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技師の心得

「それじゃ、行ってくるからの」
  そう言って祖父は旅立っていった。
  レマン自治州への出張である。先日開発したオーバルギアの発展型機体を開発するために、エプスタイン財団に招かれたのだ。
  フレームなどの機構はブラッシュアップはするもののこちらの開発、動かすためのソフトウェアは図抜けたプログラム開発能力のあるエプスタイン財団が開発することになっている。
  最初は家庭内企画のようだったオーバルギア開発計画は、他機関の協力も得て次の段階に進もうとしていた。
 
 
  オーバルギア開発計画は、リベールの異変において驚異的な軍事・技術力を見せた《結社》への対策だ。
  最終的な目標は、レンと一緒に居る《パテル=マテル》に対抗し得る能力を持つこと。そして実際にその方向に向かっている。
  最初から、わかってはいたのだが。
  ティータは、祖父と飛空艇の飛んで行った方に目をやった。
  あちらにはレマン自治州がある。より強力になるオーバルギアもそこにあるだろう。次の機体は、単騎でも戦場の制圧を行える程度にはなるのではないかという話だった。
  兵器開発に関わる。それは家中の反対を押し切って、啖呵を切ってまで押し通したことだ。
  全部、レンに近づきたいというただその一心だった。
  でも、今、レマン自治州に祖父が旅立って、改めて実感する。
  兵器開発は、家庭内、ツァイス中央工房内だけの話ではないのだと。
  開発協力でエプスタイン財団にも設計図が渡った以上、強化のみならず、量産・実用化・実戦投入も、遠くない未来に起こりうるのである。
 
  仕事中は忘れるようにしている事も、食卓に祖父がいないと嫌でも思い出す。
  それ相応に覚悟はしていると思っていた。でも、覚悟を決めていれば開き直れるという類のものでもない。かといって、今更嫌だのなんだのと言うのはおかしいというのは自分にだってわかる。
  「うん、おいしい。ティータ、上達したじゃない。」
  飛んで行っていた思考は、母親の声で引き戻された。
  「え……あ、そう?うん、よかった。」
  えへへへへ……と笑ってごまかすが、母親ことエリカは首を傾げる。
  「ぼんやりしちゃって。どうしたの?」
  「え?ああ、お爺ちゃんいないとちょっと寂しいなあって。」
  いつも祖父が座っているところを見やる。いつもわいわいと騒がしい場所は現在空席だ。
  「ふーん……。」
  エリカはそちらをちらっと見やり、そしてこちらを見た。
  まっすぐと自分を見つめる、自分と同じ色の瞳。今の自分の迷いやもやもやした感情もすべて見透かされたような気がして、内心どきりとする。
  しかし、それはほんの一瞬だった。
  「確かにそうかもね。枯れ木も山の賑わいだったっていうか。」
  ねえ、と瞳は父親のほうに向く。
  「そういう言い方はお義父さんに向かってどうかと思うよ、エリカさん。」
  軽く窘めながら、ダンは仕方ないなあというように微笑んだ。
  「ティータにとっては、僕らがいない間もずっと一緒に居た人なんだから、寂しく思って当たり前じゃないかな。」
  ね、ティータ。
  向けられる視線は穏やかで優しい。
  「うん、そうかも。」
  あいまいに笑って頷くが、このもやもやも恐らく父親には完全にバレているような気がしていた。
 
  ******
 
  別にツァイス所属という訳ではないが、ツァイスという町の特性上、それなりにここにはよく来る。
  なにせツァイス支部は何時だって忙しい。おまけに立地は馴染みのルーアンの隣ときたものである。
  専門的な折衝ごとは支部所属の遊撃士に任せることも多いが、届け物や魔獣退治や護衛などそこまで専門性を要求されないのなら、所属をあまり決めずに飛び回っている自分には意外によく回ってきたりするのだ。
  そんなわけで、この日もアガットはツァイスを訪れていた。
  ギルドに寄ったらまずは中央工房への届け物だ。無事に届けて一仕事終了と出てくると、丁度見知った顔がエスカレータを上がってきたところだった。
  「よお、ティータ。」
  「ん?……あ、アガットさん。」
  思案顔が少し驚いたように目を見開く。だが、その表情はすぐにほころんだ。
  「今日はこちらに来てたんですね。」
  中央工房前の広場まで上がってくると、ティータはぱたぱたとこちらに寄ってきた。
  「ああ。元気にしてたか?」
  「はい。アガットさんも怪我とかしてませんよね?」
  見上げる額をぺちんと弾く。
  「大丈夫だっつの。爺さんたちも相変わらずなんだろうな。」
  気軽に聞いた一言で、ティータの顔が少し陰った。
  「ええまあ、多分。」
  いつもは明るいのだが、笑い損ねて苦笑いに近い顔になっている。
  「多分ってのはなんだ。」
  「ええと、お父さんとお母さんは工房にいるんですけど、お爺ちゃんは今は出張中で…レマン自治州に行ってるんです。」
  「はー、両親の次は爺さんが出張か。」
  忙しい事だが、ティータの浮かない顔も寂しいのかと何となく理解はできる。
  「ええ。その、今度、エプスタイン財団と開発協力することになって、おじいちゃんが招かれたんです。
   ・・・その、この間のオーバルギアの件で。」
  オーバルギア、と、言いにくそうに言葉のトーンが一つ落ちた。
  「オーバルギアってぇと、こないだのアレか?」
  開発の経緯も実験の経緯もずいぶん思い出深い程度には巻き込まれた逸品だ。ティータも苦笑いで頷く。
  「ええ、その、アレです。
   開発も第二段階に進むことになって、今度はプログラムソフト…その、動かす部分をエプスタイン財団が開発協力してくれることになったんです。」
  「はー、アレでも開発が進んでるんだな。お前もまだ参加してんのか?」
  聞くと、ティータはこっくりと頷いた。
  「ええ。今回もちょっとだけですけど。フレームと機構はこちらで担当することになってましたから。
   今回は出力も上がりますし、デザインのブラッシュアップもしましたし、他のシステムともリンクさせられるようにして、かなり高性能になる予定なんです。
   お爺ちゃん達が言うには、……多分戦場も一機で制圧できる程度にはなるだろうって。」
  最初の方こそ機械の話をするときの調子だったのだが、最後は蚊の鳴くような声になっていた。
  浮かない顔の理由は、ラッセル博士の出張というよりこちらであることは明白だ。
  「後悔してんのか?」
  聞くと、ティータはいいえと首を振った。
  「最初に、絶対後悔しないって決めました。レンちゃんに近づくためのプロジェクトだから、今も後悔はしてません。試作を重ねて、《パテル=マテル》に対抗できるようにするという方向は今も変わっていませんから。
   ……でも、正直怖いです。設計図も財団に渡しましたし、もう家だけの話じゃないですし。」
  他人が乗れるようになること、破壊力が比較にならないくらいに上がること。今は試作品といっても、そのうちには量産もできるようになるであろうこと。
  「どうかしたら戦場にだって使われるかもしれません。」
  ぽつりぽつりと言って、もう一度首を振る。
  「自分が関わったものが人を傷つけることになるって、覚悟は決めたはずだったんですけど。
   ……すみません、なんか愚痴ばかりで。」
  情けないですよね、と、浮かない瞳はこちらを見上げて、力なく微笑んだ。
  ティータが望んだ事だが、ここまで苦しめるようなプロジェクトに何で参加を許可したんだあの親はというのがまた頭をよぎった。今後もこの調子で辛くなるのは目に見えている。
  しかし、それこそ外野が言ってもどうしようもない。始まったものは仕方ないのだ。
  「重いか。」
  素直にこくり、と頷く所を見ると相当なのだろう。
  「だが、兵器開発に関わるからには覚悟はしてたんだろう。
   なら、今もこれからも、怖くても苦しくても辛くても受け止めるしかねえ。それも含めて覚悟だ。違うか?」
  違わない。そう、泣きそうな顔が肯定する。
  その表情に、初めて会った頃を思い出した。あの時もティータは、泣きながらでも立ち上がったのだ。
  「解ってるならいい。」
  だが、芯の強さの裏にかなりの我慢がある事も今は何となくわかっていた。
  「……だが、頭でわかってても気持ちが追いつかねえなんてよくある事だ。」
  少し驚いた顔がこちらを見あげる。
  「流石に重いからな。一人でため込む事もねえだろ。」
  空色の目が見開かれ、くしゃりと泣き顔になる。
  だが、涙の最初の一滴はぐっと腕で拭き取られた。
  「……ありがとう……ございます。
   でも、きっとこれは私が乗り越えないといけないことだから。
   レンちゃんに近づくためだから。レンちゃんの見た景色を見るためだから。
   ……私、受け止めることにします。」
  小さいのにやたらと芯が強い。初めて会った時と全く変わらない…いや、あの時よりもきっと成長しているのだろう。
  だが、その強さがたまにとんでもない無茶や無理を通してしまう事も今は知っている。
  「……レンが見た景色なんて、なるべくならお前に見せたかねえんだがな。」
  はあ、と嘆息する。
  「決めたらテコでも動かねえもんな、お前。」
  「そう、でしょうか。」
  ティータはおどおどとしたような顔でこちらを見上げるが、これでかなり強情なのは今までの件からも明らかだった。
  「自覚なしかよ。」
  「あ、えと、その……」
  半目でいうと、目が少し泳いで、困ったように笑いだす。
  「……そうかもしれませんね。」
  少しだけほどけた表情は、それでもまだ少し苦かった。
  「ティータ。」
  ぽん、と肩に手を置くと、ツナギ姿の肩が小さくはねる。
  「あのな、こういうのは仕事してたら大なり小なりいつかはぶつかる奴だ。
   お前の場合は初っ端から重た過ぎるのは確かだけどな。」
  揺らいだ目がこちらを見上げる。その目と自分の目をじっと合わせる。
  「だから、今の辛い気持ちを忘れるな。この重さは覚えとけ。」
  金色の頭が、こくりと頷く。それを確認してもう一度肩をたたいた。
  「大丈夫だ。お前はきっと良い技師になるさ。」
  くしゃくしゃになった顔が頷く。
  泣かないでいい、と宥めてすかしてようやく落ち着いた時、その表情は最初よりも明るく、前よりも少し大人びて見えたのだった。
 
 
  工房に戻っていくティータを見送って踵を返す。
  それと同時に、背筋に何とも言えない悪寒と視線を感じた。
  覚えは、ある。なかったことにしたいが、どうやらそうもいかないらしい。
  「……アガット・クロスナー。」
  「……やあ、アガット君。」
  「よお、ご両人。工房に籠ってたんじゃなかったのか?」
  ほぼほぼティータと入れ違いで出てきたのは、案の定ティータの両親だった。
  「ティータも戻ってきたから買い出しだよ。まさか君と話してるとは思わなかったんだけど。」
  どうしようもなく威圧感を感じるのは日ごろの罠のせいか行いのせいなのかはわからない。
  「なるほど、一部始終見てたって事か。」
  ただ一つ言えるのは、自分に非はないという事実。
  「出歯亀みたいな言い方をしないでほしいな。」
  「ティータの帰りが遅かったから外を見てたのよ。あんたが見えた時点で、導力銃の実験と称して速やかに始末しても良かったんだけどね。」
  だが、何かがおかしいと感じた。
  具体的にはエリカ・ラッセルがおとなしすぎる。
  「で?何の用だ。また実験台にでもするつもりか?」
  警戒を滲ませて問うが、エリカは一瞥して首を横に振った。
  「いいえ。」
  ふう、とエリカは息をつく。
  「一応礼を言おうと思ってね。うちの娘をフォローしてくれてありがとう。
   あれで、あのジジイが出張してからふさぎ込んじゃってたからね。」
  「自分たちでフォローしてやれば良かったんじゃねえか。親だろが。」
  言うと、エリカはぎろっとこちらを見て、その後寒気がするくらい冷静な表情になった。
  「……この件に関しては、私はティータの上司として、あの子を一人の技術者として扱うと決めています。
   他の事ならいくらでもフォローしてあげたけれど、上司としてあの子の技術者としての成長のためにもこれだけはブレるわけにいかなかったの。職場で心理的なことまで面倒を見て甘やかす上司なんていないでしょう。」
  「お前らは技術者である前に親じゃねえのかよ。」
  「前も後もないわ、どっちもよ。」
  ぴしっとした言葉に思わず気圧された。これで技術者としては超一級なのだということを思い出す。
  「そんなわけだ。僕の方はティータから言われたら少しは相談に乗るつもりだったんだけどね。」
  開発中は上司と部下みたいにしてたから、相談しにくかったんだろうね、と。苦笑いしているが、ダンの目も笑ってはいない。
  「手数をかけた。すまない、ありがとう。」
  「別に礼を言われるような事じゃ」
  「話はそれだけだ。」
  半ば一方的に話を切って二人はエスカレーターのほうに向かおうとする。
  「……技術者ってのも因業な商売だなおい。」
  正直なぼやきに、二人が足を止めて振り返った。
  「そういうけどね、ここにいる大半の人間は、みんな乗り越えてきたんだ。技術の重さも辛さもね。」
  「そういう事。皆とっくに覚悟完了してるでしょうね。アンタ、ここをどこだと思ってるの?」
  そしてまた踵を返して去っていく。
  取り残されて、ああ、と思った。
  ここは工房都市ツァイス。ツァイス中央工房を擁する導力都市。
  そして、リベール国内……いや、大陸でも屈指の技術者の町なのだった。
 
 
 


リクエストでいただいてたアガッティ。
オーバルギアがエイドロンギアになるあたりの話、エイドロンギアはかなり火力あったし制圧目的ともいわれてたから、ティータには少し重いかなって……思ってましたが、閃4と創見るに割とあっけらかんしてましたね。
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