そのうちの一本を引っ張ると、びょん、と元の位置に戻っていく。ティータの力で簡単に曲がるようなものではないらしい。
ただし、指で曲げるには厳しいとはいえ、強度は思ったよりもなさそうだった。
「うーん、こっちは……っと。」
持ち手から先の方を分解してみるが、案の定簡単すぎるつくりだ。これがモーターに耐えられるかどうかはわからない。
「しっかりまとめて溶接して、……うまくかみ合えば何とかなる……?」
簡単に書いた設計図をつつきながら、中味の詰まった新しい持ち手と見比べる。
「問題は強度か……負荷は……計算上は足りるけど……うーん。」
歯車と結晶回路の詰まった持ち手を上下しても、計算は大丈夫と言っていた。先の方も束ねて叩いて溶接すれば足りるだろうか。
加工の途中で先が変形しなければ特に問題はないはずだ。
「……よし。」
結局自分の計算を信じることにした。
まあ作るだけ作ってから考えよう、と言うのも頭の隅にはある。幸いこのパーツはそんなに入手が難しいわけではない。雑貨屋に行けば問題なく並んでいるものだった。
ボールの中に、卵白と砂糖を入れる。
泡だて器にスイッチを入れると、泡だて器の先端が軽やかに回りだした。ついさっき作ったそれは、今のところはじけ飛んだり爆発はしていない。ドキドキしながらボールに泡だて器を入れると、モーター音とともに卵白がふわふわと泡立っていった。今のところ、目論見は大成功である。持ち手の過熱もあまりなく、意外と快適だ。
「ターボとかできてもよかったかなあ……回転数変えたりとか……あ、でも、強度……」
考え事に没頭する前に白いふわふわのメレンゲが目の前に現れた。ゆるくかき回すだけでできるのだからこれは楽でいい。
少し自画自賛しながらスイッチを切る。終わりの動作音も無理なく止まっているようで、機構的にはあまり問題はなさそうだった。
流しに置こうとして、あ、と止まる。
「……取り外し、できるようにしないと。」
先を洗うだけならいいが、持ち手を水につけるのはちょっと厳しい。持ち手も上からラバーか何かを付けて洗えるようにした方がいいだろう。
まあここのあたりは今後の課題だ。改造の愉しみが出来て良いや、と頭を切り替えた。
「あとは、粉と卵黄と…」
鼻歌交じりでてきぱきと材料を混ぜていく。
祖父のような大発明とはいかないが、日曜工作としては結構有用だろう。今後ともお願いね、と泡立て器に向かって微笑んだ。
「で、それがこれか。」
スイッチを入れて、また切って、アガットが感心したように言った。
仕事ついでに、と月末以外で珍しく顔を見せたアガットを、お茶でもどうぞと引き留めたのはついさっきの事。
先ほど試運転を済ませた自動泡だて器はアガットの手の中にある。
たまに作ったものを見せたりはしていたのだが、今日に関しては思ったよりもうまく行ったのが嬉しかった、というのもあった。
「日曜工作にしちゃ凝ってんなあ。」
「なかなか上手にできたんですよ。
今後は取り外しと強度のアップ、ついでに出力アップも狙えたらなあって。」
えへへ、と笑いながら泡だて器を引き取る。
「出力アップって、何かまた暴発させる気か?」
少し引き気味の表情に、違いますよと首を振る。アガットはこういうところは妙に心配性だった。
「そんなことしませんよ。ただ、高速回転させたらもっと早くできないかなって思っただけで。」
「ああ、そういうことか。」
少し安心したように頷く。
「実用性があるってのはいいもんだ。」
「でしょう?まだ試作品ですけど、もっと取り回しよくできたらなって。」
小型化とか、軽量化とか全体的な強度を上げるとか。並べ立てていると、アガットが面白そうに笑った。
「ZCFじゃなくてラッセル工房製の泡だて器か?」
「えへへ、日曜工作なんですけどね。」
一緒になって笑う。この瞬間がなんだかとても幸せだった。
「そうそう、それで作ったのがあるからちょっと持ってきますね。」
泡立て器をおいて、ぱたぱたと走る。
ほこり避けを上げると、おいてあるのはいちごのショートケーキがワンホールだった。スポンジ部分のメレンゲの他に、白いホイップも件の泡だて器作である。
崩さないようにそっと持ち上げて、アガットの方を振り向く。
「ホイップとスポンジはさっきので作ったんですよ。」
「へえ、手で作ったのとなんの変わりもねえな。」
感心したような顔がうれしくて、足取りも軽くなる。
しかし、その足取りは二歩目で躓いた。
石を埋め込んだ床に。
「あっ」
視界が揺らぐ。白いケーキが手元から逃げだす。
「っ!」
それとほぼ同時に、ぐいっと身体が引き上げられた。
手元にあった皿とケーキも手から離れる。でも落ちる音はしない。
とん、と降ろされて前を見ると、ケーキは皿の上でちょっとだけ歪んでアガットの手の上に載っていた。
「あっぶねえ」
「よかった……」
力が抜けて、身体がアガットに当たる。
ほれ、しっかりしろ、と肩を抱くように叩かれて、あ、と気を取り直した。
「すみません、ありがとうございましたっ。」
「ったく、気を付けろっていつも言ってんだろうが。」
ケーキはそのままテーブルの上に行く。
「せっかく作ったんだからよ。」
「すみません。本当によかったです、無事で。」
はあ、と息をついてケーキを見る。一応少し歪んでいるが大体問題はないようだった。
「せっかくですし、少し食べていきませんか?そんなに甘く作ってないから、たぶんアガットさんでも大丈夫ですよ。」
「え……あー……」
「私、ナイフもってきますね。」
くるっと踵を返すと声が後ろから飛んできた。
「今度はあわてるなよ。」
「はいっ!」
今度こそ足元に注意して歩みを進める。
先の方では、そろそろやかんがお茶にしようと呼んでいる音がしていた。
といっても、色々ギリギリでほぼほぼワンドロクオリティ。日曜工作ってティータはいってますが、これも日曜工作みたいな感じ。小さな物作って、こんなのつくったよ!て嬉しく報告できるっていいなあと思います。そして、それをよく出来てるなって認める事も。
アガットさんとティータは割とそういうのを自然にできる気がしています。お互いの領分に関しては認め合ってる、みたいな。