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色仕掛けと物仕掛け

 ツァイス中央工房の資料室には、工学の専門書以外にもいろんな資料が揃っている。小説もあれば猫語の本もあり、植物学の本なども大量においてあったりと、意外なラインナップも多いのだ。
 だから、こんな本が置いてあるのも、まあ、ありえない話ではなかった。
 
 『男性の心を掴むアプローチ戦略』
 
 ティータの目に入ったのはそんなタイトルが背表紙にある本だった。彼はどのタイプ?なんて書いてあるのが目に入って、思わず2度見してしまう。
 別にやましい事などない。ないのだけど。どんなタイプ分けがしてあるのかはなんとなく気に掛かった。
 そろそろと辺りに目をやって、視界に誰も居ない事を確認してから素早く本を取る。
 そして、ささっと目次のページを開いた。
 社交的で男女友達の多い彼……これはなんだか違うような気がする。
 優しい雰囲気で周りと調和をとる彼……これも何か違う。どちらかといわなくても父親がこのタイプのような気がしてならない。
 頼もしいオーラでハッキリものを言う彼。
 これだ。
 ページ数を確認して目的のページを一気に開く。その先には果たして、タイプ別と銘打って様々な情報が書き連ねてあったのだった。
 『このタイプは女性らしい人が好き。特に「清楚系」の服装を好むので、そういった服装を心がけましょう。』
 せいそけい。
 どんな服だろうか、と自分の手持ちを思い返す。
 自分の手持ちの服は、かわいい方で選んではいるものの、基本は動きやすさに特化したものが多かった。機械をいじるのにひらひらのスカートはやりにくいし、という理由なのだが、少し見直したほうがいいだろうか。
 例えば、休みにアガットさんと逢う時とか。
 ……自分の想像に、頬が赤くなるのが解った。
 ぱたんと本を閉じて、元あったところにぐいっと押し込む。そして少し熱くなった頬に手を当てて、ぺたぺたと叩いた。でも、さっきの文言と想像は頭の中をぐるぐる回りっぱなしだ。
 これではいけない。少しでもいいから、ちょっと頭から追い出さないとこの後の仕事に支障が出てしまう。
 ふるふると頭を振って本棚から離れると、もう切り替えた事にして、ティータはそのまま資料室を出たのだった。
 
 かくして次の月末の金曜日。なんとか休みをもぎ取ったティータは、久々の服に袖を通していた。
 白のノースリーブのワンピース。襟ぐりは少し開いていて綿のレースで縁取ってある、可愛いというか自分にしては若干大胆目のデザインだった。胸元は飾りボタンとタックが入っていて、背中でリボンを結ぶようになっている。そのリボンの流れる先には、膝丈のフレアスカートがふわりと広がっていて、裾には刺繍の可愛い小花が散っていた。
 休みでなければまず着ないが、休みであっても普段はあまり着ない。でも、お気に入りかといえばお気に入りのとっておきだった。いつぞレンが来た時にきゃあきゃあ言いながら買ったものである。だから、一緒にショッピングとなれば着たりもするのだが、それ以外の用途が見当たらなくて、出番が中々回ってこないのだった。
 なお、レンが持っているのはこれの色違いである。薄い水色はなかなか似合っていて、ちょっと大人っぽいレンはさらにお姉さんみたいに見えていたのだが、当のレンは少し落ち着かない感じだったのを覚えていた。
 まあ、お揃いの格好で手をつないで一緒に買い物に行けば、そんな様子はどこかに吹き飛んでしまったのだけど。
 冬物の買い物だったら、もう少し気楽にできるかな。そんな事を思いながら鏡の前で様子を見る。くるりと回るとふわっと裾が広がって、なんだかちょっと浮き立った気持ちになった。アガットが来る時にこれを着るのは良く考えたら初である。どんな顔するかな、と思うだけでも何か楽しかった。
 エプロンをつけて、本日の料理の算段を考える。前々回位に美味しいと言っていた料理は外さない事にして、あとは新作に挑みたいような気もする。どんなものが好きだろうと考えるだけなのに、なんだか不思議に幸せだった。
 ……あれとこれとそれと。よし、決定!
 献立を組んでしまえば後は動くだけだ。えいえいおー、と気合を入れて、ティータは台所に下りていったのだった。
 
 
 本日のトラップはまた一段と気合が入っていた。
 不本意ながら随分慣れたつもりでいたが、仕掛け方に悪意しか感じないのもいつもの事だが、今日は来るな、が罠の端々から感じられて、エリカ・ラッセルの気合を感じる。……それだけならいいのだが、どうも仕掛け方がいつもと違う。もしかしなくてもダンも絡んでいるのではないか、と避けた鳥もちを眺める。ラッセル家まで後2アージュ。この分では地雷が埋め込まれていても不思議ではない。
 ばき、と鳥もちを折ると、アガットは思い切りそれを前方の地面にたたきつけた。
 瞬間、ぴ、と言う音がかすかに聞えたと思ったら、どん、と派手な音と共に派手なフラッシュが焚かれる。ここまで予測はしていなかったが覚悟は出来ていたのでその場で回避行動が取れたのは僥倖だった。光の収まった後には、小さなクレーターができていて、踏み抜いて居たら流石に怪我をしていただろう事は想像に難くない。やれやれ、と胸をなでおろすと、家の中からバタバタとした声が聞えてきて、ばんっと扉が開いた。
 「アガットさん?!大丈夫ですか?!」
 玄関にはティータがぜえはあと息を切らしていた。
 「おう、なんとかな……。」
 あと2アージュ。地雷は無力化したとはいえ先に何があるかはわからない。
 「ティータ、ちょっと下がっててくれねえか?」
 「え、あ、はい。」
 二歩下がったティータを確認して、その場からジャンプする。先ほどまでティータが立っていたところになんとか着地すると、ようやく安全地帯という名のゴールだった。
 「邪魔するぜ。元気にしてたか?」
 「あ、はいっ!ちょうど準備終わったところです。どうぞ入ってくださいっ。」
 ぱあっと頬を紅潮させ、ティータは室内に駆けて行く。ひらひらと駆けて行くその後姿がいつもと何か違って、あ、と気が付いた。服装がいつものツナギではなく、白いスカートだったのだ。どういう風の吹き回しなのだろう。怪訝に思っていると、ラッセル博士が顔を出した。
 「よお、アガット。今日はまた一段と酷かったようじゃな。」
 「全くだぜ。今日はまた一段と気合の入ったトラップだったな……アレ、なんとかならねえのか?」
 げんなりと息をつくと、ラッセル博士は肩をすくめて苦笑いする。
 「わしの力を持ってすれば無力化くらいできなくもないが、まあそこは、エリカとダンに相談するんじゃな。」
 「どうせ聞く耳なんて持たねえだろが。」
 「まあそう見えるかもしれんが、あれでも加減はしとるようじゃぞ。」
 おぬしに何かあったらティータが悲しむからの。
 ほっほっほ、と笑いながらラッセル博士は奥に消えていく。
 「対人地雷のどこが加減なんだ……。」
 絶対にそんな加減なんてありえないと思いつつ、アガットもため息をついてそれに続いたのだった。
 
 「はい、どうぞ!」
 「おう。相変わらず美味そうだな。」
 「えへへ……ちょっと頑張っちゃいました。」
 照れたような顔で注ぎ分ける皿を受け取ると、ティータはそう言っててれたように笑った。
 並んだ料理は、回数を重ねる毎に美味しそうな見た目になっている。実際かなり上達してるんじゃないかとはあまり口に出さない本音だ。何よりも、なぜか自分の好きなタイプの料理が増えていくのが不思議だった。初めてみる料理でもなぜか妙に好みに合うという謎は、そのうち聞いてみたいと思いつつもエリカとダンの極低温の視線のおかげでなかなか言い出せずにいる事項である。
 「アガット君、今日は随分大変だったんじゃないかい?」
 いただきますの後、ダンは笑顔でそんな事を言ってきた。
 「解ってるんだったらやるなっつーんだ。大体ダン、今日はお前も加担してただろう。」
 ミートローフをフォークで切りながら言うと、ダンはおや、と楽しそうに目を見開く。
 「おや、やっぱり解ったか。なかなか見所があるね。」
 「まだまだ生ぬるいわよ。」
 つーんとエリカははき捨てる。しかし、その前でティータが困ったようにスープを口に運んでいるのを見ると態度をすっと変えた。
 「でもこのミートローフは絶品ね。ティータ頑張ったじゃない。」
 「あはは……、ありがとうおかあさん。それでね、あの地雷はさすがにやっぱり」
 「そうねえ。うん、考えとくわ。」
 言いながらもしゃもしゃとミートローフを口に運ぶ姿には考える気など一切見えなかった。
 全く考える気ねえな……と思いながらもミートローフを口に運ぶ。エリカの言うとおり、なるほど絶品だった。塩加減と肉の旨みが程よくて、香草での味付けも素朴で美味しい。
 「ティータ、これ本当に美味いな。」
 「え、本当ですか?」
 ぱああっと明るくなった顔に、ああと頷くと、エリカがハンッと鼻を鳴らした。
 「当たり前でしょう。ティータが作ってるんだもの。それ以外の感想は許さないわよ。」
 いちいちトゲのある物言いに閉口しつつも、ティータのほうに向き直る。
 「なんつうか、上達したなあ。」
 「えへへ、ありがとうございますっ。」
 美味い飯は無条件で何か幸せな気持ちにさせてくれる。
 だからニコニコ笑顔のティータの周り、主に両親付近の気温が低下している事に気付いたのは、それから少し経ってからだった。食後に、珍しくダンが身体を動かしたいから手合わせでもどうだろうと言い出し、腹ごなしの軽い運動のつもりで了承したところ、怪我してたんじゃなかったのかブランクはどうしたんだという位に笑顔で叩きのめされた辺りで、エリカだけでなく、実はダンもかなり不機嫌だったのではないかということに思い当たったのである。
 「……おい、ダン。何があったんだ?」
 攻撃をなんとか凌いで距離を取りながら聞いてみると、ダンはとても緩やかに微笑んだ。
 「……別に、何もないんだけどね。少し、八つ当たりをしたい気持ちだったんだ。」
 「八つ当たりだあ?」
 うん、そうだよ。
 言うと同時に、ひゅんっと距離を詰められる。猛攻撃というよりも的確に弱点を突くタイプの戦い方は、力で圧倒する自分のスタイルとはなんとも相性が悪くて、結果防御一辺倒になってしまう。
 「ちょ、まて、せめて理由を説明しろ!いきなり八つ当たりなんて割にあわねえぞ!?」
 なんとか距離を取ると、ダンもそうだね、と武器を下ろす。
 「理由か。
  ……実は今日ティータが珍しくワンピースを着ていたんだけどね?」
 「……はあ?」
 唐突な言葉に思わず間の抜けた声が出た。それに呼応するように、ダンの空気がいっそう冷える。
 「ブライトさんの所のレンくんと一緒に買ったお気に入りの取っておきだと言っていたんだけどね?」
 今日のティータの格好を思い出せば、確かに珍しくつなぎではなくて白いワンピースだった気がしたのだが、あれはレンとお揃いだったらしい。同じデザイン……といってもデザイン自体良く思い出せないが、なんとなくいつもより露出が多く見えたのは確かで、レンとお揃いとなるとレンにとっては随分な冒険のような気もするのだが。
 「レンとお揃いか。……そりゃ随分な冒険だったな。」
 「何が冒険なのかは僕にはわからないけれど。
  朝から幸せそうな笑顔で、滅多に着ないワンピースを着て、今日の夕飯を何にしようかって張り切っていたわけだよ。」
 なぜかすっと落ち着いた表情だが、その文言にもはあ、と間抜けな感想しか出てこない。
 「父親としてはね、ちょっと君に嫉妬しても許されるかなと思ったわけだ。
  まあ、最初に言った通りただの八つ当たりだ。あきらめてくれたまえ。」
 そして棒がまた構えられる。
 「ちょっと待て、言ってる意味がさっぱりわかんねえぞ?!」
 「解らないところが余計に腹立たしいんだけどね。」
 あわてて構えた剣は、きっちり持つ前に腕を妙な方向に突かれて飛んでしまった。
 「ちなみにうちの娘の本日の格好を見て感想は?」
 「……似合ってたんじゃねえか?涼しそうでもあったし。よく見てなかったからわかんねえけど。」
 喉元に突きつけられた棒に手を挙げて降参を示すと、ダンは一瞬驚いたような顔をして、……そして、ふいっと棒を下ろした。
 「君のそういうところは、とても腹立たしいね。だけど」
 とても安心できるよ、と。



「貴方はふたりで『物仕掛けと色仕掛け』をお題にして140文字SSを書いてください。」とか診断メーカーさんが言ってきたので書いてみました。
アガットさんには、ティータの全力の色仕掛けは今はまださっぱり通じないけど、ティータの無意識の物仕掛けというか食べ物は常にヒット気味なんだと思います。
ダンさんとエリカさんは居ると話が拗れるから避けてた節あったんですが、居るならいるで楽しいなと最近思うようになりました。零碧で保護者の気持ちがわかるようになったからかな、両親が警戒しまくるのも当たり前よね、と大らかに見れるようになったというか。
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