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Slow Time

それは、プラネトス号がガガーブを越える旅に出る少し前の話。


「ふぅ・・・こんにちは、お届け物だよ。」
少し長く伸びた前髪を左手でうるさそうに掻きあげつつ、マイルは見晴らし小屋の前に立った。右腕には、大きなかご一杯の野菜を抱えている。
「あ!こんにちは、マイルさん。」
奥に居たアイメルが足取りも軽く入り口に出てくる。
「今日は、・・・あ、いつもお野菜ありがとうございます。」
アイメルが手を伸ばして受け取ろうとすると、マイルは空いた左手を振って止めた。
「いやいや、お互い様だからさ。これ、どこに運ぼうか?」
「あ、えっと・・・じゃあすみません、台所までいいでしょうか?」
「了解。」
勝手知ったる他人の家といった風情で、マイルはすたすたと台所に直行する。
「テーブルの上?」
「はい、お願いします。」
どさ、と重い音がして、かごがテーブルの上に乗った。
「すみません、運んでもらっちゃって。
 ・・・そうだ、ここまで大変だったでしょう、お茶入れますね。」
「ありがとう、それじゃあ遠慮なく。
 ・・・ま、こんな重い荷物をアイメルに持たせたら、アヴィンに怒られちゃうからね。」
頭を振っていたずらっぽく笑うと、アイメルはむぅ、という顔をする。
「お兄ちゃん、過保護すぎるんですよ。」
「それだけアイメルが可愛いんだよ。」
そんな表情もまた可愛い。マイルはくすくすと笑った。
「ところで、そのアヴィンは?」
椅子に腰掛けて、テーブルにひじをつく。
「義姉さんと一緒に出かけてます。夜には帰るって言ってましたよ。」
アイメルは棚からお茶を出しながら答えた。
「へぇ・・・・デートかな?」
その言葉に、アイメルは盛大にため息をつく。
「裏山で猪とって来るって。」
それを聞いて、マイルも苦笑いの表情になる。
「それは・・・また。」
「お兄ちゃんてば、なんだかズレてるんですよね。
 ・・・でも、義姉さんも楽しそうだったから、まあ・・・いいのかな。」
中空を見上げたアイメルのその表情は、呆れ半分羨ましさ半分、といった雰囲気である。
「結構、似た者同士なのかもね。」
「ええ、本当に。」
苦笑いしながらアイメルが振り向く。
二人は瞳を合わせてくすりと微笑んだ。


テーブルの上、二つのカップに注がれるお茶が、優しい香りで鼻腔をくすぐる。
「はい、どうぞ。」
「いただきます。」
目の前にこぼれる前髪を掻きあげ、差し出されたカップを受け取る。一口すすると、アイメルが苦笑いしながら席に着いた。
「前髪、邪魔なんですか?」
自分のお茶をゆっくりすすりながら、アイメルが尋ねる。
「うん。ちょっと不精してたら伸び過ぎちゃってね。いい加減にどうにかしなきゃいけないんだけど。」
「なんなら、私が切ってあげましょうか?」
前髪の隙間から覗き込むような緑色の目線に、マイルは目を丸くした。
「え・・・できるの?」
「ええ、修道院に居た頃に覚えたんです。
 前はお兄ちゃんの髪だって切ってたんですよ。」
そういえば、頭のさっぱりしたアヴィンがいつも上機嫌だった事を思い出す。確かに、これなら機嫌が良くならない方がおかしいだろう。
「今は、義姉さんが切ってるんですけどね。」
アイメルは嬉しそうな・・・すこし拗ねたような顔をした。 兄が幸せになる事は嬉しいが、とられたような気がしなくもなく・・・といったところなのだろう。
「なるほどね。」
妹心は複雑なようだ。くすくすと笑うと、アイメルも表情を緩めた。
でも、どちらにしてもアヴィンにとっては幸せそうな話である。それに、それくらいの幸せがあって当然なのだ。散々辛酸を舐めたあと、やっと掴んだ幸せなのだから。
「それじゃ、お願いしようかな?アヴィンの代わりには役不足かもしれないけど。」
茶目っ気たっぷりにアイメルを見やると、アイメルは一瞬目を点にして、そしてむぅ、と小さく膨れた。
「もう、マイルさんったら・・・私、そんなにお兄ちゃん離れしてないように見えますか?」
「こんな可愛い妹に思い切り好かれてるアヴィンが羨ましいとは思うよ。」
「むー・・・。」
不服そうにこちらを見るアイメルと視線を合わせる。
そのまま1秒。
「ぷっ・・・」
「ふふっ・・・」
緊張はあっさり解けて、二人の間に笑い声が漏れた。
「じゃ、準備しますね。お茶飲んでしまったら取り掛かりましょう。」
ひとしきり笑った後、アイメルが席を立つ。
「うん。よろしくお願いします。」
戸棚に向かって駆けていく背中に声を掛けると、赤がね色の髪が翻り、緑色の瞳が明るく笑った。


広く開いた窓辺には、大き目の鏡。正面には椅子が二つあって、片方には散髪用の道具が置いてある。
促されるままにマイルが空いた椅子に座ると、タオルとクロスが風のように巻きついてきた。
「苦しくないですか?」
「大丈夫だよ。」
「じゃあ、髪、少し濡らしますね。」
「お願いします。」
耳元でかけられる声に、振り向いて応えると、アイメルの手が手際よく髪を湿らせていった。
「髪梳かしますから、痛かったら言ってください。」
「うん、了解。」
鏡の中で視線を合わせる。意思の疎通を確認して、アイメルが微笑んだ。
さらさらの・・・今は濡れている髪が、少しずつ梳かされていく、心地よい感触。難をいえば、伸びすぎた髪が顔の前に掛かっているのがくすぐったい事だろうか。
「じゃ、切りますけど・・・伸びすぎてるところを切るくらいでいいですか?」
肩についている後ろ髪をつまみながら、アイメルが訊ねる。
「アイメルに任せるよ。」
「それじゃ、任されます。なるべく動かないで下さいね。」
くすくすと笑いながら、アイメルは髪を梳かして少しずつつつまんだ。
サキ、と鋏の音がする。
そのあとも、その音はゆっくり一定のテンポで聴こえてきた。
心地よい音と感触に、まぶたが少しずつ下りていく。

「ねえ、マイルさん。」

囁くような声が、まぶたを引き上げる。
「なんだい?」
頭を動かさないように。鏡を見ると、アイメルは目を伏せて注意深く髪を切っていた。
「もうすぐ・・・こうやって、ゆっくりすることも・・・なくなるんですよね。」
何気なさを装ったしみじみとしたその声は、少し寂しそうな、不安そうな響きもあった。
「・・・そうだね。でも、しばらくの間だから。」
それでも穏かに返す。自分にはもう覚悟はできている。だから落ち着いていられるのだ。
「そう、なんですけどね。」
「大丈夫、みんな信頼できる人たちだし。」
「ええ。
 ただ、何時になるかわからない、とも聞いたから・・・寂しいな、って。」
サキ、サキ・・・と鋏の音がする。マイルは、静寂を破るように明るい声を出した。
「向こうの事が片付いたら、超特急で帰ってくるさ。
 大体、アヴィンも僕もそんなに長いこと君やルティスを放っておけるわけ無いからね。」
それは、本心から出た言葉。そして、紛う事なき真実である。
鋏の音が止まった。
鏡のほうを見ると、アイメルが目を丸くして鏡の中のマイルを見つめていた。
「そう、ですか?」
「賭けたっていいよ?」
いたずらな青い瞳で笑うと、アイメルの緑の瞳も笑った。
「ありがとう。
 なんだか・・・そんな言葉が聞きたかったのかも。」
照れたように笑いながら、アイメルの手が作業に戻る。
「・・・そう?なんで?」
穏かに聞き返す。
「お兄ちゃんてば、新しい冒険のことばかりで、あまり私たちの事気にかけてるように見えなかったから。」
少し拗ねてみせた声。やっぱり兄思いなのだと再確認する。
「それはきっと、アイメルたちを信頼してるからだよ。」
「ええ、きっと・・・そうなんですよね。」
少し嬉しそうに微笑んで、アイメルはマイルの前の方に回った。
「マイルさんのおかげで、なんだかほっとしちゃいました。
 あ・・・前髪少し切りますね。目、閉じてください。」
「了解。」
瞳を閉じると、アイメルの指が軽くまぶたに触れた。
前髪がするすると顔の上を落ちていく。
息を止め、沈黙してしばし。髪を落とすようにして、アイメルの手が軽く顔を叩いた。
「目、開けていいですよ。」
言われるままに目を開けると、うざったかった前髪の感触はない。
アイメルは、背後からマイルの髪に櫛を通している。
「すっきりしたなあ。」
「そうですか?それは良かったです。」
頭を軽く押さえる手と、櫛が通り過ぎる感触が、優しくて心地よい。
「はい、できあがりです。」
そう言われて鏡の中を覗くと、さっぱりした自分の姿と、満足げなアイメルが映った。
「ありがとう、さすがだね。」
「いいえ、どういたしまして。」
振り返って礼を言う。
「次も・・・今度の旅が終わったら、またお願いできるかい?」
それは、絶対に帰ってくる、という意思。
「ええ、喜んで。忘れたりしないでくださいね?」
それが通じたのだろう。アイメルの、軽い調子の言葉の中にも祈りが混じる。
その気持ちを、正面から受け止めて頷く。
「忘れない。約束するよ。
 そうだね・・・アヴィンが『アイメルの髪は夕日の色そっくり』とか言ってたから、君の髪の色にそっくりの夕日を見るたび思い出すさ。」
茶化して言った言葉に、アイメルは一瞬固まって・・・茶目っ気たっぷりに笑った。
「じゃあ、私は・・・マイルさんの瞳みたいな、真っ青な空を見るたびに思い出すことにしますね。」
見事に言い返されたその言葉に、マイルは一瞬目を点にして・・・くす、と笑った。
「それなら忘れないね。」
そう言って、目を合わせる。
「ですね。」
アイメルも負けずに見返す。
似たもの同士ないたずらっぽい瞳。
その中には、お互いの笑顔が映っていたのだった。



なんだか突発的に思いついて突発的に書き上げてしまった話。檻歌のマイル君がロングだった理由、とか?
最初考えてたのはもっと甘かったんですが、この二人だとこのくらいがなんか丁度いいみたい。マイルもアイメルも、一番はアヴィンな感じで。
穏やかにアヴィンとルティスのことを思いつつ、自分達は自分達で幸せになってる、そんな感じ。
ブラコン一歩手前なアイメルがちょっと楽しかったです。
そんでもって、シャノンごめん。でも、この程度ならギリギリ許容範囲内、かなあ・・・。
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