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湯あたり

彼は、追われていた。
『遊撃士を名乗るテロリスト』として。
リベール王国の頭脳と言われる老人を誘拐した、というのが罪状である。
真実は全く違うのだが・・・軍を敵に回してしまったおかげで、いい直る事ももはや意味を成さない・・・というより、もはやそういう次元を超えている。
「リベール王国軍情報部」の黒装束・・・特務兵というらしい・・・の調査がてら何人もなぎ倒してきたのだから、恨みを買う覚えだけはたくさんあった。
その上、ついこの間のレイストン要塞侵入の時に、これ以上ないくらいにばっちりとマークされてしまったのだから仕方ない。 今はとにかく、追っ手を撒きつつ倒しつつ、軍に捕まらないように逃げなくてはならなかった。それも、ついでに引き受けた護衛と逃走の仕事も片付けつつ、である。
しかし。
・・・なんで・・・何で俺はこんな所でジジイの背を流しているんだ・・・?


事の発端は『ツァイスから出れなくなった』事だった。各地に一斉に検問が敷かれ、地方間の行き来がやりにくくなってしまって・・・気づかれないうちにツァイスを抜けたいという、甘いといえば甘い希望は、あっさりと潰れてしまったのである。
もちろん、町の方は既に軍が来ていて・・・護衛対象の家にも戻れない。
結局、一日二日は野宿する羽目になったのだが、そこで護衛対象が言い出したのである。
『マオの家なら泊めてもらえそうじゃが。』と。
もちろん、反対した。エルモ村に軍が来ている可能性は0ではない、民間人をこれ以上巻き込めない、など。
しかし、最後に自分が言った一言が、結果的にここにいる理由だったりする辺り、世の中はままならないものである。
『大体、エルモ村の住人がどれくらい信用できるんだ?』と。
護衛対象を守るために言った・・・などと弁解するつもりもない。ただ。
・・・言わなければよかった。
『マオおばあちゃんは私達を裏切ったりしません!!』と涙目で訴えられ。
『そんなに人間不信じゃ、お主もまだまだじゃの。』と、冷たく切られ。
『ま、生誕祭が近いんじゃ、エルモ村も閑古鳥じゃよ。』との言葉に引きずられて・・・
今、アガットはここにいる。
なぜか、護衛対象・・・ラッセル博士の背を洗っている。
「こら、手を抜いておらんか?全く最近の若いモンはコレだから・・・」
そして、博士は背中越しに振り返って、わざとらしくため息をつく。
「あーあーわかったよ!・・・ったく、いい気なもんだぜ・・・」
舌打ちしながら、背をこする手に力をこめる。
「なんじゃ、出来るんなら最初からやらんかい。」
「(いっそ折れるまで力入れてやろうか。)」
内心の声はどういうルートでか博士に伝わったらしい。
「なんか言ったかの?」
「・・・なんでもねーよ!おら、これでいいだろっ!!」
こすり終わった背をバシンッ!とタオルで叩くと、博士が顔をしかめた。
「くーっ。まったく、デリカシーってもんがないのぅ。」
・・・知ーるーかーっ・・・!!!
イライラと背を向ける。温泉の件が出てからこちら、ずっと博士のペースなのだ。
と、背中に声が掛かった。
「こりゃ不良青年。いたいけな老人の背ぐらい流さんかい。」
「なにがいたいけだっ!!!」
「っかー。今時の不良青年は老人を敬う事も知らんのか。
 こりゃぁ、カシウスも苦労しとろうなあ・・・」
なんせ、コレが次の世代じゃからなぁ・・・・
カシウスの名を出された上に、宙を仰いで肩を竦められてはどうしようもない。
・・・っんのジジイ・・・・
ばっしゃん。
頭から湯をかけてやりたい衝動をかろうじて押さえ、老人の肩から湯を流す。
「うむうむ。それでいいんじゃよ。少しは気配りってもんがわかったかの?」
「・・・・・・・・・・・。」
良い様に使っておいて気配りとはよく言ったものだ、と思う。
「こりゃ、返事はどうした?」
「あーあーわかったよ!!」
投げやりに答えた所で、博士はふぅ、とため息をついた。
「わかったなら良いさ。言い方は改善の余地ありじゃがな。
 ・・・さて、わしは露天に行くとするかのぅ。」
露天・・・つまり、壁が無いという事。
それはつまり。
「ちょっと待て!露天はやめろ。また黒いのが襲ってきたらどうすんだ!」
「おぬしは何のためにわしらと一緒に居るんじゃ?それに、ティータには何もいっとらんかったしのぅ?」
博士はそういうと、すたすたと露天に行ってしまった。
「少しは警戒しろよ・・・・っ」
声は、もちろん無視される。
仕方が無い。
脱衣所で短剣を取ると、アガットも露天に出て行くことになったのだった。


場所は変わって、こちらは露天。
生誕祭で紅葉亭の客は自分達だけ・・・というわけで、露天も貸切である。
そんな貸切湯で、ティータはのんびりと湯に浸かっていた。
浸かれるお風呂自体が数日振りなのだ。ここ数日は、簡単に身体を拭くばかりで・・・女の子としては問題だった、と実は思う。気に入っているが長い髪も、少しほったらかすとすぐにベタベタになってしまうわけで。アガットは心配そうに反対していたが、こちらとしてはいろんな意味で一安心だったのだ。
・・・はふぅ・・・。
思えばここ1週間、ほとんど気が休まる事も無かった。今は追われている身だが、アガットも祖父も一緒なので、まだ大丈夫である。
ゆっくりと目を閉じて、身体を岩壁にもたせかけると、バリバリに緊張していた体がほぐれて・・・疲れも一緒に溶け出して行くようだった。
・・・んー・・・極楽・・・。
身体を伸ばして深呼吸。ふと寄ってきた睡魔の囁きに耳を傾けてしまうのは、やっぱり疲れているせいだろう。
うとうととしていると、唐突に耳元で声がした。
「おい、溺れるぞ!」
「ひゃぅっ!?」
さすがに驚いて目を開ける。
目に映ったのは、浅黒い肌、赤い髪に青い目の・・・大きな人。
「起きたか?」
「え、あ、は・・・はいっ。」
しかし、その容姿はティータの人物データベースには入っていなかった。
「えーっと、起こしてくださってありがとうございますっ。」
まだ半分ぼやけている頭の中で、思い出そうとするのだが、なかなか出てこない。
「ったく・・・一家揃っていい気なもんだぜ・・・。」
青年が、ガシガシと頭を掻きあげて・・・そのしぐさでようやく検索結果が出た。
「・・・・えーっと、アガットさん?」
「お前、まだ寝惚けてんのか?」
呆れたように顔をしかめる。
さすがに、何度もみたその表情には覚えがあった。
それに、そもそもこの宿にいるのは自分と祖父とアガットの3人だけのはず。
「いえ、あの・・・・・。」
一発でわからなかった原因は・・・。
「なんだ?言いたい事あるならはっきり言えよ。」
「・・・・髪下ろしてらっしゃったので、わからなかったんです・・・」
声が響くので少し変わって聞こえていたのも、判別を鈍らせた。
アガットのある意味一番の特徴であるトサカのような頭。
今はお湯で落ち着いて、額に流れていて。
「・・・お前、一体俺を何で判別してたんだ・・・・?」
呆れ顔で聞かれても、ちょっと答えようが無い。
少なくとも頭だけで判別していたわけではない、と思うのだが。
「え、えーっと・・・・・よくわかんないですけど・・・。」
ただ、目の覚めた一瞬。
今までの短い人生で一番・・・優しい雰囲気の人を見た気がしたのだ。
アガットがため息をついた。
「・・・まーいい。とにかく、寝るなら部屋で寝とけ。
 こんな所で溺れられても、責任持てねぇぞ。」
「あぅ・・・でも、さっきので目が覚めちゃいましたからっ・・・もうちょっとここにいます。」
「・・・のぼせない程度にしとけよ。今度寝たら起こさないからな。」
言うと、アガットは面倒そうに全身を湯に浸らせた。
波打つ湯がティータの髪を揺らす。
「あの。」
「あン?」
相変わらずそっけない・・・というより、少し怖い返事。
『髪下ろしたら雰囲気変わるんですね。』
言おうとした言葉は、その態度で飲み込んでしまった。
『何言ってんだ?このガキは・・・。』という台詞が頭をよぎったからでもある。
代わりに、もう一つ気にしていたことを口に出した。
「おじいちゃんはどこでしょうか?」
「あぁ、あっちだ。」
めげずに聞くと、アガットは入り口の方を指差す。
祖父は、入り口近くの段差でくつろいでいるようだった。
気持ちよさそうに目を閉じて・・・・
・・・って、寝てる!?
「お、おじいちゃん、起きてる!?」
慌てて立ち上がる。
同時に、ふ、と視界がぼやけた。
湯あたりだ。
そのまま、後ろに倒れ・・・る前に、がっしりとした腕が背中を支える。
「おい、しっかりしろ!!」
「・・・あ、すみませんっ・・・ひゃっ・・・」
慌てて身体を起こそうとして、またバランスを崩す。
「ったく、手間のかかる奴だな。」
声と同時に・・・そのまま、ひょいっと持ち上げられてしまった。
「あのっ!?」
「・・・湯船で寝るからそうなるんだ。もう上がるぞ。」
文句も抗議も言うまもない。
アガットは、ほてったティータの身体を抱えたままジャバジャバと入り口まで戻る。
「おいこらじーさん、起きろ!」
そして、目を閉じている博士に声を掛ける・・・というより一喝した。
「ん・・・なんじゃぁ・・・騒々しい。ちったぁ休ませんか。コレだから最近の若いモンは」
案の定寝ていたらしい博士は、ぶちぶち言いながら目を開ける。
「休むのは構わないが寝るな!
 全く・・・一家揃って風呂と寝室間違えてんじゃねーのか?」
「失敬な。わしゃそこまで耄碌しとらんわい。
 ・・・と、ティータ。どうしたんじゃ?」
博士が驚いたようにこちらを見る。
「ちょっとのぼせちゃって・・・ふらふらしてたら運んでくれたの。
 あの、アガットさん。もう大丈夫です、下ろしてください。」
「大丈夫か?また倒れるなよ?」
「・・・だ、だいじょうぶですっ。」
ゆっくりと下ろされて、ほっと一息つく。
大丈夫、今度はふらつかない。
「じゃぁ、私は先に上がってますね。」
言って、女湯の方に駆け込む。
「バカ、走るな!・・・って聞いちゃいねえ・・・」
後ろからアガットのぼやく声が聞こえてきて。
ティータは女湯の扉を閉めた。


そのまま、ふらりとへたり込む。
・・・あぁ、びっくりしたぁ・・・・。
なんでビックリしてしまったのかは、まだ良くわからない。
その代わり、わかったこと、一つ。


・・・アガットさんは、とっても居心地がいい。
『何言ってんだ?』と言われるのは目に見えているから・・・正面きっては言わないけれど。



やっぱり珍しい部類なアガット&ティータなお話。しかも、信じられないほどにラブっぽい。
書きたい事詰め込んだら、やっぱり収拾つかなくなっちゃいました(汗)前半と後半で分けても良かったかなあ・・・。
しっかし。
自分で書いておいてなんですが、書きながら・・・アガットに背後からファイナルブレイクかましてやりたいと一瞬思ってしまいました。ティータが幸せならそれでいいのですけどね。
しかし、アガット・・・さすがに温泉ではバンダナ外してるだろーなんて思いながらこんなの書いてますけど、実際にビジュアルイメージがうまい事浮かばないのは・・・・彼の日ごろの行いのせいですね、きっと。
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