「レンは何にだってなれるのだから、まずはゆっくりする事を覚えなさい」・・・とのブライト一家の言もあり、レンは現在悠々自適の日々を送っていた。最初のうちは慣れない事も多かったのだが、ブライト家の「普通の生活」を重ねるうち、身辺もようやく落ち着きを見せ始めている。今ではエステルとヨシュアに方々へ連れ出されたりもしていた。時にはボースに買い物に行ったり、ツァイスにティータを訪ねたりと、それなりに今の生活も楽しめているところだった。
そんなある日。
レンはエステルたちと共に何度目かのツァイスを訪れていた。用件はラッセル博士への手紙と荷物の受け渡しだったのだが、それはティータに会うついでと言った方が正しい。
「いらっしゃい、レンちゃん!エステルお姉ちゃんもヨシュアお兄ちゃんも!待ってたよー!」
ラッセル家に行くと、大歓迎を身体一杯で表してティータが出迎えた。
「こんにちは。相変わらずね、ティータ。」
「ラッセル博士はご在宅かな?」
釣られてニコニコ顔のエステルとヨシュアに、ティータは元気一杯に頷く。
「おじいちゃんは今研究室だよ。エステルお姉ちゃんたちが来たら研究室に通してって。」
「博士も相変わらずねえ。」
本当に、などと笑いながら研究室へ。手紙と荷物を渡した後は、コーヒーを交えて歓談会だ。
ラッセル博士の相手をエステルとヨシュアが引き受けているうちに、レンはティータに引っ張られて二階のティータの部屋に上がっていた。研究の話も興味深くはあったのだが、部屋に増えたという可愛いものコレクションも魅力的だったのだ。ティータの言う可愛いものは、大体レンの目にも適う程度の可愛さだった。たまに『この機構が可愛い』などと言い出す事もあり、そう言うところは今ひとつ理解できないのだが。
ぬいぐるみが点在する部屋には、言うとおり新顔が増えていた。他にもグランセルに新しく店が出来ていたとか、外国に居た時に可愛いもの見つけたなど、可愛いもの情報交換は尽きない。
「ツァイスにもちょっと可愛いお店が増えたんだよ。レンちゃん、後で一緒に行こう。」
ほら、こんなの置いてあったんだ、と、ティータがぬいぐるみを持ち上げる。
と、その前に置いてあった写真立てが煽られて落ちてきた。
「ごめん!レンちゃん当たらなかった?」
「ええ、大丈夫よ。でもそれ、割れなかった?」
一般的な写真立てはガラスが嵌っている。落ちてきた写真立てもチラリと日を反射していたのだが、ティータは大丈夫、と首を振った。
「平気だよ。これ、この間開発された新素材なんだ。ガラスみたいになってるけど割れないんだって。」
樹脂で作ったらしい。材料工学は専門じゃないから詳しくはわからないんだけど、と言いながら、ぬいぐるみ片手に写真立ても拾い上げる。
「ほら、こんな感じ。はじいたらちょっと違うのわかるよ。」
そう言って渡された写真立ては、確かに割れていない透明の板が嵌っていた。奥には、空港を背景に自分の前では見ないほどに幸せそうなティータと背の高い男が一緒に写った写真が収まっている。
・・・レンの感覚としては、機械に可愛さを感じるより何より一番ティータの趣味がわからないと思う、アレである。赤毛でどこからどう見ても粗野でガラの悪そうな、遊撃士の・・・アガット・クロスナーとかいう。ティータはいたく懐いているが、同じ赤毛ならクロスベルで会ったあっちやそっちの方がよっぽどマシな気がしてならなかった。まあ、ティータは彼らの事は知らないのだが、それにしたってこの選択はない。
アガットの顔の部分を指ではじくと、ガラスとはまた違う・・・少し柔らかい音がした。なるほど樹脂製である。もう一度はじいても傷がつく様子すら見えない所を見ると、結構頑丈でもあるらしい。
「へえ、面白いものも開発するのねえ。」
「うん。温室とかに使えないかなって話してるみたい。保温性とかどうなのかな、これじゃわからないんだけど。」
「温室、ねえ。そうなると耐久性もちょっと気になるところね。」
べちんべちんとアガットの顔をはじきながら相槌を打つ。
「そうなの。これ、まだ出来立てで、劣化の速度とかもあんまりよくわかってないんだよね。」
「ふうん、まだまだこれからって所なのね。・・・そういえばこの写真、最近のよね。」
写真に写るティータの見た目から類推するに、どう考えたってここ半年以内である。ティータも、そうなんだよねえ、と頷いた。
「写真立ては二週間前にもらったの。中の写真は三ヶ月前に」
「レン、ティータ、あがってきていいー?」
下からエステルの声が響いてきて、話が中断する。
「あ、エステルお姉ちゃん!どうぞー!」
ティータは階段の方へぱたぱたと出迎えにいってしまって、レンは少しの間写真とぬいぐるみと一緒に取り残されてしまった。全くもってせわしない。
手に持った写真立てをぱちんと指ではじいていると、やがてエステルとヨシュアも上がってくる。
「おじゃまするよ。」
「おじゃまするわねー。お、また可愛いもの増やしてるじゃないのよ。」
部屋のぬいぐるみを見回してエステルが笑った。
「機構サンプルも増えてるみたいだね。」
「あいっかわらずねー。」
「えへへ。だってみんな可愛いんだもん。」
楽しげに笑っているエステルは、こちらが持っていたものにも気づいたらしい。
「そっちは何なの?」
「ああ、新素材製の写真立てだそうよ。落としても割れないの。」
覗き込もうとするエステルに、ほら、と渡すと、エステルはヨシュアと二人で写真立てを覗き込んだ。
「ガラスとはちょっと感触が違うんだ。出来立てほやほやのサンプル品なんだよ。」
ティータは先ほどと同じように元気に解説をする。しかし。
「へえ・・・って、あら、これアガット?どういう風の吹き回しなの。」
「良く撮れてるね。二人ともいい表情してる。いつの写真だい?」
エステルとヨシュアの興味は素材より写真だったようだった。
「ええと三ヶ月前にね、アガットさんを見送りに行ったら、たまたま空港に居たドロシーさんが撮ってくれたんだ。」
それで、後日写真が二人前送られてきたのだと言う。
「へえ・・・。」
ニヤニヤと笑うエステルに、自分はもとよりティータも少し引いたようだった。
「ええっと・・・?」
「いやぁ・・・うまく行ってるみたいねえ?」
「えと、あの。うまく行くってどういうのかよくわかんないけど・・・。アガットさんが来てくれた時は、帰りに見送りに行く事もあるんだよ。だから、その時に」
顔が少し赤い、上に慌てている。その態度が全てを物語っていた。まあ、もとより丸分かりではあったのだが。
・・・若干つまらない、と思うのは別に嫉妬ではない。ただ、なぜあの趣味なんだと思うだけで。
「照れるな照れるな。そのいい表情が全部物語ってるじゃないのよ。幸せそうな顔しちゃってもう。」
「アガットさんもその写真見る限りまんざらじゃないみたいだしね。」
「あぅうう。」
口をぱくぱくさせて言葉を捜して・・・失敗している。そんなティータの服を引っ張った。
「ティータ、あのぬいぐるみ、ツァイスに売ってたのよね?」
ティータの表情が、天の助けとばかりに明るくなる。
「そ、そうだよ!レンちゃんも一緒に行こう?」
「ええ、いいわね。今からでもいいかしら。
そういうわけで、レンはちょっとお買い物に行って来るわ。」
言いながら、少し強くティータの腕を引っ張った。大丈夫かと慌てた風のティータは、しかしながら階段までひっぱったあたりで逃げる覚悟を決めたらしい。
「ごめんねエステルお姉ちゃんヨシュアお兄ちゃん!おじいちゃんとゆっくりしてて!」
多分そろそろお父さんとお母さんも戻ってくるから!
最後の辺りは、既に階段を駆け下りる音と同化していた。
階下に降りて少し耳を澄ます。二階からは、逃げられたね、だの、アガットにも聞いてみたいところよね、などとこれまたはた迷惑かつ物好きな会話が聞えてきていた。
困った顔のティータと顔を見合わせる。しかし、二階の会話のおかげかティータの気持ちも決まったらしい。
「お店はどっちなの?」
「あっちだよ。案内するね。」
つまらなさも気まずさも未練も家に放り出し、二人は外に駆け出したのだった。
所変わって、ここは飛行客船の甲板である。
彼・・・アガットは、ルーアンからグランセルへの移動中だった。
久々の後輩の声に振り向いた先には、満面の笑みのエステルとヨシュア、レンが居たのだが。
・・・わからない。
なぜ、久々に会った奴らは自分の顔を見た瞬間ニヤニヤしながら近寄ってきたのかという話である。・・・いや、連れているレンだけは、若干冷めた表情でこちらを見ているようだが。
「久しぶりねアガット。いやあ、こうもタイミングよく会うなんてねー。」
「久しぶりだな・・・今から仕事か?」
謎の言葉はひとまず置いておいて、ひとまず普通に流す方向に舵を切る。
「いえ。僕たちは仕事が終わって今からロレントに戻るところなんです。」
ヨシュアの返答が思ったよりまともで、少し気が楽になる。
「そうか。俺は今からグランセルだ。おまえら調子はどうだ?」
「まあぼちぼちってトコよ。それよりアガット、さっきティータと会ってきたんだけど。」
ティータの名と共に、ニヤリ、とエステルの笑みが深くなった。
「ああ、ティータか。元気にしてたか?」
少しだけ嫌な予感がするが、まずは冷静に応対することにする。
「ええもう。また可愛くなったわね。ちょっと女らしくもなったというか?
そういえば、部屋にアンタと一緒の写真が飾ってあったわよ。」
「・・・そうか。」
ひとまず冷静にあしらう事にした。
心当たりの写真はアレだ。この間ティータからわざわざ送られてきた、ドロシー撮影の写真である。というより、二人で撮った写真などそれくらいしかなかった。月一で顔を出すのだから、別に送らなくても良いだろうに、と思ったのは記憶に新しい。
空港まで見送りに来たティータと喋っていたら、丁度居合わせたカメラマンが無断でシャッターを切っていたという話だった。抗議はしたものの、ティータは大して気にしていないようではあったし、あのカメラマンは相変わらず妙なテンションで、結局押し切られてしまったのだ。
「二人して幸せそうな顔しちゃって、うらやましい限りよねえ。ティータが可愛いのはともかく、アンタってあんな表情も出来たんだって新鮮でー。」
「ケンカ売ってんのかコラ。」
ぎろ、とエステルを睨む。が、全く効き目があったようには見えない。
「照れない照れない。」
笑っているヨシュアも、若干面倒な事にエステルを止める気はないらしい。
「今も月に一度はツァイスに行かれてるんですよね?」
「・・・・・・ティータの奴が言うからな。」
『仕方なくだ仕方なく!』・・・と、言葉にするとティータがしゅんとなる姿が見えそうだったので、そこは言えなかった。・・・まあ、正直なところ面倒ではあるが、行く度に生傷が増えるのはどういう事だと思ってはいるが、仕方なくというほどでもなく、それなりにこのスケジュールにも馴染んできてはいる。・・・絶対に他人には言えないが。
「進展とか」
「アホか。」
無駄に楽しそうなエステルの言葉を一刀両断してその場を離れる。
「待って。」
今度は冷たい声が自分を呼び止めた。先ほどまでつまらなさそうに辺りを見回していたレンである。
「なんだ?」
「ティータは、どうやったらあんな風に笑うわけ?あなた、レンがいない間にティータをどれだけ誑し込んだのよ。」
少々不機嫌な声の主の、視線は外のままだった。
・・・確かに写真のティータは良い表情で笑っていたが、こんな物言いをされる覚えは無い。
「人聞きの悪い事言うんじゃねえ。知らねえよ。」
自然言葉もぶっきらぼうになる。しかし、相手は元執行者とはいえティータより年下だ。思いなおして息をつく。
「それに大体お前といる時は、あいつ、近づけないくらい楽しそうにしてただろうが。あいつが歳相応に振舞ってんのなんてお前といる時くらいだぞ。」
頭をわしゃりと撫でると、レンは迷惑そうに頭を動かした。
「またティータに会いに行ってやってくれ。お前が思ってるよりずっと、あいつはお前の事を大事に思ってるからな。」
手を離すと、レンはふいっとそっぽを向く。
「言われなくても行くわよ。」
「ああ、そうしてくれ。」
声を掛けて甲板を後にする。
「まったく、ティータの趣味って理解できないわ」
背中に飛んできた声に息をつく。ティータの両親と同レベルで完全に言いがかりだ。・・・まあ、あの可愛らしい趣味というか機械フェチは理解しかねるといえば、自分だってそうなのだが。
それでも、縁は縁だし、気に掛けてやりたいという思いは両親が戻ってきた今でも意外なことにあまり変わらない。
置き所と処遇に困った挙句手帳にはさみっぱなしの件の写真を思い返して、ふうと息をつく。
『また来てくださいね、待ってます。』
写真の裏に小ぶりな文字で書かれたメッセージは、それでも構わないと言っているようだった。
その割に話は全く関係ない上、言うほどアガッティしてないですが・・・。
私基本的にティータとレンの友情みたいなの好きなのです。なので、レンからアガット見たらどうなのかなあとか、色々考えると私のイメージは大体こんなトコにおちついてしまうのでした。