だ。おい、じーさん、いるか?」
ラッセル家のドアを叩くと、バタバタっと音がして、すぐに扉が開いた。
「アガットさん、こんにちは!」
こちらを見上げて、明るい声をあげる。その笑顔に曇りは無い。
「よう、ティータ。元気そうだな。」
「はい、おかげさまで。
あ、おじいちゃんに用事なんですよね?研究室に居ますから、あがってください。」
そう言ってぱたぱたと駆けて行く。せわしなさは小動物並だ。
「邪魔するぜ。」
そう言って、家の中に入っていく。気がつけば勝手知ったるもの達が、彼を出迎えた。
そして、結局。
手紙を渡すついでにティータの顔を見るだけのつもりが、気がつけば熱いコーヒーを振舞われ、気がつけば2時間ほど経過して、アガットはようやくラッセル家の玄関先まで戻ってきていた。さすがに次の仕事もあるので、これ以上ゆっくりはできない。
もう行くんですか、と残念そうなティータに、そのうちまた会う、と手を振る。外に出ようとすると、何やら言いたそうだったティータが、声をあげた。
「あ、あの!!アガットさん、ちょっと待ってください!」
その声に振り返る。
「ん?どうしたんだ?」
何があったのかと聞けば、ティータの目線が珍しく泳いだ。しかし、すぐにこちらをまっすぐに見あげる。
「え、えとえとっ・・・すみません、ちょっとだけ、待っててくれますか?」
覚えのある表情ではあるのだが・・・現場突入前のようなその表情の理由はさっぱりわからない。ただ、その顔は、少々気圧されるには十分な顔だった。
「あ、ああ・・・少しならい」
「ありがとうございます!」
最後まで言う前に、ぺこっと頭を下げて、部屋の方に駆けて行く。
「・・・・・なんなんだ・・・?」
ぼそりと呟く間に、またばたばたっと足音がして、ティータが息せき切って戻ってきた。
「はい、これ!アガットさんに。」
ぽん、と包みが渡される。
「俺に?いいのか?」
「はい。えと、手袋なんですけど、その、ボロボロになってるみたいだったから・・・」
言われて、つい自分の手を見る。使い込んだ、というより、常日頃酷使しているので、確かに手袋は大分みすぼらしくなってはいた。革が毛羽立っていたり、金具が少し歪んでいたり。
「そうか。悪ぃな。開けていいか?」
「あ・・・はい!」
嬉しそうな許可をもらって包みを開くと、今のものより頑丈そうなグローブが出てくる。ためしに付け替えれば、なかなかいい感じに手に合った。ティータの選び方の上手さに、内心少々驚く。
「良いモンだな。しかし、・・・いいのか、本当に。」
聞くと、ティータは満面の笑顔で笑った。
「はい。アガットさんに、って選びましたから。」
「・・・・・そうか。ありがとうな、ティータ。」
いい場所にあった頭に手を置いてそう言うと、ティータは照れたように笑った。
「えへへ・・・どういたしまして。お仕事頑張ってくださいね、アガットさん。」
「おう。」
ティータは嬉しそうな笑顔でそれに応えると、用事はそれだけです、と言って頭を下げた。
「また来てくださいね。」
「ああ、じゃあな。」
手を振って別れる。ティータはどうやら彼が曲がり角を曲がるまでは見送っていたようだった。
*****
新調したグローブは、魔獣退治でもなかなかの付け心地だった。コレは多分、使えばもっと手に慣れてくる類のものだろう。そんなことを思いながら、つくりを確かめようと一度手袋を外す。
と、何か妙なものが見えた。
「?」
手首部分の裏側・・・に、何か縫い付けてある。全体的にゴツいつくりのそれには、そぐわないとしか言いようのない、ピンク色。
折り返して見て、・・・なんだか納得すると同時に苦笑する。
『無茶しないで、無事でいてください。』
小さな字で書かれたそれは、間違いなくティータの字だった。
「お前にだけは言われたくねぇよ。」
手首の返しを元に戻して、アガットは小さくつぶやいたのだった。
プレゼントを手袋にするまでに、マフラーだの食い物だのと考えたんですが、『頭撫でられた時にザラつくし、たまに毛羽立った革で髪汚れるもんだから「あ、手袋ボロボロなんだなー」とか気付いた』って事にして、手袋。設定見事に出しそびれたけど。とか思うと、ある意味ティータならではのプレゼントかもしれないです、手袋。