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銀の鈴の持ち主は

 バザールのはずれの広場は、大変な人だかりとにぎやかさだった。
 「はいこちら、赤のトランペットは」
 「うちの子供のものだよ!!よかった」
 「すみません、このトイピアノは私の」
 「はーい、よかったですね!」
 次々にかかる声に、テツローとイツキとマナみは息切れする勢いで対応していく。
 「この青のシールのトライアングルはぼくの」
 「あーはい、了解!」
 並んでいるのは、山のような楽器、おもちゃ、楽譜に絵本、他いろいろ。いくらかは少し焦げたものもあるが、かまわず一緒に並んでいる。みんな、探偵事務所のロッカーから、そしてこの近くの焼却場から持ってきたもので、ほぼ間違いなく盗品だ。
 なんでそんな所にこんなものが……というのは、確信もあるが口には出さない。聞かれてもたまたま見つかったと答えるだけだ。お前たちが盗んだのでは、と言われても、盗人は盗品を返したりしないと首を振ることにしていた。


 「あの楽器とか絵本とかさ、元の持ち主に返してあげられないかな」
 そういいだしたのはイツキだった。

 「楽器や絵本が盗まれてるって話、初めて鉄の国に来た時に聞いたでしょ。
  それが事務所の中にあったってことは、その……」
 言いにくそうな言葉は、テツローと探偵事務所の主のつながりを知っているからだ。
 だが、テツローも首を縦に振った。
 「アマシロさんたちの私物って可能性は信じたいけど、……まあ、つまりそういうことだと思う。」
 「あと、バザールの近くで探偵が燃やしていたのも」
 「……たぶんそうだと思う。」
 マナみの意見にも、テツローは頷く。信じたくない、などというのはもう通り越した。彼を止めて見送って、ここまでの経緯を考えれば、ほぼ間違いなくこの楽器の山はアマシロが盗ってきたものだ。
 ずっと目をそらすようにしてアマシロが残した仕事を片付けていた結果、仕事自体は片付いたが、だからこそ目立つのがこの楽器や絵本だった。たぶん向き合うべき時が来たとかそんな所なのだろう。
 ただ、懸案事項はなお多い。
 「本来なら、持ち主に返さなきゃなんないと思う。でも、どうするんだ?下手したら俺たちが盗んだって言われかねないぞ。」
 「そこは、たまたま見つかったってことにしていいんじゃない?実際そうなんだし。」
 イツキはうーん、と首をかしげる。
 「でも、どうやって知らせる?名前が書いてあるのあんまりないみたいだけど」
 「うっそれは……。」
 マナみの指摘に、イツキは言葉を詰まらせる。
 「何かいい方法ないかなあ。ねえテッちゃん。」
 すがるような瞳に、テツローは眉を寄せた。
 「いい方法ったって……広告?チラシ配る?ポスターでも貼るか?でも、結構いろんなところから持ってきてそうなんだよなあアレ。」
 イツキも、むぅと考え込む。
 「広くいろんなところでお知らせ……大声で叫ぶ?」
 「いやそれポスターより効き目薄いんじゃない?」
 すかさずツッコミを入れたマナみが、いやまてよ、と言葉を止める。
 「花火、どうだろう。」
 「あ、花火だったらこの辺全部から見えるもんね!マナみちゃんあったまいい!」
 「だが、花火でそんな複雑なこと伝えられるか?」
 いぶかし気なテツローに、マナみはうーん、と首をかしげる。
 「花火にさ、チラシ仕込んでばらまけないかなって。」
 「燃え尽きな……そっか、パラシュート出てくるやつとかあるもんな」
 ぽむ、と手を打つテツローに、それだ、とイツキも勢いよく頷く。
 「上空ではじけたら、遠くにも飛んでいくかもしれないし、いいかも!
  それじゃ、さっそく月にいるリンさんに相談しよう!」

 かくして、ある日。いつものようにはじけた花火の一つが、火花ではなく大量のチラシをバラまいた。

 「盗まれた楽器や絵本たちがみつかりました。
  お心当たりの方はバザールのはずれの広場に来てください。
  日時:〇月×日 朝日が昇ってから」

 チラシは風に乗って残され島全部に降り注いだ。あるものは草原へ、あるものは遺産の街へ、そしてあるものは遠く遠く海の向こうへ。その光景はふわふわと舞い散る花吹雪のようだった。

 そして本日、バザールそばの空き地は大盛況というわけである。
 世界中から盗っていたのか、バザールには遺産の国から月の国、広い広い冬の国に至るまでいろんな所から人が詰めかけてきていた。
 目当てのものを持ち帰る人たちは皆ほっとしたように表情を崩していて、見ているこちらもほっとする。
 「やってよかったな」
 西日が差して、全ての楽器や絵本がなくなった頃、テツローはふーっと息をついた。
 「よかったよね、みんな嬉しそうだったし!」
 「……ちょっと心が軽くなった?」
 マナみに見上げられて頷く。
 「まあそうだな。」
 「ならよかった。」
 背伸びをして、おもちゃを置いていたところを見ると、二つ連なった銀色の鈴が一つころりと転がっていた。
 「これだけ残ったな。」
 摘まみ上げた鈴は、月見団子ほどの大きさだ。キラキラと白銀に輝いている。丸くて何かよくわからない美しい模様が彫刻されていて、工芸品のようだった。ただ、振ってみても音がしない。
 「取りに来れなかったのかな?……それは飾り物?」
 「どうだろうな。」
 覗き込んだイツキの前でもう一度振ってみた。相変わらず音は鳴らない。ただ、内側で何か動いている気配はする。
 「なんか変な感じだな。中に何か入ってる気はするんだが。」
 「何か入ってる?」
 マナみも一緒に覗き込んでくる。
 「……なんか変な感じの鈴だね。ちょっと貸してみて。」
 「おう。」
 マナみが鈴を手に取る。そして軽く振ると、カチンカチンと硬質な音がした。
 「確かに中に何か入ってるね」
 「音、鳴るのか?」
 さっきは振っても音が鳴らなかったのだ。
 「うーん……なんか変な感じ……魔法がかかってるのかな。そんな魔法あるのかどうか知らないけど。」
 カチンカチン、と音を鳴らしてマナみが首をかしげる。
 「マナみちゃん、貸してみて。ぼくにも鳴らせるかな」
 「ん、ほい。」
 「ありがとね。」
 鈴を手にしたイツキは軽く耳元で鈴を振る。しかし、音は全くしなかった。
 「あれ?」
 思いっきりぶんぶん腕を動かしても鈴は無音だ。
 「えー、なんで!?」
 「ナゾな鈴だな。」
 「でも何か気になるかも。こんなにきれいなのに音はちゃんと鳴らないし。持ち主どんな人だったんだろうね。」
 手を伸ばしたマナみにイツキは鈴を渡す。
 「魔法に反応してるのかな。なんか違う気もするけど。」
 カチンカチン。鈴は、マナみの手の上ではかたい音を鳴らす。
 「これ、魔法使いなら音を出せるのかな。ってことは持ち主は魔法使い?」
 「どーだろ。だってこれ鈴って感じの音じゃないし」
 カチンカチンと、鈴らしからぬ音で鳴る鈴を眺めながら、テツローは息をついた。
 「魔法の鈴なら、なんかの遺産の可能性もあるよな。とりあえず知り合いに当たってみるか。持ち主が見つかるかもしんないし。」
 「さんせーい」
 「はいはい。」
 カチンカチン音をさせながら、三人はひとまず鉄の国の方角へと足を向けたのだった。

 一つ目の心当たりは魔女の家。
 ただ、留守のようで呼べど叫べど出てこない。
 「留守か?」
 「留守みたい。」
 窓から覗き込んでも居ないのだから仕方ない。
 「せっかくだし、魔法とか心当たり片っ端から当たってみよ。
  大丈夫、ぼくたちにはマンホールのふたがある!」
 イツキは荷物に入れている蓋をぺかっと掲げる。
 「ま、それもそうだ。気楽にいこうぜ。」

 そんなわけで三人は行き先を変えることにした。
 マンホールのふたを駆使して向かった次の行き先は月の国だ。
 「あれ、久しぶりだな。」
 集落に入ったところにはちょうど狐面の少年がいた。
 「あ、狐塚くん、お久しぶり!」
 「なんだ、お前こっちいたのか。」
 「ああ。」
 頷く狐塚に、マナみが首をかしげる。
 「宇佐見と一緒?」
 「まあそんな感じ。サカキ先生も一緒だけど。」
 少し照れたように頬をひっかく。どうやら何かそういうことらしい。
 「で、あんたらはなんでこんなとこに?」
 「狐塚、お前魔法使えたよな。この鈴について何か知らないか?」
 テツローの言葉に合わせてマナみが鈴を渡す。
 「はあ?知らないよ、そんなの……細かい細工してあるけど普通の鈴じゃん。」
 狐塚が鈴を振ると、コンコンと釘を打つような音がした。
 「変な音だな。」
 「へえ、音違うんだね。」
 イツキが関心したように言うと、狐塚は怪訝そうな顔で鈴を目の近くまで上げた。
 「どういうこと?」
 「こういうこと。」
 マナみが引き取って鈴を振ると、カチンカチンと謎の音が鳴る。
 「うわ、なんなのこれ。
  とりあえず僕は知らない。宇佐見ちゃんも知らないと思うけど、サカキ先生は解らないな……とりあえず会ってく?」
 「もちろん。」
 そのために来たのだ。否はなかった。
 常夜の月の国は、今日も濃い青とクリーム色の光で構成されている。やがて、目当ての民家が見えてきた。外のほうには宇佐見たちの姿も見える。
 「あ おかえりなさい こづかくん 
  あれ あんたたち ひさしぶりじゃないの」
 「遅いぞ雑用係。……って、なんだ、テツローたちじゃないか。久しぶりだな。」
 外にいた宇佐見とサカキは、こちらに気が付くと大きく手を振った。
 「や、久しぶり。」
 「お久しぶりです。ちょっと調べ物があって。」
 言葉と一緒に鈴を差し出す。
 「この鈴について何か知りませんか?」
 「鈴?知らんな。文様もあまり見覚えのあるものではないが……」
 サカキは鈴を手に取り軽く振って見せるが、何の音もしない。
 「きれいね いっぱいもようがついてるわ」
 宇佐見もサカキの持っていた鈴に手を伸ばした。軽く振ると、チャン、と貯金箱にコインを入れたような音がする。
 「きれいなのに へんなおとね」
 チャン、チャンと宇佐見が鈴を振るたびに何かコインがたまるような気持ちになってしまう。
 「宇佐見ちゃんも音が違うんだ。」
 狐塚が手を伸ばして鈴を引き取った。しかし、振って鳴らしても鳴る音はくぎを打つようなコンコンとした音。
 「え なんなのそれ おもしろいじゃないの」
 宇佐見は手を伸ばし、狐塚の手に手を重ねる。
 「いっしょにふったら どうなるのかしら」
 二つの手が一緒に振られる。はたして、鈴は木のさい銭箱にコインを投げ入れたような音を響かせた。
 「なんか御利益のありそうな音だね。」
 イツキが首をかしげる。
 「拝んだほうがいいんだろうか。」
 マナみも二人の手に自分の手を重ねる。そして三人の手は重なったまま鈴を鳴らした。
 カン、チャリンッ
 「この音は……金属製のお賽銭箱だね!」
 「ご利益ありそうな音だな」
 ぱんぱん、とテツローは手を合わせる。
 「でも心当たりはないな。
  私に鳴らせなくて、宇佐見と狐塚だとそれぞれ違う音が鳴るということは、魔法の力の形か何かに反応しているようだが……残念ながら専門外だ」
 サカキはそういって首を振る。
 「そっか。ありがとうサカキ先生。」
 「でもいろいろ音が鳴るのが分かったのは収穫かも」
 「手当たり次第に鳴らさせてみたいよな」
 最後に金属製のお賽銭箱の音を響かせて、三人は村をあとにしたのだった。

 観測塔の手記にはなにもなく。
 森の魔女も鈴を振ってはガシャンガシャンとにぎやかな音をさせつつ、心当たりはないという。
 「魔法の力に反応してる気配はする。でも、魔法とは限らないかもしれないね。」
 魔女の家を辞去した三人は、振っても音のしない鈴を見つめて息をついた。
 「魔法の力に反応してる、か。」
 「でも魔法とは限らないってどういうことだろう。」
 解らないことだけが増えていく。

 一行が次に向かったのは、黄泉の王国だ。
 「おお、テッちゃん、よく来たではないか!」
 墓守姫は元気いっぱいに三人……というよりテツローを出迎えた。
 「よ。この鈴について調べてるんだけど何か知らないか?」
 キラキラと光る鈴をテツローが差し出す。墓守姫は眩しそうに一歩身体を引いた。
 「この鈴?わらわは知らんなあ。」
 「一歩引いたよね。」
 マナみの指摘に姫は困ったようにテツローを見上げる。
 「なんかな、眩しいのもあるが、良くわからないイヤな感じがするのじゃ」
 「イヤな感じ…?」
 イツキが首をかしげる。
 「ちなみにこの鈴は鳴らせるか?」
 「うーむ、あまり触りたくないが……」
 姫はおそるおそる鈴を振るが、かすかなよくわからない音がしただけだった。
 「……なんかイヤな感じじゃな」
 「確かに何かよくわからない音がしたな……。」
 テツローも眉を寄せる。
 「たぶんわらわ達にはあまりよくないもののような気がするな。」
 その鈴を手放したらまた来るがよい、と、墓守姫はすっと墓の奥に去っていった。
 「アンデッドだから嫌な顔してたのかな。」
 墓守姫と別れて三人は首をかしげる。
 「どうだろう、これだけじゃよくわからないんだよな」
 「綺麗にしてるのにね。……そうだ、ぼくたちにはもう一人アンデッドの知り合いがいるじゃない。」
 「ああ、そういえば居るな。」
 マンホールを駆使し、三人が次に向かったのは、古城の伯爵のところだった。

 「こんばんは、伯爵ー!」
 「ちわっす伯爵」
 「君たちは相変わらずにぎやかだね。でも何か変な気配がするな。」
 ベッドから起きてきた伯爵は、銀の髪を月光にきらめかせながら息をついた。
 「わかるのか。」
 マナみは目を見開く。
 「ぼくたちこの鈴について調べてるんだ。伯爵何か知らない?」
 イツキが銀の鈴を差し出すと、伯爵も微妙に嫌な顔をした。
 「……よく知らない。だけどすっごく嫌な感じがする。」
 「この鈴、鳴らせるか?」
 テツローが聞くが、伯爵は嫌そうに手を振るだけだ。
 「うーん、触りたくないからパスで」
 「そんなに嫌な感じ?」
 マナみが聞くと、伯爵はこくりと頷いた。
 「なんだか、存在しないすごく嫌な記憶を思い出す気がするんだよね。
  昔何かあったのかな……痛めつけられたとか滅ぼされたとか?わからないけど。」
 「そんなに嫌な感じなのかあ。ごめんね伯爵。」
 イツキが頭を下げる。
 「いや、構わない。君たちも知らなかったんだし。
  でも、今度来るときはその鈴持って来ないで欲しいな。」
 じゃあね、と伯爵は闇に溶ける。
 「よっぽどだね。」
 「よっぽどだな。」
 うーん、と三人で首をかしげる。
 「存在しないすごく嫌な記憶、かあ。」
 「アンデッドにあまりよくないのは確かみたいだな。」
 「聖なる属性みたいなやつでも掛かってるのかな。そんな感じはあまりしないんだけど。」
 かちん、とマナみが鈴を鳴らすと、闇が嫌そうにざわめいた。
 「あー、悪かった。」
 音が鳴らないようにテツローが鈴を引き取る。ひとまず三人はベッドで朝まで寝ることにしたのだった。

 「いるんかなアイツ。」
 次に三人が訪れたのは遺産の国だった。遺産の国はその名の通りいろんな遺産が出てくるらしい。
 そして目当ての人物の実家もここにある。
 「まあとりあえず行くだけ行ってみよ。」
 三人で歩き出すと、道の脇から声が挟まった。
 「どこへ行くんだ?」
 若干嫌味な気配の声。探していた人の声である。
 「ああっ、ユーシャくん、久しぶり!ぼくたち君に会いに来たんだよ!」
 「僕に?何で?」
 イツキが声を上げると、ユーシャくんは目を真ん丸にした。
 「実はお前にちょっと聞きたいことがあってな」
 「この鈴について調べてるんだけど何か知らない?」
 「鈴?」
 マナみが差し出した鈴を、ユーシャくんは手に取った。軽く振ってみるが音が鳴らない。
 「お!お前は音が出ない仲間なんだな。」
 「なんだそれは」
 「私は音が出る仲間なんだよ」
 マナみは鈴を手に取ると、カチンカチンと謎の金属音をさせる。
 「ふうん、お前魔法使いだったよな。魔法か何かに反応してるのかな。」
 ユーシャくんはまじまじと鈴を眺めるが、鈴はキラキラと細工を反射してきらめくだけだ。
 「俺たち調べでは、魔法使いの場合は人によって音が違う。」
 「お賽銭箱の音がしたりするよね」
 「はあ……?」
 怪訝そうな目でテツローとイツキを眺めるユーシャくんの前で、マナミがもう一つカチンと音を鳴らした。
 「そういうわけ。何か心当たりはない?」
 「うーん、無いんだけど……銀の鈴って昔話に出てくるよな?」
 新しい話に三人は目をまたたいた。
 「昔話?」
 「ああ。
  なんか勇者の武器には麗しい鈴がついていて、攻撃の度に澄んだ音を響かせていたとかなんとかいうのを何かで読んだ気がする。」
 「勇者の武器……?」
 勇者。ブブッピドゥの話だろうか。それとも。
 どうしてもテツローの脳裏によぎるのは、一番近しいかつての勇者だった。
 「墓守姫や伯爵が嫌な顔してたのとは少し繋がる気がするな」
 「……つまりこれ、盗ってきたんじゃなくて忘れ物ってことなの?」
 「……ドジだしあり得る。」
 もちろん、過去すべてを捨てたつもりで置いていったというのもあり得るだろう。
 「ありがとよ、なんかわかった気がするぜ。」
 「そうかテッちゃん、それはよかった。」
 また来てくれ、と言ってユーシャくんは屋敷のほうに戻っていったのだった。


 次の目的地は鉄の国だ。
 「やーれやれ、ただいまーっと。」
 探偵事務所に戻ってくると、なぜか鍵が開いていた。
 「あれ?不用心だったな」
 「勝手に入らせてもらってました。おかえりなさい、テツロー君。お久しぶりです。」
 中から涼やかな声がして、三人は目を見開いた。昼下がりのうららかな日の差す事務所のテーブルの定位置で、優雅にお茶を飲んでいるのは黒衣の女性だ。探偵事務所に元からいたような馴染み方なのは、元々そこが定位置だったからに他ならない。
 「イトマキさん?!」
 「え、旅に出たんじゃなかったの!?」
 声を上げる三人に、イトマキは涼やかにほほ笑む。
 「ええ、今も旅に出ていますよ。でも、忘れ物を思い出したので取りに帰ってきました。」
 「そんな気軽に!?」
 「ええ。これが空から降ってきたので。」
 言いながら、イトマキはインクが滲んでぐしゃぐしゃでちょっと焦げたチラシを取り出した。

 「盗まれた楽器や絵本たちがみつかりました。
  お心当たりの方はバザールのはずれの広場に来てください。
  日時:〇月×日 朝日が昇ってから」

 「この前のチラシ……あの、イトマキさん一体今までどこにいたんです?
  それにアマシロさんと一緒だったんじゃ」
 チラシとイトマキを見比べながらテツローが言うと、マナみも隣で頷く。
 「そもそもなんだけど、忘れ物って何?」
 イトマキは静かにほほ笑むと、一つずつ答えますね、と頷いた。
 「東に陸地が見つかりましたよね。今はそちらを旅しています。一応アマシロさんも居るんですが、置いてきました。」
 「置いてきちゃったの?!」
 テツローが思わず声を上げると、イトマキはあっさり頷いた。
 「面倒そうだったので。
  それで忘れ物なんですけど、絵本と楽器に紛れて銀の鈴がありませんでした?」
 これくらいの、と手で作る大きさは、この間から情報を求めて回っていた鈴とほぼ同じサイズである。
 三人は顔を見合わせ、テツローは持っていた銀の鈴を差し出した。
 「これ、イトマキさんのだったんですか?」
 「……まあ、そうといえばそうですね。」
 イトマキが鈴を手にとっても特に音はしない。
 「イトマキさんは音が鳴らない仲間?」
 「鈴ですか?そうですねえ、この鈴は振っても音は鳴りません。でも……」
 イトマキはいつも使っている剣をすらりと取り出した。慣れた手つきで剣の柄に鈴を括り付けると、少し離れていてください、と三人を離す。そして、立ち上がり、剣を抜いた。
 心なしかエメラルドに光っているように見える剣をイトマキが一振りすると、鈴はリンと余韻を持って澄んだ音を響かせる。
 今までで聞いた中で一番澄んでいて、一番清らかな音だ。
 「いい音……」
 「これが本来の音なのか。」
 「ええ、そうです。変わらない音で安心しました。」
 イトマキはそう言いながら、剣を鞘に納める。
 「イトマキさん、これどこで手に入れたんですか?」
 テツローが訪ねる。勇者の持ち物という伝説のあるらしい鈴だ。イトマキの持ちものというのはわかるようでわからない。
 「これですか?ええと、……そうだ、ずいぶん昔、ある方から頂いたんです。」
 「アマシロさんから?」
 テツローがもう一つ聞くと、イトマキは表情をぴたっと固まらせてにっこり笑った。
 「もっと素敵な方でしたよ。」
 イトマキは、少し愛おしむように鈴を見やり、ほほ笑んだ。
 「魔獣に襲われていた時に助けたんです。それで、大層感謝されまして。」
 ずいぶんな気にいられ方で、ずっと一緒にいてほしいとまで言われたらしい。だが、そういうわけにもいかなくて、結局別れたのだという。
 「その方からこの鈴をもらったんです。きっと鈴の音が闇を祓ってくれるだろうって。そして、いつか再会する時の目印として。」
 しんみりした話し方でイトマキはゆったりとほほ笑む。
 「そんな大事な鈴をなんで楽器に紛れ込ませてたの?」
 マナみが訊ねると、イトマキは困ったようにほほ笑んだ。
 「そうですね……忙しくて忘れてた、という話にしましょうか。
  まあ、ここまでも適当に思いついた話を並べただけなんですけどね!」
 しんみりぶち壊しの言葉に三人はぽかんと口を開けた。
 「えええ!?全部嘘ってこと!?」
 「さあ?」
 ニコッと笑うその笑顔には一切の邪気がない。
 「適当に並べたので、もしかしたら当たってることがあるかもしれませんし、全部はずれかもしれませんね。
  さて、私はそろそろ旅に戻ります。……鈴を見つけてくれてありがとうございました。」
 床に置いていた荷物を片手に持つと、リン、と澄んだ音を響かせてイトマキはするっと踵を返す。
 「待って、待ってよイトマキさん!もう行っちゃうの!?」
 「用事は終わりましたから。」
 イツキが慌てて声をかけるが、イトマキはほほ笑むだけだ。
 「イトマキさん、戻る場所まで時間掛かるなら、もう少しいてもいいんじゃないか?」
 「そうだよ!ぼく、旅の話も聞きたいし!」
 「確かに、あっちがどうなってるのかは気になるね」
 三人で口々に引き留めると、イトマキは困ったように笑った。
 「戻る場所まで、実はそんなに時間はかからないんです。
  でも、あまり放置するのも何か見苦しいものを延々見ることになりそうで面倒なので……そうだ。」
 ぽん、と手を打つ。
 「あなたたちも一緒に来ますか?」
 「あっちの大陸に!?」
 唐突な提案にイツキが身を乗り出した。
 しかし、イトマキは緩く首を振る。
 「いいえ。……そうですね、つなぐ縦穴まで一緒にどうでしょう。」
 「それは見送りってことか?」
 「まあ、そうです。」
 つなぐ縦穴は、ついさっき通ってきたところである。そして、特におかしなところはどこにもなかったのだが。
 「新しい穴が開いたの?」
 「いえ、そうじゃないんですが……まあ行けばわかります。」
 どうでしょう、と言われたらついていくのに否はない。
 四人で事務所を出て、鉄の国の穴があるところへ向かう。ぐにぐにの配管と電信柱を縫うように歩くのは、三人だと日常だ。でもイトマキがいるとなんだか新鮮な気がしてくる。
 「縦穴もさっき通ったんだけどな。」
 その時は特に何もなかったよな、というとイトマキは楽しそうにほほ笑んだ。
 「ちょっと仕組みが違うんですよ。」
 「もしかしてマンホールと似たような仕組みがあるんですか?」
 「まあそんな感じです。縦穴よりもっと便利なんですが、致命的に不便なんですよね。
  新システムってやつでしょうかね?」
 建物をくぐり秘密のドアをあけて、マンホールに飛び込む。
 出てきた先は勝手知ったる曖昧の都、つなぐ縦穴のマンホール広場。変わったところは特にない。
 イトマキはすたすたとその隅へ向かう。後を追うと、変わったところの特にない広場に、ほっそりとした隙間ができているのが見えた。イトマキはその隙間にためらいなく手を入れると、ぐいっと引く。すると、戸板だけがこちらに現れた。引いた部分の向こう側だけは扉が存在しているらしい。
 「わからなくなるからしっかり開けといてくださいって言ったじゃないですか!もう、役に立たないですね!」
 扉の先に見えたのはここではないどこか。金の砂と赤い洞窟のミルキーウェイの色違いみたいな場所が見えている。そして、扉の向こう側すぐの場所で膝を抱えている探偵アマシロも。
 「ああ、イトマキくん、戻ってきたんだね!しかしちょっと開けっ放しは落ち着かな……うわテツロー君!?」
 膝を抱えていたアマシロは、こちらに気づくと腰を抜かしたようにすっころんだ。
 「アマシロさん!?どういうことだよ?!」
 アマシロのほうに思わず駆け寄るテツローを、イトマキは襟首をぐいっとつかんで止めた。
 「扉の中に入っちゃだめです、テツロー君。最悪帰ってこれなくなります。」
 「そうだぞ、私たちは一度それで見事に振り出しに戻されたからな!」
 復活したアマシロも、無駄に力強く止めに来る。
 「一度しか使えないマンホールみたいなもので、扉を閉めると戻れなくなるんですよ。」
 「つまり今日の私は門番役だということさ!」
 「まあ半分閉めかけてましたけどね!一人旅に耐えられるドジさじゃないというのに!」
 「はっはっは、相変わらず手厳しいなイトマキくんは!」
 とても賑やかな二人の姿は、かつて曖昧な都、鉄の国で見ていたあの姿と同じだ。……いや、アマシロは、何か探偵と冒険者の間のような恰好をしているのだが。ちょいちょい汚れたり破れたりした服が、ここまでの旅を物語っている。
 「アマシロさんって、今どこにいるの?」
 イツキの質問にアマシロはふんすと胸を張った。
 「ああ、群青海岸の東に陸地が見えただろう。今はそこを旅しているよ。いやあ旅はいいねえ!
  知らないものしかないことも、何が起こるかわからないことも、全てが面白いじゃないか。」
 「わかりますわかります!!冒険の旅ってすっごく楽しいですよね!未知の世界ってそれだけでワクワクしちゃう!」
 「おやピー子くんはわかるのかね!いやあこれは見どころがあるね!」
 心底から楽しそうに、そして嬉しそうに旅を語るアマシロの瞳は、以前よりも幸せそうに輝いている。
 「アマシロさん、えっらい楽しそうだな!?」
 「もちろんだとも!こんなに楽しいことがあるかい?
  ここは物語のために定められた舞台ではない。筋書き通りのおとぎ話をなぞることもない!
  失敗を何度繰り返してもいいし、かっこよくなくていいし、きっと結末だっていらないんだ!
  もちろん確証なんてない!でも、今の旅は何をやってもいいという自由さを感じるのだよ!」
 「何をやってもいいからって、ドアの使い方がわからなくて振出しに戻ったり、例によって変な沼にハマったり、勢いよく道を間違えてやばい魔物とご対面することはないと思うんですけどね!」
 「いやああの時は死ぬかと思ったね!はっはっは、人生初の勢いで頑張って逃げたなあ!!」
 「おまけにマッピングミスるし迷うし挙句食料はつきそうになるし!」
 「このドアがなかったら買い出しできなくて死んでたね!今回もしっかり買い込んできてくれて助かるよわはははは!!」
 二人が語るのは失敗談ばかりだ。だが、アマシロはどうやらそれが楽しくて仕方ないらしい。そして、扉のこちら側で失敗を片端から暴露していくイトマキも。
 「失敗ばっかりなのにすっごい楽しそうだね。」
 「かっこよくずんばらりんと魔獣を蹴散らし、正義のために戦うだけが冒険ではないのだ!がっかりなことのほうが山ほどあるんだがね!私は!今!それを全力で味わっているところさ!」
 あきれ顔のマナみにフハハハハッと元気に笑って、アマシロはテツローのほうを見た。
 「テツロー君。君にはとても感謝しているんだ。」
 びっくりして目を見開くと、アマシロは照れたように笑った。
 「あの時、君が止めてくれたから、今私はこうしていられる。
  ずっと、定められたとしか思えない世界に希望もクソもないと思っていたが、今は違う。確証はないが、世界は開けた。きっと私たちは物語のその先を、だれも想像したことのない世界を、いや、無限に想像できる世界を生きることができるようになったんだ。私たちは、物語の軛から解き放たれたんだ!
  だから、ありがとうテツロー君。そして、ピー子くんやマナみくんも……ああ、やっと言えた。」
 「アマシロさん、俺……」
 わけもわからない涙が込み上げてきた気がした。
 扉の向こうから手を差し出される。テツローがその手をぎゅっと握ると、あったかい手はぎゅっと握り返してきた。がさっと荒れて、剣の握りあとも感じる。本当に旅をしているのだ。
 「私は自分のしたことを後悔はしないと決めている。たとえ結果的に間違っていたとしても。
  でも君たちはは滅ぶばかりの世界を止めた。想像の力を取り返し、私がとうの昔に諦めた道を切り開いたんだ。だから胸を張るといい。」
 グッと頷くと、その手はすぐにほどかれる。ほどかれた先の本体は扉の向こうで憑き物でも取れたように晴れやかだ。あまり見たことがなかったが、たぶんこれがアマシロの素の顔なのだろう。
 しかし、彼は素で唐突な人だった。
 「そうだ、一つ思い出した。テツロー君がここにいるならちょうどいい。
  声をつなぐ遺産、持っているよね。あれを返してくれないか?」
 ぽん、と手をたたいてもう一度手が差し出された。
 「え、なんでですか?!」
 いきなりの申し出にテツローはぎょっとして声を上げた。
 「うむ!この通り失敗ばかりの道中でね、しょっちゅうイトマキ君とはぐれるからこっちにある方が便利かなと。」
 差し出された手に目を落とす。ぱっと見でわかる、日常的に剣を握る手。それを見て、扉の向こうのアマシロのほうを見て、テツローは首を振った。
 「ダメだ。渡したくない。」
 おまけでぺちんとアマシロの手を払う。
 「なんだ、私の声が聞こえないのはさみしいかい?」
 「そんなんじゃねえって!そもそも連絡よこさねえじゃんか!」
 からかうような言葉に、むっとして噛みつく。
 「二人で声をつないでも、近くにしか声は届かないだろ?
  だからさ、なにかピンチになったら、それで俺を呼んでくださいよ。助けに行くんで。」
 「あ、あ、もちろんぼくたちもいくよ!」
 はいはい、とマナみの手をつかんでイツキが手を挙げる。
 「俺たちも、もうすぐ旅に出るつもりなんだ、だから」
 「ま、探偵が残した仕事もこれでひと段落したし」
 「きっと頼りがいありますからね!」
 アマシロはイトマキと顔を見合わせ、そして高らかに笑い出した。
 「なるほど、また助けてくれるつもりなのか!
  ありがとう、テツロー君。君たちにそんな事言われるなんて……いやあ弟子の成長って嬉しいもんだねイトマキ君!」
 「はいはい、以前から毎度助けてもらってた気もしますけど!
  そういう事でしたら、遺産の片割れは預けておきますね。危なくなったら連絡を入れさせます。」
 笑いながらイトマキも荷物片手に扉のそばに立つ。
 「それじゃあ皆、そろそろ私達は旅に戻るよ!」
 「もう行っちゃうのかよ!?」
 思わず引き留めると、アマシロはうむ!と力強く頷いた。
 「あまりここにいても砂だらけだからね!君たちに旅先で会えるのを楽しみにしてるよ!」
 「ええ、皆さんありがとうございました。それではまたお会いしましょう!」
 リン、と澄んだ鈴の音を響かせて、イトマキは軽やかに扉へ入る。それと同時に、扉の境界は一気に薄れだした。
 消えゆこうとするあちらの世界に、テツローは怒鳴りつける。
 「絶対連絡いれろよな!!」
 「はっはっは!楽しみにしていたまえ!!」
 とても明るい笑顔で手を振って、アマシロとイトマキは空間の向こうへ消えた。
 そして、何もなかったかのように広がる夕暮れの世界。曖昧な都の、いつものつなぐ縦穴だ。
 「いっちゃったね。」
 「ほんっとあの人は!あの人たちは……!!」
 ほっとした、安心した。何より嬉しくて滲んだ水気をぐっと払って、テツローは息をつく。
 「アマシロさんたちすっごく楽しそうだったね!テッちゃん、ぼくたちもすぐにって言ってたけど行けそう?」
 ワクワクを隠し切れないでいるイツキにおうともと頷く。
 「もちろん、この楽器の件で仕事はひと段落だし、あの調子じゃいつ何があってもおかしくないからな!」
 「おー、テッちゃんがやる気に満ちている。」
 拍手でもしそうなマナみのほうにも振り向いた。
 「マナみも来るだろ?」
 「ん、もちろん。」
 「よし、そんじゃすぐに支度するぞ!出発は明日の朝!」
 「おー!」
 三つこぶしが挙げられて、静かな曖昧な都に気合の入った声が重なった。

 永遠の夕暮れの世界を出て鉄の国へ。
 旅支度の夜が来て、出発の朝が来る。
 夢と冒険に満ちた日々が、また、始まる。  


西高アドベントカレンダー企画 に恐れ多くも参加したときのもの。三人で盗品のおもちゃを返す話って思ってたけど、結局アマシロ&イトマキな話になってしまいました。彼も少しは前を向けるようになるといいなっていうのと、あの二人にも幸あれとずっと思っているので……私アマシロ&イトマキの関係は、土方歳三&和泉守兼定みたいなやつかと思っているのであまり色気はないんですけど。
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